すべての授業が終わり、にぎやかな教室へと変わるさなか、私は沢海君に質問する。どうせ誰も聞き耳を立ててはいないのだから。
「ねぇ、沢海君。君は、誰かが、じゃなくて。なんで誰かのために流す涙とかを無駄だと思うの?」
 きっと彼は、何かを思い出したのだろう。
 しばしの沈黙を破って、彼は答えた。ああ、と。
「じゃあ、君は」
 ‘最後’になるかもしれない質問を君にするよ。
「君は、」
 私が死んだら、どう思う?許してくれる?泣いてくれる?
 言葉が続かなかった。
 喉が熱い。焼けるように熱い。言わなくちゃ、言わなくちゃ、と自分に言い聞かせる。
「君は……私が死んだらどう思う?」
「は……?」
 彼が困惑するのを見て、口を噤んだ。
「ごめん、何でもない。じゃあね」
 そう言って沢海君に背を向ける。けれども、手首が引っ張られてまたもとの位置に戻される。
「お前がどうしてそういう質問をするか、なんて、詮索はしない。だから代わりに、お前も俺の質問に答えてくれ」
 沢海君が震えるような声を押し殺して平静を装っているのが分かる。だから、いいよ、とだけ言った。
「なぜ、お前はそんなに死にたい?」
 彼の質問に息が止まる。いつもの私なら、愚劣な質問だね、とか何とか言ってはぐらかすのに、今日は思うように言葉を紡げない。その代わりに、全ての思考が停止した。
「じゃあ、質問を換える。お前が死んだとして、お前にとって何が変わる?」
 彼の質問に、今まで蓋をして、隠しておいた感情がドロドロと出て来る。仮面が、崩れそうになる。
――だめだ、冷静になれ。仮面を被れ、出来損ないのお前には完璧を装うことしかできないのだから、と頭の中で誰かが指示をする。だから、笑顔で本心を悟られないように言う。
「もちろん、私が死んだという事実ができるのが一番の変化じゃない?」
「はぐらかすな」
 彼の瞳にはこれ以上にないくらい暗翳を持っていた。やめてよ、と思う。君にそんな表情をしてほしいわけじゃない。
「死んだら、全ての苦しみや辛さから解放される。楽になれる」
「お前の心は死んで、報われるのか?」
 やっぱり沢海君は、私と違って、生きたい人だった。だから、きっと私のような希死念慮の気持ちなんて分からない。
「報われようが報われまいが、そんなのは、どうだっていい。大事なのは、これから。これから、どうなろうが苦しまなくてよくなる。何より、全てから解放される」
「お前の苦しみの根本は解決されないんじゃないのか」
「別に解決なんてされなくてもいい。それとも、生きていたら、苦しみは必ず解決することができるっていう確証があるの?ないでしょ?だったら、解決されぬまま死んだって、後悔はない」
 そう言って、もうこれ以上沢海君に考える隙を与えず、私は左手を出す。
「沢海君、握手しよう。拒否権なし。あと、十三時に家庭科室に来て窓見てよ。もちろん先生たちにバレないようにね。来なくても良いけれど。……それと、何かあったら、左手を見てね。お願い」
 沢海君は何が何だか分からないといった表情で、右手を差し出て、握った。
 あと、七十分。
 最後に交わす温もりだ。
 クラスメイトが教室を出ていくのに私も紛れて小さく唇を動かした。さようなら、と。
 ちゃんと声になって彼に届いたかは分からない。けれど、それでもいい。
「おい、永……笑愛!」
 だって、沢海君が、私の下の名前を呼んでくれたから。
 それから、誰にもばれないように、誰もいない図書室に入った。