寂池村(じゃくちむら)と呼ばれる自然豊かな村に、3人の男が訪れた。
 彼らが村の門をくぐると村長が出迎え、引きつった笑みで深々と頭を下げた。村長の態度から、3人のうちの1人は霞月(かげつ)の使者で、この村がその統治下にある事がわかる。
 そしてその使者に連れられた残りの2人は10代半ばの少年たちだ。落ち着いた雰囲気で、実年齢より少し大人びて見える。

清光(きよみつ)元晴(もとはる)。挨拶しなさい」

 2人は名前を呼ばれると丁寧に挨拶をした。
 優し気な瞳に微笑みを浮かべる清光と、切れ長の瞳で気の強さを漂わせる元晴。2人はほとんど同じ造りの顔だがその性格は正反対に思えた。
 村長はにっこりと笑うと感心するように何度か頷いた。

 使者は指定された寂池村の家に2人を放り込み金を渡すとさっさと帰っていった。右も左もわからない村に置いて行かれた清光と元晴は泣きもわめきもしなかった。
 なぜなら二人の記憶は寂池村へ向かう道中から始まり、やっと人生のウォーミングアップが済んだところだったからだ。

 二人はさっそく生活を始めた。働くことも必要なく、気心の知れた兄弟で自分たちが生きるために好きなように生活をする。それだけだった。
 贅沢はできなくとも、その生活に不自由は無かった。

 そんな生活が数年続いたある日の事だった。
 清光は買い物帰りに民家が集まる道を歩いていた。
 この一帯は家族層が多く、子供が活発に遊びまわっている。その様子に顔を綻ばせながら帰路についていた清光は、突然響き渡った男の怒号と子供の泣きわめく声に足を止めた。
 その音の方向へ清光が目を向けると、民家から子供を抱いた女が転げるように飛び出した。
 あざだらけの体で縋るように周りを見回すが、
 それに応えようとする者はいない。
 のしのしと家の中から現れた男が、叫びながら震える女の顔を殴る。
 異様な光景に立ち尽くした清光が周りを見回せば、大人たちは見て見ぬふりで通り過ぎ、眉を潜めて囁き合っているだけだ。

 女を蹴り飛ばした男は、その腕に抱かれた子供に拳を振り上げた。
 清光は考えるよりも先に体が動き出し、男と子供の間に体をねじ込む。その拳を腹に受け、重い衝撃にうずくまると、また子供が大きな声で泣き叫んだ。
 男は口汚く清光を罵り何度も体を蹴とばす。痛みに顔を歪める清光の意識が朦朧としてくると、瞳に青い炎が揺らめいた。彼の周りに立ち上がった人影は鎧を纏った武士のようなシルエットへと変化し、それが腕を振り下ろすと、目の前の男の体がばらりと裂けて崩れ落ちた。
 清光は訳が分からずその肉塊をしばらく見つめたが、周囲のどよめきが耳に届くと震える足で走り去った。

 清光は自宅へ戻ると元晴の胸に飛び込んだ。
 土埃と痣にまみれ、べっとりと血でぬれている清光の姿に元晴は動揺しつつも、理由を聞くのをぐっとこらえて、落ち着かせるように抱きしめ返した。






 次の朝。元晴は様子を窺いながら清光に涙の理由を聞いた。
 それはずいぶんと現実離れした話だ。


「……お前が殺したと言っても、それをやったのは……影だろ?」

 しばらく考えた後、元晴がそう言った。

「そうだけど……その影は僕の体から出てきたんだ」

 弱々しく言う清光は不安そうに視線を泳がせた。

「お前が刀でも持って真っ二つにしたのか?」

「違う!」

「じゃあそれは影に責任があるな。お前が気にする事じゃない」

 そう言う元晴の顔を見て清光は目を瞬かせた。

「男は清廉潔白だったか? いつもニコニコと笑って虫も殺さない?」

「僕はその人を初めて見たし……女性と子供にひどいことを……してた……けど」

「じゃあしかたないな」

 何が仕方ないというのか。
 清光はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

 罪の意識で押し潰されそうだった清光はそんな元晴に少し救われながらも、肩透かしを食らったような気持ちになった。
 元晴がうーんと唸る。

「俺にも変な力がある」

「僕は本当の話をしているんだぞ? 揶揄わないでくれよ」

 困惑した表情で清光が抗議したが、元晴の目は至って真剣だ。



「外に人がいるだろ?」

 清光が人の視線を怖がって光を通すために1枚しか開けられなかった雨戸から二人は外を窺った。視線の先では男女2人が畑仕事をしている。
 自宅の敷地を越えて幾つかの道と畑を挟んだ先にある畑だ。人の大きさは小指の先くらいしか無い。
 元晴が深紅の目に力を込めると、虹彩の色がじわじわと黄金へと変化する。すると畑仕事をしていた男女の動きがピタリと止まり、今度はこちらに向かって大きく腕を振り始めた。
 清光は驚いて身を隠したが、元晴はそんな清光を見ていたずらっぽく笑った。

「これ、俺の変な力」