仕事は早朝から夕暮れまで。
衣食住は保証され、必要な分だけ与えられる。
霞月での明継の扱いだ。
それは贅沢さえ考えなければ何不自由することの無い生活だが、彼に限っては”力を持っていないこと”へのプレッシャーが常にあった。
最初の数日、明継と共にこの部屋で暮らしていた緋咲も最近では見かけなくなった。
すでに力を認められている彼女は一体どこで何をしているのか？
そもそも生きているのか？
明継はこの部屋で1日を過ごすたび、その不安を大きく膨らませていた。
明継は今日も同じ時間に目を覚ました。
周りを見ても緋咲はいない。
体を起こして真っ先に机の上を確認した明継は、その上に置かれた紙を見て口元を緩めた。
―― おはよう！顔を洗って、歯磨きをして、ご飯もちゃんと食べて。夜更かしはダメよ。体調に気を付けて！ ――
緋咲が部屋に立ち寄ると必ず残してくれる手紙だ。
「母さんみたいになってきたな」
明継は苦笑いしながらも、緋咲の無事を知って安堵した。
「お前もいい加減覚醒しないとまずいぞ？」
その言葉とともに、嗣己が背後に現われた。
「うわ、いきなり出てくるなよ！」
「人を幽霊みたいに言うな。いつ来ようが俺の勝手だろう？」
「ここは俺の部屋だからな！？」
「お前が能力者と認められない限り、この空間は霞月の持ち物だ」
明継は言い返す言葉が見つからず、代わりに口をとがらせた。
その様子に嗣己の表情が少しだけ和らぐ。
「お前がようやく人並みに働けるようになったと聞いて呼びに来た。やっと次の段階にいけるな」
これまで人並み以下の働きだったのかと明継は内心ショックを受けながら聞き返す。
「次の段階って？」
「力を測るんだ。これで引き出せなければペットの餌にするか、一生労働力として搾取される。だが、力があると見なされれば訓練開始だ。言っておくが緋咲はこのステージをとっくに終えて術に磨きをかけているぞ」
嗣己の口から出た"緋咲"という名に明継は敏感に反応した。
「緋咲は無事なんだよな？」
「さぁね。それより自分の事は心配にならないのか？」
質問をさらりとかわされ、明継は黙り込んだ。
その代わりに
『むしろどうして連れてきた？』
と、訝し気な視線を送る。
「……俺と初めて会ったとき、意識を失ったことを覚えているか？」
嗣己の唐突な問いに明継が記憶を巡らせる。
それは、その瞬間を覚えているというより、意識を取り戻してから記憶が抜け落ちているのを感じたという感覚だった。
『体中あざだらけだったし、どう考えても嗣己になじられて――』
と、明継が脳内で思考していると、嗣己が
「俺はやってないぞ。むしろ止めてやったんだ。感謝しろ」
と、被せ気味に返事した。
明継が違和感を覚えてじとりと睨む。
「緋咲に聞いたぞ。俺の心と勝手に会話するな」
それを聞いた嗣己が、ハハ！ と声を出して笑う。
「今は丸裸みたいなものだからな。居心地が悪いかもしれんが、それはお前が能力を使いこなせないのが悪い」
納得がいかないといった表情をする明継に、笑みを浮かべたまま嗣己が言う。
「だからお前の能力を引き出しに行くのだろう？ お前は無意識下でしか力が使えないからこちらとしても扱いにくい」
「だから、そもそも力なんて無いんだってば」
明継の訴えに嗣己は口の端を上げるだけだ。更に抗議しようと迫ると、嗣己が明継の唇にそっと指を当てた。
明継が動揺している隙に嗣己が発言権を奪う。
「仕事を終えたら町はずれの山に来い。来なければ能力無しとみなす」
それだけ告げると、唐突に消えた。
急に静けさを取り戻した部屋の中で、明継は嗣己との会話をぼんやり反芻し、ポツリと呟いた。
「ペットの餌……？」
夕暮れ時、仕事を終えた明継は指定された山へと足を運んだ。
何の能力も持たない自分に何をさせようというのか。
不安は募るばかりだが、それでも歩を進めるのは保身というよりも先に行ってしまった緋咲に追いつくためだ。
たどりついたその山は、たいして高いわけでもなければうっそうとした森というわけでもない。人が入るためにある程度、道も整備されている。山を切り開いた村に住んでいた明継からすれば、たとえ陽が沈んだとしても恐怖を覚えるほどの山ではなかった。
曲がりくねった山道を明継はもくもくと登り続けた。
地上の家が小さく感じる頃にはすっかり陽は沈み、あたりは暗く、かろうじて虫の鳴き声が聞こえた。
暗闇を歩き続ける明継に、嗣己への疑念が湧いてくる。
この山に本当に何かあるのか？
揶揄われてるわけじゃないよな？
それほどに、この山には何もなかった。
”山に入ったら足を止めるな”
明継は嗣己にそう言われていたが、この目的の無さは心の不安をただ膨らませるだけだ。
それでも明継はしばらく山を登り続けた。
ふと、風に揺れる草木の音の中に「ずるり」と何かを引きずる音が加わった。何の音かと振り返り、周囲を確認してもその先には暗闇があるだけだ。
不思議に思いながらもまた足を進める。
今度はやけに白い石が散らばる道に出た。その上を歩いてみると、石にしてはやけに軽い。パキリ、パキリと割れるその様は貝殻の割れる音にも似ている。
これはきっと石ではないのだ。
明継がそう感じ始めたころ、また「ずるり」という音が近づいた。
先ほどよりもずいぶんと大きく聞こえるそれは、確実に”何か”が距離を詰めてきている。
後ろに何がいるんだ？
冷や汗が全身から噴き出す感覚と、死への恐怖に心臓が高鳴った。
明継は後ろの”何か”にどう立ち向かえばいいのかと必死に考えたが、村で教わった武術も役に立ちそうにないと直感で感じていた。
自然と歩く速度が上がっていく。それでも後ろの音は増しており、”それ”がずいぶんと速い速度で山を登って来ているのだと嫌でもわかった。
”振り向いてはいけない”
明継の本能はそう言ったが、それを確認せずにはいられなかった。
後ろを振り向いた明継の目に映ったそれは、彼の喉を「ひゅ」と鳴らした。
そこには無数の顔が付いた肉塊が重い体を引きずって山を登ってきている。体中に張り付いた顔はそれぞれがしゃべり、唸り、泣いている。
明継はこの世のものとは思えないその物体に背を向け、顔を真っ青にしてただ走った。
日中の畑仕事で疲れ切った体に恐怖が相まって、膝ががくがくと震えた。
それでも山道を駆け上がれるのは、絶対に捕まってはならないという本能の叫びが突き動かすからだ。
しかし、そんな明継を嘲笑うかのように、化け物はねっとりとした触手を明継の足首に巻きつけた。その感触にぞわりと鳥肌を立てると同時に、着地の叶わなかった足の裏が空を切る。
体が投げ出された衝撃に反射的に瞑った目を慌てて開く。目の前には人骨が散らばっていた。
明継は、ずっと気になっていた白い石の正体がその欠片だったのだと瞬時に確信した。
山には化け物以外の気配が全くなかった。
これは化け物が捕食した人間の成れの果てなのではないのか？
その結論に至った明継の体が小刻みに震える。
咄嗟に足首に巻き付いた触手をはがそうともがくが、それは形状を変え、数を増やし、明継の抵抗など物ともせずに体を這いまわる。
大腿のあたりまで触手が上りつめた頃、化け物の本体が触手を勢い良く引いて明継の体を引き寄せた。
あの一部になるのかと頭の中が恐怖でいっぱいになると、プツンと糸が切れたように気絶した。
◇
「あーぁ。ペット死んじゃったね」
「可愛がってたのにな……」
明継はぼんやりとした意識の中で、自分を覗き込む三人の顔を見ていた。
「お前らが見たいと言ったんだろう？」
金瞳が不満げに歪む。
「嘘だと思ってたもん」
月白色の瞳が目をそらす。
「何も才能がなさそうだったんだもん」
呂色の瞳がいたずらっぽく笑う。
「……クグイはともかくお前がかわいこぶるのは腹立たしい」
と、嗣己が手を出して3人がじゃれだすと、明継の怒りの感情が高まった。
好き勝手に言いやがって。こいつらいつか殺してやる。
脳内で吐いた暴言が目の前の3人に流れ込む。
その途端、金瞳だけが輝いた。
「あ！ 今、喜んだでしょ！」
「オイ！上への説明大変だったんだぞ！？」
「いや、そんなつもりでは……」
目をそらした金瞳に2人が迫った。
「やっぱりペットを返せ」
目の前で繰り広げられる気の抜けた会話に明継は色々と言ってやりたかったが、そこまでの気力は持ち合わせていなかった。
ぼんやりと空を見上げ、諦める。
そうすればあっさりと意識が飛んだ。
◇
明継が次に目を覚ましたのは部屋の布団の中だった。
曖昧な意識の中、起き上がるとすぐ横に嗣己が座っており、明継は飛び上がりそうなほどに肩を揺らして驚いた。
「昨日は面白かった。飛び散った上に燃やされてピィピィ無くアレは実に気色悪くて愉快だった」
明継が起きるや否や、嗣己はいつになく上機嫌に話し始めた。瞳を糸のように細めて笑っている。
その笑みに身を引きながら、嗣己の言うその瞬間の記憶を探るが、やはり記憶は残っていなかった。
「やっぱり全然覚えてない。俺はどうしたらいいんだ？ 意識を保てと言われてもプツンと飛ぶから難しい」
「……耐性をつけるためにもっと怖い目に合わせるか」
独り言のような嗣己の呟きに、明継の顔がゆがむ。
明継は未だに心を読む力――精神感応を習得できていないが、今に限っては嗣己の思考が手に取るようにわかる。
「ペットの――」
「謹んで辞退させていただきます」
「まだ言い終わってないだろう」
嗣己が笑う。
対して、明継の表情は浮かない。
「安心しろ。お前は恐怖心で意識を飛ばしているわけではない。怖い思いをするよりかは自我を保つ練習をするべきだろう」
明継の眉間に皺が寄るのを見て、嗣己が言葉を添えた。
「そう深刻になるな。意識を保てば唯一無二の力になる」
「そんなこと言ったって、俺にコントロールできる力なのか？」
珍しく弱気な明継の態度に、嗣己が静かに息を吐いた。
「お前は緋咲を護りたいんだろう？ 今はそれだけ考えたらいい」
実に単純なことだ。
今の明継にとって、緋咲は失うわけにはいかない大切な存在だ。
その言葉は全てを奪われてしまった明継だからこそ響く。
「……わかった。お前たちのペットだか何だか知らないが、いくらでも相手にしてやる」
その言葉に、嗣己が怪し気に笑う。
「言ったな？ 一番単純で手っ取り早い方法は、力を引き出す経験を繰り返すことだ」
「えー……つまり……？」
「お待ちかね。餌の時間だ」
衣食住は保証され、必要な分だけ与えられる。
霞月での明継の扱いだ。
それは贅沢さえ考えなければ何不自由することの無い生活だが、彼に限っては”力を持っていないこと”へのプレッシャーが常にあった。
最初の数日、明継と共にこの部屋で暮らしていた緋咲も最近では見かけなくなった。
すでに力を認められている彼女は一体どこで何をしているのか？
そもそも生きているのか？
明継はこの部屋で1日を過ごすたび、その不安を大きく膨らませていた。
明継は今日も同じ時間に目を覚ました。
周りを見ても緋咲はいない。
体を起こして真っ先に机の上を確認した明継は、その上に置かれた紙を見て口元を緩めた。
―― おはよう！顔を洗って、歯磨きをして、ご飯もちゃんと食べて。夜更かしはダメよ。体調に気を付けて！ ――
緋咲が部屋に立ち寄ると必ず残してくれる手紙だ。
「母さんみたいになってきたな」
明継は苦笑いしながらも、緋咲の無事を知って安堵した。
「お前もいい加減覚醒しないとまずいぞ？」
その言葉とともに、嗣己が背後に現われた。
「うわ、いきなり出てくるなよ！」
「人を幽霊みたいに言うな。いつ来ようが俺の勝手だろう？」
「ここは俺の部屋だからな！？」
「お前が能力者と認められない限り、この空間は霞月の持ち物だ」
明継は言い返す言葉が見つからず、代わりに口をとがらせた。
その様子に嗣己の表情が少しだけ和らぐ。
「お前がようやく人並みに働けるようになったと聞いて呼びに来た。やっと次の段階にいけるな」
これまで人並み以下の働きだったのかと明継は内心ショックを受けながら聞き返す。
「次の段階って？」
「力を測るんだ。これで引き出せなければペットの餌にするか、一生労働力として搾取される。だが、力があると見なされれば訓練開始だ。言っておくが緋咲はこのステージをとっくに終えて術に磨きをかけているぞ」
嗣己の口から出た"緋咲"という名に明継は敏感に反応した。
「緋咲は無事なんだよな？」
「さぁね。それより自分の事は心配にならないのか？」
質問をさらりとかわされ、明継は黙り込んだ。
その代わりに
『むしろどうして連れてきた？』
と、訝し気な視線を送る。
「……俺と初めて会ったとき、意識を失ったことを覚えているか？」
嗣己の唐突な問いに明継が記憶を巡らせる。
それは、その瞬間を覚えているというより、意識を取り戻してから記憶が抜け落ちているのを感じたという感覚だった。
『体中あざだらけだったし、どう考えても嗣己になじられて――』
と、明継が脳内で思考していると、嗣己が
「俺はやってないぞ。むしろ止めてやったんだ。感謝しろ」
と、被せ気味に返事した。
明継が違和感を覚えてじとりと睨む。
「緋咲に聞いたぞ。俺の心と勝手に会話するな」
それを聞いた嗣己が、ハハ！ と声を出して笑う。
「今は丸裸みたいなものだからな。居心地が悪いかもしれんが、それはお前が能力を使いこなせないのが悪い」
納得がいかないといった表情をする明継に、笑みを浮かべたまま嗣己が言う。
「だからお前の能力を引き出しに行くのだろう？ お前は無意識下でしか力が使えないからこちらとしても扱いにくい」
「だから、そもそも力なんて無いんだってば」
明継の訴えに嗣己は口の端を上げるだけだ。更に抗議しようと迫ると、嗣己が明継の唇にそっと指を当てた。
明継が動揺している隙に嗣己が発言権を奪う。
「仕事を終えたら町はずれの山に来い。来なければ能力無しとみなす」
それだけ告げると、唐突に消えた。
急に静けさを取り戻した部屋の中で、明継は嗣己との会話をぼんやり反芻し、ポツリと呟いた。
「ペットの餌……？」
夕暮れ時、仕事を終えた明継は指定された山へと足を運んだ。
何の能力も持たない自分に何をさせようというのか。
不安は募るばかりだが、それでも歩を進めるのは保身というよりも先に行ってしまった緋咲に追いつくためだ。
たどりついたその山は、たいして高いわけでもなければうっそうとした森というわけでもない。人が入るためにある程度、道も整備されている。山を切り開いた村に住んでいた明継からすれば、たとえ陽が沈んだとしても恐怖を覚えるほどの山ではなかった。
曲がりくねった山道を明継はもくもくと登り続けた。
地上の家が小さく感じる頃にはすっかり陽は沈み、あたりは暗く、かろうじて虫の鳴き声が聞こえた。
暗闇を歩き続ける明継に、嗣己への疑念が湧いてくる。
この山に本当に何かあるのか？
揶揄われてるわけじゃないよな？
それほどに、この山には何もなかった。
”山に入ったら足を止めるな”
明継は嗣己にそう言われていたが、この目的の無さは心の不安をただ膨らませるだけだ。
それでも明継はしばらく山を登り続けた。
ふと、風に揺れる草木の音の中に「ずるり」と何かを引きずる音が加わった。何の音かと振り返り、周囲を確認してもその先には暗闇があるだけだ。
不思議に思いながらもまた足を進める。
今度はやけに白い石が散らばる道に出た。その上を歩いてみると、石にしてはやけに軽い。パキリ、パキリと割れるその様は貝殻の割れる音にも似ている。
これはきっと石ではないのだ。
明継がそう感じ始めたころ、また「ずるり」という音が近づいた。
先ほどよりもずいぶんと大きく聞こえるそれは、確実に”何か”が距離を詰めてきている。
後ろに何がいるんだ？
冷や汗が全身から噴き出す感覚と、死への恐怖に心臓が高鳴った。
明継は後ろの”何か”にどう立ち向かえばいいのかと必死に考えたが、村で教わった武術も役に立ちそうにないと直感で感じていた。
自然と歩く速度が上がっていく。それでも後ろの音は増しており、”それ”がずいぶんと速い速度で山を登って来ているのだと嫌でもわかった。
”振り向いてはいけない”
明継の本能はそう言ったが、それを確認せずにはいられなかった。
後ろを振り向いた明継の目に映ったそれは、彼の喉を「ひゅ」と鳴らした。
そこには無数の顔が付いた肉塊が重い体を引きずって山を登ってきている。体中に張り付いた顔はそれぞれがしゃべり、唸り、泣いている。
明継はこの世のものとは思えないその物体に背を向け、顔を真っ青にしてただ走った。
日中の畑仕事で疲れ切った体に恐怖が相まって、膝ががくがくと震えた。
それでも山道を駆け上がれるのは、絶対に捕まってはならないという本能の叫びが突き動かすからだ。
しかし、そんな明継を嘲笑うかのように、化け物はねっとりとした触手を明継の足首に巻きつけた。その感触にぞわりと鳥肌を立てると同時に、着地の叶わなかった足の裏が空を切る。
体が投げ出された衝撃に反射的に瞑った目を慌てて開く。目の前には人骨が散らばっていた。
明継は、ずっと気になっていた白い石の正体がその欠片だったのだと瞬時に確信した。
山には化け物以外の気配が全くなかった。
これは化け物が捕食した人間の成れの果てなのではないのか？
その結論に至った明継の体が小刻みに震える。
咄嗟に足首に巻き付いた触手をはがそうともがくが、それは形状を変え、数を増やし、明継の抵抗など物ともせずに体を這いまわる。
大腿のあたりまで触手が上りつめた頃、化け物の本体が触手を勢い良く引いて明継の体を引き寄せた。
あの一部になるのかと頭の中が恐怖でいっぱいになると、プツンと糸が切れたように気絶した。
◇
「あーぁ。ペット死んじゃったね」
「可愛がってたのにな……」
明継はぼんやりとした意識の中で、自分を覗き込む三人の顔を見ていた。
「お前らが見たいと言ったんだろう？」
金瞳が不満げに歪む。
「嘘だと思ってたもん」
月白色の瞳が目をそらす。
「何も才能がなさそうだったんだもん」
呂色の瞳がいたずらっぽく笑う。
「……クグイはともかくお前がかわいこぶるのは腹立たしい」
と、嗣己が手を出して3人がじゃれだすと、明継の怒りの感情が高まった。
好き勝手に言いやがって。こいつらいつか殺してやる。
脳内で吐いた暴言が目の前の3人に流れ込む。
その途端、金瞳だけが輝いた。
「あ！ 今、喜んだでしょ！」
「オイ！上への説明大変だったんだぞ！？」
「いや、そんなつもりでは……」
目をそらした金瞳に2人が迫った。
「やっぱりペットを返せ」
目の前で繰り広げられる気の抜けた会話に明継は色々と言ってやりたかったが、そこまでの気力は持ち合わせていなかった。
ぼんやりと空を見上げ、諦める。
そうすればあっさりと意識が飛んだ。
◇
明継が次に目を覚ましたのは部屋の布団の中だった。
曖昧な意識の中、起き上がるとすぐ横に嗣己が座っており、明継は飛び上がりそうなほどに肩を揺らして驚いた。
「昨日は面白かった。飛び散った上に燃やされてピィピィ無くアレは実に気色悪くて愉快だった」
明継が起きるや否や、嗣己はいつになく上機嫌に話し始めた。瞳を糸のように細めて笑っている。
その笑みに身を引きながら、嗣己の言うその瞬間の記憶を探るが、やはり記憶は残っていなかった。
「やっぱり全然覚えてない。俺はどうしたらいいんだ？ 意識を保てと言われてもプツンと飛ぶから難しい」
「……耐性をつけるためにもっと怖い目に合わせるか」
独り言のような嗣己の呟きに、明継の顔がゆがむ。
明継は未だに心を読む力――精神感応を習得できていないが、今に限っては嗣己の思考が手に取るようにわかる。
「ペットの――」
「謹んで辞退させていただきます」
「まだ言い終わってないだろう」
嗣己が笑う。
対して、明継の表情は浮かない。
「安心しろ。お前は恐怖心で意識を飛ばしているわけではない。怖い思いをするよりかは自我を保つ練習をするべきだろう」
明継の眉間に皺が寄るのを見て、嗣己が言葉を添えた。
「そう深刻になるな。意識を保てば唯一無二の力になる」
「そんなこと言ったって、俺にコントロールできる力なのか？」
珍しく弱気な明継の態度に、嗣己が静かに息を吐いた。
「お前は緋咲を護りたいんだろう？ 今はそれだけ考えたらいい」
実に単純なことだ。
今の明継にとって、緋咲は失うわけにはいかない大切な存在だ。
その言葉は全てを奪われてしまった明継だからこそ響く。
「……わかった。お前たちのペットだか何だか知らないが、いくらでも相手にしてやる」
その言葉に、嗣己が怪し気に笑う。
「言ったな？ 一番単純で手っ取り早い方法は、力を引き出す経験を繰り返すことだ」
「えー……つまり……？」
「お待ちかね。餌の時間だ」
