能力者が住んでいるとの情報が入った”二峯村(ふたみねむら)”はその名の通り二つのなだらかな山に挟まれた村だ。
 村全体をぐるりと囲んだ木造の塀は、よそ者を寄せ付けない空気があった。

 能力者回収の任務を受けてその村に向かったのは明継(あきつぐ)緋咲(ひさき)嗣己(しき)の3人だ。
 事前に受け取った偵察部隊からの報告書には、高台にぽつんとそびえる屋敷の中に化け物が住みつき、そこに能力者が軟禁されていると記されていた。
 そしてその”化け物”は二峯村の中では神様として崇められているそうだ。

「報告書読んだけどさ、なんで化け物が神様だなんて話になったんだろうな」

 疑問を投げかけた明継に、嗣己が答える。

「二峯村は国境沿いの村だ。領土争いに何度も巻き込まれたせいか、信仰心と警戒心が強い傾向にある」

「異質な存在が身を寄せるには都合のいい村……ってことか?」

「そういうことだ。そして俺たちにも都合の良いことがある」

 嗣己の言葉に緋咲が頷いた。

「女性巡礼者だけを受け入れる」

「どういう意味だ?」

 二人のアイコンタクトに不安をよぎらせた明継が眉間に皺を寄せて問う。

「女専門のグルメな化け物ってことだ。緋咲を餌にして内部に入り込む」

「はぁ!? 緋咲にそんな危ない事させられるか!」

「明継」

 嗣己に食ってかかった明継に、力のこもった声をかけたのは他でもない緋咲だった。

「追加報告によると能力者は屋敷の中でそいつの世話をさせられている。同じ女として黙っていられないじゃない」

 緋咲の瞳は任務に燃えていた。
 彼女の力強い視線に明継がため息をつく。

「説得済みってか……」

 それ以上の言及は無いが、むくれた表情は隠しきれていない。
 嗣己が呆れるように首を振った。

「お前は本当に過保護だな。いい加減信用してやれ。緋咲に失礼だ」

 緋咲が微かに口角を上げ、明継は口を尖らせた。

「緋咲が潜入したら俺の能力で明継も連れていく。あとは能力者を探し、連れ帰れ」


 緋咲が二峯村の門の中へ消えていくのを見届けると、嗣己は明継の背中に触れた。一瞬で目の前の風景が二峯村の内部に変わり、明継が辺りを見回す。

「ヘマはするなよ」

 嗣己の声に振り向けば、既に姿はない。

「え!? ここで解散なの!?」

 明継が声を上げても返事は来なかった。







 この村の構造は調査報告書で事前に知らされていた。
 村の中央には高台があり、それを取り囲むように民家と畑のエリアが広がっている。
 高台の位置を確認した明継は、人目に触れないように細心の注意を払って民家や畑を抜けた。
 高台を駆け上がれば屋敷林に囲まれた木造家屋が見える。家屋自体の床面積はそれほど大きなものではないが、高さを出すための増改築がされているのがわかる。

 晴天だというのに、屋敷はぴっちりと雨戸が締められていて中の様子は窺えない。
 屋敷の周りをぐるりと確認した明継は、かろうじて中が覗けそうな小さな格子窓を見つけると、顔をくっつけた。室内は暗く人影もない。しかし耳をすませば、襖の向こうから微かに女性の啜り泣きが聞こえた。

「うぅ……ひっ……う……」

 その声だけでは何をしているのか分からない。
 他に情報を得られないかと明継が部屋の中に夢中になっていると、突然背中を棒でつつかれた。

「今はここに来ちゃいけない時間だぞ」

 びくりと体を揺らした明継が恐る恐る振り向くと、そこに現れたのは顔を布で巻いて箒を持った少年だった。
 露出した腕や足から見るに、程よく引き締まったすらりとしたスタイルだが、やんちゃさを感じる喋りは背丈で想像するより幼そうだ。

「あぁー……そうだったな」

 目を泳がせる明継に少年が訝し気な視線を向ける。

「よそ者か? この村にどうやって入ったんだ?」

 明継の頭の中で、嗣己が別れ際に言った、

「ヘマはするなよ」

 の声が何度も再生される。
 泣きそうになりながら首を振ると、少年は優しげな瞳を細めた。

「変な奴。着いてきなよ」

 そう言って、明継の手を引っ張って走り出した。



 少年は明継を小屋に招き入れると、自分が着ている服と同じものを渡した。

「これを着ていれば大抵は見向きもされない。ちゃんと顔も隠しなよ」

「ありが……とう?」

 戸惑いながら受け取る明継に少年が聞く。

「ここに何しに来たの?」

 少しためらったが、彼の人懐っこい雰囲気にのまれてつい口を開いてしまう。

「屋敷に……用があって」

 少年はしばし考えを巡らすように黙り込んだが、真剣な眼差しを明継に向けると意を決したように口を開いた。

「……あそこの中に、なにがいるのか知ってる?」

 明継が首を振ると、少年は顔をずずいと近づけて声を抑えた。

「あの中には……変態がいる」

「は??」

 思わず気の抜けた声が出た。

「毎日屋敷の周りで仕事をしてるからわかる。あそこで祀られてる神様はどえらい変態だよ」

 それを大真面目な顔で言う少年に、明継は深刻な顔をして息をのんだ。

「お前ア……じゃない。なんかこう……豊かな……感性をしてるな?」

「何それ?」

 少年は不思議そうに明継を見た後、話を続けた。

「屋敷にいる女の子は春瑠(はる)っていうんだ。皆は屋敷で巫女みたいな仕事をしてるっていうけどさ、あんなの牢屋だよ」

「どうして?」

「外に出ちゃいけないから。あの中で一日中過ごすんだよ?」

「じゃあ春瑠……って子は何年も外に出ていないのか?」

「いや、春瑠は1年半くらいかな。元々は春瑠の母さんがやってたんだ。だけど、食べられちゃったから……」

 明継はその異様な表現に戸惑いを見せ、少しの間をおいて口を開いた。

「それって、そのままの意味……か?」

 少年が頷くと明継は絶句した。
 嗣己が言っていたことは事実だったのだ。

「あの神殿にいる神様は女を食べる。僕は葬送の仕事で生贄を迎えに行くんだけど、みんな跡形もないよ。少しの血だまりと、綺麗な骨がいっぱい散らばってるだけさ」

 春瑠の母さんの時もそうだった、と少年は暗い顔で言った。

「あいつは春瑠を側に置くために、母さんを食べたんだ。春瑠が12歳になった頃かな、急にさ。よくわかんないけど、春瑠の方が力が強くなったからだって村の人は言ってる」

 明継はその言葉に”春瑠”という少女が今回のターゲットであることを確信した。

「春瑠と……どういう関係なんだ?」

 名前を求めるように少年の顔を覗き込んだ。

「僕は大紀(だいき)。春瑠とは同じ出身だけど姉弟じゃないよ。僕がまだ小さかった頃に里が災害にあって両親が死んじゃったから、春瑠の母さんが僕も連れてこの村で育ててくれたんだって」

 明継はその説明で大紀が霞月の出身であることを知り、問う。

「もしかして、変わった能力を持ってないか?」
「僕が……?」

 大紀はしばらく考えた後、神妙な面持ちで言った。



「大根の桂剥きが妙に上手い……とかかな?」




「……うん、分かった。お前は俺と同じでちょっと時間がかかりそうだな……」

 明継が頭を抱えた。







 小屋から出ると、外は暗くなり始めていた。

「新しい生贄が来た」

 そう呟いた大紀の視線を追うと、村の男たちに囲まれて歩く緋咲がいた。

「彼女は今すぐ生贄になるのか!?」

 明継の普通ではない声色に、大紀が少し考えてから口を開いた。

「今日は顔合わせするだけ…………だけど……覗きたい?」

「……そんなことできるのか?」

 訝しげな明継の表情に、大紀が大きく頷く。

「隠し扉があるんだ」




 大紀は明継を連れて高台へ登った。

「ついてきて」

 明継に小声で言うと、屋敷に接する大木に足をかけて垂直に駆けだした。
 それを見た明継は目玉が零れおちそうなくらいに目を見開いた。
 大紀が不思議そうに、早くこいと言わんばかりに手振りで呼ぶが、明継にそんな芸当ができるわけがない。

「すげー天然だな……」

 明継は呆れかえりながら、彼は能力者なのだと確信した。

 クナイを駆使して何とか大紀のいる場所まで登った明継は、屋敷の屋根を伝う。
 スルスルと行ってしまう大紀に遅れをとりながらもなんとか追いつくと、うっすらと切れ目の入った外壁が目に入る。
 大紀が慣れた手つきでそれを取り外すと、屋敷内へ繋がる通路が現れた。

「中に入れるのか?」

「うん。増築した時に内緒でつけてもらったんだ」

「誰に?」

 その質問に、大紀は言葉を選ぶようにゆっくり答えた。

「……この村の女性は神様のものだから。飢えてる人を見つけて餌で釣れば案外簡単にいうことを聞いてくれる」

 大紀に朗らかな人柄を感じていた明継は、その横顔に新しい一面を見た気がした。
 その複雑な表情に気がついた大紀が、眉尻を下げて笑う。

「春瑠の命を守るためならなんでもするよ」




 忍び込んだ明継と大紀は屋根裏の隙間から部屋を覗き見た。
 そこには少女と向かい合った緋咲の姿がある。

「春瑠はあの子?」

「うん……」


 明継の問いに答える大紀の声は今までで一番張りがない。

「春瑠は明るい子なんだ。おしゃれが好きで、優しくて。なのに……」

 大紀の瞳が揺れるのを見て、明継は部屋の中へ視線を戻した。

「この屋敷は敷地内に入っていい時間が決められているんだ。どうしてだと思う?敷地に皆が入れない間、あいつが春瑠に何してると思う?」

 明継は見当もつかずに大紀の言葉を待った。

「あいつ、春瑠の体を――」