羅月さんが泊まった日はなんだかんだ充実した日だった。
 それにしても、どこの親も子供のこと何にも分かってないんだな。結局は自傷行為をやめさせたい、それだけのことで、私たち自傷行為をしている人や、自殺願望の感情を踏みにじる。
 ったく、だから、大人は嫌いなんだ。
 夏休みが残り二週間となった頃、私はいつも通り怠惰しながら、テレビをつけた。
 点けた瞬間流れてきたのは‘いや’なニュース。
『――速報です。先程十三時十分ごろ、〇〇駅で火災が発生しました。犯人は、△△高校の男子生徒で、鞄には、カッターやカミソリを含む刃物七本のほか、大量のエタノール、クロロホルム、マッチなどが入っており、男は現行犯逮捕されました。目撃者によると男は、〈誰かを殺したかった〉〈俺と同じ気持ちになってほしかった〉〈死にたかった、死刑になりたかった〉などと言っていたそうです。また、現在火はすべて消し止められましたが、負傷者六十七名、死亡者十名と被害が出ています。なお、ほぼすべての電車が運転を見合わせています――』
 ゾクリと鳥肌が立った。別にこの事件が怖いというのではない。怖れたのは、いずれ、私もあんな風になるかもしれないということだ。
 でも、彼の気持ちは、痛いほど分かる。きっと誰かに理解してほしかったのだろう。
 毎日、夜になると、怖くて、悲しくて、どうしようもなくなって、やっぱり独りなんだって思いながら、声を押し殺して泣いちゃうことを。誰でもいいから、自分の手で殺めてしまいたいことを。
 興味本位で踏み入れた世界。興味本位で身につけた人殺しや自殺の知識。
 だから、いずれ、私も自分の知識であのように人を殺してしまう。自分は他人を救うのではなく、無惨に殺してしまう。そんな可能性が怖くなった。
 怖かった。怖くて仕方がなかった。
 今は、まだ人を殺したいとは思っていないけれど、いつか必ずテレビの向こう側の人間になって、断頭台で首を切られるだろう。
 嫌だ嫌嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――。
 あんなふうになりたくない。あんなふうに人を殺したくない。あんな自分になりたくない。
 怖いよ、こんなにも怖くて、震えてしまっている。怖くて仕方がない。怖い、怖い、怖いよ。
 気がつけば、私は泣いていた。あまりにも怖くて、泣いていた。
 ダメだよ。私は泣いてはいけない。私よりも泣くのにふさわしい人がいるのだから、泣いてはいけない。
 でも、それでも私は、泣いてしまった。怖くて、死にたくて、消えてしまいたくて。
 たった一人の空間で。誰もいない空間で私は泣き続けた。自分に対する恐怖が私を泣かせた。私は、泣いてはいけないのに。
 本当は死にたくない。
 本当は生きていたい。
 本当は誰かに助けてほしい。
 本当は羅月さんを友だちだと認めたい。
 本当は死にたいだなんて思いたくない。
 怖いよ、こんなにも怖い。
 あのニュースを見ただけで。自分の未来を想像しただけで。こんなにも私は怯えている。
 ねぇ誰か。誰か、私をこの闇から救い出してよ。こんな感情に浸りたくない。ねぇ誰か助けてよ。
 知っているよ。誰も来ないこと。知っている。誰も助けてはくれないこと。死ななければならないこと。今死ななくとも、いつかは国に殺される。そうすれば母や羅月さんに迷惑がかかる。
 母には「人殺しの親」と。
 羅月さんには「人殺しの友人」と。
 私のせいで二人に不名誉なレッテルが世間から貼られてしまう。
 最低な娘だ。最低な友人だ。
 だから、私は自分を殺さなければならない。他人の未来を奪わぬために。
 ごめんなさい、ごめんなさい。死にたい、と思ってしまって、ごめんなさい。生まれてきてしまってごめんなさい。親不孝にしてごめんなさい。最低な友人でごめんなさい。
 私はまた、誰もいない空間で泣き続けた。泣いてはいけないというのに。
 ねぇ、月原先生、私はどうすればいいの?
 ねぇ、月原先生、私も、助けを求めていいですか?
 ねぇ、月原先生、私はどうして生まれてきてしまったの?

 もう、お願いだから、死なせてください。