ここ『黄昏食堂』は、名前の通りいつも黄昏時に開店する。
飲食店として、客のかき入れ時であるランチタイムをスルーするのはどうかと思うけれど、朝や昼に営業したところで、きっとお客なんて一人も来ないだろう。
何しろ、店に辿り着くには幾分ややこしい手順が必要なのだ。
表通りのアーケードから数えて三番目の路地を左に曲がって、十五歩歩いたら四歩下がる。
そうして五度手を叩いて上を向いたら、大きな鴉が一羽、鳴き声を響かせながら羽ばたいていく。
鴉の鳴き声はその時によって変わるから、ぴったりその長さと同じ分だけ息を止める。
そのまま片足立ちで四歩進んで、両足を地面に着いたら、その後ろを片足をなくした黒い猫が横切っていく。
左側から振り向いてその猫について行くと、猫はその内、細く暗い路地の前で立ち止まる。
猫がにゃあと鳴いてからその道をしばらく進むと、次第に霧が出てくる。
そしてその長い霧が晴れて拓けた先に、ようやく『黄昏食堂』は現れるのだ。
うっかりひとつでも手順を間違えると辿り着けないし、最初からやり直す羽目になる。
だからこの店には、滅多に新規客はやって来ない。来るとしても、常連さんの紹介だ。
そして、この店の常連さんというのは……
「椿姫ちゃーん、こっち、油揚げ定食まだー?」
「はぁい、少々お待ちくださーい!」
「椿姫ちゃん、椿姫ちゃん。ちょっとだけでいいから、僕に血を吸わせてくれないかな?」
「はぁい、出禁にしますねー!」
「……!? じ、冗談! ははっ、牛の血ワインは美味しいなぁ……! 次は羊の血のワインを頼むよ!」
「三時間ほどお待ちくださーい!」
「僕にだけ当たりが強い……!!」
十人も入れば満席の、木造の古くて狭い店。開店と同時に半分の席が埋まった店内で、わたしはこの『黄昏食堂』の看板娘として、一風変わった常連さん達に料理を運ぶ。
「木津根さん、お待たせしました。『油揚げ定食』ですね! 油揚げたっぷりの油揚げ丼にミニきつねうどん、油揚げと豆腐のお味噌汁、デザートに甘いお揚げでお間違えなかったですか?」
「そうそう、これこれ! いやあ、この店の照明に照らされたつやつやの油揚げの神々しさ……! たまらないよね!」
「ふふっ、お味噌汁は熱いので気をつけてくださいね」
「はあい、いっただきまーす!」
常連さんのひとり、木津根さん。先程までキリッとした面持ちの真面目そうな女性だったのに、好物の油揚げを目にするなり、文字通り尻尾をぶんぶんと振り目を輝かせる。
そしてぴょこんと生えたお揚げと同じ色をした三角の耳を揺らして、まずは一口油揚げ丼を頬張った。
「ん~! ジューシーなお揚げに炊き立ての白米……甘辛い味付けがたまらない!」
木津根さんは気が緩んだように完全に変化を解いて、ふわふわの毛並みのきつねの姿になる。そして器用に前足で箸を使って、至極幸せそうに料理をかき込んでいた。
「よかったです。今日のお味噌汁はわたしが作ったので、良ければそっちも感想ください」
「えっ、椿姫ちゃんが作ったの!? 若い女の子の手作り……心が洗われる……、うう、聞いてよ椿姫ちゃん、うちの会社のオッサン共がさぁ!」
美味しいご飯に身も心も緩んだらしい木津根さんは、お酒も入っていないのに泣き上戸だ。
お味噌汁、感想を貰う前に、涙で塩気が増してしまいそう。
何となく離れるタイミングを見失い、ついつい溢れる仕事の愚痴を聞いていると、不意に後ろの席から声がかかる。
「すみませーん……」
「はぁい」
振り向くと、先程雑にあしらってしまった鑼木さんが恐る恐るといった様子で手を上げていた。
「つ、椿姫ちゃん、あの、羊の血のワインを……」
「鑼木さん、わたしがグラスを置いた瞬間に、首に噛みつこうとしません?」
「し、しない、よ……?」
「……目が泳いでますね?」
「くっ……大丈夫、目を閉じる! きみの首筋もうなじも見ないようにするから! 白い肌に牙を突き立ててそのまま……とか欲望に負けないようにするから!」
「……ついでに退店まで、口もガムテープとか貼って塞いでおきます?」
「それじゃあ羊の血すら飲めないね!?」
接客業にはあるまじき態度だと自覚してはいるものの、やれやれと溜め息を吐きながら、わたしは鑼木さんの前に羊の血の注がれたワイングラスを置く。
そして念のため、噛みつかれる前にとすぐに距離を取った。
今はこうして冗談の応酬を楽しめるだけの理性はあるけれど、お酒が回ると彼はその尖った牙で噛みつこうとして来るから、油断ならない。
「わ、芳醇な良い香りだね……これは三百年ものかな?」
「いえ、店長が今朝の搾りたてだって言ってました」
「そ、そうなの? ええと、フレッシュな香りがまた魅力だね!」
「あ、間違えました。これ千年ものです」
「!?」
ワイングラスを揺らしながら香りを堪能する鑼木さんは、今時珍しい典型的な黒いマントに白いヒラヒラシャツの吸血鬼ファッションで、首元に巻かれたワインレッドのリボンも似合っている。異国風の明るい髪色をした、病的なまでに色白の美形だ。
けれどその黙っていても画になるような貫禄も今はなく、窓から夕暮れの光すら入らない隅の席でうじうじとしている。カビでも生えそうだ。
得意のワインを当てられなかった悔しさからか、しばらくグラスをくるくる揺らしていたけれど。結局何年ものだろうと、何の血であろうと美味しくいただく主義らしい。
しばらくして口に含んでは、満足そうな表情をしていた。
「やあ、椿姫ちゃん。空いてるかい?」
「あ、いらっしゃいませ、河田さん。お好きなお席にどうぞ! 頭のお皿が渇かないように、水を張った桶をご用意しますね!」
「おっ、気が利くねぇ。頼むよ。外は乾燥してしかたないんだ」
暖簾をくぐり入って来た河田さんは、メガネにスーツ姿の細身の中年男性だ。頭頂部がとても煌めいていて、あんまり凝視しては悪いかと思ってしまうけれど、あれは彼の大切なチャームポイントだった。
席について、リュックタイプの鞄を下ろして、その中からメガネ拭きを取り出す。そして頭のてっぺんから丸く光るお皿を外して、丁寧に拭いていた。
ちなみにその下にも髪の毛はないから、正直見た目はそう変わらない。
「お待たせしました。桶、こちらに置いておきますね」
「ああ、ありがとう。注文はいつもので頼むよ」
「はい『キュウリ定食』ですね。少々お待ちください!」
きつねの木津根さんに、吸血鬼の鑼木さんに、河童の河田さん。
それに、先程から天井付近をふわふわ漂う一反木綿の木綿樹さんや、長い鼻にイカリングをたくさん通して一個ずつ食べる独特な楽しみ方をする天狗の松明さん。
そう、ここの常連さんは、みんな変わり者……ではなく。ひっそりと人間社会に溶け込んで暮らしている、あやかし達だった。
昼間は人間の姿に化け、人間と共に社会生活を送る彼らは、日が落ちるとこのあやかし御用達の『黄昏食堂』に足を運ぶ。
人目を気にせず本来の好物を飲み食いし、異形しか居ないのだからと束の間本来の姿に戻るのは、重たい鎧を外すようなものだ。
時には愚痴を溢し、時には客同士励まし合ったりして英気を養い、店の閉まる朝にはまた、人間の世界に戻る。
慣れない人間ばかりの世界で暮らす彼らの、日々の疲れは計り知れない。『黄昏食堂』は、ただ食事をするための食堂というよりも、彼らの第二の故郷ともいえる憩いの場所だった。
それ故に、複雑な手順を踏んでしか辿り着けないように、店にはまじないがしてある。
つまり、正式な手順を知った常連さんの紹介等でないと入れない、ある意味会員制の食事処だった。
*******
「ねぇ、椿姫ちゃん。表に行き倒れっぽいのが居たわよぉ」
「はい!?」
ある日、常連のひとりである猫娘の寧々子さんが店に来るなり、ゆるやかにウェーブした髪を揺らしながら、その綺麗なネイルの施された指先を表に向ける。
そのいつもながらに甘ったるい声は、僅かな困惑に揺れていた。
「ちょーっと汚かったから、そのまま置いてきたけどぉ……もし店に入れるなら、裏からにした方がいいわねぇ。ご飯を食べるところに入れる格好じゃないわぁ」
「えっ、ちょ、ちょっと見てきますね! お好きな席にどうぞ!」
「はぁい。……あら鑼木ちゃん、久しぶりねぇ」
「げっ、寧々子さん……!?」
店の奥の厨房に立つ店長へと一声かけ、わたしは急いで表に出る。すると寧々子さんの言っていた通り、少し先に誰か倒れているのが見えた。
伸びきった黒い髪にぼろぼろの服、見るからに汚れた格好をしたその人に、わたしは慌てて駆け寄る。
この敷地に入って来たからには、この人もまたお客さんだ。放っておくわけにはいかなかった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う……」
声かけに反応はあるけれど、起き上がるだけの力はなさそうだ。長い髪に隠されて、目が開いているのかすらわからない。けれど声の低さと身体の大きさからして、成人男性と思われた。
「ちょっと待っててくださいね!」
わたし一人で彼を運ぶのは無理だ。少し考えて、わたしは一度店に戻り、ふわふわと空中浮遊していた木綿樹さんの尻尾を鷲掴む。
「んん!?」
「ちょっと手伝ってください!」
「えっ、ちょ、何……!? つばきちゃん、そこ引っ張らんといて~!」
木綿樹さんは、一反木綿。つまり布だ。それも自在に飛べる。わたしは行き倒れの彼の身体に、木綿樹さんを巻き付けた。
「え、ほんま何なん? これ誰?」
「知らない人ですけど……ここに来たからにはお客さんです。なので、お店に運ぶの手伝ってください」
戸惑いながらもされるがままの木綿樹さんをきっちり結んで、彼の身体を運んで貰う。
さすがに人ひとりは重たいのか、いつも空気のように漂っていた木綿樹さんは、ふらふらと危なっかしく飛んでいた。
「んん。しゃあないなぁ……ほな、あとでつばきちゃんの手洗いで付いた汚れ洗ってや~」
「ちゃんと店の洗濯機に入れますね!」
「!?」
何とか店の裏手まで運んで貰うと、普段わたしが休憩スペースにしているバックヤードのソファーに彼を寝かせて一息吐く。
「ふぃ~、これでええやろか?」
「ありがとう、木綿樹さん! 洗濯機はそっちに……」
「遠慮しときます~!」
逃げるようにしてお店に戻ってしまった木綿樹さんを見送り、後で一品サービスしようとぼんやり考えていると、不意に袖を緩く引かれるのに気付いた。
「……つば、き……?」
「え……」
木綿樹さんに呼ばれているのを聞いたのだろうか。名前を呼ばれて驚いて視線を落とすと、長く乱れた髪の隙間から、目が合った。
わたしは慌ててしゃがみ、目線を合わせる。呼吸も正常だし、意識もはっきりしているようだった。ひとまず安心だ。
「気が付いたんですね、良かった……。大丈夫ですか? あなた、店の前で倒れてたんですよ」
「店……」
「はい、『黄昏食堂』です。常連さんのご紹介でしょうか? 初回にひとりでいらっしゃる方は珍しいです」
わたしの問い掛けにしばらくの間を置いて、彼はぽつりと告げる。
「……、何も、思い出せない……」
「えっ!?」
これがわたしと、記憶喪失の青年『アキラくん』との出会いだった。
*******
「えーっと、そういうことで……記憶が戻るまでお手伝いしてくれることになった、アキラくんです。まだ慣れないことも多いですけど、皆さんよろしくお願いしますね!」
「……、よろしく」
汚れを落とし服を着替え、伸びきった髪を整えると、アキラくんはわたしより少し年上に見える、精悍な顔立ちの青年だった。
ぼろぼろの見た目をしていたけれど幸い外傷等はなく、あるのは記憶の混濁だけ。バックヤードを一時的な彼の部屋として一週間程安静にして、美味しいご飯できっちり療養したら、体力も戻ったようだった。
この店に辿り着いたということは、誰かの紹介なのだろう。店長と相談した結果、記憶が戻るまでの間、彼をアルバイトとして雇うことになった。
わかっているのは、彼のしていた銀色のネックレスに刻まれていたらしい名前だけ。それ以外の持ち物はなく、どこに住んでいたとか、どんな仕事をしていただとか、それどころか自分が何のあやかしなのかも覚えていない。
店を手伝い常連さんと会うことで、記憶が戻るきっかけになるか、何かしら情報が得られるだろうと踏んでの策だった。
「あらやだぁ、この間落ちてた子? こんなに格好良いなら、寧々子が拾っておけば良かったわぁ……ねぇ、彼をテイクアウトって出来ないのぉ?」
「店員はテイクアウト対象外です!」
イケメンに目のない寧々子さんは、早速アキラくんが気に入ったようだ。先日絡まれていた鑼木さんは閉店頃にはすっかり憔悴していたけれど、アキラくんもああなっては困る。わたしはアキラくんの手を引いて、一旦店の奥に戻った。
「あのねアキラくん。お客さんにはいろんな人が居るから、もし身の危険を察知したらわたしに言って。先輩としてちゃんと助けてあげるからね!」
「はあ……」
記憶のない彼は、まだどこかぼんやりとしている。危機感のなさそうな返事に心配になりながらも、改めて彼の担当する業務の確認をした。
お客さんが来たらお出迎えして、お席にご案内して、おしぼりとお冷やを運んで、お料理の注文を聞いて、店長に伝えて、出来上がったらお席に運ぶ。
運んだ内容に間違えないか確認して、伝票を置く。時折お冷やのお代わりを運んだり、お客さんが居なくなったらお席の片付けをしたりする。
明け方には閉店準備をして、お店のお掃除をして終了。
次の日の仕込みだとか買い出しだとかは店長の仕事なので、わたしたちは一旦休んでいい。
昼過ぎには料理の手伝いやら店の敷地の掃除やらをして、黄昏時にはまた開店する。
営業時間中は、時間があればお客さんと交流して、疲れた心を癒すことが出来れば尚良し。
ここに来るお客さんは大抵、人間社会ではなかなか難しい気の置けない交流を好むけれど、ひとによってはひとりが好きなお客さんも居るから、その辺は慣れと空気を読んで立ち回るべし。
「ここまでで、何か質問はある?」
「あ……ひとつだけ」
「なあに?」
「……俺の身の危険は、椿姫さんが先輩として助けてくれるって言ってたけど……」
「うん……?」
アキラくんは繋いだままだった手を緩く握り返して、わたしの顔を覗き込む。
「椿姫さんの危険は、俺が男として守っていいの?」
「……へ!?」
予想外の言葉に、思わず目を見開く。癖の強いお客さんたちに振り回されないよう、何でも自分ひとりで対処出来るようにと、随分強かになったつもりだった。それを、守ってくれるだなんて。療養中世話を焼いたから、懐かれでもしたのだろうか。
こみ上げてくる妙な照れと、何だか落ち着かない感覚に、わたしは慌てて手を離した。
「わ、わたしは大丈夫だから! もうこの店の看板娘歴十年のベテランだよ!?」
「十年……」
「そうそう。常連さんたちのこともわかってるし、この店で危険なことなんて早々……」
何となく気恥ずかしさを誤魔化すように足早に戻ろうとすると、何やら店の方が騒がしい。
「……? 皆さん何を騒いで……、っ!?」
扉を開けると、その瞬間、目の前を木製の椅子が真横に飛んでいった。
「……あー、あのひとも、常連さん?」
「え……、え?」
「危険なこと、あるじゃん」
「……こんなの十年目にして初ですけど!?」
思わず呆然と立ち尽くす。店の中は、そんなことを言ってる間にもめちゃくちゃになっていた。
お相撲さんのような大きな身体をしたお客さんが、机や椅子を壁に投げつけ暴れている。
その迫力を間近に見て固まっていると、猫の姿になって避難してきた寧々子さんがアキラくんにしがみついて来た。
「わぁん、二人とも、ちょっと何とかしてぇ!」
「ね、寧々子さん、何があったんです!?」
「知らないわよぉ、あのでかいのが突然入ってきて『この店は出迎えもないのか』って暴れだしてぇ……!」
「っ……!」
わたしがアキラくんを裏に連れて行っている数分の間に、こんなことになるなんて。
怒りに任せて破壊を繰り返すあのひとは、初めて見る顔だ。誰の紹介にしたって、こんなの酷すぎる。
「……椿姫さん、ここは危ない。一旦離れよう」
「でも……」
幸いこちらには気付いていない。逃げるなら今だ。どう考えても力では勝てっこない。まずは、アキラくんたちを連れて安全な場所に避難しなくてはいけない。
狭い店内で暴れる大きな影に怯み立ち尽くしながらも、どこかで冷静な自分がいた。
けれど、天井に貼り付いた木綿樹さんや、倒れた棚の陰に隠れるように避難した鑼木さんを見て、はっとする。
そしてわたしは意を決して、震える足で一歩踏み出した。
「椿姫さん!?」
「……お出迎えが遅くなり申し訳ありません。ですが、ご覧の通りお通し出来るお席がなくなってしまいましたので、本日はお引き取りください」
「何だと、この店は客を選ぶのか!?」
こちらを振り向いた巨体が、血走った目をしてわたしを見下ろす。
変化が完全には解けていない、夜の海に似た黒い肌をした、見た目は恰幅のいい人間のおじさんの姿。なのに、この迫力だ。
正直、逃げ出したい。それでも、ここはわたしにとっても、みんなにとっても大事な場所だ。この店を守らなくてはいけなかった。
「お客様を選ぶわけではありません、ですが……」
「うるさい、どいつもこいつも、そうやって見下しやがって!」
何とか説得して、落ち着いて貰おう。そう思うのに、至近距離から降り注ぐ大声に、上手く言葉が出てこない。
さらに激高した大きなお客さんは、残っていたテーブルを片手に、わたし目掛けて振りかぶった。
「椿姫さん……!」
「……っ」
殴られる。反射的に固く目を閉じた瞬間、感じたのは痛みではなく、包み込むような温かく力強い感触だった。
「……?」
しばらくの静寂。恐る恐る目を開けると、わたしを庇うように抱き締めてくれている、アキラくん。
そしてその背の向こうで、大きなお客さんが振り上げた腕を調理器具のお玉ひとつで止めている、料理人服の店長の姿。
「て、店長……!」
「な……っ」
「おうおう、店をめちゃくちゃにしやがって。どうしてくれるんだ? 今日の売り上げ、店の備品、ついでに従業員とお客様への慰謝料。その他諸々、どう落とし前付けて貰おうか? ああ?」
それこそ、記憶喪失のアキラくんを住み込みのバイトとして雇ってくれるような、普段は面倒見もよく温厚な店長だ。けれど今は相当怒っているようで、額から生えている鬼の角が、いつもの倍近く大きく禍々しくなっている。
「ひっ、鬼……!? す……すみませんでした……!」
鬼は、あやかしの中でも上位種らしい。暴れていたお客さんは力の差をすぐに理解して、振り上げたテーブルを床に落とし、すぐに大人しくなった。
「……椿姫さん、怪我はない?」
「だ、大丈夫……ありがとう、アキラくん……」
守ると言った彼の言葉を早速体感することになり、フラグ回収の早さに動揺が隠せない。
そう、このどきどきは、怖くて、驚いたからだ。そうに違いない。
わたしはすぐに彼の腕の中から脱け出して、他のお客さんたちの無事を確認する。
腰が抜けた鑼木さんの手を引いて立たせ、気が抜けて天井から落っこちてきた木綿樹さんはアキラくんがキャッチしていた。
「……本当にすみません、鬼の旦那。オレ、ようやくこの店に来られて、嬉しくて……なのに先客の連中は変な目で見やがるし、出迎えもないもんだから、ここにもオレの居場所なんてないんだって……」
「だからって、店員の話も聞かず暴れてちゃ世話ねぇなぁ? 居場所も何も、自分から破壊してんじゃねぇか」
「はい……おっしゃる通りで……オレはこの性分のせいで、海にも居場所がなくなって、人間の世界に……」
大きな身体を縮めて壊れたテーブルや椅子の散乱する床に正座をしたのは、海坊主というあやかしらしい。
怒りから船を壊すこともあるという彼が、店自体を壊さなかったのは不幸中の幸いだ。
人間の世界に紛れ込み暮らすあやかしは、極一部のもとから人間に友好的で興味があって来た者と、大半が元々居た世界にも居場所がなく、新天地を求めてやって来た者なのだ。彼もおそらく後者なのだろう。
「ところで、ようやく店に来れたってのは、誰かの紹介なのか? お前さんみたいな暴れん坊主を一人で来させるなんざ何を考えて……」
「あ、いや……それが……、……」
「……何だと!?」
何かに驚いたような店長の声が響いたけれど、その後の会話は小声になって聞こえない。そのまま裏に連行された海坊主さんの背を見送って、わたしはようやく一息吐く。
「すみません、皆さん。せっかく来ていただいたんですけど、お店はこんな状態なので、今日はもう閉めちゃいますね」
「しかたないよ……営業再開したら、また来るからね」
「ありがとうございます、鑼木さん。……皆さん、本当にすみません。今日のお代は要りませんので、またご贔屓ください」
「お、ほんまに? もっと飲み食いしとけば良かったわぁ……なんてな。そんな気にせんでもまた来るし、つばきちゃんが謝ることやあらへんで~」
「木綿樹さん……ありがとうございます……」
「そうそう、寧々子たちの大好きな場所、めちゃくちゃにされたのは悔しいけどぉ……あんな怖いの相手に対峙した椿姫ちゃん、格好良かったわぁ。その辺で腰抜かしてた男とは大違い!」
「うぐ……」
「ふふっ、店員として……ううん。『黄昏食堂』を愛する者の一員として、当然のことをしたまでです。……なんて、何とかしなきゃって夢中だったので、あんまりよく覚えてないんですけど」
わたしは一通り常連さんたちにお詫びをして、全員のお見送りした後店を閉めた。
店長と海坊主さんがバックヤードで話をしている間、わたしとアキラくんで店の片付けをする。
口数の多い方ではないアキラくんとの作業は、沈黙が多い。先程抱き締められたのもあり、何となく気まずかった。
「えっと……とりあえず、壊れたテーブルと椅子は、お店の裏に運んで貰っていいかな」
「わかった」
アキラくんは器用にテーブルに椅子を幾つか重ね、店の外に運び出す。
彼が大きな物を担当してくれる間に、わたしは細かい木やガラスの破片をホウキとちりとりで片付けることにした。
砕けてしまった置物や、欠けてしまった丼やグラス。凹んだ壁に、割れた窓ガラス。
長く親しんできた大切な場所が壊されてしまったことを改めて実感した瞬間、どうしようもなく涙が溢れてきた。
「……っ」
一度こみ上げると止まらない涙に戸惑いながら、感傷から拾った器の破片で指を切って、痛いのか悲しいのかもわからなくなる。そのまま小さく蹲っていると、不意に人の気配がした。
きっとアキラくんだ。慌てて目元を袖で擦り立ち上がると、予想外の人物がそこに居た。
「ご、ごめんね、さぼってたわけじゃ……」
「椿姫ちゃん……?」
「え、鑼木さん!? なんで……」
「忘れ物を取りに……来たんだけど、……これは」
「ああ、すみません。ちょっと指を切っちゃって、痛くて涙が……」
情けない泣き顔を見られたと思い、慌てて顔の前で手を揺らし誤魔化すけれど、次の瞬間、鑼木さんはわたしの手首を掴んだ。
「この血の香りは……、人間?」
「は……?」
鑼木さんの目が、血に飢えた獣のようにわたしの指先に浮かぶ赤を見詰める。
「そうか、椿姫ちゃんは、人間だったんだ……店長の娘って聞いてたから、てっきり鬼かと思っていたのに……だから、本気で手出しせずに我慢していたのに」
「あの、鑼木さん……?」
「人間なら、いいよね? 表の世界では、迫害されないようたくさん我慢してるんだ……事情を知ってる椿姫ちゃんなら、問題ないよね?」
「え、いや、待って、わたしは……!」
興奮して早口で捲し立てる様子に、日頃のように軽くいなすことが出来ない。思わず後退りすると、狂喜的に顔を歪めて笑む口許から、鋭く尖った牙が覗く。
否定しなくちゃ、誤解だって言わなくちゃ。そもそも血のワインのテイスティングだって、いつも間違えてばかりじゃないか。そう言いたいのに、声が上手く出ない。
そして手首を掴んだまま、鑼木さんは血の玉の浮かぶ指先を、そのまま口に運ぼうとした。
「大丈夫、少し味見するだけ、ほんの少しだから……。それじゃあ、いただきます」
「あ……」
「ぐえ……!?」
もう駄目だと目を閉じ身構えた瞬間、不意に潰された蛙みたいな声がして、恐る恐る目を開ける。
鑼木さんの首元のリボンが、後ろから思い切り引っ張られたのだろう。苦しげに呻いたその背後には、いつの間にかアキラくんが居た。
「あー……当店はセクハラ禁止となっております」
「ひ……っ!」
アキラくんがそのままじろりと睨むと、鑼木さんはすぐにリボンを解き捨て逃げていった。まるで蜥蜴が尻尾を切り離して逃げるような潔さだった。
「大丈夫? 椿姫さん」
「……だい、じょうぶ。びっくりした」
「勤務初日にして、この店やっぱり危険多くない?」
「……こんなの、十年目にして初なんだってば」
また助けられた。安心と申し訳なさと、不思議などきどき。
きっと、慣れないトラブルばかりだったせいに違いない。わたしはほんのり熱を帯びた顔を隠すように俯く。
「あ……怪我、平気? 待って、絆創膏か何か……」
「ううん、平気。ちょっと切っただけだから……と、アキラくん、何か落ちたよ!」
絆創膏を探しに行こうとしたアキラくんから、何かが落ちた。俯いたわたしの視線の先、煌めく銀色のネックレス。名前の刻印された、彼の唯一の所持品だ。
けれど最初に見せてもらった刻印の反対側に何か見えた気がして、わたしは反射的に、それに手を伸ばす。
「え、あ……」
「あ」
その瞬間、同じく伸ばされた彼の手が、わたしの手の甲を覆うように重なった。
ネックレスに、血が少し付いてしまったかもしれない。けれどそれよりも、重なった手の熱や長い指先の感触に意識が向いてしまい、落ち着かなかった。反射的に、手を引っ込める。
「ご、ごめん……」
「ううん、落ちたの、教えてくれてありがとう」
アキラくんはそんなわたしの様子に気付かないように、ネックレスを拾い上げ、つけ直して背を向ける。
「あー……働いて十年っていうけど、椿姫さん幾つ?」
「え、えっと……十八歳くらい、かな?」
「くらい? というか、それだと八歳から働かされてるの……? ここ案外ブラック……?」
「そうじゃないよ! えっと、わたし、小さい頃に店長……お父さんに拾われたの」
「え……」
二人で片付けの続きをしながら、ぽつりぽつりと話す、鑼木さんをはじめとしたお客さんたちは知らない、わたしのこと。
「小さい頃のことは、よく覚えてないの。でも、アキラくんと同じ……ひとりぼっちのわたしをお父さんが拾ってくれて、このお店で育ててくれたんだって」
「そう、なんだ……」
「ああ、そんな同情顔やめて! というか、現時点で記憶喪失なアキラくんの方があれだから!」
「まあ……それはそう」
「ふふ、でしょ?」
過ごした時間は短いのに、二度も助けられたからだろうか。それとも、彼に語る記憶がないからだろうか。
わたしは、今まで誰かに話すことの出来なかった過去を、気付けば口にしていた。
「物心ついた頃には『どうしてわたしにはお母さんが居ないの?』『どうしてわたしにはお父さんみたいな角が生えないの?』って質問責めにしてね。そうしたら、お父さんは包み隠さず、本当の子供じゃないって教えてくれたの。だから、もうとっくに受け入れてるんだ」
強がりなんかじゃなく、本当の子供でもないわたしをここまで育ててくれたお父さんには、感謝しかない。血の繋がりなんか関係なく、愛されているのもわかっている。
「それで、七、八歳になる頃にはお店のお手伝いをさせて貰えるようになって……でも、小さい子供を働かせるなんて色々あれだろうし、それに、お客さんもいい人ばかりじゃないから……わたしは拾われっ子なのは隠して『鬼の子』として店に立つようになったんだ」
先ほどの海坊主さんもそうだ。あれだけ暴れていたにも関わらず、鬼だというだけで、戦うこともなくすぐに降伏していた。
鬼という肩書きは、何よりも強い鎧だった。だからこそ、それが偽りのものだなんて、誰にも知られてはいけない。そのはずだったのに。
「境遇が似てるからかな、アキラくんには、話しちゃった」
「……問題ない。べらべら話す趣味はないし……椿姫さんに鎧なんかなくても、俺が守ればいいんだから」
「……!」
涼しい顔をして話す横顔を、思わず見上げてしまう。するとそれに気付いてわたしを見下ろした彼と視線が合って、何だか余計に鼓動が跳ねた。
何と無く言葉が出ないまま見詰め合っていると、店の奥の扉が音を立てて開く。
思わずびくりと肩を揺らし振り向くと、そこに居たのは何やら焦った顔をしたお父さんと海坊主さんだった。
「椿姫! すまん、ちょいと急ぎで確かめなきゃならんことが出来た」
「えっ、何、どうしたの?」
「説明は帰ってからする。しばらく留守にするから、店の片付けやらは任せた!」
「え……ええ……?」
最低限の説明で嵐のように去って行く二人を見送り、わたしとアキラくんはまだ散らかったままの店の真ん中で、呆然と立ち尽くすしかなかった。
*******
片付け自体は、その後一日で終わった。何分狭いお店だ。それでも元の状態に戻すにはわたしたちだけでは難しくて、どうしようかと悩んでいたところで、様子を見に来てくれた常連さんたちが手伝ってくれた。
寧々子さんは店の内装を持ち込みの小物で可愛く飾り付けしようとして、シンプル思考の木綿樹さんと対立してわいわいと賑やかで、壊れた椅子やテーブルはアキラくんと河田さんが修理してくれた。
天狗の松明さんは小天狗たちを引き連れて、駄目になった物たちの処分や、必要な食材なんかの買い出しを手伝ってくれた。
騒動を知らなかった木津根さんは店の惨状に驚いていたけれど、無事でよかったと泣きながら抱きしめてくれた。
鑼木さんは、吸血未遂から少し気まずいのかしばらく顔を出さなかったものの、数日経った頃には様子を見に来てくれた。あの日落としていったリボンを返すと、照れたように笑っていた。
他にも、多くの常連さんが気にかけてくれた。この店は本当に愛されているんだと、何だか誇らしかった。
こうして店長不在の間にリニューアルした『黄昏食堂』は、みんなの想いがこもった、以前よりも大切な場所になった。
「皆さん本当にありがとうございます! 店長はまだ戻らないんですけど……よかったら、食べて行ってください!」
普段は食事の提供や店の中の仕事をメインにしていたから、たまに任される一品料理や、閉店後の限られた修行だけでは、お父さんの味にはまだ追い付けない。
それでもわたしは感謝の気持ちを込めて、手伝ってくれた皆に簡単な丼料理を振る舞った。
それぞれの好みは把握しているから、基本は一緒でも味付けやトッピングを変えて。
木津根さんには甘いお揚げ、河田さんにはキュウリ、寧々子さんには鰹節……ひとりひとりを想って作る料理は、こんなにも楽しいのだと、改めて実感した。
前よりも綺麗になった店内で、皆が笑顔で食べてくれるのを見ながら、ふと気付く。
ここ数日、一番傍で頑張ってくれた彼の好みを、わたしは知らなかった。
「ねえ、アキラくんの好きな食べ物は?」
「……何だろう。何でも好き……椿姫さんの作るもの、全部美味しいし」
記憶喪失だから、好きなものを聞いてもわからないと言うのは予想出来ていた。それでも、この返答はずるい。
「……、今日の賄いは大盛りにしておくね……」
「やった」
皆の好物の、余った食材全部乗せ丼。今のこの店の象徴みたいなそれを美味しそうに食べてくれる様子を眺めながら、この心地よく温かな日々がいつまでも続けばいいなと、わたしはぼんやりと考えていた。
*******
店長不在の間、わたしが厨房と接客のサポート、アキラくんがメインの接客で、以前のようにはいかずとも何とか店を回していた。
お客さんは基本常連さんばかりだ、甘えてしまっている自覚はあったけれど、時にはお冷やを運んだりテーブルを拭いたり、簡単な業務はお客さんが手伝ってくれることもあった。
「食べ終わった食器、カウンターまで下げとくで~」
「わ、木綿樹さんありがとうございます!」
「ええって。あきらくん、今寧々子さんに捕まって動かれへんし」
「え!?」
リニューアルオープンしてから、もうすぐ二週間になる。
今までこんなにも店を空けたことのなかったお父さんが心配だったけれど、鬼が何かの危険に巻き込まれることは早々ないはずだ。
わたしは、目まぐるしい忙しさの中で、店を守ろうと必死だった。
だから、気付かなかったのだ。この愛しい日々に、終わりが近づいていたことに。
*******
「椿姫、戻った」
「……! お帰りなさい!」
お父さんが帰って来たのは、リニューアルしてからちょうど一ヶ月経った日の夜だった。
その頃には大分店を回すのにも慣れていたけれど、お父さんの姿を見て、安心と、肩の荷が下りた気がして涙が滲む。
店長が帰還したのだ、これで、今日からは『黄昏食堂』も通常営業を再開出来る。
けれど少し窶れたお父さんは、早々に今日の店じまいを告げて、わたしとアキラくんを店の奥へと誘導する。
不思議に思いながらも、久しぶりの再会に募る話もあるのだろうと、皆も納得して帰っていった。
「……この一ヶ月、どこで何してたの?」
「ああ……ちいとばかし、ややこしいことになってたな」
「ややこしいこと?」
わたしとアキラくんはバックヤードのソファーに並んで腰掛けて、正面に座るお父さんの話を聞くことにした。どこか重苦しい雰囲気に、何となく落ち着かない。
「あの海坊主の話によると、どうやら、店のまじないがイカレちまったらしくてな」
「え!? うそ、みんな普通に来てくれてたし……あれから変な一見さんもこなかったよ!?」
「通常手順を踏む分には普通に来られるんだ。だが、どういうわけか、別ルートでも来られるようまじないが歪んじまっててな。海坊主の野郎もその非正規ルートで来たらしい」
「……非正規ルート……」
何やら予想外の展開に、わたしは固唾を飲む。お父さんはこの一ヶ月、まじないの修復作業と、その間の正規ルートの確保、それと同時に非正規ルートで来る客から情報を得ては追い返す作業を繰り返していたらしい。
「大変そう……」
「ああ、これ以上店に被害を出す訳にゃいかねぇから、一刻も早く何とかしたくてな。一ヶ月も留守にしちまって悪かった」
「ううん。アキラくんも、皆も手伝ってくれたから。お父さんこそ、本当にお疲れ様」
帰ってこられたということは、今は何とかなったのだろう。一先ず安心して、一息吐く。
わたしはこの一ヶ月で出来た思い出、作れるようになった料理、リニューアルした店内のこだわり。いろんなことを話したかった。
けれど、次がれた言葉に、その何もかもが吹っ飛んでいった。
「それでなぁ……どうやら、まじないを歪めちまったのが、お前さんのようなんだ。アキラ」
「……え?」
これまで黙って聞いていたアキラくんの横顔を盗み見る。彼は、わたしのように動揺するでもなく、真っ直ぐにお父さんを見据えていた。
「お前さんは、ルールを曲げた。辿り着くためのまじないは、店の安全のための最初のルールだ。常連だって、信頼できる奴にしか教えん。それでも変なのはたまに居るんだ。……それを、どんな意図であれ、誰でも入れる形に歪めちまった」
「ちょっと待って、お父さん……何を言って……」
「アキラ。お前さんは、本来店に来ることの出来ない存在。違うか?」
「お父さん! アキラくんは、この一ヶ月誰より頑張ってお店を支えてくれたんだよ!? それなのに……」
わたしが庇おうとすると、アキラくんは小さく首を振った。そして、わたしの方を見て、困ったように眉を下げて微笑む。
「……椿姫さん。前に、海坊主と対峙した時言ってたよね。『何とかしなきゃって夢中で、覚えてない』って」
「え、うん……?」
いきなり何の話だろう。戸惑うわたしに対して、彼は言葉を続ける。
「俺も、そう。椿姫さんを、何とか連れ戻さなきゃって、夢中で……ずっと彷徨って、出会えた瞬間、忘れちゃってたんだ」
「……どういう、意味?」
アキラくんの言葉に、思わず戸惑う。けれどその真っ直ぐな眼差しから、視線を逸らすことは出来なかった。
「あの日、俺のネックレスに、椿姫さんの血が付いた時……それを見て、思い出したんだ。俺は、椿姫さんを取り戻すために、ここに来た」
「……、取り戻す……?」
「うん。あの吸血鬼も言ってただろ。椿姫さんは……、俺たちは……『人間』なんだ。この店に立ち寄れる『あやかし』じゃない、ただの人間」
頭の中が真っ白になるとはこのことだ。アキラくんの言葉が、上手く処理出来ない。
わたしたちが『人間』?
店のお客さんがいつも愚痴を溢す、高慢で害悪で醜い、誰かの好きな食べ物にすら嫌な顔をする、本来の姿を見られようものなら迫害するという、野蛮な『人間』。
思わずお父さんに視線を向けるけれど、否定も肯定も、何の返事もしてくれなかった。
「俺たちの本当の出会いは……十年以上前。家庭の事情で引っ越してきた、家庭環境に問題ありの俺と、愛情いっぱいの家庭で過ごしてた、つばきちゃん」
「え……」
「どう見てもサイズの合ってない死んだ父さんのお下がりなんて着せられて、いつもぼろぼろの俺に声をかけてくれたのは、椿姫さんだけだった」
待って、そんなの、記憶にない。
十年以上前。店に立つより、前。お父さんに、拾われる前。
店に初めて出してもらったあの頃の記憶は、今も確かにわたしの中に存在している。でも、その前の記憶は、ひどく朧気だ。
「親の反対を押しきって、何度か遊んでる時に……俺たちは偶然、この店に来るまでの手順を踏んでいたあやかしを見掛けた。それで、新しい遊びだと思って、見様見真似でついて行ったんだ」
「!?」
「……でも、俺は、うっかり落とした父さんの形見のネックレスに気を取られて、手順を失敗した」
彼は首に下げられたネックレスのトップを握り締めて、眉を寄せる。
「椿姫さんを見失って、焦った俺は振り出しに戻って、記憶を頼りに挑戦し続けた。……手順を踏むと鴉が飛ぶとか、片足のない猫が通るだとか、同じ現象が必ず起こるんだ。途中から、これが遊びでも何でもないことはわかってた」
遊びのつもりから一転、遊んでいた女の子がはぐれて神隠しにでもあったようなものだろう。
わたしより年上、それでも当時まだ十歳にも満たないであろう彼の焦りや絶望を思って、胸が苦しくなる。
「怖かった。それでも、何がなんでも椿姫さんだけは見付けて、家に帰さないとって……椿姫さんには、俺と違って帰るべき家が、待っている家族が居たから」
「アキラくん……」
「でも挑戦し続ける内に、何か別のまじないの手順を踏んだのか、エラー制限にでも引っ掛かったのか……俺は、気付くと振り出しに戻るんじゃなく、あの店に至るまでの長い霧の中から、抜けられなくなっていた」
「え……?」
「真っ白な霧の中を彷徨って、誰かの気配を感じて振り向いても、正しい手順を踏んだ客とは、きっとズレて存在してたんだろうな。時折影は見掛けても、姿を見ることすら出来なかった……」
今まで過ごしてきた店を取り巻くまじないは、変な客を寄せ付けないための、守りのものだと思っていた。
それが、長い時間彷徨ってしまう程に危険なものだなんて、思っていなかった。
「その内時間の感覚もなくなって、方向もわからなくなって、何をしていたのかも、わからなくなっていった。自分のことも、椿姫さんのことも忘れそうになって……小石で何度も傷をつけて、ネックレスに名前を掘ったんだ」
「そんな……」
改めて見せてくれた、銀色のネックレス。表には、小石で精一杯刻んだのであろうアキラくんの名前。そして、裏には『つばき』と、漢字のわからない子供の字で、確かに刻まれていた。
「わたしの、名前……」
「……本来店に来られない『人間』の椿姫を招き入れたのは俺の落ち度だ。それでも、椿姫をもう店から出さないとしたなら、それはそれで良かったんだろう……だが、アキラは彷徨い続けて、まじないは誤作動を繰り返し続けた。それが歪みの発端だろうな」
それまで黙って聞いていたお父さんが、ぽつりと呟く。『落ち度』という単語に、胸が締め付けられる。
十年以上前から、そもそもわたしがこの店に辿り着いた頃から、歪みは始まっていたのだ。
わたしは店に立って十年間、店員としても外の世界に出ることはなかった。仕入れも店長の仕事だったから、必要もなかった。
お客さんたちから毎日のように外の世界の愚痴を聞かされていたから、出たいと思ったこともない。
入店に必要な複雑で小難しい手順も、知識として知ってはいるものの、外に出るための退店時の手順は、知らなかった。何しろ、見送りは店の出口までなのだ。
そして、わたしを求め彷徨い続けていた霧の向こうの彼に、十年以上気付かなかった。
「歪みが顕著になって、一定の隙間が出来た。その隙間から、抜け道が出来てお前さんや海坊主みたいのが入り込んで来たんだろうなぁ」
「……俺のせいです。すみません」
頭を下げるアキラくんから、視線が離せない。
彼は見知らぬ場所で、まじないによる時間のズレはあったかもしれないけど、わたしの時間でいう十年以上彷徨って。記憶をなくす程苦しんで、そうまでして、たった一人でわたしを探していてくれた。
そんなことも知らずに、わたしはぬくぬくと過ごして、お父さんとお客さんとの日々を楽しく暮らしてきた。
罪悪感や、申し訳なさ、いろんな気持ちでいっぱいになる。
「謝らないで……アキラくんは、何も悪くないじゃない。わたしが……わたしの、せいで……」
「椿姫さんも、悪くない。俺は、家にも学校にも、ずっと居場所がなかった……唯一、笑顔を向けてくれる椿姫さんに救われたんだ」
人一倍傷つき苦しんでいたであろう彼のどこまでも優しい言葉に、涙が止まらなかった。
初対面で守ると言ってくれた彼は、もっと長い間、会えない間もわたしを守ろうとしてくれていたのだ。
「今回の件は、これで理由がわかった。だが、理由はどうであれ、ルールを歪めて店に被害があったとなりゃ、罰を与えない訳にはいかねぇ」
「……罰って……店を荒らしたのは海坊主さんで、アキラくんはわたしを守ってくれた! それに、元はといえば、わたしのせいで……!」
「海坊主は出禁にしたし、あやかしのルールは絶対だ。慣習に馴染めねぇ奴が、仲間意識の強い住処を追われ、人間に紛れなきゃならねぇくらいにはな」
「そうかもしれないけど……でも!」
「だから罰として……アキラ。椿姫を連れて、人間の世界に帰れ」
「……、……え?」
お父さんからの予想外の言葉に、一瞬呼吸が止まる。
わたしは震える声で、聞き返した。
「……連れて、帰る? どうして?」
「それが罰だ」
「待って、歪みっていうのは、もう直ったんだよね? そうしたら、もう、大丈夫なんでしょ? だったら、アキラくんと、三人でお店を……」
「ここは、あやかしのための店だ。そこに、『異物』である人間が二人だなんて、これからどんな障害が起きるかわからない」
「でも、ここは人間社会に疲れたあやかしの来る店でしょう!? もう人間社会に居場所のないわたしたちが居てもいいじゃない!」
「人間社会に疲れて癒しを求めに来てるのに、そこに人間が居る時点で問題しかねぇだろうが!」
普段温厚なお父さんが、声を荒げる。思わずびくりとして、立ち上がりかけたわたしは再びソファーに沈んだ。
「元々、アキラは十年以上椿姫を探してたんだろうが。願ったり叶ったりだろう」
「それは……」
「ほら、わかったらさっさと荷物纏めて来い」
「……、……お父さんは、わたしのこと、もう邪魔なの? それがルールだから?」
わたしを実の子のように、大切に育ててくれたお父さん。その優しさを、愛情を、わたしは知っている。
お客さんを家族のように、店を大事にしてきた店長。その思い入れを、ここに至るまでの信念を、わたしは知っている。
「……」
「……、わかった」
この罰は、その両方で板挟みになった結果、出した答えなんだろう。
「わたし、出ていくね。……店長。今まで、お世話になりました」
「椿姫さん……でも」
「いいの。アキラくんが、こんなに頑張って迎えに来てくれたんだもん。……人間は人間の住む世界に、帰らなくちゃ」
「……、椿姫さん……」
正面に座っているお父さんの顔が、涙で見えない。テーブル越しの近くて遠い距離に、手を伸ばすことも出来なかった。
*******
わたしは『黄昏食堂』の屋根裏の私室で、窓から差し込む朝日を受けながら荷造りする。結局一睡も出来なかった。
お父さんにもらった服や髪留め。お客さんからのプレゼント。お店の秘伝のたれのレシピ。すっかり着古したお店のエプロン。後者は置いていくべきだろうか。
鞄なんて必要もなかったから、持っていない。いろんな宝物を小さな段ボール箱に詰めて、あっという間に十年以上の思い出は纏まった。
「……よし。こんなもんかな」
アキラくんはそもそも纏めるような私物はない。すぐにでも出発出来るだろう。
ほとんど記憶もなく、お客さんの愚痴でしか知らない人間の世界に、恐怖がない訳ではない。それでも、ここに居続けることなんて出来なかった。わたしも、その人間なのだから。
「おはよう、アキラくん。準備できた?」
「椿姫さん……」
バックヤードのソファーから起き上がるアキラくんは、わたしの顔を見るなり眉を下げる。泣き腫らしたままで徹夜したのだ、酷い顔をしているのだろう。
「ねえ……俺は、嫌だよ。こんなの」
「え……?」
「だって、椿姫さんがこの店を愛してるのは、傍に居て痛いくらい伝わってきた。客の皆からも、椿姫さんは愛されてる」
「でも……しかたないんだよ。店長も言ってたでしょ、この店は、あやかしが人間社会に疲れて癒しを求めに来てるの。人間が居ちゃ、ダメなんだよ」
きっと、もう店長をお父さんなんて呼んではいけない。わたしには、本当の家族が居るのだ。記憶には、店長と過ごした思い出しか残っていないけれど。
店長は、今頃店の方で久しぶりの仕込みをしている頃だろう。
出て行くのなら、店が始まる前。今の内に、決心が鈍る前に、早く。
「それでも……皆が癒されてたのは『黄昏食堂』の料理と、看板娘の椿姫さんにだ。人間だとか、あやかしだとか、関係ない。椿姫さんだって、ここに居たいんだろ?」
「……それを決めるのは、わたしじゃないよ。それに、アキラくんだって、わたしを連れ帰りたいんでしょ?」
逃げるように出ていこうとするわたしの手を、アキラくんが、掴む。
「……確かに、俺は椿姫さんを迎えに来た。でも、それで椿姫さんを悲しませるんじゃ、意味がない」
「意味って……」
「椿姫さんには、幸せで居て欲しい。笑顔で居て欲しい。俺が椿姫さんの笑顔に救われたように、椿姫さんも救われて居て欲しい」
「……」
「椿姫さんが迷いこんだのは、危ない場所だって思ってた。椿姫さんには帰る場所があるから、無事に連れ帰りたいって思ってた。でも……今の居場所は、ここなんだって、わかったから」
わたしの今の居場所。そんなの、ずっと決まっている。もう人生の半分以上を過ごした、大切な場所。
それでも、故郷を追われたあやかしたちもきっと同じだろう。ずっと居たかった場所を追い出されて、慣れない人間社会で生きる場所を探さなくてはいけない。
わたしが鬼の子という鎧を纏って店に立っていたように、みんなだって人間という鎧で頑張っている。
「それでも、本来の場所に帰れるんだもの。追い出されるにしても、まだ幸せな方でしょ? 頑張らなくちゃ」
「……『黄昏食堂』は、どんなあやかしでも種族の隔たりなく本来の自分をさらけ出して、美味しい料理と、気心知れた仲間と、何より『看板娘』が受け入れてくれる、癒しの場所……そうだよね? みんな」
「え……?」
みんな、という言葉に、思わず瞬きをする。
すると、次の瞬間バックヤードと店を隔てた扉が開き、常連さんたちが狭い室内に一気に雪崩れ込んできた。
「え、え!? 皆さん……!?」
「黙って出て行こうなんて水臭いわよぉ。寧々子、人間そんな好きじゃないけど、椿姫ちゃんたちは別~!」
「そうだよ。確かに、美味しそうな血の匂いだなぁとは思っていたけれど……それとは関係なく、椿姫ちゃんが居るから、僕は……!」
「私も、会社のイヤな人間関係に疲れても、椿姫ちゃんに癒されてたんだよ!」
「そうやで、常連みーんな、そう思っとる。つばきちゃんあっての『黄昏食堂』やんな?」
「皆さん……なんで……。今はまだ、昼前で……仕事、とか……」
「ははっ、当日になって有給使ったのなんて、サラリーマン人生で初だよ」
「うむ、店の一大事だからな」
「人間の愚痴たくさん言っちゃってごめんね。あたし達にもいろんな性格のやつが居るみたいに、人間だって、みんながみんな悪い人間じゃないって、ちゃんとわかってるから……!」
「椿姫さんのお料理、また食べたいです!」
「人間って聞いて驚いたけど、そんなの関係ない! つーちゃんが居ない店なんてやだよー!」
バックヤードに入りきらない店の方からも、聞き覚えのある声がする。
状況が飲み込めないわたしの背を、アキラくんが軽く撫でた。
「みんなに、話したんだ。俺たちのこと」
「えっ、どうやって……」
「前に、寧々子さんに連絡先聞かれて。その時俺、携帯とか持ってないからって断ったんだけど……一方的に寧々子さんの電話番号教えてもらったから、椿姫さんが荷造りしてる間に店の電話でかけた」
「そうそう。寧々子ちょーファインプレー。常連同士って言っても連絡先知らないひとも多いからさ、SNSでうちらにしかわからないように拡散したらね、平日の午前中だってのにこーんなに集まってくれたの」
「え、えすえぬえす……?」
「つまり……集まってくれたみんな、人間だとかそんなの関係なく『椿姫さん』にここに居て欲しいってこと」
「え……」
わたしを見る皆の顔は、とても優しい。わたしに向けられる声は、とても温かい。
小さい頃から家族のように見守ってくれたお客さん、ご新規さんでもすぐに打ち解けたお客さん、営業日は毎日のように通ってくれる常連さん。まだ数回のご来店で、これから仲良くなれたらいいなと感じたお客さん。
きっと、人間嫌いのひとだって居る。それでも、少なくともここに集まってくれた皆はわたしを受け入れてくれるのだと、胸と喉の奥が熱くなる。
「わ、わたし……やっぱり、ここに居たい……」
我慢できずにぼろぼろと涙を溢しながら、俯き座り込む。あの日ひとり彷徨った子供の頃のように、帰る場所を求めて嗚咽が漏れた。
「ずっと……『黄昏食堂』で皆さんとご一緒したいです……」
少しして、不意に優しく撫でてくれる手のひらの感触に、顔を上げる。
「それが、椿姫の本当の願いか」
「……店、長?」
「今なら、アキラと帰れる。元の家に、元の世界に。それでも……この店に居たいのか?」
「はい……わたしの居場所は、お父さんが居て、皆が居てくれる、この場所だから」
わたしの答えに溜め息混じりに微笑んで、お父さんはくしゃりと頭を撫でてくれる。いつもの優しい、お父さんの顔だ。
「……なら、いい。よし、『黄昏食堂』リニューアル記念だ。今日はこれから特別営業とするかね!」
「え……?」
「ほら、椿姫。さっさと顔洗って支度しろ。……お前さんはうちの看板娘、だろ」
「……っ、うん!」
わたしは涙を拭って立ち上がる。皆の安心したような声に頭を下げて、顔を洗いに戻ることにした。
ぼろぼろの頬を叩いて気合いを入れていると、後ろから、続けて声が聞こえた。お父さんとアキラくんだ。
「アキラ、お前さんもだ」
「えっ」
「帰る場所、ねぇんだろ。椿姫と纏めて面倒見てやる。ただし、きっちり働いてもらうからな。……今日は客が多い、外にも席を作ってきてくれ」
「……、はい! お義父さん!」
「ああ!? 店長って呼べ……!」
賑やかな声を背に、こうしてわたしの『鬼の子椿姫』としての日々は、終わりを迎えた。
そしてこの店で、皆と同じように身を守るための偽りの鎧を脱ぎ捨てて、本当の自分で居られる日々が始まったのだった。
*******
それから、店へと至る手順のまじないは、定期的に書き換えられるようになった。鬼の庇護下とはいえ、人間が二人、あやかしの領域で生きるには守りが万全に越したことはない。
お客さんたちは相変わらず複雑な新しい手順を覚えるのに苦労しているようだったけれど、それでもこれまで通り、変わらず店に足を運んでくれた。
それに、手順を伝える用にと、お客さん同士での交流も以前より盛んになったように思う。
わたしを含め、この店で日々の疲れを癒しながら、店を通じて家族になったひとたちの集まりのようだった。
「椿姫ちゃん、きつねうどんのおかわりお願い」
「はぁい、ただいま!」
「わー! つばきちゃん、おしぼりくれへん!? 酒溢してもうた!」
「大変、染みになっちゃう! 漂白剤要りますか!?」
「木綿ボディに直付けされてまう!?」
相変わらず賑やかな店内は、個性豊かで美味しそうな料理の香りと、皆の笑顔で溢れている。
「アキラくん、鑼木さんの所にトマトジュースお願い!」
「あれ、血のワインじゃなくていいの?」
「なんか、禁酒するんだって」
「ふうん? 椿姫さんを守るためかな。……負けてられない」
「……? わたし?」
「なんでもない。じゃ……行ってくる」
「うん、お願いね!」
アキラくんも、すっかり店に馴染んでいた。今ではわたしのフォローも必要ないくらいだ。
まっすぐ伸びた背と、随分柔らかくなった表情が、この店が彼にとっても居場所となれたようで嬉しかった。
「こ、こんばんは……あの、寧々子さんの紹介で……あ、寧々子さんは後から来るはずです。ワタシ、初めてなんですけど……その、大丈夫ですか?」
不意に店の扉が開き、黄昏時を過ぎた夜の香りと共に、また新しいお客さんがやって来る。
どこか気弱な様子のこのひとも、きっと人間の世界で揉まれて疲れているのだろう。
この店自慢の美味しい料理と、温かな真心で、少しずつ心を癒して、この店を好きになってくれるといい。
「いらっしゃいませ! お席にご案内しますね。お好きな食べ物がありましたら、メニューになくてもご注文いただけますよ」
「えっ、いいんですか?」
「はい、あなたの好きなものを教えてください。変化も自由に解いていただいて構いません。……ありのままのあなたを受け入れる場所、『黄昏食堂』へようこそ!」
ここに来る皆がいつも笑顔で居られるように、一時でも辛さを忘れられるような、帰る場所のひとつになれるといい。
そう願いながら、わたしは今日も、とびきりの笑顔でこの店に立つのだった。