『20×4年9月13日金曜日 永川笑愛 自殺実行日
 親愛なる羅月心優さまへ
 君がこの手紙を読んでいるということは、私はもう死んでしまっているのでしょう。
 色々ありがとうございました。お世話になりました。
 もう君は、たくさんの傷を負っているのに死んでしまって、ごめんなさい。君に新たなトラウマを植え付けてしまってごめんなさい。
 心優、ごめんなさい。本当にごめんなさい。

 この中では、君のことを下の名前で呼んでもいいかな。君は友達だから。
 心優、君はいつの日か聞いたよね。「笑愛はどうしてクラスメイトのことも、私のことも、名前で呼ばないの?」って。それはね、簡単な理由があるから。とても単純な理由なんだけどね。友達だと、認めていないから。誰かを、友達だと認めたくなかったから。誰かを、自分の中の特別だと思いたくなかったから。ただ、それだけ。本当は、君のことも認めたくなかった。だけど、君と話して、関わっていくうちに、同類なんて言葉じゃ表せなくなって、友達だと認めたくなった。君を友だちだと認めたくなった。君の下に名前を呼びたくなった。あれだけ呼びたくなかったのにね。認めたくなかったのにね。ワガママで、ごめんなさい。意地を張って、ごめんなさい。
 心優は、過去を話してくれたよね。ありがとう。誰かに言いたくない過去なのに、話してくれて、ありがとう。
 心優は言ったよね。自分は過去ばかり見ていて、ずっと過去を生きているって。でも、私はそれでいいと思う。過去を見ていても、過去を生きていても、君は生きたいんでしょう?生きることができるでしょう?少なくても前に進もうと思っているでしょう?私と違って、前に進もうとしているでしょう?だから、私はそれでいいと思う。過去を生きているのだとしても、前を向いて、生きようとしているのなら、それでいいじゃん。過去ばかり見ていても大丈夫だから。大丈夫だよ、君は私と違って、綺麗だから。本当に大丈夫だよ。君は私と違って、生きていけるよ。君には、名前通り心と優しさがあるから。
 でも、もし、辛くなったら、いつでもこっちにおいでよ。それでも、生きているときの居場所が欲しいよね。分かるよ、痛いほど分かる。だから、私の居場所だったところを伝えます。 いろいろな子たちがいるの。本当にいろいろな子たちが。病気の子もいるし、私のような死にたがり屋もいる。心優みたいな子ももちろんいる。みんながみんな‘自分’でいられる場所。
 △×県の×△駅を降りて見える、小さな森。きっとそこには見えにくいけれど、小さな入り口があるの。そこから入って、真っ直ぐ北に向かってごらん。上品そうな家屋が見えるから。それで、永川笑愛の友人っていえば、すぐに扉を開けてくれると思うよ。
 私の居場所だったところが君の居場所になることを祈るよ。
 でももし、何もかも投げ出したくなったら、全てを捨てて、こっちに来てもいいんだよ。私は待っているから。
 君は、生きたいときに生きればいい。死にたいときに死ねばいい。だから無理をしないで。泣きたいときに泣いていいから。死にたいときには死にたいと言えばいいから。誰も笑ったりはしないよ。安心して、大丈夫だよ。
 ねぇ、心優。ありがとう。楽しかったよ。君といるときは。君といるときは、生きたくなった。君は私に、自分の名前は自分にふさわしくないとかどうとか言っていたけど、君の名前は君以上にふさわしい人はいないよ。だって、君にはちゃんと人間として大切な‘心’があるでしょう?優しさがあるでしょう?ない、なんて、言わないでよ。少なくとも私に自分の名前の悩みを打ち明けてくれた。自分の名前について、自分で考えた。それだけで、もう充分だと思う。それだけでもう充分君には‘心’と優しさがあると思う。もう充分、君は君の名前にふさわしいと私は思う。だから、自信をもって。あ、少し上から目線だね。ごめんね。でも、君はそれくらい素敵な人だから。
 心優。心優。心優。
 本当はね、生きたいの。生きたかったの。生きたくて仕方がなかったの。死にたくなんてないよ。君と同じ。生きたい日と死にたい日があるの。日によって、感情が違うんだ。生きたいけど、死にたい。死にたいけど、生きたい。その繰り返し。私の人生はね、ずっとその繰り返しだったの。本当は生きたい。生きたいよ、心優。
 でもね、私にとっては、死ぬことよりも生きることのほうが怖かったんだ。昔は、眠る前、明日の朝、目が覚めなかったらどうしようって、不安で、不安で仕方がなかったんだけどね。いつの間にかその逆になっていて、眠る前はもう二度と目なんて覚めなければいいと思っていた。
 ねぇ、私、どうすればよかったの?本当はずっと君や沢海君と一緒にいたいよ。でもね、私はどうしようもできないから。いつか、私は他人を殺してしまうから。いつかは国に殺されてしまうから、自分で自分を殺すの。私は、人を殺めないという確証が欲しいの。私はその道を選ぶの。だから、ごめんなさい。
 心優、話が少し逸れちゃうけれど、私には、夢があるの。××高校に行って、卒業して、お医者さんになる夢。病院とかで働いているお医者さんじゃなくて、紛争地域とかで働いて、命を助けている、偉大なお医者さん。そんな人になりたいんだ。死?ていうのかな。ずっと誰かに命を狙われていて、明日だってもう不安定な人たち?を助けたいんだ。たとえ誰かに命を狙われようとも、明日、殺されようとも、必死に生きて、明日を迎えようとする人たちの姿を見て、助けたいの。それで、その人たちの笑顔が見たい。生きることに希望を持った人たちの笑顔をね。そうしたら、私はこの闇から出られるかもしれないでしょ?だって、紛争地域みたいなところで働いて、国の偉い人達の欲で始まった紛争や戦争で笑顔を奪われてしまった人たちに、私の幸せみたいなものを分けて、笑顔を増やしたいんだ。そうしたら、私だって、幸せになったり、笑顔になったり、生きる価値が上がったりするかもしれないでしょ。生まれた意味が分かるかもしれないでしょ?
 でもね、私はきっと、人を助けられないから、自殺するの。人を助けるんじゃなくて殺してしまいそうで。私は、弱くて醜いから、逃げちゃうんだ。これからの身に降りかかる不運の先手を打って、自殺するの。
 本当にごめんなさい。
 心優、ごめんね。私はもう無理だから。生きたいけど生きたくないから。ごめんなさい。ごめんなさい。
 心優、最後に、いいかな?
 君は私の自慢の友達だよ。今も、これからも、私が死んでしまっても、ずっと、ね。
 心優、ありがとう。今まで、本当にありがとう。
 君がいたから、今日まで、繋げられた。今日まで生きて来られたんだ。君と沢海君のおかげでね。ありがとう。ありがとう。
 そして、大好き。 永川笑愛』