「沢海、貴方、病状結構ヤバいんじゃないの」
誰もいない病室で、羅月が問う。高校を入学してから、約二か月が経った。
「高校入ってすぐに、病状悪化って、俺の運も相当悪いな。ま、大丈夫だけど」
「それはまあ、いいけどさ、学校のほうも少しヤバいことになっているわよ。貴方は相手の子を友達だとも、異性としても見ていないのだろうけれど、学校じゃ女子が大騒ぎ。貴女はクラスで唯一イケメンの部類に入る男子だから」
「……。お前、もしかして、その女子たちに俺の病気について話してないだろうな」
 女子なんて、あいつ以外興味なんて全くない。
貴女の考えていることが分かるようになってきたなんて、私もよもすねね、と羅月が呟く。
「羅月、お前、世も末って言いたいのか。だとしたら失礼な話だ。ていうか、それで学校大丈夫なのか?一応、俺達の学校ってバリバリの進学校だぞ」
「国語の古文漢文現代文なんて、右から左で通り抜けていくし、数学なんて、もう全く分からないよ。まず、数一って何?漸化式って何語?化学のクロマトグラフィーって何やそれ⁉ていうか歴史でやる古代ヒッタイト帝国ってどこよー、明治維新って何それ美味しいの?って感じ」
「お前、よくそれでうちの学校受かったな」
「そういう貴方の態度が気に食わないから、騒いでいる女子達ばらしてやろうとも思ったけど、全治半年の大けがってことにしといたわよ。車にはねられて、奇跡的に一命は取り留めたけれど、はねられた時の傷が痛くて悶えていたら、排水溝に落ちて、ちょうどその排水溝をお散歩していたゴキブリ君とドブネズミと目が合い、びっくりして飛び上がったらとんでもない怪我になっていたってことにしてあるわよ」
……。
 羅月ならではの言い訳に、舌を巻く。それにしても、どうして俺はそんなに馬鹿な男になっているのだろう。隣で、女子たちはすぐに信じたよ、と笑いながら羅月が言う。今時の女子は疑う心ってものを持っていないのか?
「騒ぐ女子たちを悪化させたのはお前だよな。なんで俺はそんなどんくさい男になっているんだよ」
 ひょっとして俺は本当にそんなにどんくさいのか?
 いや、そんなにどんくさくはない、と自答する。
「毎日沢海はどうしたの、まだ来ないのって質問攻めされる私の気持ちにもなってよ。中学が一緒なのと、たまたま席が近いだけなのにさ。てわけで、今日の午後六時くらいにその女子たちお見舞いに来ると思うよ。あー、あと十分くらいだねー」
 横でとんでもないことを口走る羅月に目をむく。何だよ、お見舞いって。見ず知らずの他人が何で病室入って来るのか?は?嫌なんだけど。
自分が入院する前にとった行動に、心底感謝した。昔の俺、サンキュ。
「残念だが羅月。俺は家族と羅月以外面会拒否してんだ」
笑顔で俺はサラッという。
「家族ならともかく、なんで私だけ?」
心底不思議だというように問われるが、俺はまたサラッと答える。
「お前は、あいつのこと知っていてあいつの最期を看取った人物だろ。でもって、あいつのことたくさん知っている。まあ、あいつの幼馴染達には敵わないが」
「……。ホントに、笑愛のことが好きね。じゃあ、貴方の誕生日を聞いていい?」
「何だよ、突然」
「なんとなく」
「お前って、何というか突拍子がないよな」
「笑愛にも似たようなこと、言われたよ。で?いつ?」
「七月の、七日」
「へえ、七夕なんだね」
 七夕、そういわれて、笑愛との思い出が頭に浮かんだ。
「で?なんで誕生日なんだよ」
「笑愛にとあることを頼まれていてね。そう、七月七日。今日は、ええと、六月の三十日だから。オッケー、じゃあ明日持って来るね」
「何を」
「明日のお楽しみ」
 羅月はそういって、病室を去った。
 羅月は約束通り次の日に来た。
「沢海、いい?今から大切なことを聞くよ。貴女の誕生日の日は、貴方はまだ生きている?」
 本当は、余命が出ている。あと、二週間から一か月。もてば、三か月。運動障害は、あいつが生きていた頃から。頭痛もそうだ。目だってだいぶ悪化している。構音や失語、記憶喪失はあまり目立っていないが、だいぶ末期に近づいているのが自分でも 分かっていた。だから、何も言えなかった。生きているかなんて、分かるわけがなかった。
 俺は、今にでも死にそうだから。
 どう足搔いても駄目だと痛感する毎日だから。
 どう希望を持とうと、目の前で、消されてしまうから。
「手遅れになりたくないの。笑愛に、頼まれたことだから」
「……。」
「あの娘が自殺をして、二、三週間くらいたった頃かな。宅急便が届いたの。私宛てに。贈り主は、笑愛。ねぇ、沢海。何が入っていたと思う?」
 誰もいない病室で、彼女の静かな声が響く。彼女が袋を開ける音が響く。
「知るわけねぇ」
「私宛ての手紙と、貴方宛ての手紙。あと、これ。手出して」
 掌に、冷たい感触が伝わる。
 見ると、それはペンダントだった。銀のチェーンに、とても小さく加工された花。男がつけても、おかしくなく加工されてあった。
「その花、アイビーっていうの。花言葉は……。ま、どうせ沢海、暇なんだから、自分で調べて。早いほうがいいよ」
「お前、知ってんの?馬鹿……いや何でもない」
「お生憎。花言葉だけは詳しいほうだからね。あと、これ。届いた小さな段ボールにね、お金と花の名前が書いてあった紙切れが入っていてね、『沢海君が高一の彼の誕生日まで生きていたら、下記の花を贈って。あと、アイビーのペンダント。花を贈るときのお金は入れといたやつ使って。お釣りは心優のポケット入れておいてね。』ってさ。だから、はい」
 差し出された花束も凝視する。どれがどの花か全く分からない。全部同じに見える……。
「ちょっと早いけど、沢海、誕生日おめでとう。寂しいこの部屋に飾ってね」
「お前、一言多い。あと俺、どれがどの花か分かんない」
「そうだと思って、店員さんにきれいに花の名前書いてもらったわよ。花言葉は自分で調べてね」
 差し出された紙を見て、頬が緩む。
 やべぇ、嬉しい。あいつからだって。亡くなったはずのあいつからだって。
「笑愛と私たちは、まだ繋がっているよ。そして、これからも。んじゃ、これくらいで私は帰るよ。笑愛のことでも思い出して、ごゆっくり」

 贈られた七種類の花と花言葉。その花の花言葉はすべて、人と人とのつながりを表す‘きずな’を意味したもの。
 ブルースター‥『信じ合う心』『幸福な愛』
 アルストロメリア‥『未来への憧れ』
 ジニア‥『遠い友を思う』『幸福』
 勿忘草‥『私を忘れないで』
 ライラック‥『思い出』
 オレンジバラ‥『絆』
 全く違う種類の花が、全く違う色の花が、いいバランスで束になっていて、あいつの泣き笑いのような笑顔が蘇る。あいつから贈られた七種類の花の花束。