私の通っていた学校は、幼稚園から高校までつながっている学校だった。だから幼馴染も多かった。仲の良くない子ももちろんいた。なのに、この世界の神様は意地悪なのか、仲の良くない幼馴染を五年間も同じクラスにさせた。
 世ではこのような縁を、腐れ縁というらしい。

 私の中で、小学五年生が一番楽しかった。
 友達もいて、幼馴染もいて、喧嘩もして、仲直りもして、みんなで怒られて、みんなで泣いて、みんなで笑って。そんな日々が続くと思っていた。
 だから、あんなことが起こるなんて想像もしていなかった。
 自分の血を止めて先生に見せた日から、先生とはあまり仲が良くなくなった。そんな中、起こった些細な事件(こと)。それが大きく私の人生を揺るがすことになる。
 
 私が小五の頃の運動会は、違う学校で実施された。何でも、学校を建て直すとかで校庭が使えなくなるらしかった。だから、運動会の練習も違い学校でやらなければならなかった。運動会を実施する学校は、私が通っている学校から十分くらいかかる中高一貫校の学校だった。その時の私は、水をたくさん飲まなくてはいけなかった。何年か後に、病気だと診断されたが、その時の私は知らない。だから、沢山水筒をもって運動会の練習に励んだ。
 そんなある日のこと。幼馴染の一人である千代(ちよ)に声をかけられた。私と、私がその時仲が良かった、麗名(れいな)に。
「荷物、重いでしょう?私、荷物少ないから、持って行ってあげるよ」と。
 そりゃあ、一リットルの水筒二本と、四百五十ミリリットルの水筒三本持っている私と比べたら、誰だって、私より荷物が少ないさ。あたりきしゃりきのこんこんちき、である。
 私はその時、
「え?本当?じゃあお願いしていい?」と素直に甘えてしまった。甘えた自分を後に悔やむことになるのだというのに。
 その日の放課後、私と麗名は金子先生に呼び出された。呼び出された理由は、「千代さんにどうして自分の荷物を持たせたの」という全く理解不明なものだった。
「千代さんにどうして自分の荷物を持たせたの」と告げられた時、私と麗名は一音節しか発することができなかった。
 ただ、は?と。
「は?じゃないでしょう。貴方達が千代さんに自分の荷物を持たせたんでしょう。相手の許可を取らずに持たせるなんて、卑怯だし、いじめ、よ」
『は?』
 私と麗名はまたしても間抜け且つ相手を怒らせる一音節を発してしまった。
 いやいや、ちょっと待て。まず大前提として間違っている。持たせたって誰が?私と麗名が?んな馬鹿な。まず、あっちが持とうか?て言ってきたんじゃん。いつ私たちが持たせたんだよ!大体こっちはあっちの申し出に素直に甘えたけど、悪いと思って重い水筒持ってもらってなんかないよ。一番荷物の中で小さい弁当持ってもらっただけだよ?どこが悪いっていうの。水筒一本しか持ってないで、手の空いている麗名はともかく、私は無罪だって。けど麗名も本当は無罪だって。
「いやいや、私たち、宮本さんが荷物少ないから持ってあげるよ、って言ってくれたから持ってもらっただけですけど……?」
「言われたからって持たせるの?そんなのイジメじゃない」
 いやいやいや、だってさっきアンタ言ったじゃん。相手の許可を取らずに持たせるなんてって。許可も何も相手が先に言い出したんだし、私達は持たせたんじゃないし、相手の言葉に甘えただけだし。どこがいじめなんだって。
「言われたんじゃなくて言わせたんじゃないの」
 私と麗名はフルフルと首を振って否定する。大体教師が生徒疑うってどうなの。下手したら教育委員会行きだぞ、おい。その時の私は知らない。教育委員会と言うのは、悪い教師を放逐する委員会ではなく、教師を守る委員会であるということを。
「私も笑愛も千代に言われたから甘えただけです。そのどこがいじめなんですか」
 麗名の言う通りだ。一体どこがいじめだというのだ。私達は絶対に悪くない。
「はぁ。そんなことも分からないの。貴方達、成績学年一位と二位なのだから考えればわかるでしょう。ったく、あぁもう。私、会議だから帰りたければ帰りなさい。でも反省しているのなら待っていなさい」
 いやいや、学年一位と二位って関係ないでしょーが。金子野郎。大体帰りたければ帰りなさいって、クラスの連日宿題やらなかった男子に言って、その男子が帰った時、ものすごく怒ったじゃん。激おこぷんぷん丸だったじゃん。ムカ着火ファイヤーだったじゃん!あいつ、実際はトイレに行っていただけだったけど、ものすごい修羅場になったじゃん。だから、これ教員会議終わるまで待ってないといけないやつじゃん!でないと、私たちの学校生活危うくなるじゃん!
っていうか、ええええええええええええええええええ!時間勿体な過ぎでしょ。
「笑愛、これって教員会議終わるまで待たなきゃダメな感じ?えー、私早く帰りたいんだけど」
 私もですとも。でも帰ったら、帰ったら、成績とねっ!楽しい学校生活ヤバくなるじゃないの。
 ちなみに言うと、私と麗名は学年一位と二位で、まあライバルっちゃあライバル、という仲である。
「私、来週公開の映画のチケット今日の放課後ダッシュで予約しに行きたかったのに……!売り切れちゃうじゃん。あーあ、こんな茶番のために映画なしとか、意味わかんない!ねぇ、笑愛、私、帰っていい?いいよね?早くしないと、映画のチケット、売り切れちゃうからさ。ね、いいよね?」
「君は映画を取るのだね?友情よりも。あぁ悲しいな。私だけ一人で身に覚えのない罪を弁明するなんて。あぁ辛いなぁ。君のこと信じていたのになぁ。これで誤解を解いたら、私だけ内申点アップってことだから、君に勝ち目はなくなる……」
 さすがに今一人で、それも金子先生の誤解を解くのと、暴言を耐えるのはさすがにきつい。
だから、どんな手を使っても麗名と一緒に戦いたい。
「……っ」
「あ、でも無理にとは言わないよ?映画のチケット取りたいのならどーぞー。私は痛くも痒くもないのでね」
 嘘である。映画のチケットを取ったらこっちは痛いし痒いのである。
「……っ。ったくどーすればいいのよ」
 私は麗名の言葉を聞き流しながら、やっぱり焚き付けが一番だと脳内メモに書き留めた。
「ちょっと聞いているの?どーすんのよ!学年一位なんだから作戦くらい余裕でしょう?」
「君も学年二位なんだから、余裕でしょう」
 それどころではないというのに、くだらないことに私と麗名の間に見えない火花が散る。
「はぁ。こういう時はね、泣き落としに限るの。大泣きして『ごめんなさい』っていえば大体通るから。三年間金子の生徒だった勘よ、勘」
「え?じゃあ、笑愛は千代の奴が仕掛けた罠に引っ掛かりましたって、認めろというの?いやよ、そんなの」
「時間……じゃなくて、映画のチケットで並ぶ時間と、怒られている時間どっちを取る?」
もちろん私は迷わず映画のチケットで並ぶ時間を取る。だって、金子って怒ると怖いもん。
「……わかったわよ!認めればいいんでしょ!私も早く映画チケット買いたいからね!チケット売り切れたら嫌だもんね!泣き落としね。いいわよ、笑愛。アカデミー女優賞モンの演技してやるわよ」
 それから小一時間で金子先生が会議から帰ってきて、私たちは泣き落としで、秒で開放してもらった。やっぱりな、どうよ、麗名、私の作戦は。
 だから、わたしは、未だにどうしてあの時、私が怒られたのか、全く分からない。
 それからのことだろう。なんか面倒くさいなぁと思いだして、なんか死にたいなぁって思い始めたのは。別に強がりとかじゃなくて、なんとなくそう思い始めただけ。