嗣己(しき)の合図で屋敷へ向かった明継(あきつぐ)は、そこから飛び出してきた春瑠(はる)の姿を見て目を見開いた。
 その後ろについて来ていた大紀(だいき)が春瑠を抱きとめる。

「春瑠! 屋敷から出られたの!?」

「彼女が殺される! 誰か!」

 大紀の質問に答えるよりも先に、目に涙をためた春瑠が助けを求めた。


 春瑠が体に巻きつけている羽織は間違いなく緋咲(ひさき)の物だ。
 目の色を変えた明継が咄嗟に駆け出す。

「緋咲!」


 そんな明継の首根っこに、どこからともなく白い手が伸びた。

「お前には村に住み着く化け物を処分しろと言ったはずだ。緋咲に構うな」

 その声の主は嗣己だ。

「そういうわけにはいかないだろ!」

 明継が叫びながら暴れる。

「お前が入るとあいつが成長せんのだ!」

 珍しく怒りを含ませた声で嗣己が言い返した。

「緋咲を死なせるわけにいかないんだよ!」

「自分の身を守れない人間に霞月の仕事は務まらん。お前の行動は緋咲の立場を危うくするだけだといい加減理解しろ!」

 睨み合う2人の間を割って春瑠が声を上げる。

「言い合ってる場合ですか!? あいつは女性の体から力を抜き取るんです! はやく助けに行かないと!」

 大粒の涙を流す春瑠は必死にしがみついたが、それでも嗣己の目は冷たく彼女を見下ろすだけだ。

「下らん。貞操を捧げようが死ぬわけじゃない」

「はああ!?」

 明継が叫びともとれる声を上げ、

「やっぱり助けに行く!」

 と言って暴れ出すと、嗣己は面倒臭そうにため息をついた。

「お前はお前の仕事をしろ」

 そう言ったと同時に高台を駆け上がる複数の足音が聞こえてくる。
 明継が訝し気にその先を見つめると、武装した村人たちの群れが目に入った。

「大神様に逆らったのはお前らか!」

「大神様に何をしている!」

 村人たちは怒りの言葉をぶつけながら、恐ろしい形相で向かってくる。


「このタイミングで来るという事は蘇りの化け物どもだな」

 嗣己が言うと、明継が食い気味に問う。

「本当にあいつの分身なんだろうな!? 人間相手に殺しは嫌だぞ!」

「うるさいやつだな。俺が証明してやる」

 瞳に黒い炎を揺らめかせた嗣己が、印を結んだ手から火炎放射器のように炎を放つ。
 炎に包まれた者たちがあっという間に溶けていく様は明らかに人間ではなかった。

「げぇ、容赦なさすぎだろ」

 青ざめながら嗣己を見つめていた明継が腕に黒い霧をまとわせる。

「でも相手が化け物なら気が楽だ」

 両手を手甲鉤のように鋭く変形させると集団の中へ切り込んだ。
 瞳を黄金に塗り替えて、人とは思えぬスピードで敵の間をすり抜け、一瞬で肉塊にしていく。バラバラと地面に落ちた肉が溶けて地面にシミを作る。

 明継が戦闘に入ったのを確認した嗣己は、恐怖で固まっている大紀に春瑠を安全な場所に連れていくように指示をした。
 そして明継の頭上近くの木に空間移動で現れると

「後は任せた。せいぜい死なないようにな」

 と告げて消える。

 村の過半数ともいえる蘇りに囲まれていた明継は

「はぁ!? この人数を一人でやらせるか!?」

 と文句を言いつつ、鎌を振りかぶって来た男を蹴とばし、斧を振り回す相手を跳ねのける。
 せわしなく敵の相手をしながらも

「嗣己のバカヤロー!」

 と、叫びを村にとどろかせた。