小学六年生の九月十三日。十二歳の誕生日の前日。澄み渡るような、そんな碧空だった。
その時はちょうど入院していた。入院した理由はあまりよく覚えていない。だけどその時から、私が希死念慮だったのは確かだ。
患者が自殺しないようにと、高く建てられた屋上の柵。
けれど、小学六年生の私は、運動も好きで且つ鉄棒は得意中の得意だったから自分よりも高い柵なんて、すぐに超えられた。その柵に座って空を見るのが好きだった。
看護師がたまに所在確認してくるので、所在確認がされない時間を見計らって、病院の屋上に行くのが、入院生活の日課。
その日も、いつもと同じように柵に座って空を見ていた。碧色の空を。
もうなんか嫌だな、なんか死にたいな、とむやみに思いながら。
こんなにもつまらない世界なのに、どうして人は生きていけるのかな、と思いながら。
こんなにも生き苦しい世界なのに、どうして生きなきゃいけないのだろう、と思いながら。
なんか苦しい、辛い、と思いながら。
早く楽になりたい、と思いながら。
下を見ると結構な高さがあった。高さは大体二十メートルくらいだろう。
大きい病院だけど、地面は芝生も花壇も何もなかった。ちょうど私が座る柵の下には自動車もなかったから、ここから飛び降り自殺したら、絶対に助からない。何せ何もない。地面、コンクリートだし。
「飛び降りるの」
ふと背後から、鈴のなるような声がした。振り向くと、長い黒髪の女の子が無表情で立っていた。いつの日か、会ったことがあるような感じの女の子だった。
「違うよ」
咄嗟に口から出てきた言葉。飛び降りようとしていたくせに。
「じゃあ、どうしてフェンスの上にいるの?」
「別に、君とは関係ないと思うよ」
そう言い放った言葉は、本心だった。そう言えば、いつだって、誰だって私から離れてゆく。だから、この娘も同じだと思った。
「そうやって、自分で壁を作っているんだね。放っておいてって」
この娘の放った言葉には棘があった。まるで私のような希死念慮を憎んでいるような。
「馬鹿みたい。それで、被害者ヅラしてんだ。自分でバリア張って、放っておいてって雰囲気出して、誰も気付いてくれないからって、自分傷つけて」
彼女は私の手首と腕を見ながら言葉を続ける。絆創膏ばかりが貼られた腕。何も手当てがされていない、赤い跡が目立つ腕。
「私はこんなに辛いんだよっていうサイン?自分では助けての、たの字も言わないくせして、立派に自分傷つけて、悲劇のヒロインヅラ?ふざけんな」
事実が、彼女の口をつく。どうせ何も知らないくせに、という黒い感情の渦が巻く。
「何も知らないくせに」
「負け惜しみ?それに、何も知らないくせにって、何?知るわけ、ないじゃん。自分から叫ばない人に感情なんて」
「助けて、と言っても誰も助けてくれないと思うよ。辛いと言っても、苦しいと言っても、何だ、そんなこと、って言って終わりでしょ、どうせ」
「思う、とか、どうせ、とか。助けも求めてない人が言まないでよ。何も言わないで誰かが助けてくれるとでも思っているの?甘ったれないでよ。ぐじゃぐじゃ言う前に、助けを求めなよ!」
彼女の無責任な言葉に腹が立った。
「自分に悩みを溜め込んで何がしたいの?そんなんじゃいつかポキって木の枝如く、折れるよ」
「折れたら折れたで、それまでのこと。君には関係ない」
「ねぇ、貴女は死にたいんでしょう」
その娘の言った言葉は図星だった。汚れた自分が嫌だから。退屈な世界が嫌だったから。
「だったら、貴女の命、ちょうだいよ」
「あげられるのならあげたい」
あげられるのなら必要な人にあげたい、とずっと思っているよ。
「じゃあちょうだいよ!貴女に何があったかは知らないけど、私よりは苦痛じゃないはずよ。だって、貴女達は、我慢すれば苦痛とかは終わるじゃない。いじめだってなんだって、我慢すれば終わるじゃないのよ!なのに、みんな命無駄にして、我慢すれば終わるのに、自殺しちゃって、この世界には生きられない人がたくさんいるのに……!生きたくても生きられない人がたくさんいるのに……!どうして、どうして、どうして命を無駄にしちゃうわけ?私達たちみたいな人の分も生きてよ……!」
私は、いじめられていないから、いじめられた人の感情なんてものは代弁できないけれど、その、君の言う、‘我慢’ができなかったから死んじゃったんだと思うよ。私だって、もう我慢したくないもの。
それに。
もう楽になりたいから。
「この世界には、死にたい人も、死ねない人も、沢山いる。好き勝手言いうなよ。死にたい人も死ねない人も沢山いるんだよ。生きたい人や生きられない人と、どうして生まれてきたんだろう、って泣きながら考えたり悩んだりしている人は、生きたくても生きられない人と同じくらい多い」
そう、生きられない人もいれば、死ねない人も沢山いるんだよ。我慢ができなくて、‘死ぬ’っていうのは、ただの選択肢でしかなくて、弱いって思われてもいいからって諦めながらも死ぬ勇気を出して、死ぬんだ。けれど、私にはその勇気がないから。
「貴女は、貴方達は、我慢すればいつかは終わるかもしれないでしょ?ううん。我慢していれば、必ず終わるよ。助けだって求めれば、助けてくれて、貴方達は救われる。でも、でも私は違う。私の病気は違うの。ねぇ、貴女、私の病気知っている?心臓を移植しないと治らないの。今は、人工心臓を植え込んで、一か月になる。移植するまで、機械を植え込んだままなの。それで、心臓を移植するってことはね、一度、動いている心臓を止めて、ほかの人の心臓を入れるってことなんだよ。動いている心臓を止めるって分かる?どんなに怖いか、分かる?ねぇ、なんで、貴方みたいな健康な身体を持っている人が死のうとするの?命をお粗末にしないでよ。私は、もう生きられないかもしれないのに。生きたいのに、生きたいのに、生きたくて仕方がないのに!ねぇ、貴女の命、ちょうだいっ⁉貴女の健康な身体、譲って⁉譲ってよ。私に、私みたいに生きたい人に譲って。譲ってよ!」
彼女は生きたくて仕方がないのだろう。私とは正反対だ。どうして、生きたいと思えるのだろうか。
うるさかった。ちょうだい、譲れ、なんて。なんで、なんで。私だって譲れるものなら譲りたいよ。
けれど、神様っていうのはドSで、生きたい人を死なせちゃうんだ。ホント不公平だよね。私だって生きていたくない。
「私も譲れるなら譲りたい」
「なら、譲ってよ、ちょうだいよ!」
「じゃあ、具体的にどうすればいいか教えてくれる?さっきっから、譲れ、だの、ちょうだいだの言って、具体的にどうすればいいかは何にも言ってくれはしない。譲ってほしいなら、その譲る方法教えてよ、私は君と違って、生きたくないんだ、死にたいんだ。君は生きたいんでしょ。私は死にたい。生きていればいいことがあるなんてそんなの幻想だよ。ただの理想論に過ぎない。我慢すれば全ての困難を乗り越えられるなんて、もっと幻想だよ。ホント、人生って無駄だよ。将来はそれなりのトコに就職して、退職して、残りの人生のほほんと生きて、それで死ぬ。人生無駄だと思わない?それで頑張れ我慢しろって、馬鹿らしいよ。その言葉、君以外にも言われてきた。もうそんな言葉、聞き飽きた。無責任に、我慢して生きろ、だとか、命譲れ、だとか言わないでくれる⁉無責任に、頑張れ類の言葉を発しないでくれる⁉君が苦痛なのはいいさ。それは君自身が我慢すればいいだけのことだから。こっちは関係ないけれど、君の言葉で、君みたいな誰かが発した言葉で、頑張れって言葉とかで、こっちは必死に死にたいのに我慢したり頑張っていたりしたのに、軽々しくそういう類の言葉発してさ。君たちが発した一言で、こっちがどんなに悩み苦しむか分かる⁉分かんないでしょ。当たり前じゃん、分かろうとしないんだから。だって傷つけたって自覚ないんだもの。だから、勝手なこと言わないでくれる⁉」
「貴女だって、私の気持ち分からないでしょ⁉」
「ああ、分からないさ、分かりたくもない。生きたい人の感情なんて、汚くない人の感情なんて、分かりたくもないさ。そんなの、こっちから、願い下げだ‼」
「別に分かってもらわなくたっていいわよ‼分かろうともしなくていいわよ‼貴女みたいな自殺願望に同情されるとか、鳥肌が立つわよ」
「はっ!分かり合うことと同情することとの分別すらも分からないやつの感情知るとか、生まれ変わったってご免だよ。君みたいなやつに同情も哀れみもないわ!」
「貴女はどんなに自分が恵まれた環境にいるか、分かっていないじゃない!自分がどんなに幸福か、自分がどんなに傲慢かを、紛争地域にでも行って、知ればいいわ」
言われている内容に耳を塞ぎたくなる。でも、私は負けじと、言い返す。
「別に私の生きている環境なんてどうでもいいでしょ?関係ないじゃない!だったら、君は答えられるの?どうして生きていなければならないのか、どうして自殺しちゃいけないのか。答えられる⁉答えられないでしょ⁉」
「はぁ⁉どこの生物界に自分で命を捨てるやつがいるわけ?そんな生物、人間しかいないのよ!生物界では、自分で命を絶つなんて手段ないのよ⁉これからでも人間の傲慢さが分かるのに、貴女は分からないわけ?」
「答えになってない!分かんない。分かんないよ、どうして自殺はだめなの?もっと赤ん坊でも分かるように説明してくれる⁉」
誰も、肝心な質問に何も答えてくれない。誰もが、肝心なところで口を噤んで、それっぽいことを言って、はぐらかす。
それからの記憶はあやふやのものだ。彼女がどう答えたか、覚えていない。けれど、彼女の最後の言葉と、飛び出したドアの裏に、私よりもほんの少し大きい男の子が立っていたことだけは覚えている。
「貴女が信じていないこの世界は、思っているより愛にあふれていて、助けを求めれば、誰かが助けてくれるんだよ。だから、貴女も助けを求めてみなさい」
それが、彼女の最後に言い放った言葉。
きれいごとに吐き気を感じながら彼女から背を向ける。
そして、飛び出したドアの裏に男の子が立っていた。きっと、その子は。
その時はちょうど入院していた。入院した理由はあまりよく覚えていない。だけどその時から、私が希死念慮だったのは確かだ。
患者が自殺しないようにと、高く建てられた屋上の柵。
けれど、小学六年生の私は、運動も好きで且つ鉄棒は得意中の得意だったから自分よりも高い柵なんて、すぐに超えられた。その柵に座って空を見るのが好きだった。
看護師がたまに所在確認してくるので、所在確認がされない時間を見計らって、病院の屋上に行くのが、入院生活の日課。
その日も、いつもと同じように柵に座って空を見ていた。碧色の空を。
もうなんか嫌だな、なんか死にたいな、とむやみに思いながら。
こんなにもつまらない世界なのに、どうして人は生きていけるのかな、と思いながら。
こんなにも生き苦しい世界なのに、どうして生きなきゃいけないのだろう、と思いながら。
なんか苦しい、辛い、と思いながら。
早く楽になりたい、と思いながら。
下を見ると結構な高さがあった。高さは大体二十メートルくらいだろう。
大きい病院だけど、地面は芝生も花壇も何もなかった。ちょうど私が座る柵の下には自動車もなかったから、ここから飛び降り自殺したら、絶対に助からない。何せ何もない。地面、コンクリートだし。
「飛び降りるの」
ふと背後から、鈴のなるような声がした。振り向くと、長い黒髪の女の子が無表情で立っていた。いつの日か、会ったことがあるような感じの女の子だった。
「違うよ」
咄嗟に口から出てきた言葉。飛び降りようとしていたくせに。
「じゃあ、どうしてフェンスの上にいるの?」
「別に、君とは関係ないと思うよ」
そう言い放った言葉は、本心だった。そう言えば、いつだって、誰だって私から離れてゆく。だから、この娘も同じだと思った。
「そうやって、自分で壁を作っているんだね。放っておいてって」
この娘の放った言葉には棘があった。まるで私のような希死念慮を憎んでいるような。
「馬鹿みたい。それで、被害者ヅラしてんだ。自分でバリア張って、放っておいてって雰囲気出して、誰も気付いてくれないからって、自分傷つけて」
彼女は私の手首と腕を見ながら言葉を続ける。絆創膏ばかりが貼られた腕。何も手当てがされていない、赤い跡が目立つ腕。
「私はこんなに辛いんだよっていうサイン?自分では助けての、たの字も言わないくせして、立派に自分傷つけて、悲劇のヒロインヅラ?ふざけんな」
事実が、彼女の口をつく。どうせ何も知らないくせに、という黒い感情の渦が巻く。
「何も知らないくせに」
「負け惜しみ?それに、何も知らないくせにって、何?知るわけ、ないじゃん。自分から叫ばない人に感情なんて」
「助けて、と言っても誰も助けてくれないと思うよ。辛いと言っても、苦しいと言っても、何だ、そんなこと、って言って終わりでしょ、どうせ」
「思う、とか、どうせ、とか。助けも求めてない人が言まないでよ。何も言わないで誰かが助けてくれるとでも思っているの?甘ったれないでよ。ぐじゃぐじゃ言う前に、助けを求めなよ!」
彼女の無責任な言葉に腹が立った。
「自分に悩みを溜め込んで何がしたいの?そんなんじゃいつかポキって木の枝如く、折れるよ」
「折れたら折れたで、それまでのこと。君には関係ない」
「ねぇ、貴女は死にたいんでしょう」
その娘の言った言葉は図星だった。汚れた自分が嫌だから。退屈な世界が嫌だったから。
「だったら、貴女の命、ちょうだいよ」
「あげられるのならあげたい」
あげられるのなら必要な人にあげたい、とずっと思っているよ。
「じゃあちょうだいよ!貴女に何があったかは知らないけど、私よりは苦痛じゃないはずよ。だって、貴女達は、我慢すれば苦痛とかは終わるじゃない。いじめだってなんだって、我慢すれば終わるじゃないのよ!なのに、みんな命無駄にして、我慢すれば終わるのに、自殺しちゃって、この世界には生きられない人がたくさんいるのに……!生きたくても生きられない人がたくさんいるのに……!どうして、どうして、どうして命を無駄にしちゃうわけ?私達たちみたいな人の分も生きてよ……!」
私は、いじめられていないから、いじめられた人の感情なんてものは代弁できないけれど、その、君の言う、‘我慢’ができなかったから死んじゃったんだと思うよ。私だって、もう我慢したくないもの。
それに。
もう楽になりたいから。
「この世界には、死にたい人も、死ねない人も、沢山いる。好き勝手言いうなよ。死にたい人も死ねない人も沢山いるんだよ。生きたい人や生きられない人と、どうして生まれてきたんだろう、って泣きながら考えたり悩んだりしている人は、生きたくても生きられない人と同じくらい多い」
そう、生きられない人もいれば、死ねない人も沢山いるんだよ。我慢ができなくて、‘死ぬ’っていうのは、ただの選択肢でしかなくて、弱いって思われてもいいからって諦めながらも死ぬ勇気を出して、死ぬんだ。けれど、私にはその勇気がないから。
「貴女は、貴方達は、我慢すればいつかは終わるかもしれないでしょ?ううん。我慢していれば、必ず終わるよ。助けだって求めれば、助けてくれて、貴方達は救われる。でも、でも私は違う。私の病気は違うの。ねぇ、貴女、私の病気知っている?心臓を移植しないと治らないの。今は、人工心臓を植え込んで、一か月になる。移植するまで、機械を植え込んだままなの。それで、心臓を移植するってことはね、一度、動いている心臓を止めて、ほかの人の心臓を入れるってことなんだよ。動いている心臓を止めるって分かる?どんなに怖いか、分かる?ねぇ、なんで、貴方みたいな健康な身体を持っている人が死のうとするの?命をお粗末にしないでよ。私は、もう生きられないかもしれないのに。生きたいのに、生きたいのに、生きたくて仕方がないのに!ねぇ、貴女の命、ちょうだいっ⁉貴女の健康な身体、譲って⁉譲ってよ。私に、私みたいに生きたい人に譲って。譲ってよ!」
彼女は生きたくて仕方がないのだろう。私とは正反対だ。どうして、生きたいと思えるのだろうか。
うるさかった。ちょうだい、譲れ、なんて。なんで、なんで。私だって譲れるものなら譲りたいよ。
けれど、神様っていうのはドSで、生きたい人を死なせちゃうんだ。ホント不公平だよね。私だって生きていたくない。
「私も譲れるなら譲りたい」
「なら、譲ってよ、ちょうだいよ!」
「じゃあ、具体的にどうすればいいか教えてくれる?さっきっから、譲れ、だの、ちょうだいだの言って、具体的にどうすればいいかは何にも言ってくれはしない。譲ってほしいなら、その譲る方法教えてよ、私は君と違って、生きたくないんだ、死にたいんだ。君は生きたいんでしょ。私は死にたい。生きていればいいことがあるなんてそんなの幻想だよ。ただの理想論に過ぎない。我慢すれば全ての困難を乗り越えられるなんて、もっと幻想だよ。ホント、人生って無駄だよ。将来はそれなりのトコに就職して、退職して、残りの人生のほほんと生きて、それで死ぬ。人生無駄だと思わない?それで頑張れ我慢しろって、馬鹿らしいよ。その言葉、君以外にも言われてきた。もうそんな言葉、聞き飽きた。無責任に、我慢して生きろ、だとか、命譲れ、だとか言わないでくれる⁉無責任に、頑張れ類の言葉を発しないでくれる⁉君が苦痛なのはいいさ。それは君自身が我慢すればいいだけのことだから。こっちは関係ないけれど、君の言葉で、君みたいな誰かが発した言葉で、頑張れって言葉とかで、こっちは必死に死にたいのに我慢したり頑張っていたりしたのに、軽々しくそういう類の言葉発してさ。君たちが発した一言で、こっちがどんなに悩み苦しむか分かる⁉分かんないでしょ。当たり前じゃん、分かろうとしないんだから。だって傷つけたって自覚ないんだもの。だから、勝手なこと言わないでくれる⁉」
「貴女だって、私の気持ち分からないでしょ⁉」
「ああ、分からないさ、分かりたくもない。生きたい人の感情なんて、汚くない人の感情なんて、分かりたくもないさ。そんなの、こっちから、願い下げだ‼」
「別に分かってもらわなくたっていいわよ‼分かろうともしなくていいわよ‼貴女みたいな自殺願望に同情されるとか、鳥肌が立つわよ」
「はっ!分かり合うことと同情することとの分別すらも分からないやつの感情知るとか、生まれ変わったってご免だよ。君みたいなやつに同情も哀れみもないわ!」
「貴女はどんなに自分が恵まれた環境にいるか、分かっていないじゃない!自分がどんなに幸福か、自分がどんなに傲慢かを、紛争地域にでも行って、知ればいいわ」
言われている内容に耳を塞ぎたくなる。でも、私は負けじと、言い返す。
「別に私の生きている環境なんてどうでもいいでしょ?関係ないじゃない!だったら、君は答えられるの?どうして生きていなければならないのか、どうして自殺しちゃいけないのか。答えられる⁉答えられないでしょ⁉」
「はぁ⁉どこの生物界に自分で命を捨てるやつがいるわけ?そんな生物、人間しかいないのよ!生物界では、自分で命を絶つなんて手段ないのよ⁉これからでも人間の傲慢さが分かるのに、貴女は分からないわけ?」
「答えになってない!分かんない。分かんないよ、どうして自殺はだめなの?もっと赤ん坊でも分かるように説明してくれる⁉」
誰も、肝心な質問に何も答えてくれない。誰もが、肝心なところで口を噤んで、それっぽいことを言って、はぐらかす。
それからの記憶はあやふやのものだ。彼女がどう答えたか、覚えていない。けれど、彼女の最後の言葉と、飛び出したドアの裏に、私よりもほんの少し大きい男の子が立っていたことだけは覚えている。
「貴女が信じていないこの世界は、思っているより愛にあふれていて、助けを求めれば、誰かが助けてくれるんだよ。だから、貴女も助けを求めてみなさい」
それが、彼女の最後に言い放った言葉。
きれいごとに吐き気を感じながら彼女から背を向ける。
そして、飛び出したドアの裏に男の子が立っていた。きっと、その子は。