寂池村(じゃくちむら)では夜な夜な集会が行われていた。
 そこには村長と、あの瞬間に立ち会った者、そして村の有力者たちがいる。
 皆は額を合わせて話し合った。内容はもちろん、あの双子の今後についてだ。

「あんな子供、ずっと置いておくのは恐ろしい」

 現場を目の当たりにした者が震えながら言った。

「本当にそんなことができるのならば、殺すことも難しいのではないか?」

 村長が不安そうに皆の顔を見回した。

「あいつは自分で影を生み出しておきながら、呆けていたのだろう? もしかしたら悪魔付きかもしれん」

 初老の男が言った。

「自分では操れん力という事か?」

霞月(かげつ)が寄越した子供だ。何があっても不思議ではないが……ただ、殺しては何をされるか」

「あれは捨て子も同然よ」

「いや、まて。力を操れたらどうするつもりだ?」

 皆が口々に討論をしだすと、今まで黙っていた大柄な男が床を拳で一突きした。
 皆の視線が男に集まると、口の端を上げて大声を上げた。

「それは殺しに行かんと分からんだろう!」




 清光(きよみつ)が逃げ去ってから3回目の夜が来た。
 誰もが眠る時刻、双子の家の周りには村人たちが集まっていた。彼らは家のカギをこじ開け、室内に忍び込む。
 先頭を行くのは大柄な男。彼は昔から力が強く、豪快な性格も相まって喧嘩は負け知らずだった。そのせいか、寝室にたどり着いて布団の中に眠る華奢な2人を見下ろすと、

 こんなか弱い者に何ができるのか。

 と、静かに息を吐いた。

 男は懐から短刀を取り出し、照準を定めて腕をふり上げた。
 その刃先が闇夜にきらりと光ると同時に元晴(もとはる)の瞳が見開く。
 黄金の瞳は光り輝き、暗闇に浮かんで見えた。

 思わず男は
「ひっ」
 と声を出したが、次の瞬間には腕をだらんと垂らして、瞳は無気力にくすんだ。

「お前ら、何をしに来た?」

 起き上がった元晴がゆっくりとした口調で問う。
 呆気に取られて何も言えないでいる大人たちにしびれを切らして、元晴はもう一度目に力を込めた。
 腕を垂らして身動き一つ取らなかった男がゆっくりとした動作で立ち上がる。
 土間へフラフラと降り、そして短刀を自分の首に押し当てると一気に引いた。血しぶきが舞い、膝を床に打ち付けて倒れる。

「こうなりたくないなら清光を殺そうなどと二度と思うな」

 元晴が村人たちを見つめると、男の死体を回収して家から出ていった。
 皆の意識が元に戻ったのは家の扉が閉まって元晴の視線が遮られてからだ。

 村人たちは2人を恐れた。
 しかし共存していく自信もなかった。
 何が逆鱗に触れ、自分たちを死に至らしめるのか分からない存在を匿って生活するなど生きた心地がしなかった。
 村人たちは何度か集会を開いては計画を練った。それから何日も監視を続けて元晴が1人になる瞬間に目星を付け、力尽くで捕らえる。あらかじめ用意しておいた布で彼の目を覆って連れ去れば、その力は発揮されなかった。

 元晴が姿を消した事に清光が気が付いたのはその十数分後。
 わずかな時間ではあったが、何の手掛かりも無い清光が元晴の行方を突き止めるには時間を要した。
 手当たり次第に捜索し、ようやくたどり着いたのは村のはずれにある大きな蔵だ。
 それは村の祭事で使われる道具が保管されている場所で、必要がない限り人は寄り付かない。

 普段はがっちりと鎖が巻かれている扉が今日は薄く開いていた。違和感を感じた清光がそこから中を覗き込めば、目隠しをして後ろ手に縛られた元晴が見えた。その着物は着崩れて、体中に痣ができている。それを見下ろす村人たちの声や動き、ひとつひとつに怯える様子はこの数時間に受けた仕打ちを容易に想像させた。
 しゃがみ込んだ男が元晴の顔をしげしげと見つめ、力が使えないことを確認すると

「こいつは目がなければ何もできん。潰してしまえ」

 そう言った。

 清光は目を見開くと、慌てて蔵の裏へ走った。

 男の言葉に顔を青ざめた元晴が叫び、暴れる。
 頭を力任せに固定して、刃物を持った男が元晴の目に狙いを定めた。

 蔵に忍び込んだ清光が駆け寄ると、見張りの男が清光を取り押さえて叫ぶ。

「はやくやれ!」

「やめろ!!! やめてくれ!!!!」

 羽交締めにされた状態で清光が悲痛の叫びを上げると、元晴が布の下で目を見開く。

「清光!? ばか、来るな!!」

 元晴が震えた声で叫ぶが、清光の脳内に響いたのは元晴のか細い声だった。


『怖い……助けて……』


 清光の理性が飛んだ。




 蔵の中の影という影が人の形に伸びていく。それは村人たちの体から伸びた影も例外ではない。
 人型になった影がそれぞれの武器を握りしめ、一斉に村人たちを切り刻んだ。
 膝から崩れ落ちた清光は、人間が肉塊になっていく様に強い快感を感じて口元に弧を描いた。

 蔵の中に肉が散らばった頃、今度は村中に影が現われて人を切り刻んだ。
 蔵の外で起こっている事が清光の脳内に映像として流れ込んでくる。


「ぁ……だめ……だめ!」

 我に返った清光が腕で体を押さえつけても影の暴走は止められなかった。
 赤黒い塊の中で泣きじゃくる清光に駆け寄った元晴がその体を強く揺さぶった。

「清光!」

「元晴、どうしよう……みんな死んじゃった……元晴……」

「清光! 聞こえるか!? なぁ、おい!」

「元晴……生きて……?」

 清光の視線が元晴の顔に定まると、また大粒の涙がぼろぼろとこぼれた。

「生きてる……生きてるよ。こんな事させてごめん」

 元晴が清光を抱きしめる。清光も抱きしめ返すと徐々に体の震えが止まり、同時に影も消失した。



 蔵から出ると、外はすっかり日が暮れて村は暗闇に溶け込んでいた。

 家までの道のりを、2人は手を繋いで帰る。
 人のいない村と言うのはやけに静かで、星が美しく輝いて見えた。