秋風が木の葉を靡かせ、午の刻を刻んだ長月。東京にある人影のない寺院墓地に、一人の少女がいた。その少女は、墓の前で手を合わせていた。
 その墓にはE・Nと書かれていて、少女は、墓に書かれている名前の主と過ごした時間を思い出していた。
「学校欠席して暢気に墓参りとは、いい度胸じゃねぇか、羅月」
 羅月、と呼ばれた少女は、溜息をつきながら、何、と声の主に問いながら続けた。
「貴方も他人のことを言えないでしょう、沢海。見たところ貴方もこの娘の墓参りなのだから」
 沢海、と呼ばれた少年は、E・Nと書かれた墓に写真を立てながら、俺はやっと今日退院できたんだよ、と答える。
「ふぅん。あ、退院おめでとう……?って、なにこれ」
 少女は少年が立てた写真を見て顔を顰める。
「あいつと撮った」
「なんで貴方が笑愛と写真を撮っているのよ。笑愛って誰かと出掛けたり、写真を撮ったりしないって有名だったのに!ていうか、貴方達って付き合っているの?」
 少年は少女をどこ吹く風と言った様子で墓の前で手を合わせる。
 少年は心の中で、ごめん、と呟く。お前に‘会いに逝けなくて’と。
 それから何かを心の中で伝えた後、羅月、と呼ぶ。
「何?」
「これ」
 少年はパンパンに膨れ上がったビニール袋から、一冊のノートと録音機を取り出して、少女に渡した。
「お前があいつから‘贈り物’を託されたように、俺もあいつから託されたんだ。その日記と録音機、それから‘時間’。本来なら俺が死ぬときにお前に繋げるはずだったのだが、俺もうずっと生きられる身体になったから、今、繋げる。んで、絶対返せよ」
 少女は困惑しながらも少年から渡されたものを受け取る。少年は、それと、と言いながらまた続ける。
「お前たちの質問に答えてやろう」
『おい、沢海。お前ら、本当に何もないのかよ』
 いつか、クラスメイトだった誰かが茶化した言葉が少年の頭の中で再生される。
「俺と笑愛、両思いだから」
 少女は一瞬だけ驚愕の笑みを浮かべて、幸せそうに笑った。
 そして、そっと自分の耳に飾られた花菖蒲のイヤリングを触る。
 花菖蒲。花言葉は、優しい心。
 少年は少女を一瞥して、ビニール袋から出した花束をE・Nと書かれた墓石に立てた。一年前、少年自身が立てたよりも大きく、そして華やかに。


 
 その花束は。亡くなった少女から二人へと贈られた七種類の花。その花の花言葉はすべて、人と人とのつながりを表す‘きずな’を意味したもの。
 そして、何より三人を繋げた、亡くなった少女―永川笑愛の‘こころ’を表す贈り物。
 それから、遠くで、二年前、彼女がすべてから解放された時間を告げる鐘が鳴った。