鉄扉の暗室からすぐ近く。能力者の治療を専門とした医務室がある。
 そこには机と薬品を置くロッカー、診察台と、二台分のベッドが設置されている。
 そして部屋の中にあるもう一枚の扉の先にはクグイ専用の研究室が繋がっている。どちらの部屋にも薬品が大量に置かれ、その臭いは常に充満していた。

 明継はカーテンで仕切られたベッドの上で目を覚ました。
 体中に引きずられたような跡があり、服は乱れ、手足はベッドからはみ出している。
 まだはっきりとしない頭でここが見知らぬ部屋だという事を理解した明継は、身を起こすとバランスを崩して転げ落ちた。

「痛って!」

 床に打ち付けた体を擦りながら、この状況に追い込んだ犯人の顔をすぐさま思い浮かべて眉間にしわを寄せた。

 そこへカツカツと小気味のいい足音が響いたと思えば、カーテンを勢いよく開いてクグイが姿を現した。
 髪を束ねて眼鏡と白衣を身に着けたクグイは先ほどとは随分と印象が違う。
 明継がその姿に目を奪われていると、

「キミの精神力が測れました。下の下です!」

 と言って結果の書かれた紙を明継の顔に叩きつけた。
 その紙がずり落ちて現れた明継の表情は実に物言いたげだ。

「ところで、床で何してるの?」

 ベッド横の椅子に腰かけたクグイが明継を見下ろして問いかけると、

「なんで嗣己はお前みたいなのを評価するんだ?」

 と、明継が顔を歪めた。

「ただの検体のくせに生意気だなぁ。僕からしたらキミが嗣己のお気に入りという方が不思議でならないよ」

 冷たい瞳に見つめられた明継は、胸の奥にじりじりとした憤りを感じた。
 しばしの沈黙の後、クグイは感情を吐き出すようにため息をついて、本題に入った。

「あの部屋に放り込んだのはキミの現状を把握したかったからだよ」

「事前にそう言ってくれたら良かったのに」

「力の制御もできないキミに?」

 腑に落ちないといった表情を見せた明継に構わず続ける。

「キミの力は死や喪失への恐怖・怒りを感じると増幅し、暴走する。意識を失うのは乗っ取られていると言うより、力がキミを護ろうとしているからだよ」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「宿主だから……かな」

 途端に声量を抑えた事に明継が食いつこうすると、それをさせまいとクグイが先に口を開いた。

「今の訓練じゃ成長スピードが遅すぎる」

「じゃあどうするんだよ?」

 訝し気に見つめた明継に、クグイがにっこりとほほ笑んだ。

「そのために僕がいる」