脱皮した緋咲(ひさき)の下半身は鱗で覆われ、一枚一枚が白銀色に輝いた。
 うねりながら猛スピードで近づいてくる緋咲に栖洛(すらぐ)は複数の槍を放つが、鱗がそれを跳ね返す。
 槍が上半身の皮膚を裂いたとしても、緋咲の体に変化は現われなかった。

「なぜ効かんのだ!」

 栖洛が唸るようにそう言うと

「毒をもって毒を制すって言葉、知らないの?」

 と笑った。

 緋咲は尾を伸ばしながら栖洛の体にとぐろを巻いて登っていく。全身を締めあげながら頭部までたどり着くと、小触角のあたりを手でまさぐった。
 栖洛は抵抗するように体を壁に打ち付け緋咲を挟み込むが、彼女が怯むことはなかった。


「恥ずかしい穴、みぃつけた♡」

 緋咲は熱を帯びた声を出すと同時に、探し当てた栖洛の”穴”に腕を無理やりねじ込む。

「なに、を!?」

「アンタだって女の子に散々こういうことしてきたんでしょう?」

 力任せに肉壁を広げて拳を奥へ押し込んでいく。

「う、うぐうううううううう」

 苦しみもだえる栖洛に緋咲の目はらんらんと輝いた。
 腕をねじ込んだ部分に桃色の光が集まる。

「ここから引き出すと、効率がいいのよねぇ? ナメクジちゃん♡」

 力を吸い上げる程に緋咲の瞳がとろけていく。
 徐々に吸収が悪くなると、栖洛の体から力が抜けた。
 それを感じとった緋咲の口が耳まで裂ける。美しく並んだ歯列の犬歯を不釣り合いなほどに長く鋭く変形させると、栖洛の頭に突き立てた。
 栖洛は声を出す気力すらなく体を震わすと床に崩れ落ちた。

 緋咲が牙を引き抜くと同時に歯と口の形状も元に戻っていく。
 痙攣したままの相手を見下して、とぐろを解きながら床へ滑り降りた。




「あー……キモかった」

 頭をうなだれて座り込む緋咲の目が徐々に人間の物へと戻っていく。
 蛇のような下半身も、いつの間にかほっそりとした女性の姿に戻っていた。

 緋咲がそのまま放心していると、目の前の空間が歪んで嗣己(しき)が現れた。
 短く悲鳴を上げて、投げ出していた足を着物の中にしまい込む。

「化け物同士の醜い争い、実に面白かった」

 嗣己はそう言いながらしゃがみ込むと、緋咲と目線を合わせる。

「は!? アンタもしかしてボーっと見てたの!? こっちは色んな意味でヤられかけたんだからね!?」

「俺が手を出さなかったおかげで覚醒したんだろう? 貞操も守れたし良かったじゃないか」

 そう言って笑みを浮かべる嗣己に、緋咲が眉を吊り上げて叫んだ。

「大っ嫌い!!」





 緋咲が服を整えている間、嗣己は栖洛の様子を窺っていた。ようやく体の痙攣が止まって息を引き取ると、あっという間に小さなナメクジに戻った。

「うそ……元はこれってこと?」

 身なりを整えた緋咲が覗き込む。

「さあな。この化け物がどうやって造られたかなんて俺には分からん」

 嗣己が瞳に黒い炎を灯して栖洛の体を焼き尽くした。


「いい加減、明継が死んでいないか確認に行くか」

「は!?」

 立ち上がり、体を翻す嗣己に緋咲が目を丸くした。

「なんで危険だってわかってて置いてくるのよ!」

「明継の世話より化け物同士の戦いを見る方が面白いからな」

「そういうとこ!!!」

 緋咲は慌てて嗣己の後を追いかけた。







 明継(あきつぐ)は朝日を浴びながら、木陰で休息を取っていた。
 彼の周りに大量に存在した蘇りの姿は既に無く、村は静けさを取り戻している。蘇りの本体である栖洛が消滅したことで分身も消えてしまったようだ。

 自己回復能力に身を任せて天を仰いでいた明継は、視界に緋咲が入った途端に勢いよく体を起こした。

「緋咲! 無事だったのか!」

「何とかね」

 ピースサインを掲げていたずらっぽく笑う緋咲は明継が想像していたよりもずっと元気そうだ。
 安堵の表情を浮かべた明継は木に寄りかかろうと体の力を抜いたが、その後ろに嗣己の姿を確認するともう一度身を乗り出して叫んだ。

「嗣己! 急にいなくなりやがって! ふざけんな!」

「生きていたのか。お前がいなくなれば静かになると思ったんだがな。残念だ」

「言っていいことと悪いことがあるぞ!」

 噛みついてくる明継に嗣己が笑みを浮かべたところに、避難していた大紀(だいき)春瑠(はる)が顔を見せた。



「皆さん、ありがとうございました」

 駆け寄った春瑠が深々とお辞儀をすると、緋咲の顔を見て表情を曇らせた。
 緋咲は不思議そうに首をかしげて笑みを見せたが、春瑠の視線はその顔や体についた傷へ向かっている。

「私のせいで傷を負わせてしまってごめんなさい」

 そう言って緋咲の手を握り、目をつぶると桃色の光がふわりと体を包んだ。緋咲の傷がみるみるうちに治っていく。


「お前の力は回復に特化しているのか」

 春瑠の力を目の当たりにした嗣己が興味深そうに言った。
 緋咲も驚いて嗣己に問いかける。

「化け物の自己回復力が異常だったのは春瑠の力の影響?」

「そうだろうな。生贄で脂肪を蓄え、回復力も吸っていたからあんなにでかくなったんだ」

 すっかり全身の傷が癒えた明継がそこに合流して、感心するように呟く。

「春瑠は他人も治せるのか」

「お前の能力より使えるな」

 嗣己が意地悪く返すと、また小競り合いが始まった。


「相変わらず仲いいなぁ」

 それを大紀がほのぼのと見て笑うのであった。





 春瑠と大紀が身支度を済ませると、5人は霞月(かげつ)に向けて村を出発した。
 5人で村の門をくぐり抜けると緋咲が足を止めて振り返る。
 この騒動で二峯村(ふたみねむら)は人口が半分以下に減り、崇拝先も見失ったためか一気に活気を失った。

「信仰心っていうのは厄介ね。あんな神様でも信じる者には希望を与えていたんだもの」

 緋咲は自分のしたことが正しい事だったのか分からなくなっていた。
 春瑠を助けたことに後悔はない。だが悲しみに包まれた村を見れば、栖洛を殺すことだけが正解とは言い切れなかった。

「あいつは村人の心を救っていたかもしれないが、春瑠のような人間がその犠牲になっていた事も事実だ。お前が思い悩む必要はない」

 独り言のように呟いた緋咲の言葉に嗣己が声をかける。
 緋咲は困ったように微笑んだ。

「やっぱり、アンタの事はよくわかんないわ」

 嗣己はそれに返事をすることなく、

「行くぞ」

 と短く告げて歩き始めた。
 二峯村(ふたみねむら)の一件から半年ほどが経った。

 力の覚醒をした明継(あきつぐ)緋咲(ひさき)はその半年間、毎日のように里の外へ任務に出ている。その内容は化け物退治から下見、調査、単なる雑用まで様々だ。
 里に滞在できても鍛錬、勉学、書類整理で忙しく、休みは無いに等しかった。

 任務を終えた二人は今日も疲れ切った顔で霞月(かげつ)の門をくぐった。
 複数の頭がついた鳥の化け物を処分してきた二人は体中に羽を付けながら、ついばまれたボサボサの頭で帰って来た。


「空間移動が羨ましい」

「お風呂とお布団が恋しい……」


 明継と緋咲がぼやいていると、春瑠(はる)の甘ったるい声が耳に届いた。

「緋咲さ~ん♡」

 一直線に駆けてくる春瑠が緋咲の胸にダイブする。

「お疲れ様です!」

 桃色の軟らかな光が緋咲を包み込み、傷を癒した。


 明継は春瑠の懐きようを遠目で見ながら、その容姿の変貌につい釘付けになってしまう。
 春瑠は霞月に移住してまもなくすると、二峯村にいた頃の面影を感じさせないほど見違えた。
 色艶をなくし乱雑に結ばれていた髪はしっかりと手入れがされて艶やかで、毎日髪型を変えては愛らしい顔立ちに花を添えている。パステルカラーでまとめられた優しい色合いの着物を纏い、大きな瞳で笑顔を振りまく姿は、お人形に命を吹き込んだような、そんな可愛らしさだ。


「あ、明継さん。私が作った新薬です。良かったら試してみてください」

 その視線に気が付いた春瑠が薬の入った袋を明継に渡した。

「また俺が実験台か……」


 春瑠は霞月で薬の開発に熱を注いでいる。
 それは彼女が回復術に長けた能力を持っていることと、薬学や医学への飲み込みの早さをクグイに見込まれたからだ。
 クグイの指導を受ける者は長続きしないというのが能力者の中での定説だったが、春瑠はよほど相性が良かったのか毎日楽しそうに医務室に通っている。


「これを飲んだら疲れが吹っ飛んじゃって、2~3日は寝なくてもお仕事できますよ♪」

「効果が強すぎて怖いわ!」

 春瑠の笑顔がなんとなくクグイに似てきた。
 明継はそんな思いを胸に秘めながら、渡された袋の中身を覗き込んでため息をついた。


「春瑠。そろそろ離してもらっていいかしら?」

 緋咲がタイミングを見計らって優しく聞いた。

「はい♪ じゃあお家まで一緒に戻りましょう」


 春瑠は二峯村で助けてもらった事をきっかけに緋咲にべったりだ。
 試験通過後に家を与えられた明継は緋咲と一緒に長屋に移り、隣人となった。緋咲の家に頻繁に出入りする春瑠の事ももちろん知っている。
 同性ならと安心していたが毎朝帰りを待ちわびて門の前で待っている彼女を見ると、なんだか緋咲のプライベートにも入りにくくなってしまった。

 緋咲から体を離した春瑠は手を繋いで嬉しそうに微笑んだ。
 小さくなっていく2人の背中を見送りながら、明継が呟く。

「あ、なんか寂しい……」

 いつも一緒にいた幼馴染が恋人を作ってしまう感覚はこんな感じなんだろうかなどと思いを巡らせていると、


「明継よけてえぇえっ!」


 背後から人が飛んできた。
 明継を下敷きにして美しく着地したのは大紀(だいき)だ。

「お前なぁ! 俺じゃなきゃ死んでたぞ!」

「ごめんごめん。明継がいるなーと思って飛び降りたら命中しちゃった」

 大紀は明継の上から飛び退くと、苦笑いを浮かべて謝った。そして起き上がった明継に怪我がないのを知ると、ほっとした様子を見せて笑う。
 そんな大紀の表情に、明継は見惚れた。

「なに? やっぱりどっか痛む?」

「あ、いや。大紀の顔の布が取れてよかったなって」

 心配そうに覗き込んできた大紀に明継が慌てて首を振った。

「あ……えへへ。まだちょっと恥ずかしいけど」


 二峯村を出た大紀に顔の布を取るように言ったのは明継だ。二峯村で共に食事をとった明継は目鼻立ちのくっきりした大紀の顔立ちを知っていた。息苦しさもあるだろうと軽い気持ちで提案したのだが、長い間顔を隠して生活したせいか、大紀は皆の前で顔を見せることに抵抗を持っているようだった。
 それを心配した明継は大紀の身の回りの世話をするついでに通常の生活が送れるように色々と気を回してきたのだ。
 その布を取れたのもごく最近のことだった。

「やっぱりお前の笑顔は人を幸せにするよ」

 照れくさそうに笑う大紀を明継が優しい表情で見つめた。


「そういえば緋咲は?」

「もう春瑠に連れ去られた。大紀は任務か?」

「ううん! 訓練前のウォーミングアップしてただけ」


 大紀は穏平(やすひら)の下で指導を受けている。
 訓練前にはいつもこのあたりの木々や建物を縦横無尽に駆け巡り、体を温めているのだ。
 力の開花は未だみられないが、それだけの身体能力を持っているため偵察や下調べなど、それほど危険度の高くない任務へは既に出ている。

「次の任務の事聞いてる?」

「いや?」

 大紀の質問に明継が返答すると

「実は、明継たちの任務に僕も同行するのが決まったんだ」

 と、どこか誇らしげな表情の大紀が答えた。そんな大紀が可愛くて、明継も思わず顔を綻ばせてしまう。

「そうか。こんなに早く一緒に任務に行くなんて思わなかった。内容は聞いているのか?」

「うん。音信不通になってる村があるから見てきてほしいって」

「偵察ってことか……その内容で4人も?」

「んー。編成の理由までは教えてくれてないんだよね」

「そうか……」

 霞月の秘密主義には困ったものだ、と明継は思った。幹部になれば別なのだろうが、末端の明継たちには語られないことが多い。
 化け物が能力者の力を好んで吸い取ることすら二峯の一件で知ったのだ。
 明継の表情に大紀も不安そうに眉尻を下げる。
 それに気がついた明継が取り繕うように笑みを見せた。

「俺が守ってやるから安心しろ。それに……嗣己(しき)は嫌なヤツだけど頼りにはなるから」

「明継って嗣己の事、信頼してるんだね」

 目を輝かせて言う大紀に明継が不思議そうに首を傾げた。

「え? 全然してないけど」

「どっちなの?」

 ちぐはぐな態度に大紀が笑う。その笑顔に明継の表情が和らいだ。



 寂池村(じゃくちむら)と呼ばれる自然豊かな村に、3人の男が訪れた。
 彼らが村の門をくぐると村長が出迎え、引きつった笑みで深々と頭を下げた。村長の態度から、3人のうちの1人は霞月(かげつ)の使者で、この村がその統治下にある事がわかる。
 そしてその使者に連れられた残りの2人は10代半ばの少年たちだ。落ち着いた雰囲気で、実年齢より少し大人びて見える。

清光(きよみつ)元晴(もとはる)。挨拶しなさい」

 2人は名前を呼ばれると丁寧に挨拶をした。
 優し気な瞳に微笑みを浮かべる清光と、切れ長の瞳で気の強さを漂わせる元晴。2人はほとんど同じ造りの顔だがその性格は正反対に思えた。
 村長はにっこりと笑うと感心するように何度か頷いた。

 使者は指定された寂池村の家に2人を放り込み金を渡すとさっさと帰っていった。右も左もわからない村に置いて行かれた清光と元晴は泣きもわめきもしなかった。
 なぜなら二人の記憶は寂池村へ向かう道中から始まり、やっと人生のウォーミングアップが済んだところだったからだ。

 二人はさっそく生活を始めた。働くことも必要なく、気心の知れた兄弟で自分たちが生きるために好きなように生活をする。それだけだった。
 贅沢はできなくとも、その生活に不自由は無かった。

 そんな生活が数年続いたある日の事だった。
 清光は買い物帰りに民家が集まる道を歩いていた。
 この一帯は家族層が多く、子供が活発に遊びまわっている。その様子に顔を綻ばせながら帰路についていた清光は、突然響き渡った男の怒号と子供の泣きわめく声に足を止めた。
 その音の方向へ清光が目を向けると、民家から子供を抱いた女が転げるように飛び出した。
 あざだらけの体で縋るように周りを見回すが、
 それに応えようとする者はいない。
 のしのしと家の中から現れた男が、叫びながら震える女の顔を殴る。
 異様な光景に立ち尽くした清光が周りを見回せば、大人たちは見て見ぬふりで通り過ぎ、眉を潜めて囁き合っているだけだ。

 女を蹴り飛ばした男は、その腕に抱かれた子供に拳を振り上げた。
 清光は考えるよりも先に体が動き出し、男と子供の間に体をねじ込む。その拳を腹に受け、重い衝撃にうずくまると、また子供が大きな声で泣き叫んだ。
 男は口汚く清光を罵り何度も体を蹴とばす。痛みに顔を歪める清光の意識が朦朧としてくると、瞳に青い炎が揺らめいた。彼の周りに立ち上がった人影は鎧を纏った武士のようなシルエットへと変化し、それが腕を振り下ろすと、目の前の男の体がばらりと裂けて崩れ落ちた。
 清光は訳が分からずその肉塊をしばらく見つめたが、周囲のどよめきが耳に届くと震える足で走り去った。

 清光は自宅へ戻ると元晴の胸に飛び込んだ。
 土埃と痣にまみれ、べっとりと血でぬれている清光の姿に元晴は動揺しつつも、理由を聞くのをぐっとこらえて、落ち着かせるように抱きしめ返した。






 次の朝。元晴は様子を窺いながら清光に涙の理由を聞いた。
 それはずいぶんと現実離れした話だ。


「……お前が殺したと言っても、それをやったのは……影だろ?」

 しばらく考えた後、元晴がそう言った。

「そうだけど……その影は僕の体から出てきたんだ」

 弱々しく言う清光は不安そうに視線を泳がせた。

「お前が刀でも持って真っ二つにしたのか?」

「違う!」

「じゃあそれは影に責任があるな。お前が気にする事じゃない」

 そう言う元晴の顔を見て清光は目を瞬かせた。

「男は清廉潔白だったか? いつもニコニコと笑って虫も殺さない?」

「僕はその人を初めて見たし……女性と子供にひどいことを……してた……けど」

「じゃあしかたないな」

 何が仕方ないというのか。
 清光はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

 罪の意識で押し潰されそうだった清光はそんな元晴に少し救われながらも、肩透かしを食らったような気持ちになった。
 元晴がうーんと唸る。

「俺にも変な力がある」

「僕は本当の話をしているんだぞ? 揶揄わないでくれよ」

 困惑した表情で清光が抗議したが、元晴の目は至って真剣だ。



「外に人がいるだろ?」

 清光が人の視線を怖がって光を通すために1枚しか開けられなかった雨戸から二人は外を窺った。視線の先では男女2人が畑仕事をしている。
 自宅の敷地を越えて幾つかの道と畑を挟んだ先にある畑だ。人の大きさは小指の先くらいしか無い。
 元晴が深紅の目に力を込めると、虹彩の色がじわじわと黄金へと変化する。すると畑仕事をしていた男女の動きがピタリと止まり、今度はこちらに向かって大きく腕を振り始めた。
 清光は驚いて身を隠したが、元晴はそんな清光を見ていたずらっぽく笑った。

「これ、俺の変な力」
 寂池村(じゃくちむら)では夜な夜な集会が行われていた。
 そこには村長と、あの瞬間に立ち会った者、そして村の有力者たちがいる。
 皆は額を合わせて話し合った。内容はもちろん、あの双子の今後についてだ。

「あんな子供、ずっと置いておくのは恐ろしい」

 現場を目の当たりにした者が震えながら言った。

「本当にそんなことができるのならば、殺すことも難しいのではないか?」

 村長が不安そうに皆の顔を見回した。

「あいつは自分で影を生み出しておきながら、呆けていたのだろう? もしかしたら悪魔付きかもしれん」

 初老の男が言った。

「自分では操れん力という事か?」

霞月(かげつ)が寄越した子供だ。何があっても不思議ではないが……ただ、殺しては何をされるか」

「あれは捨て子も同然よ」

「いや、まて。力を操れたらどうするつもりだ?」

 皆が口々に討論をしだすと、今まで黙っていた大柄な男が床を拳で一突きした。
 皆の視線が男に集まると、口の端を上げて大声を上げた。

「それは殺しに行かんと分からんだろう!」




 清光(きよみつ)が逃げ去ってから3回目の夜が来た。
 誰もが眠る時刻、双子の家の周りには村人たちが集まっていた。彼らは家のカギをこじ開け、室内に忍び込む。
 先頭を行くのは大柄な男。彼は昔から力が強く、豪快な性格も相まって喧嘩は負け知らずだった。そのせいか、寝室にたどり着いて布団の中に眠る華奢な2人を見下ろすと、

 こんなか弱い者に何ができるのか。

 と、静かに息を吐いた。

 男は懐から短刀を取り出し、照準を定めて腕をふり上げた。
 その刃先が闇夜にきらりと光ると同時に元晴(もとはる)の瞳が見開く。
 黄金の瞳は光り輝き、暗闇に浮かんで見えた。

 思わず男は
「ひっ」
 と声を出したが、次の瞬間には腕をだらんと垂らして、瞳は無気力にくすんだ。

「お前ら、何をしに来た?」

 起き上がった元晴がゆっくりとした口調で問う。
 呆気に取られて何も言えないでいる大人たちにしびれを切らして、元晴はもう一度目に力を込めた。
 腕を垂らして身動き一つ取らなかった男がゆっくりとした動作で立ち上がる。
 土間へフラフラと降り、そして短刀を自分の首に押し当てると一気に引いた。血しぶきが舞い、膝を床に打ち付けて倒れる。

「こうなりたくないなら清光を殺そうなどと二度と思うな」

 元晴が村人たちを見つめると、男の死体を回収して家から出ていった。
 皆の意識が元に戻ったのは家の扉が閉まって元晴の視線が遮られてからだ。

 村人たちは2人を恐れた。
 しかし共存していく自信もなかった。
 何が逆鱗に触れ、自分たちを死に至らしめるのか分からない存在を匿って生活するなど生きた心地がしなかった。
 村人たちは何度か集会を開いては計画を練った。それから何日も監視を続けて元晴が1人になる瞬間に目星を付け、力尽くで捕らえる。あらかじめ用意しておいた布で彼の目を覆って連れ去れば、その力は発揮されなかった。

 元晴が姿を消した事に清光が気が付いたのはその十数分後。
 わずかな時間ではあったが、何の手掛かりも無い清光が元晴の行方を突き止めるには時間を要した。
 手当たり次第に捜索し、ようやくたどり着いたのは村のはずれにある大きな蔵だ。
 それは村の祭事で使われる道具が保管されている場所で、必要がない限り人は寄り付かない。

 普段はがっちりと鎖が巻かれている扉が今日は薄く開いていた。違和感を感じた清光がそこから中を覗き込めば、目隠しをして後ろ手に縛られた元晴が見えた。その着物は着崩れて、体中に痣ができている。それを見下ろす村人たちの声や動き、ひとつひとつに怯える様子はこの数時間に受けた仕打ちを容易に想像させた。
 しゃがみ込んだ男が元晴の顔をしげしげと見つめ、力が使えないことを確認すると

「こいつは目がなければ何もできん。潰してしまえ」

 そう言った。

 清光は目を見開くと、慌てて蔵の裏へ走った。

 男の言葉に顔を青ざめた元晴が叫び、暴れる。
 頭を力任せに固定して、刃物を持った男が元晴の目に狙いを定めた。

 蔵に忍び込んだ清光が駆け寄ると、見張りの男が清光を取り押さえて叫ぶ。

「はやくやれ!」

「やめろ!!! やめてくれ!!!!」

 羽交締めにされた状態で清光が悲痛の叫びを上げると、元晴が布の下で目を見開く。

「清光!? ばか、来るな!!」

 元晴が震えた声で叫ぶが、清光の脳内に響いたのは元晴のか細い声だった。


『怖い……助けて……』


 清光の理性が飛んだ。




 蔵の中の影という影が人の形に伸びていく。それは村人たちの体から伸びた影も例外ではない。
 人型になった影がそれぞれの武器を握りしめ、一斉に村人たちを切り刻んだ。
 膝から崩れ落ちた清光は、人間が肉塊になっていく様に強い快感を感じて口元に弧を描いた。

 蔵の中に肉が散らばった頃、今度は村中に影が現われて人を切り刻んだ。
 蔵の外で起こっている事が清光の脳内に映像として流れ込んでくる。


「ぁ……だめ……だめ!」

 我に返った清光が腕で体を押さえつけても影の暴走は止められなかった。
 赤黒い塊の中で泣きじゃくる清光に駆け寄った元晴がその体を強く揺さぶった。

「清光!」

「元晴、どうしよう……みんな死んじゃった……元晴……」

「清光! 聞こえるか!? なぁ、おい!」

「元晴……生きて……?」

 清光の視線が元晴の顔に定まると、また大粒の涙がぼろぼろとこぼれた。

「生きてる……生きてるよ。こんな事させてごめん」

 元晴が清光を抱きしめる。清光も抱きしめ返すと徐々に体の震えが止まり、同時に影も消失した。



 蔵から出ると、外はすっかり日が暮れて村は暗闇に溶け込んでいた。

 家までの道のりを、2人は手を繋いで帰る。
 人のいない村と言うのはやけに静かで、星が美しく輝いて見えた。
 嗣己(しき)明継(あきつぐ)緋咲(ひさき)に大紀を加えた霞月(かげつ)の4人は寂池村(じゃくちむら)へ足を踏み入れた。
 田畑は管理されずに朽ち果て、作物は動物に食い荒らされている。そこら中に鳥が留まって餌を狙い、野生動物は民家を生活の拠点にしていた。
 寂池村は自然豊かで人が多い村だった。今や、その面影はどこにもない。

「緋咲、何かいるか?」

 嗣己が村を見渡して問う。

「恐らく2つ。村の中の方が力は強そうね。山の中にもう1つ……だけど、さすがに正確な場所は割り出せないわ」


「2人で住むには広すぎる村だな」

 と、嗣己が独り言のように呟くと、大紀に村を囲む山の偵察を指示した。

「ここに何がいるんだ? 1人で行かせて大丈夫なのか?」

 心配そうに問う明継に嗣己は

「恐らく化け物じゃない。能力者だ」

 と、答えると緋咲に視線を向けて彼女が頷くのを確認した。

「山の捜索は大紀でなければ時間がかかる。やむを得ん」

 それから大紀を見て

「お前は戦闘能力が無いに等しい。対象を見つけても接触はするな」

 と念を押した。
 山へ向かった大紀を心配そうに見つめる明継に嗣己が向き直る。

「明継。お前は民家を覗いてこい」

「ん? わかった」

 明継は嗣己に言われるままに近場の民家を覗きに行くと、中から立ち込める異臭に顔を歪めた。袖で鼻を抑えながら土間に入ると、その異臭は足を進めるほどに強烈になっていく。
 部屋に繋がる引き戸の隙間から中を覗けばそこには動物に食い荒らされた青白い何かがいくつも落ちている。大半は鋭利な刃物で切り離されたような断面を見せていて、それが人間のバラバラ死体だと認識できるまでには時間が必要だった。
 明継は胃の不快感を感じて民家を飛び出した。

「ひどい有様だろ」

「お前、何があるかわかってたな!?」

 その様子に薄ら笑いを浮かべた嗣己に明継が抗議する。
 しかし、顔を青ざめた明継には、それ以上彼を咎める気力もないようだ。

「誰かを秘密裏に痛めつけるなら、どこでする?」

 明継の背中をさする緋咲を見つめて嗣己が問いかける。

「私なら行事品をしまう蔵ね。行事がなければ人は来ないし頑丈な鍵もついてる。都合がいいわ」







 村のはずれまで行くと、そこには大きな蔵があった。
 扉に手をかけた明継は、先ほどの臭いをまた感じ取って顔を顰める。

「この村はどうなってんだよ」

 扉を開いた先には大量の肉が転がっていた。
 蛆が這いまわり、ハエが飛ぶ。明継は中に入る気になれず早々に扉を閉めて振り返る。緋咲の名前を呼ぼうとしたが、2人の視線の先にある、少年の姿にその言葉を飲み込んだ。
 大紀(だいき)は自然豊かな山の中を軽快に駆け抜けた。
 赤く染まり始めた山は美しく、穏やかな日差しと涼しくなり始めた軟らかな風が体を通り抜ける。楽し気に木々に飛び移りながら林を抜けると、その先には美しい小川があった。

 大紀が木の上から見下ろした小川は、太陽光を反射してキラキラと輝く。
 そこに、黒髪の少年が見えた。

 咄嗟に身をひそめてその少年を目で追いかける。上半身を屈めていた少年が体を起こして背中を伸ばすように上を向き、その美しい顔を太陽に晒した。
 それに吸い寄せられるように大紀が身を乗り出した。バランスを崩した足が木から滑り落ちる。体から遠ざかる木を掴もうと慌てて腕を振り回したが、努力の甲斐なく茂みの上に大きな物音を立てて落下してしまった。

 反射的に瞑っていた目を開くと、いつの間にこちらへ来たのか、見惚れていた美しい顔が目の前にある。
 彼の瞳は吸い込まれそうなほどの美しさで輝きを放っていた。

「きれー……」

 大紀は頭に浮かんだままの言葉を発した。
 その声を聞いた少年――元晴(もとはる)の表情に困惑の色が浮かぶ。

「なぜ動ける?」

 独り言のように呟いた。
 人を操る力で生き延びた元晴は、力が通じない相手を初めて前にして恐怖よりも焦りの感情を大きくした。

 この村で起こったことを知られては自分たちの静かな生活を奪われかねない。

 そう思ったからだ。
 腰に携えていた狩猟用の短刀を咄嗟に取り出した。戦う技術を持たない元晴は短刀を大きく持ち上げ、大紀目掛けて振り下ろす。

「あっぶない!」

 声を上げて大紀が転がった。
 元晴が大紀をキッと睨んで短刀を握り直し、振り回す。

「さっそく約束破っちゃったかも……」

 嗣己(しき)の顔を思い浮かべながら大紀は苦笑し、構えを取った。

 元晴の短刀が大紀の頭目掛けて振り下ろされる。元晴の横へ入り込むように体を捌きながら短刀を握りこんだ手を手のひらで受け、元晴の肩を後ろへ回してその中をくぐり抜ける。相手がバランスを崩したところでうつぶせに拘束し、短刀を奪って腕を捻り上げた。

 穏平(やすひら)の指導を受け続けた半年間、大紀は護身術を叩きこまれていた。

 それにしてもこんなに上手くいくとは。

 大紀は元晴を制圧しながらも、自分の能力が信じられないといった表情を見せた。

「お前何者だ! なんで俺の力が効かない!?」

 自由を奪われながらも元晴の瞳は光を失わなかった。固定された腕を解こうと抵抗するが、それはいたずらに体力を消耗するだけだ。
 大紀はその姿に罪悪感を感じて表情を曇らせた。

「うーん……。キミが暴れないなら解いてあげてもいいんだけど」

 困ったようにそう言うと、元晴はしばしの間を置いてから体の力を抜いた。

「……分かった。約束する」

 その言葉を聞いて安堵の笑みを零した大紀にあっさりと解放された元晴は、立ち上がると同時に一目散に走り出した。

「清光……!」

「清光って子がいるの?」

「あぁ!?」

 目の前の木の枝にぶら下がる大紀に元晴が声を上げる。
 急ブレーキをかけた足がもつれてその場に尻もちをついた。

「そんなに急いだら危ないよ」

木から降りた大紀が元晴を覗き込み、手を差し出して微笑んだ。

「お前……何なんだよ」



 大紀を撒くのを諦めた元晴は小川に戻ると着物や体を洗いはじめた。

 どうやらこいつは清光の存在を知らないようだ。ずいぶんと呑気な性格だし、ご希望通りに自分が引き留めた方が清光も安全だろう。

 そう思った元晴は、近くの岩場に座って自分を眺める大紀を追い払うこともしなかった。

「ねぇ、さっき言ってた清光って誰?」

 うんともすんとも言わない元晴を気にするそぶりも見せず、大紀が話しかけ続ける。

「血は繋がってないけど、僕にも春瑠(はる)っていう大事な子がいるよ」

 春瑠を思い浮かべる大紀の笑顔は幸せそうだ。

「……仲はいいのか?」

 その表情を見た元晴が、しばらく間をおいてから返事した。

「うん。色々あったけど、今は一緒に暮らしてる。春瑠の笑顔を見るとほっとするんだ」

 大紀と視線を交わした元晴が短く言い放つ。

「双子だ」

「そうなんだ! じゃあ元晴みたいに綺麗な子なんだね」

 しつこく聞いてようやく教えてもらえた名前を待ちわびたように呼び、笑顔を輝かせる大紀に元晴は顔を顰めた。

「おまえさぁ、俺に綺麗って言うのやめろよ。きもちわりいよ」

「いいじゃん。事実でしょ?」

 何がいけないのかと、首を傾げた大紀が元晴の瞳を見つめ、うっとりとした声で続ける。

「元晴の目がキラキラするのも綺麗で好きだよ」

 元晴はその言葉に複雑な思いを抱いた。自分の瞳を綺麗だと思った事がなかったからだ。
 人間離れした能力に反応して体の一部が異常な動きを見せる。元晴は自分の体ながらも、それを気味の悪いものだと感じて嫌っていた。

「俺は嫌いだよ」

「そうなの? ……じゃあ、元晴の分も僕が大切にするよ」

 困惑した元晴が視線を向けると、大紀は穏やかな笑顔を返した。



「お前、どこからきたんだ? 服も綺麗だし迷い込んだ訳じゃないんだろ」

 話題を変えようとした元晴が問うと、大紀は気まずそうに目を泳がせて嗣己の顔を思い浮かべた。

 さすがにこの質問に答えるのはまずいかもしれない。

 そう判断した大紀が視線を戻すと、いつのまにか目の前に現れた元晴が顔をグッと近づけて疑いの視線を向けていた。

「何考えてた?」

「えっいや……」

 深紅の瞳にまっすぐ見つめられて、大紀がわかりやすく動揺する。
 その隙を見て元晴が大紀の脇腹に手を回した。

「あっ! ちょ、何するの!?」

 体を這う元晴の指が大紀の身を捩らせた。

「オラッ、何しにきたか言え!」

「ひっやめ、て! やはははひぃっやめっ、はは、ヒィイ」

 予想のつかない動きをする指に翻弄されて大紀の笑いが止まらなくなる。元晴も楽しそうに笑うと今度は大紀の腕が伸びて、お返しと言わんばかりにくすぐられる。
 体を捩ってじゃれ合う二人は年相応の無邪気さを取り戻していた。


 ひとしきりじゃれ合うと、笑いとくすぐりに疲れた二人が横並びで寝ころんだ。

「こんなに笑ったの久しぶりかも」

 空を見上げながらぽつりと呟いた元晴に、大紀は村の様子を思い出した。

 元晴に一体何があったのか? 明継(あきつぐ)たちに春瑠を助けてもらった時のように、今度は自分が元晴の役に立ちたい。

 その思いが強くなっていく。

「元晴、僕……」

 大紀の言葉を遮るように、元晴が勢いよく起き上がった。そして唐突に走り出す。

「どうしたの!?」

 慌てて追いかけた大紀が聞くと、元晴が声を張り上げた。

「清光が力を使ってる!」
 明継(あきつぐ)らの目の前に現れた少年――清光(きよみつ)は生気のない顔で3人を見つめていた。

「僕らを殺しに来たの?」

 そう呟いた彼の殺気はおびただしい。
 この村と彼の確執は分からずとも、そこには仄暗い何かがあるのだと、その殺気が物語っていた。

「能力者のお出ましか」

 嗣己(しき)は嬉しそうに笑ったが明継と緋咲(ひさき)にその余裕はなかった。
 彼の瞳に射抜かれただけで脈が早まり、腰が引ける。これが殺気なのかと二人が初めての感覚に陥ると、清光の影がゆっくりと伸び始める。
 それが人影のように形成され、武器を持った人型に揺らめくと

「クグイと同じ……?」

 明継は眉を顰めて呟いた。
 が、嗣己は一気に体から力を抜いてつまらなそうに首を振った。そして一瞬で消えると清光の背後に現れ、振り向く暇を与える事なく締め落とした。
 いくつもの人影が大きく揺らめき、姿を消す。

「この能力は見飽きた。つまらん」

 意識を失って崩れ落ちた清光を冷たく見下ろしながらため息をついた。

「なんでこいつ、クグイと同じ力を使うんだよ?」

 恐怖から解放された明継が動揺しながら問いかけた。

「そんな事、俺が知るか」

 嗣己の瞳が清光の顔を見つめて歪む。

「清光!」

 背後から聞こえた足音に嗣己が振り向くと、顔を真っ青にした元晴(もとはる)が立ち尽くしていた。
 ぐったりと横たわった清光を囲む嗣己らを、敵と認識した元晴は眉を吊り上げて瞳を黄金に塗りかえた。
 小刀の柄に手を置いていた明継と緋咲の瞳から光が消える。
 それを感じた嗣己がまた長い溜息を吐いて

「世話が焼ける」

 と、呟くと明継に歩み寄った。
 相手が刀を抜くよりも先に足を踏み込み、こめかみ目掛けて蹴り上げる。

「うぐぁっ!?」

 明継は空中を飛んだ。
 一番動揺したのは元晴だ。
 意識を奪われた人間は元晴が念じなければ人形と同じだ。強い衝撃を与えられれば簡単に飛んでいく。

「お、お前ら、仲間なんじゃないのか!?」

 元晴の後ろで二人の様子を見ていた大紀(だいき)が眉尻を下げて呟いた。

「あの2人、特殊だから……」


 体を地面に打ち付けて意識を取り戻した明継は倒れる暇もなくガバっと起き上がり、血を滴らせながら嗣己を指さした。

「何すんだ! お前!」

 みるみるうちに回復していく明継は、先ほどの衝撃などなかったかのように声を張り上げる。

「みじん切りにでもせんと死なんのか? お前は」

 首をかしげながら呟いた嗣己が印を結ぶと、緋咲の瞳に光が宿る。

「俺もそれで目覚めさせてくれ!」

「お前に術を使うのはもったいない」

「なんでだよ!!」

 嗣己が笑みを見せると元晴に視線を戻した。

「この村を壊滅させたのはお前らか。里に帰る前に少し話を聞かせてもらおう」








 清光と元晴の家に入ると、明継は嗣己の横に腰を降ろした。それを見た緋咲が二人の間に体をねじ込む。

「なんだ」

 と、嗣己が眉間にしわを寄せて緋咲を見た。

「明継に近寄らないで」

「コイツが勝手に座ったんだ」

 緋咲の切れ長の瞳が睨みつけると、嗣己が嘲笑う。

「くだらん」

 不穏な空気に慌てて席を譲った明継が緋咲に耳打ちする。

「急にどうしたんだよ?」

「どうもこうも……!」

 怒りを吐き出そうとした緋咲だが、明継の困惑した表情にため息をついて言葉を飲み込んだ。
 緋咲が危惧しているのは2人の暴力的な関係だ。緋咲はその行為を目にするたび嗣己に怒りを感じていたし、自分が明継を護らなければと意気込んでいた。しかし目の前の明継は血の染み込んだ服を着ながら平気で加害者の隣に座り、緋咲に困惑の眼差しを向けるのだ。
 当の本人がこれでは、何を言ってもきっと伝わらない。
 緋咲は諦めと嫉妬と怒り、様々な感情に襲われて顔を背けた。

 元晴は村の一件とは関係のないところで亀裂が入っている3人を横目に、未だ目を覚まさない清光の手を握っていた。

「気絶しているだけだ。すぐに目を覚ます」

「俺たちは2人で1つなんだ。清光が目を覚まさないなんて、生きた心地がしない」

 嗣己の言葉に元晴が食い気味に答えた。


 その様子を見て、清光の目が覚めない限り元晴はこちらの話に応じないのだと判断した嗣己は、そんな彼をぼんやりと見つめている大紀の名を呼んだ。

「大紀」

 その低い声に大紀が体をびくりと揺らす。

「何について話すべきか分かっているな?」

「はい……」

 大紀はすらりと伸びていた背筋を縮こませて小さな声で返事をした。嗣己の表情を窺う姿はいたずらをして怒られる子犬のようだ。

「なぜ能力者と接触した?」

「あ……あの、えと、落っこち……ちゃって」

「お前の身体能力で?」

 嗣己の刺すような視線に大紀はたどたどしく答える。

「いや、その、綺麗すぎて、見惚れて」

 明継が嗣己のオーラをものともせずに

「何に?」

 と、好奇心からなる質問を呑気に投げかける。しかし大紀は言葉を探すばかりで中々口を開かなかった。
 その間に元晴の気まずそうな表情を見た嗣己は全てを察し、目を瞑って長い息を吐くと、もう一度大紀を真っ直ぐに見た。

「元晴の力に影響を受けていたら、お前はここにいなかった」

「はい……」

穏平(やすひら)の指導も無駄になる」

「はい……」

 すっかりしょぼくれてしまった大紀を見て明継が慌ててフォローする。

「でも結果オーライじゃん。大紀は生きてるし、力は覚醒したし、穏平の護身術も役に立った」

「明継、ありがとう。それでも穏平先生の気持ちを考えたらもっと慎重になるべきだった。すみません……」

 嗣己の眉間に皺がよる。

「……俺の言い方が悪かった。お前が台無しにしたのは霞月(かげつ)が与えた技術と時間の方だ。碌でも無い穏平の事なんぞどうでも良い」

「は、はい……?」

 目を瞬かせた大紀に、明継が苦笑いを浮かべた。



「清光!」

 そんな空気を断ち切ったのは元晴の声だった。
 皆の視線が集まる中、清光が薄らと目を開く。
 まだ焦点も定まらない状態で清光が真っ先に捉えたのは元晴の顔だった。

「元晴……大丈夫だったの?」

 そう言ってふわりと笑う。

「俺は大丈夫だ。それよりお前気絶して……大丈夫なのか?」

「ちょっとめまいがするけど……」

 清光が体を起こすと、そこに並ぶ面々を見て表情を曇らせた。

「どうして?」

 敵意を含んだ清光の視線を跳ね返し、単刀直入に嗣己が問う。

「お前が主犯だな?」

 その言葉に怒りを示したのは清光ではなく元晴だ。

「清光は被害者だ!」

「ここまで殺しておいてよく言えるな」

「俺たちは村の人たちに殺されかけたんだ!」

「その理由を作ったのはお前たちの能力。自業自得だろう」

 切り捨てるような嗣己の言葉に元晴は怒りで顔を引きつらせる。

「お前らは何なんだよ! 俺たちの能力の事を知っているのか!?」

「見当はつく。教えてほしければ質問に答えろ」

 怒りに任せて口を開こうとする元晴を清光がそっと手で制止する。
 嗣己を真っ直ぐに見つめたその姿に元晴は黙り込んだ。

「いい子だ。お前たちの記憶はいつから始まっている?」

「はっきりとした記憶は、この村に来る寸前から」

「お互いの記憶は?」

「小さい頃からあります。僕と元晴は双子で……2人でよく遊びました」

「どこで?」

「……分からない……まだ小さかったから」

「この村に来たのは数年前だろう? お前らの背丈からして記憶の薄い幼児期に入村したとは思えん。なのに二人そろって記憶が曖昧なのは何故だ?」

 清光と元晴は複雑な気持ちで目を伏せた。辻褄の合わない自分たちの生い立ちを不思議に思わなかったわけがない。

「お前たちの記憶は作られたものだ。植え付けられたと言ってもいい」

「どういう意味だ?」

 嗣己の言葉に元晴が食いつくように問う。

「お前らの肉体は霞月で作られた。頭に入っている記憶は……夢を見ていたようなものだろう」

 清光と元晴は言葉を失ったが、その困惑は表情で十分伝わってくる。

「霞月はそんな事もしてんのか?」

 明継の問いに、嗣己の視線は元晴に向かった。

「俺は聞いていない。研究は止まっているはず」

 考え込むようにしばし沈黙した嗣己が、改めて口を開く。

「この村の惨殺については問題ない。人間などいくらでも連れてきてやる。だがこの二人の出生についてはクグイに問い詰める必要があるな」
 6人が霞月(かげつ)の門をくぐったのは、日がとっぷりと暮れたころだった。
 明継(あきつぐ)緋咲(ひさき)清光(きよみつ)らを任せた嗣己(しき)は通いなれた地下通路を通り、医務室まで足早に行く。
 窓越しにクグイの存在を確認するとノックをすることもなく中へ入った。


「あれぇ? 嗣己が任務帰りに僕のところに来るなんて珍しいじゃない」

 不躾な入室にもかかわらずクグイは嬉しそうに出迎えた。

「お前、おかしな研究に手をつけていないか?」

 嗣己は表情を変える事なく問う。

「僕は霞月のために富国強兵を目指して常に頑張ってるけど?」

「冗談を交わしに来たわけじゃない」

「いつにもまして機嫌が悪いなぁ。何があったの?」

寂池村(じゃくちむら)を知っているか?」

「じゃくち……? 僕と関係があったかな?」

元晴(もとはる)と清光は?」

「うーん。知らない」

 クグイの様子を見て嗣己は首を振ると、手近にあった椅子に座って落ち着いた口調で話し始めた。

「今日、寂池村というところに行ってきた。村人は能力者に惨殺されて、畑も荒れて昔の豊かさは見る影もなかった」

「へー、そりゃ大損害だね」

「その原因となった能力者、俺たちの力を使っていたぞ」

「えぇ!?」

 他人事のように返事をしていたクグイが目を見開いた。

「俺たちの能力の元は封印されているんだろう? 俺とお前の体から抜き出さん限り、あの能力は使えん」

「そうだけど……なんかしたかな? あ」

 困惑していたクグイの動きが止まり、急に何かを思い出したように声を上げた。

「言われてみれば数年前に作った気がする」

 嗣己の眉が一瞬歪んだのを見て、クグイは彼が苛立ちを感じているのだと理解した。

「彼らを作るだけ作って後の処理は下に任せちゃったんだよね。名前も移住先も知らないから繋がらなかった。そんなに怒らないでよ」

 穏やかに笑うクグイに、嗣己は居心地悪そうに視線を外した。

「えーっと。確か嗣己のDNAが手に入ったから僕のと掛け合わせたんだよね」

 間をおいて、困惑した表情の嗣己が聞き返す。

「俺のDNA……?」

「うん。精子だね」

「……」

「僕たち付き合いが長いからね。そんなこともあるよ」

 さらっと言いのけるクグイに対し、嗣己は脳内で過去を振り返りながら遠くを見つめた。

「確かに研究は止まってたんだけどね。いないなら作ればいいという精神で、まずは僕と嗣己の掛け合わせでやってみたんだ。どう? 顔似てた?」

 その問いに、遠のいていた意識を戻した嗣己が双子の顔を思い浮かべる。
 清光と元晴の顔はよく似ているが、目元はそれぞれ特徴を持っている。清光の柔らかく丸い瞳はクグイに、元晴の切れ長の瞳は嗣己にそっくりだ。だが鼻と口はどちらの特徴も取り入れていて、角度次第でどちらにも似ている。
 嗣己は彼らを見た瞬間にそれを薄々感じていた。
 それが事実だとしたら、まるで――

「まるで、じゃなくて僕たちの子供だよ?」

 嗣己の思考を読むようにクグイがにっこりとほほ笑む。

「しょうがないじゃない。遺伝子情報が僕と嗣己のものなんだもの。勝手に似るよ。穏平(やすひら)と掛け合わせるのはごめんだけど、嗣己ならいいかなって」

 嗣己は複雑な表情を浮かべたが、クグイは気にするそぶりもなく、むしろ嬉しそうに笑顔を見せた。

「そっかぁ。清光と元晴って名前になったんだ。僕の息子」

 楽しそうに想像をふくらませるクグイをどうしてやろうかと嗣己は考えたが、それはため息となって吐き出されるだけだった。

「いつになく楽しそうだな」

 呆れたように言うと、クグイは嬉しそうに目を細めた。

「だってすごいことだよ。これがうまくいけば化け物を介入させることなく、親の性別がどうであれ、新しい能力者を作り出せる。試験的に双子の年齢を操ってみたけど、その様子ならそっちも上手くいきそうだしね」

「ついにお前も先代の研究に足を踏み入れたか。……苦しくないか?」

「大丈夫だよ。僕たち自身がそうやって造られてきたんだから」

 嗣己はクグイの言葉に思いを巡らせた。
 彼らは、自分が化け物と人間の間の生き物である事を自覚したうえで悲観はしていない。それはこの霞月という里で生まれ、育ってきたからだ。
 それが彼らの常識だった。

「確かにそうか」

 嗣己がポツリと言うと、クグイの口元が緩む。

「でも嗣己が僕の事を心配をしてくれたのは嬉しいよ。最近じゃ明継くんばっかりだもん」

「そんな事はない。アイツの中身は霞月の資産。それを護っているだけだ」

「うそつき」

 月白色の瞳が見透かすように嗣己を見つめた。



「今後はどうするつもりだ?」

 その視線から逃げるように嗣己が問う。

「まずは彼の力を精製して経口接種できる状態にする。取り出すのはその後かな」

「そうか」

 目を伏せた嗣己に、クグイが眉尻を下げて微笑んだ。
 朝早く、緋咲(ひさき)の家を訪れたのは春瑠(はる)だった。

「緋咲さん」

 いつも通り声をかけるが、返事はない。
 出かけているのかと視線を彷徨わせると、扉が薄らと開いているのに気が付いて手をかけた。

「緋咲さんにしては不用心ね……?」

 あっさりと空いてしまった扉を不思議に思いながら中を覗きこむと、布団はまだ膨らんでいる。

「緋咲さん?」

 もう一度声をかけるが、緋咲は起きる様子を見せない。
 春瑠はついつい、いたずら心をくすぐられてしまった。


 布団へ歩み寄り、思わずにやける口元を手で押さえた。
 掛け布団を薄く開いて緋咲の体の向きを確かめる。
 抱きついて驚かせようと、布団にもぐりこんだ瞬間

「え!?」

 急に伸びてきた腕に捕まって春瑠が動揺の声を上げた。

清光(きよみつ)……? もう少し寝かせろ」

 そのまま抱きしめられて、春瑠は叫んだ。



「春瑠!?」

 緋咲が部屋に飛び込むと、目に涙をためた春瑠が飛びついた。
 布団の上に座り込んだ寝起きの元晴(もとはる)は、叩かれた頬を撫でながら不機嫌さを露わにしている。

「こいつが俺の布団の中に入って来たんだ」

 状況を飲み込めていない緋咲の視線に元晴が答えると、緋咲にしがみついた春瑠がキッと睨みつけて叫んだ。

「緋咲さんがいると思ったんだもん!」

「普段から緋咲の布団に忍び込んでんのか?」

「そ、そんなわけないでしょ!」

 顔を顰めて言う元晴に春瑠は動揺しながらも、先ほど自分がされた事を思い出して反論した。

「アンタだって清光って子とギューして二度寝してるんでしょ!」

「あぁ!? 違ぇよ!」

 図星をつかれたように語気を強めて否定する元晴に顔を突き合わせた春瑠が

「動揺してるじゃん!」

 と言うと、元晴も負けじと

「お前こそ!」

 と応戦した。

「二人とも落ち着いて」

 呆れたように緋咲が仲裁に入る。

「春瑠。この子は昨日の任務で連れて帰った子よ。元晴っていうの」

「なんで緋咲さんの家にいるんですか! 私はダメだったのに!」

「春瑠は連れ帰ることが分かっていたから事前に部屋が用意してあったの」

 春瑠をなだめつつ、元晴に視線を向ける。

「元晴。この子は春瑠よ。大紀(だいき)から聞いてるでしょ? 彼と同じ村で暮らしていた子」

「春瑠? お前が大紀の……」

 元晴の訝しげな視線に春瑠がまたむくれる。
 そこに入って来たのは緋咲の後ろで様子を窺っていた清光だ。

「春瑠さん。元晴が失礼をしたのなら謝ります」

「被害者は俺だぞ」

 駆け寄って謝罪を口にした清光に元晴が眉間にしわを寄せて抗議するが、清光はそれに構うことなく元晴を押しつぶすように無理やり頭を下げさせた。

「こいつ、ツンケンしてるけど本当は世話焼きで優しいヤツなんです。よかったら仲良くしてやってください」

 清光の登場で春瑠の表情が微かに和らいだ。
 その表情を読み取って、すかさず挨拶に移る。

「僕は清光と言います。こいつとは双子で。よろしくお願いします」

 微笑んだ清光に半べそをかいていた春瑠も表情を整え、目線を合わせた。

「清光さん……素敵なお名前ですね。初めまして。私は春瑠です。こちらこそよろしくお願いします」

 その可憐な姿に清光の顔が緩むと、元晴が顔をそむけて口の中で呟く。

「なんだよ、デレデレしやがって」

「あー、ヤキモチ妬いてる!」

 不貞腐れた元晴の顔を春瑠が覗き込み、揶揄うように笑った。

「はぁ!? ちげぇし!」

「元晴ー!」

 そこへ突然響いた声は緋咲の家の中に飛び込こみ、そのままの勢いで元晴を抱きしめ押し倒した。

「ぐあっ!」

「昨日はちゃんと眠れた!?」

元晴に覆いかぶさり、嬉しそうに問いかけるのは大紀だ。

「じゃねーよ! 飛び込んでくるな!」

「えへへ、ごめん。元晴に早く会いに行かなきゃと思ったら勢い余って突っ込んじゃった」

 怒鳴る元晴に怯む様子もなく、大紀が緩み切った顔で謝る。
 そんな2人の様子に真っ先に困惑を見せたのは春瑠だ。

「任務で会った綺麗な子って女の子じゃなかったの!?」

「うん、男の子だよ! ふふ……やっぱり綺麗だなぁ。僕が一生大事にするんだ」

 うっとりとした大紀の眼差しに春瑠が慌てふためく。

「ちょっとアンタ、純粋な大紀を誑かさないでよ!?」

「誰も誑かしてねぇ!」

 今度は3人のやりとりを見ていた清光が、冷ややかな視線を元晴に送る。

「僕が明継(あきつぐ)たちと対峙してた時に、元晴はそんな約束してたんだ?」

「ちがう! こいつは……」

「違わないよ! 約束したもん!」

「大紀! お姉ちゃんは認めないからね!?」

「僕は必死だったのに、元晴は大紀とよろしくやってたんだ。ふ〜〜〜ん」

「俺の話を聞け~!!!」

 3人に迫られた元晴が叫んだ。






「ずいぶんと賑わってるな」

 朝の準備を済ませた明継が覗き込んだ。

「皆、個性豊かよ」

 家主を置いて騒ぐ彼らを指し示すように手のひらを向けた緋咲がため息をついた。

「村にいた時より表情が明るくて良かった」

 家の中で戯れ合う姿を見て安堵する明継の表情に、緋咲が目を細める。

「……明継のそういうところ、すごく好き」

「え……」

 緋咲に面と向かって好意を示されたのがずいぶんと久しぶりな気がして、明継が微かに頬を染めた。
 その表情を向けられた緋咲も、思わず頬を染める。
 故郷や家族を失った彼らにとって自分のアイデンティティの一部を共有できる存在は他にいない。明継と緋咲はお互いを"絶対に失いたくない相手"なのだと意識し続けるうちに、いつの間にか兄妹のような存在から、失ってはならない大切な存在へと変わりはじめていた。


「そう言えば」

 明継が胸の高鳴りをごまかすように言葉を発した。

「清光たちの部屋と振り分けが決まった。落ち着いたら指導も始まるらしい」

「そ、そう。良かった」

 緋咲も頭を切り替えて返事をし、心を落ち着かせる。

「次の俺たちの任務も決まった」

「あの子たちも連れていくの?」

「今回は3人だ」

「そう」

 短く答えた緋咲の視線はじゃれ合う4人に向かっている。
 年のそれほど違わない4人が集まれば年相応の少年少女の顔になる。
 円樹村(えんじゅむら)にいた頃の自分と明継を重ね合わせて緋咲の表情が微かに曇った。

 そんな彼女を見かねて明継が声を張る。

「春瑠! 大紀! そんなにのんびりしていていいのか? 遅刻するとうるさいぞ。特にクグイが」

「もうそんな時間!? 元晴のせいで緋咲さんとの時間が台無し!」

 春瑠が元晴を恨めしそうに見つめながら幼さの残る頬を丸く膨らませる。元晴が揶揄うように舌を出すと、また始まりそうな小競り合いを予測して明継が手を叩いた。

「清光と元晴は屋敷に移動! やることは沢山あるぞ。さぁ準備準備!」

 せっつかれるように春瑠と大紀が部屋を飛び出すと、元晴は身支度をはじめ、清光は部屋を片付け始めた。

 こうして清光と元晴の、霞月(かげつ)での生活が始まったのだった。