ここは霞月(かげつ)の町はずれに存在する小高い山だ。
 あたりは既に暗く、山に入るような時間帯では無いが、訓練という名目で毎日のように”ペット”と対峙させられている明継(あきつぐ)は夜の山にもすっかり慣れた様子だった。

 今回、目の前に現れたのは細長い4つ足で飛び回るペットだ。
 動きは蜘蛛のようだがひどく機敏で予測不可能な動きをする。からくり仕掛けのような動きで目まぐるしく回る頭部には3つの穴が開いているだけで感情は無く、その奥は吸い込まれてしまいそうな虚無が広がっていた。

「ビビるなー。早く片付けろー」

 崖上の安全地帯に腰掛けた嗣己(しき)が、明継に向けて気の抜けた声をかけている。

「こいつめちゃくちゃ気色悪いぞ!?」

「能力者の数だけペットにも個性があるってことだ」

 二人が言い合っている間にもペットは跳ね回り、頭を回転させながら明継の様子を窺っている。
 明継は腕に意識を集中させて黒い霧をまとわせ、剣のように鋭く長い形状に変化させた。足に纏わせた霧の力で大きく飛び上がると、ペットめがけて腕を突き刺す。

 捕らえた!

と、明継が口の端を上げた瞬間、ペットは足の関節を180度回転させて明継の体に密着した。

「なに!? きもいいいいいいいいいいいいいい!」

 体が擦れ合う感触に、明継の全身が粟立つ。

「卵を産みつけられないように注意しろ」

「はぁ!?」

 崖上から思いもよらないアドバイスを送られた明継が動揺して声を上げる。

「たしかチョウバエも調合されてる」

「まってそれなに!? ぎゃあなんか擦ってきて、あ゛!?」

 そのままパニックになった明継の全身からは黒い針が湧き出し、ペットを串刺しにした。








 明継が目を開くと、嗣己が顔を覗き込んでいた。

「またやったな」

 と、言って嗣己が瞳を細めると、明継は不貞腐れて返した。

「うるさい」


 体を起こした明継の目に入ったのは、力の暴走で切り刻まれた服だった。布切れ一歩手前の状態を見て大きく息をつく。

「最近うまくコントロールしていたように思えたが、動揺するとすぐこれだな。愉快愉快」

「うるっさいな!!! 俺が1番わかってんだよ!」

「腹が立つのは良いことだ。意識消失の時間もかなり短くなった。体の変化もうまく使いこなしてる。成長はしているよ。結構結構」

 嗣己は満足そうに笑うと、羽織っていた服を明継に投げつけた。

「みすぼらしいから屋敷まで適当に巻いておけ」

「え? ありがと……」

「さぁ、お前もいい加減繊細な訓練をする時期だな」

「繊細な……?」

「あぁ。明日からは屋敷での訓練が中心となる。基本的な体術指導は今後も継続するが、今の時間の代わりに能力面とメンタルの訓練を増やす」

「あー……それは誰が教えてくれるの?」

 気まずそうに聞いた明継に、嗣己が口の端を上げて答える。

「メンタル強化はクグイと言う男が担当する。ようやく俺と離れられるな」

「っしゃ!」

「嬉しそうで何より。クグイは優秀な指導者だ。期待しておけ」

 ガッツポーズをとる明継はその言葉を純粋に受け取って期待を膨らませた。太鼓判を押した相手が嗣己だという事も忘れて。