クグイが印を結びきると結界の中に青い光が充満した。
アルモナへの道筋が開くのを確認した春瑠が結界を解き、クグイがアルモナに視線を向けるとその光が地面を這って彼女の足元を捕らえた。見えない糸に縛り上げられるようにアルモナの腕が頭上で固定されると、彼女は唸りながら抵抗を見せた。
「緋咲くん! 心臓を貫け!」
クグイの叫びに短剣を構えた緋咲が突き進む。
その走りに迷いはない。
閃光のごとく走り抜けた緋咲は躊躇する事なくアルモナの胸に短剣を突き刺した。
「ああ! あ……!」
アルモナが出す拒絶の声が緋咲の耳に届いた。
体にまとわりついていた黒い霧が引いていく。緋咲が短剣を押し込むと、アルモナは身震いして金切り声を上げた。
地を揺るがすほどの声は衝撃波を生み、緋咲の体をびりびりと振動させた。
ここから早く逃げなくては。
身を引いた緋咲の腰に、アルモナの体から伸びた黒い触手が巻きついた。
「お前も道連れだ!」
言語を取り戻したアルモナの声は憎悪を折り重ねたように低く、雑音を含んでくぐもっていた。
クグイと春瑠の目の前で、緋咲の体が崖の向こうへ消える。
「緋咲さん!!」
咄嗟に走り出し飛び込もうとする春瑠をクグイが捕まえ、その先に視線を送る。
波音と深い暗闇。
あるのはそれだけだった。
◇
緋咲はアルモナに短剣を突き立てた時、彼女の本当の顔を見た気がした。
ただ愛するものを探し求める、儚く、どこか寂しげな女の顔だった。
暗闇の海に落ちた緋咲は隠し持っていたクナイを取り出してアルモナの触手を切り裂いた。一度水面から顔を出し、大きく息を吸うとすぐさま海の中へ戻る。
気を失ったアルモナの体からは黒い霧が少しずつ剥がれおち、漆黒の帯を造りながら海の底へと落ちていく。
アルモナを追って水中を進んだ緋咲がようやく手を掴み取る。
濡羽色の瞳が薄っすらと開いた。その瞳に力などはなく、ただぼんやりと緋咲を見つめている。
『嫌な女……』
突然脳内に響いたアルモナの声に緋咲が目を見開いた。
見つめ返すと、彼女は想いをぶつけるように声を送る。
『彼は私の全てなの。彼がいない世界なんて、価値がない』
緋咲は無意識のうちに憐憫の眼差しをつくった。
アルモナはその意味を知りながらも続ける。
『霞月に全部持っていかれるの。いつもそう。彼も、同胞も、住処も』
アルモナの瞳に緋咲が映る。彼女の嘆きが他人事には思えなかった。
自分に言い聞かせるように、アルモナに言葉を渡す。
『私もあなたも、大切なものを護るために戦った 』
『そうよ。だから私は霞月とあなたの大切な物を奪う。私と切り離したって、彼は元に戻らない』
アルモナの言葉は緋咲を呪う。しかし目の前の緋咲の瞳は力強く輝いた。
『たとえ明継が戻らなくても、私は彼と生き続ける』
アルモナは緋咲を真っ直ぐに見た。それからすぐに微笑みを作る。
それは自嘲にも、嘲笑いにもとれた。
『……アンタみたいな女、大嫌いよ』
アルモナはそう言い残して胸の短剣を自ら深く差し込んだ。体が丸まり、黒い霧が溢れ、それは徐々に漆黒の泡となってアルモナの体と短剣を包み込んだ。
彼女の手を握っていた緋咲が思わず手を離し、泡の行方を追っていると、柔らかなものが頬に触れた気がした。
視線を戻せば暗闇を裂くように明継の体が現れた。
『明継!』
緋咲が咄嗟に明継の体を抱きしめ名前を呼ぶ。
明継の瞳が開くと緋咲は唇を重ねて呼吸を渡し、安堵の表情を作る。緊張が解けると同時に全身から力が抜けて、気を失った。
薄れゆく意識の中で、泡となって消えていくアルモナを見た気がした。
アルモナへの道筋が開くのを確認した春瑠が結界を解き、クグイがアルモナに視線を向けるとその光が地面を這って彼女の足元を捕らえた。見えない糸に縛り上げられるようにアルモナの腕が頭上で固定されると、彼女は唸りながら抵抗を見せた。
「緋咲くん! 心臓を貫け!」
クグイの叫びに短剣を構えた緋咲が突き進む。
その走りに迷いはない。
閃光のごとく走り抜けた緋咲は躊躇する事なくアルモナの胸に短剣を突き刺した。
「ああ! あ……!」
アルモナが出す拒絶の声が緋咲の耳に届いた。
体にまとわりついていた黒い霧が引いていく。緋咲が短剣を押し込むと、アルモナは身震いして金切り声を上げた。
地を揺るがすほどの声は衝撃波を生み、緋咲の体をびりびりと振動させた。
ここから早く逃げなくては。
身を引いた緋咲の腰に、アルモナの体から伸びた黒い触手が巻きついた。
「お前も道連れだ!」
言語を取り戻したアルモナの声は憎悪を折り重ねたように低く、雑音を含んでくぐもっていた。
クグイと春瑠の目の前で、緋咲の体が崖の向こうへ消える。
「緋咲さん!!」
咄嗟に走り出し飛び込もうとする春瑠をクグイが捕まえ、その先に視線を送る。
波音と深い暗闇。
あるのはそれだけだった。
◇
緋咲はアルモナに短剣を突き立てた時、彼女の本当の顔を見た気がした。
ただ愛するものを探し求める、儚く、どこか寂しげな女の顔だった。
暗闇の海に落ちた緋咲は隠し持っていたクナイを取り出してアルモナの触手を切り裂いた。一度水面から顔を出し、大きく息を吸うとすぐさま海の中へ戻る。
気を失ったアルモナの体からは黒い霧が少しずつ剥がれおち、漆黒の帯を造りながら海の底へと落ちていく。
アルモナを追って水中を進んだ緋咲がようやく手を掴み取る。
濡羽色の瞳が薄っすらと開いた。その瞳に力などはなく、ただぼんやりと緋咲を見つめている。
『嫌な女……』
突然脳内に響いたアルモナの声に緋咲が目を見開いた。
見つめ返すと、彼女は想いをぶつけるように声を送る。
『彼は私の全てなの。彼がいない世界なんて、価値がない』
緋咲は無意識のうちに憐憫の眼差しをつくった。
アルモナはその意味を知りながらも続ける。
『霞月に全部持っていかれるの。いつもそう。彼も、同胞も、住処も』
アルモナの瞳に緋咲が映る。彼女の嘆きが他人事には思えなかった。
自分に言い聞かせるように、アルモナに言葉を渡す。
『私もあなたも、大切なものを護るために戦った 』
『そうよ。だから私は霞月とあなたの大切な物を奪う。私と切り離したって、彼は元に戻らない』
アルモナの言葉は緋咲を呪う。しかし目の前の緋咲の瞳は力強く輝いた。
『たとえ明継が戻らなくても、私は彼と生き続ける』
アルモナは緋咲を真っ直ぐに見た。それからすぐに微笑みを作る。
それは自嘲にも、嘲笑いにもとれた。
『……アンタみたいな女、大嫌いよ』
アルモナはそう言い残して胸の短剣を自ら深く差し込んだ。体が丸まり、黒い霧が溢れ、それは徐々に漆黒の泡となってアルモナの体と短剣を包み込んだ。
彼女の手を握っていた緋咲が思わず手を離し、泡の行方を追っていると、柔らかなものが頬に触れた気がした。
視線を戻せば暗闇を裂くように明継の体が現れた。
『明継!』
緋咲が咄嗟に明継の体を抱きしめ名前を呼ぶ。
明継の瞳が開くと緋咲は唇を重ねて呼吸を渡し、安堵の表情を作る。緊張が解けると同時に全身から力が抜けて、気を失った。
薄れゆく意識の中で、泡となって消えていくアルモナを見た気がした。