二峯村の一件から半年ほどが経った。
力の覚醒をした明継と緋咲はその半年間、毎日のように里の外へ任務に出ている。その内容は化け物退治から下見、調査、単なる雑用まで様々だ。
里に滞在できても鍛錬、勉学、書類整理で忙しく、休みは無いに等しかった。
任務を終えた二人は今日も疲れ切った顔で霞月の門をくぐった。
複数の頭がついた鳥の化け物を処分してきた二人は体中に羽を付けながら、ついばまれたボサボサの頭で帰って来た。
「空間移動が羨ましい」
「お風呂とお布団が恋しい……」
明継と緋咲がぼやいていると、春瑠の甘ったるい声が耳に届いた。
「緋咲さ~ん♡」
一直線に駆けてくる春瑠が緋咲の胸にダイブする。
「お疲れ様です!」
桃色の軟らかな光が緋咲を包み込み、傷を癒した。
明継は春瑠の懐きようを遠目で見ながら、その容姿の変貌につい釘付けになってしまう。
春瑠は霞月に移住してまもなくすると、二峯村にいた頃の面影を感じさせないほど見違えた。
色艶をなくし乱雑に結ばれていた髪はしっかりと手入れがされて艶やかで、毎日髪型を変えては愛らしい顔立ちに花を添えている。パステルカラーでまとめられた優しい色合いの着物を纏い、大きな瞳で笑顔を振りまく姿は、お人形に命を吹き込んだような、そんな可愛らしさだ。
「あ、明継さん。私が作った新薬です。良かったら試してみてください」
その視線に気が付いた春瑠が薬の入った袋を明継に渡した。
「また俺が実験台か……」
春瑠は霞月で薬の開発に熱を注いでいる。
それは彼女が回復術に長けた能力を持っていることと、薬学や医学への飲み込みの早さをクグイに見込まれたからだ。
クグイの指導を受ける者は長続きしないというのが能力者の中での定説だったが、春瑠はよほど相性が良かったのか毎日楽しそうに医務室に通っている。
「これを飲んだら疲れが吹っ飛んじゃって、2~3日は寝なくてもお仕事できますよ♪」
「効果が強すぎて怖いわ!」
春瑠の笑顔がなんとなくクグイに似てきた。
明継はそんな思いを胸に秘めながら、渡された袋の中身を覗き込んでため息をついた。
「春瑠。そろそろ離してもらっていいかしら?」
緋咲がタイミングを見計らって優しく聞いた。
「はい♪ じゃあお家まで一緒に戻りましょう」
春瑠は二峯村で助けてもらった事をきっかけに緋咲にべったりだ。
試験通過後に家を与えられた明継は緋咲と一緒に長屋に移り、隣人となった。緋咲の家に頻繁に出入りする春瑠の事ももちろん知っている。
同性ならと安心していたが毎朝帰りを待ちわびて門の前で待っている彼女を見ると、なんだか緋咲のプライベートにも入りにくくなってしまった。
緋咲から体を離した春瑠は手を繋いで嬉しそうに微笑んだ。
小さくなっていく2人の背中を見送りながら、明継が呟く。
「あ、なんか寂しい……」
いつも一緒にいた幼馴染が恋人を作ってしまう感覚はこんな感じなんだろうかなどと思いを巡らせていると、
「明継よけてえぇえっ!」
背後から人が飛んできた。
明継を下敷きにして美しく着地したのは大紀だ。
「お前なぁ! 俺じゃなきゃ死んでたぞ!」
「ごめんごめん。明継がいるなーと思って飛び降りたら命中しちゃった」
大紀は明継の上から飛び退くと、苦笑いを浮かべて謝った。そして起き上がった明継に怪我がないのを知ると、ほっとした様子を見せて笑う。
そんな大紀の表情に、明継は見惚れた。
「なに? やっぱりどっか痛む?」
「あ、いや。大紀の顔の布が取れてよかったなって」
心配そうに覗き込んできた大紀に明継が慌てて首を振った。
「あ……えへへ。まだちょっと恥ずかしいけど」
二峯村を出た大紀に顔の布を取るように言ったのは明継だ。二峯村で共に食事をとった明継は目鼻立ちのくっきりした大紀の顔立ちを知っていた。息苦しさもあるだろうと軽い気持ちで提案したのだが、長い間顔を隠して生活したせいか、大紀は皆の前で顔を見せることに抵抗を持っているようだった。
それを心配した明継は大紀の身の回りの世話をするついでに通常の生活が送れるように色々と気を回してきたのだ。
その布を取れたのもごく最近のことだった。
「やっぱりお前の笑顔は人を幸せにするよ」
照れくさそうに笑う大紀を明継が優しい表情で見つめた。
「そういえば緋咲は?」
「もう春瑠に連れ去られた。大紀は任務か?」
「ううん! 訓練前のウォーミングアップしてただけ」
大紀は穏平の下で指導を受けている。
訓練前にはいつもこのあたりの木々や建物を縦横無尽に駆け巡り、体を温めているのだ。
力の開花は未だみられないが、それだけの身体能力を持っているため偵察や下調べなど、それほど危険度の高くない任務へは既に出ている。
「次の任務の事聞いてる?」
「いや?」
大紀の質問に明継が返答すると
「実は、明継たちの任務に僕も同行するのが決まったんだ」
と、どこか誇らしげな表情の大紀が答えた。そんな大紀が可愛くて、明継も思わず顔を綻ばせてしまう。
「そうか。こんなに早く一緒に任務に行くなんて思わなかった。内容は聞いているのか?」
「うん。音信不通になってる村があるから見てきてほしいって」
「偵察ってことか……その内容で4人も?」
「んー。編成の理由までは教えてくれてないんだよね」
「そうか……」
霞月の秘密主義には困ったものだ、と明継は思った。幹部になれば別なのだろうが、末端の明継たちには語られないことが多い。
化け物が能力者の力を好んで吸い取ることすら二峯の一件で知ったのだ。
明継の表情に大紀も不安そうに眉尻を下げる。
それに気がついた明継が取り繕うように笑みを見せた。
「俺が守ってやるから安心しろ。それに……嗣己は嫌なヤツだけど頼りにはなるから」
「明継って嗣己の事、信頼してるんだね」
目を輝かせて言う大紀に明継が不思議そうに首を傾げた。
「え? 全然してないけど」
「どっちなの?」
ちぐはぐな態度に大紀が笑う。その笑顔に明継の表情が和らいだ。
力の覚醒をした明継と緋咲はその半年間、毎日のように里の外へ任務に出ている。その内容は化け物退治から下見、調査、単なる雑用まで様々だ。
里に滞在できても鍛錬、勉学、書類整理で忙しく、休みは無いに等しかった。
任務を終えた二人は今日も疲れ切った顔で霞月の門をくぐった。
複数の頭がついた鳥の化け物を処分してきた二人は体中に羽を付けながら、ついばまれたボサボサの頭で帰って来た。
「空間移動が羨ましい」
「お風呂とお布団が恋しい……」
明継と緋咲がぼやいていると、春瑠の甘ったるい声が耳に届いた。
「緋咲さ~ん♡」
一直線に駆けてくる春瑠が緋咲の胸にダイブする。
「お疲れ様です!」
桃色の軟らかな光が緋咲を包み込み、傷を癒した。
明継は春瑠の懐きようを遠目で見ながら、その容姿の変貌につい釘付けになってしまう。
春瑠は霞月に移住してまもなくすると、二峯村にいた頃の面影を感じさせないほど見違えた。
色艶をなくし乱雑に結ばれていた髪はしっかりと手入れがされて艶やかで、毎日髪型を変えては愛らしい顔立ちに花を添えている。パステルカラーでまとめられた優しい色合いの着物を纏い、大きな瞳で笑顔を振りまく姿は、お人形に命を吹き込んだような、そんな可愛らしさだ。
「あ、明継さん。私が作った新薬です。良かったら試してみてください」
その視線に気が付いた春瑠が薬の入った袋を明継に渡した。
「また俺が実験台か……」
春瑠は霞月で薬の開発に熱を注いでいる。
それは彼女が回復術に長けた能力を持っていることと、薬学や医学への飲み込みの早さをクグイに見込まれたからだ。
クグイの指導を受ける者は長続きしないというのが能力者の中での定説だったが、春瑠はよほど相性が良かったのか毎日楽しそうに医務室に通っている。
「これを飲んだら疲れが吹っ飛んじゃって、2~3日は寝なくてもお仕事できますよ♪」
「効果が強すぎて怖いわ!」
春瑠の笑顔がなんとなくクグイに似てきた。
明継はそんな思いを胸に秘めながら、渡された袋の中身を覗き込んでため息をついた。
「春瑠。そろそろ離してもらっていいかしら?」
緋咲がタイミングを見計らって優しく聞いた。
「はい♪ じゃあお家まで一緒に戻りましょう」
春瑠は二峯村で助けてもらった事をきっかけに緋咲にべったりだ。
試験通過後に家を与えられた明継は緋咲と一緒に長屋に移り、隣人となった。緋咲の家に頻繁に出入りする春瑠の事ももちろん知っている。
同性ならと安心していたが毎朝帰りを待ちわびて門の前で待っている彼女を見ると、なんだか緋咲のプライベートにも入りにくくなってしまった。
緋咲から体を離した春瑠は手を繋いで嬉しそうに微笑んだ。
小さくなっていく2人の背中を見送りながら、明継が呟く。
「あ、なんか寂しい……」
いつも一緒にいた幼馴染が恋人を作ってしまう感覚はこんな感じなんだろうかなどと思いを巡らせていると、
「明継よけてえぇえっ!」
背後から人が飛んできた。
明継を下敷きにして美しく着地したのは大紀だ。
「お前なぁ! 俺じゃなきゃ死んでたぞ!」
「ごめんごめん。明継がいるなーと思って飛び降りたら命中しちゃった」
大紀は明継の上から飛び退くと、苦笑いを浮かべて謝った。そして起き上がった明継に怪我がないのを知ると、ほっとした様子を見せて笑う。
そんな大紀の表情に、明継は見惚れた。
「なに? やっぱりどっか痛む?」
「あ、いや。大紀の顔の布が取れてよかったなって」
心配そうに覗き込んできた大紀に明継が慌てて首を振った。
「あ……えへへ。まだちょっと恥ずかしいけど」
二峯村を出た大紀に顔の布を取るように言ったのは明継だ。二峯村で共に食事をとった明継は目鼻立ちのくっきりした大紀の顔立ちを知っていた。息苦しさもあるだろうと軽い気持ちで提案したのだが、長い間顔を隠して生活したせいか、大紀は皆の前で顔を見せることに抵抗を持っているようだった。
それを心配した明継は大紀の身の回りの世話をするついでに通常の生活が送れるように色々と気を回してきたのだ。
その布を取れたのもごく最近のことだった。
「やっぱりお前の笑顔は人を幸せにするよ」
照れくさそうに笑う大紀を明継が優しい表情で見つめた。
「そういえば緋咲は?」
「もう春瑠に連れ去られた。大紀は任務か?」
「ううん! 訓練前のウォーミングアップしてただけ」
大紀は穏平の下で指導を受けている。
訓練前にはいつもこのあたりの木々や建物を縦横無尽に駆け巡り、体を温めているのだ。
力の開花は未だみられないが、それだけの身体能力を持っているため偵察や下調べなど、それほど危険度の高くない任務へは既に出ている。
「次の任務の事聞いてる?」
「いや?」
大紀の質問に明継が返答すると
「実は、明継たちの任務に僕も同行するのが決まったんだ」
と、どこか誇らしげな表情の大紀が答えた。そんな大紀が可愛くて、明継も思わず顔を綻ばせてしまう。
「そうか。こんなに早く一緒に任務に行くなんて思わなかった。内容は聞いているのか?」
「うん。音信不通になってる村があるから見てきてほしいって」
「偵察ってことか……その内容で4人も?」
「んー。編成の理由までは教えてくれてないんだよね」
「そうか……」
霞月の秘密主義には困ったものだ、と明継は思った。幹部になれば別なのだろうが、末端の明継たちには語られないことが多い。
化け物が能力者の力を好んで吸い取ることすら二峯の一件で知ったのだ。
明継の表情に大紀も不安そうに眉尻を下げる。
それに気がついた明継が取り繕うように笑みを見せた。
「俺が守ってやるから安心しろ。それに……嗣己は嫌なヤツだけど頼りにはなるから」
「明継って嗣己の事、信頼してるんだね」
目を輝かせて言う大紀に明継が不思議そうに首を傾げた。
「え? 全然してないけど」
「どっちなの?」
ちぐはぐな態度に大紀が笑う。その笑顔に明継の表情が和らいだ。