明継らの目の前に現れた少年――清光は生気のない顔で3人を見つめていた。
「僕らを殺しに来たの?」
そう呟いた彼の殺気はおびただしい。
この村と彼の確執は分からずとも、そこには仄暗い何かがあるのだと、その殺気が物語っていた。
「能力者のお出ましか」
嗣己は嬉しそうに笑ったが明継と緋咲にその余裕はなかった。
彼の瞳に射抜かれただけで脈が早まり、腰が引ける。これが殺気なのかと二人が初めての感覚に陥ると、清光の影がゆっくりと伸び始める。
それが人影のように形成され、武器を持った人型に揺らめくと
「クグイと同じ……?」
明継は眉を顰めて呟いた。
が、嗣己は一気に体から力を抜いてつまらなそうに首を振った。そして一瞬で消えると清光の背後に現れ、振り向く暇を与える事なく締め落とした。
いくつもの人影が大きく揺らめき、姿を消す。
「この能力は見飽きた。つまらん」
意識を失って崩れ落ちた清光を冷たく見下ろしながらため息をついた。
「なんでこいつ、クグイと同じ力を使うんだよ?」
恐怖から解放された明継が動揺しながら問いかけた。
「そんな事、俺が知るか」
嗣己の瞳が清光の顔を見つめて歪む。
「清光!」
背後から聞こえた足音に嗣己が振り向くと、顔を真っ青にした元晴が立ち尽くしていた。
ぐったりと横たわった清光を囲む嗣己らを、敵と認識した元晴は眉を吊り上げて瞳を黄金に塗りかえた。
小刀の柄に手を置いていた明継と緋咲の瞳から光が消える。
それを感じた嗣己がまた長い溜息を吐いて
「世話が焼ける」
と、呟くと明継に歩み寄った。
相手が刀を抜くよりも先に足を踏み込み、こめかみ目掛けて蹴り上げる。
「うぐぁっ!?」
明継は空中を飛んだ。
一番動揺したのは元晴だ。
意識を奪われた人間は元晴が念じなければ人形と同じだ。強い衝撃を与えられれば簡単に飛んでいく。
「お、お前ら、仲間なんじゃないのか!?」
元晴の後ろで二人の様子を見ていた大紀が眉尻を下げて呟いた。
「あの2人、特殊だから……」
体を地面に打ち付けて意識を取り戻した明継は倒れる暇もなくガバっと起き上がり、血を滴らせながら嗣己を指さした。
「何すんだ! お前!」
みるみるうちに回復していく明継は、先ほどの衝撃などなかったかのように声を張り上げる。
「みじん切りにでもせんと死なんのか? お前は」
首をかしげながら呟いた嗣己が印を結ぶと、緋咲の瞳に光が宿る。
「俺もそれで目覚めさせてくれ!」
「お前に術を使うのはもったいない」
「なんでだよ!!」
嗣己が笑みを見せると元晴に視線を戻した。
「この村を壊滅させたのはお前らか。里に帰る前に少し話を聞かせてもらおう」
清光と元晴の家に入ると、明継は嗣己の横に腰を降ろした。それを見た緋咲が二人の間に体をねじ込む。
「なんだ」
と、嗣己が眉間にしわを寄せて緋咲を見た。
「明継に近寄らないで」
「コイツが勝手に座ったんだ」
緋咲の切れ長の瞳が睨みつけると、嗣己が嘲笑う。
「くだらん」
不穏な空気に慌てて席を譲った明継が緋咲に耳打ちする。
「急にどうしたんだよ?」
「どうもこうも……!」
怒りを吐き出そうとした緋咲だが、明継の困惑した表情にため息をついて言葉を飲み込んだ。
緋咲が危惧しているのは2人の暴力的な関係だ。緋咲はその行為を目にするたび嗣己に怒りを感じていたし、自分が明継を護らなければと意気込んでいた。しかし目の前の明継は血の染み込んだ服を着ながら平気で加害者の隣に座り、緋咲に困惑の眼差しを向けるのだ。
当の本人がこれでは、何を言ってもきっと伝わらない。
緋咲は諦めと嫉妬と怒り、様々な感情に襲われて顔を背けた。
元晴は村の一件とは関係のないところで亀裂が入っている3人を横目に、未だ目を覚まさない清光の手を握っていた。
「気絶しているだけだ。すぐに目を覚ます」
「俺たちは2人で1つなんだ。清光が目を覚まさないなんて、生きた心地がしない」
嗣己の言葉に元晴が食い気味に答えた。
その様子を見て、清光の目が覚めない限り元晴はこちらの話に応じないのだと判断した嗣己は、そんな彼をぼんやりと見つめている大紀の名を呼んだ。
「大紀」
その低い声に大紀が体をびくりと揺らす。
「何について話すべきか分かっているな?」
「はい……」
大紀はすらりと伸びていた背筋を縮こませて小さな声で返事をした。嗣己の表情を窺う姿はいたずらをして怒られる子犬のようだ。
「なぜ能力者と接触した?」
「あ……あの、えと、落っこち……ちゃって」
「お前の身体能力で?」
嗣己の刺すような視線に大紀はたどたどしく答える。
「いや、その、綺麗すぎて、見惚れて」
明継が嗣己のオーラをものともせずに
「何に?」
と、好奇心からなる質問を呑気に投げかける。しかし大紀は言葉を探すばかりで中々口を開かなかった。
その間に元晴の気まずそうな表情を見た嗣己は全てを察し、目を瞑って長い息を吐くと、もう一度大紀を真っ直ぐに見た。
「元晴の力に影響を受けていたら、お前はここにいなかった」
「はい……」
「穏平の指導も無駄になる」
「はい……」
すっかりしょぼくれてしまった大紀を見て明継が慌ててフォローする。
「でも結果オーライじゃん。大紀は生きてるし、力は覚醒したし、穏平の護身術も役に立った」
「明継、ありがとう。それでも穏平先生の気持ちを考えたらもっと慎重になるべきだった。すみません……」
嗣己の眉間に皺がよる。
「……俺の言い方が悪かった。お前が台無しにしたのは霞月が与えた技術と時間の方だ。碌でも無い穏平の事なんぞどうでも良い」
「は、はい……?」
目を瞬かせた大紀に、明継が苦笑いを浮かべた。
「清光!」
そんな空気を断ち切ったのは元晴の声だった。
皆の視線が集まる中、清光が薄らと目を開く。
まだ焦点も定まらない状態で清光が真っ先に捉えたのは元晴の顔だった。
「元晴……大丈夫だったの?」
そう言ってふわりと笑う。
「俺は大丈夫だ。それよりお前気絶して……大丈夫なのか?」
「ちょっとめまいがするけど……」
清光が体を起こすと、そこに並ぶ面々を見て表情を曇らせた。
「どうして?」
敵意を含んだ清光の視線を跳ね返し、単刀直入に嗣己が問う。
「お前が主犯だな?」
その言葉に怒りを示したのは清光ではなく元晴だ。
「清光は被害者だ!」
「ここまで殺しておいてよく言えるな」
「俺たちは村の人たちに殺されかけたんだ!」
「その理由を作ったのはお前たちの能力。自業自得だろう」
切り捨てるような嗣己の言葉に元晴は怒りで顔を引きつらせる。
「お前らは何なんだよ! 俺たちの能力の事を知っているのか!?」
「見当はつく。教えてほしければ質問に答えろ」
怒りに任せて口を開こうとする元晴を清光がそっと手で制止する。
嗣己を真っ直ぐに見つめたその姿に元晴は黙り込んだ。
「いい子だ。お前たちの記憶はいつから始まっている?」
「はっきりとした記憶は、この村に来る寸前から」
「お互いの記憶は?」
「小さい頃からあります。僕と元晴は双子で……2人でよく遊びました」
「どこで?」
「……分からない……まだ小さかったから」
「この村に来たのは数年前だろう? お前らの背丈からして記憶の薄い幼児期に入村したとは思えん。なのに二人そろって記憶が曖昧なのは何故だ?」
清光と元晴は複雑な気持ちで目を伏せた。辻褄の合わない自分たちの生い立ちを不思議に思わなかったわけがない。
「お前たちの記憶は作られたものだ。植え付けられたと言ってもいい」
「どういう意味だ?」
嗣己の言葉に元晴が食いつくように問う。
「お前らの肉体は霞月で作られた。頭に入っている記憶は……夢を見ていたようなものだろう」
清光と元晴は言葉を失ったが、その困惑は表情で十分伝わってくる。
「霞月はそんな事もしてんのか?」
明継の問いに、嗣己の視線は元晴に向かった。
「俺は聞いていない。研究は止まっているはず」
考え込むようにしばし沈黙した嗣己が、改めて口を開く。
「この村の惨殺については問題ない。人間などいくらでも連れてきてやる。だがこの二人の出生についてはクグイに問い詰める必要があるな」
「僕らを殺しに来たの?」
そう呟いた彼の殺気はおびただしい。
この村と彼の確執は分からずとも、そこには仄暗い何かがあるのだと、その殺気が物語っていた。
「能力者のお出ましか」
嗣己は嬉しそうに笑ったが明継と緋咲にその余裕はなかった。
彼の瞳に射抜かれただけで脈が早まり、腰が引ける。これが殺気なのかと二人が初めての感覚に陥ると、清光の影がゆっくりと伸び始める。
それが人影のように形成され、武器を持った人型に揺らめくと
「クグイと同じ……?」
明継は眉を顰めて呟いた。
が、嗣己は一気に体から力を抜いてつまらなそうに首を振った。そして一瞬で消えると清光の背後に現れ、振り向く暇を与える事なく締め落とした。
いくつもの人影が大きく揺らめき、姿を消す。
「この能力は見飽きた。つまらん」
意識を失って崩れ落ちた清光を冷たく見下ろしながらため息をついた。
「なんでこいつ、クグイと同じ力を使うんだよ?」
恐怖から解放された明継が動揺しながら問いかけた。
「そんな事、俺が知るか」
嗣己の瞳が清光の顔を見つめて歪む。
「清光!」
背後から聞こえた足音に嗣己が振り向くと、顔を真っ青にした元晴が立ち尽くしていた。
ぐったりと横たわった清光を囲む嗣己らを、敵と認識した元晴は眉を吊り上げて瞳を黄金に塗りかえた。
小刀の柄に手を置いていた明継と緋咲の瞳から光が消える。
それを感じた嗣己がまた長い溜息を吐いて
「世話が焼ける」
と、呟くと明継に歩み寄った。
相手が刀を抜くよりも先に足を踏み込み、こめかみ目掛けて蹴り上げる。
「うぐぁっ!?」
明継は空中を飛んだ。
一番動揺したのは元晴だ。
意識を奪われた人間は元晴が念じなければ人形と同じだ。強い衝撃を与えられれば簡単に飛んでいく。
「お、お前ら、仲間なんじゃないのか!?」
元晴の後ろで二人の様子を見ていた大紀が眉尻を下げて呟いた。
「あの2人、特殊だから……」
体を地面に打ち付けて意識を取り戻した明継は倒れる暇もなくガバっと起き上がり、血を滴らせながら嗣己を指さした。
「何すんだ! お前!」
みるみるうちに回復していく明継は、先ほどの衝撃などなかったかのように声を張り上げる。
「みじん切りにでもせんと死なんのか? お前は」
首をかしげながら呟いた嗣己が印を結ぶと、緋咲の瞳に光が宿る。
「俺もそれで目覚めさせてくれ!」
「お前に術を使うのはもったいない」
「なんでだよ!!」
嗣己が笑みを見せると元晴に視線を戻した。
「この村を壊滅させたのはお前らか。里に帰る前に少し話を聞かせてもらおう」
清光と元晴の家に入ると、明継は嗣己の横に腰を降ろした。それを見た緋咲が二人の間に体をねじ込む。
「なんだ」
と、嗣己が眉間にしわを寄せて緋咲を見た。
「明継に近寄らないで」
「コイツが勝手に座ったんだ」
緋咲の切れ長の瞳が睨みつけると、嗣己が嘲笑う。
「くだらん」
不穏な空気に慌てて席を譲った明継が緋咲に耳打ちする。
「急にどうしたんだよ?」
「どうもこうも……!」
怒りを吐き出そうとした緋咲だが、明継の困惑した表情にため息をついて言葉を飲み込んだ。
緋咲が危惧しているのは2人の暴力的な関係だ。緋咲はその行為を目にするたび嗣己に怒りを感じていたし、自分が明継を護らなければと意気込んでいた。しかし目の前の明継は血の染み込んだ服を着ながら平気で加害者の隣に座り、緋咲に困惑の眼差しを向けるのだ。
当の本人がこれでは、何を言ってもきっと伝わらない。
緋咲は諦めと嫉妬と怒り、様々な感情に襲われて顔を背けた。
元晴は村の一件とは関係のないところで亀裂が入っている3人を横目に、未だ目を覚まさない清光の手を握っていた。
「気絶しているだけだ。すぐに目を覚ます」
「俺たちは2人で1つなんだ。清光が目を覚まさないなんて、生きた心地がしない」
嗣己の言葉に元晴が食い気味に答えた。
その様子を見て、清光の目が覚めない限り元晴はこちらの話に応じないのだと判断した嗣己は、そんな彼をぼんやりと見つめている大紀の名を呼んだ。
「大紀」
その低い声に大紀が体をびくりと揺らす。
「何について話すべきか分かっているな?」
「はい……」
大紀はすらりと伸びていた背筋を縮こませて小さな声で返事をした。嗣己の表情を窺う姿はいたずらをして怒られる子犬のようだ。
「なぜ能力者と接触した?」
「あ……あの、えと、落っこち……ちゃって」
「お前の身体能力で?」
嗣己の刺すような視線に大紀はたどたどしく答える。
「いや、その、綺麗すぎて、見惚れて」
明継が嗣己のオーラをものともせずに
「何に?」
と、好奇心からなる質問を呑気に投げかける。しかし大紀は言葉を探すばかりで中々口を開かなかった。
その間に元晴の気まずそうな表情を見た嗣己は全てを察し、目を瞑って長い息を吐くと、もう一度大紀を真っ直ぐに見た。
「元晴の力に影響を受けていたら、お前はここにいなかった」
「はい……」
「穏平の指導も無駄になる」
「はい……」
すっかりしょぼくれてしまった大紀を見て明継が慌ててフォローする。
「でも結果オーライじゃん。大紀は生きてるし、力は覚醒したし、穏平の護身術も役に立った」
「明継、ありがとう。それでも穏平先生の気持ちを考えたらもっと慎重になるべきだった。すみません……」
嗣己の眉間に皺がよる。
「……俺の言い方が悪かった。お前が台無しにしたのは霞月が与えた技術と時間の方だ。碌でも無い穏平の事なんぞどうでも良い」
「は、はい……?」
目を瞬かせた大紀に、明継が苦笑いを浮かべた。
「清光!」
そんな空気を断ち切ったのは元晴の声だった。
皆の視線が集まる中、清光が薄らと目を開く。
まだ焦点も定まらない状態で清光が真っ先に捉えたのは元晴の顔だった。
「元晴……大丈夫だったの?」
そう言ってふわりと笑う。
「俺は大丈夫だ。それよりお前気絶して……大丈夫なのか?」
「ちょっとめまいがするけど……」
清光が体を起こすと、そこに並ぶ面々を見て表情を曇らせた。
「どうして?」
敵意を含んだ清光の視線を跳ね返し、単刀直入に嗣己が問う。
「お前が主犯だな?」
その言葉に怒りを示したのは清光ではなく元晴だ。
「清光は被害者だ!」
「ここまで殺しておいてよく言えるな」
「俺たちは村の人たちに殺されかけたんだ!」
「その理由を作ったのはお前たちの能力。自業自得だろう」
切り捨てるような嗣己の言葉に元晴は怒りで顔を引きつらせる。
「お前らは何なんだよ! 俺たちの能力の事を知っているのか!?」
「見当はつく。教えてほしければ質問に答えろ」
怒りに任せて口を開こうとする元晴を清光がそっと手で制止する。
嗣己を真っ直ぐに見つめたその姿に元晴は黙り込んだ。
「いい子だ。お前たちの記憶はいつから始まっている?」
「はっきりとした記憶は、この村に来る寸前から」
「お互いの記憶は?」
「小さい頃からあります。僕と元晴は双子で……2人でよく遊びました」
「どこで?」
「……分からない……まだ小さかったから」
「この村に来たのは数年前だろう? お前らの背丈からして記憶の薄い幼児期に入村したとは思えん。なのに二人そろって記憶が曖昧なのは何故だ?」
清光と元晴は複雑な気持ちで目を伏せた。辻褄の合わない自分たちの生い立ちを不思議に思わなかったわけがない。
「お前たちの記憶は作られたものだ。植え付けられたと言ってもいい」
「どういう意味だ?」
嗣己の言葉に元晴が食いつくように問う。
「お前らの肉体は霞月で作られた。頭に入っている記憶は……夢を見ていたようなものだろう」
清光と元晴は言葉を失ったが、その困惑は表情で十分伝わってくる。
「霞月はそんな事もしてんのか?」
明継の問いに、嗣己の視線は元晴に向かった。
「俺は聞いていない。研究は止まっているはず」
考え込むようにしばし沈黙した嗣己が、改めて口を開く。
「この村の惨殺については問題ない。人間などいくらでも連れてきてやる。だがこの二人の出生についてはクグイに問い詰める必要があるな」