SIDE永川笑愛
 終業式の帰り道に羅月心優は、前に進みたいと言った。
 嗚呼、嗚呼、まただ、と思う。
 また私から離れていく。また私は独りになる。

 六月の上旬、彼女が、放った質問。彼女が、放った言葉。
 笑愛は死にたいの、と。
 答えるまでもなかった。
「早くこんな世界とサヨナラしたい」
 誰にも言えなかった小さな本音。誰にも言えなかった小さな一言。
 どうして、誰も彼も皆こんな退屈な世界の中で、生きていけるのだろうか。
 どうして、こんなにも息苦しくて、生き苦しい世の中で、生きていけるのだろうか。
「どうして?」
 答えられない。呆れられるのが怖い。何だ、そんな理由で、と笑われたくない。
「ごめんなさい。いくら同類にでも言えない。こんなことって笑われちゃうからね」
 そう、こんな理由で悩んでいるのか、と。こんな理由で死にたい、と思っているのか、と。今までそう言ってきた他人と同じように。
 だから、彼女が次の言葉を言った時、私の心臓は確かに止まった、気がした。
「人の悩みに軽いとか、重いとか、そんなのないから。笑愛が悩んで、死にたいと思ったのなら、笑愛の死にたい理由は、立派な理由だよ」
 誰にも言われなかった言葉だけれど、欲しかった言葉だ。
 仮面が壊れて、泣きそうになった。こんな些細な彼女の一言で。
 嗚呼、だめだ。本性を出してはいけない。本性を出したら、彼女もまた皆と同じように私から離れて行ってしまう。みんなと同じように白い目で見る。そんなのは、嫌だ。
 私は一体彼女にどう見られているのだろう。
 醜い女?汚い女?そうかもしれない。別にいい。事実だから。
 本性は、紛れもなくそうなのだから。仮面を外したら、誰だって私から離れていく。
 自分から誰かが離れて行ってしまうのが怖くて怯えている娘だから。
 情けない。こんな自分が嫌になる。早く、早く消えてしまいたい。
 自分が命を軽く見ていることは、知っている。知っている。
 だけど彼女は、本性を見せていないのに、離れてゆく。
 前に進みたいのなら、希死念慮が傍にいてはいけないのは当たり前。希死念慮が傍にいれば、彼女は前に進めない。だって、希死念慮が傍にいれば、悪い影響を与えてしまうでしょう?
なら、離れたほうがいいに決まっている。なら、なら、私は彼女を突き放すべきだ。

 ねぇ、羅月さん。進む君と、止まって、死にたい私の、この何をしても埋まらない距離を何で埋めればいい?