昔の夢を見た。まだ、父が生きていたころの夢を。私の七歳の誕生日の思い出が夢に出てきた。
 父も母も、私も、みんな笑っていた。
 温かな、琥珀色の光の下で、三人でダイニングテーブルを囲んで、父と母が私の誕生日を祝ってくれていた。
 父と母がくれたプレゼントは、七種類の、人と人との繋がりを表す花。
「笑愛、この花の花言葉はすべて、人と人との繋がりを表していてな、俺と母さんを繋げてくれた花なんだよ」
 父は、愛おしそうに母と私を見ながら言う。
 母は父と私を見て、婉然と微笑む。
「お父さんと私が花屋でアルバイトしていたときね、店長さんが教えてくれたの。ここにある七種類はすべて人と人との繋がりを表す花たちだってことを。大切な人に花を贈りたいときは、この花たちを贈るといいよって。そうしたら、お父さんったら私の誕生日に贈ってくれてね。ちょうど貴女が七歳になるから、私達を繋げてくれた花を贈ろうと思ったのよ」
 父が笑えば、母も笑う。
 母が微笑めば、父が愛おしそうに母を見つめる。
 その二人の姿を見るのが好きだった。
 父が落ち込めば、母が慰める。
 母が悲しい顔をすれば、父が励ます。
 その二人の姿が逞しくて憧れた。
 私が笑えば、父も母も笑ってくれた。
 私が泣けば、父と母が温もりで包んでくれた。
 それが温かくて、幸せだった。
 だから父が亡くなった時、どうすればいいのか分からなくなった。
 心の中にすっぽりと穴が開いて、埋めようにも埋められなかった。
 だって、母がずっと泣いているから。
 父の温もりがなくなってしまったから。
 きっと、八歳の誕生日に始めて泣いたのは、やっと、父がもうどこにもいないことを分かってしまったから。
 誕生日なのに、母がずっと泣いていて、家中が薄暗くて、怖くて。怖いときは、肩をトントンと優しくたたいてくれる父がいなくて。‘幸せ’じゃなくなって、父の死を受け入れなくちゃいけなかったから。
 一年前の温かかった誕生日と、当時の寒さを比べて、やっと父が亡くなったことを実感したから。
 父が、正しく生きなさい、と言ったのは、私が父のようになりたいと、言ったから。
 仮面を被ったのは、自分が汚いからじゃなくて、父みたいに正しくなれば、母がもう一度笑ってくれると思ったから。
 母と喋らなくなったのは、母が嫌いなんじゃなくて、自分がみじめで、もう父がいたときのような母の笑顔が見られないと分かったから。
 あの時、あの場所に行ったのは、父ともう一度会って、‘ありがとう’と言いたかったから。
 自傷行為を始めたのはただの興味じゃない。八つ当たり。頑張って父のように正しく生きようとしているのに、母が笑ってくれないから。父がいたころの笑顔を見せてくれないから。母が、見つけてくれないから。