それから、店へと至る手順のまじないは、定期的に書き換えられるようになった。鬼の庇護下とはいえ、人間が二人、あやかしの領域で生きるには守りが万全に越したことはない。

 お客さんたちは相変わらず複雑な新しい手順を覚えるのに苦労しているようだったけれど、それでもこれまで通り、変わらず店に足を運んでくれた。

 それに、手順を伝える用にと、お客さん同士での交流も以前より盛んになったように思う。
 わたしを含め、この店で日々の疲れを癒しながら、店を通じて家族になったひとたちの集まりのようだった。

「椿姫ちゃん、きつねうどんのおかわりお願い」
「はぁい、ただいま!」
「わー! つばきちゃん、おしぼりくれへん!? 酒溢してもうた!」
「大変、染みになっちゃう! 漂白剤要りますか!?」
「木綿ボディに直付けされてまう!?」

 相変わらず賑やかな店内は、個性豊かで美味しそうな料理の香りと、皆の笑顔で溢れている。

「アキラくん、鑼木さんの所にトマトジュースお願い!」
「あれ、血のワインじゃなくていいの?」
「なんか、禁酒するんだって」
「ふうん? 椿姫さんを守るためかな。……負けてられない」
「……? わたし?」
「なんでもない。じゃ……行ってくる」
「うん、お願いね!」

 アキラくんも、すっかり店に馴染んでいた。今ではわたしのフォローも必要ないくらいだ。
 まっすぐ伸びた背と、随分柔らかくなった表情が、この店が彼にとっても居場所となれたようで嬉しかった。

「こ、こんばんは……あの、寧々子さんの紹介で……あ、寧々子さんは後から来るはずです。ワタシ、初めてなんですけど……その、大丈夫ですか?」

 不意に店の扉が開き、黄昏時を過ぎた夜の香りと共に、また新しいお客さんがやって来る。
 どこか気弱な様子のこのひとも、きっと人間の世界で揉まれて疲れているのだろう。
 この店自慢の美味しい料理と、温かな真心で、少しずつ心を癒して、この店を好きになってくれるといい。

「いらっしゃいませ! お席にご案内しますね。お好きな食べ物がありましたら、メニューになくてもご注文いただけますよ」
「えっ、いいんですか?」
「はい、あなたの好きなものを教えてください。変化も自由に解いていただいて構いません。……ありのままのあなたを受け入れる場所、『黄昏食堂』へようこそ!」

 ここに来る皆がいつも笑顔で居られるように、一時でも辛さを忘れられるような、帰る場所のひとつになれるといい。

 そう願いながら、わたしは今日も、とびきりの笑顔でこの店に立つのだった。