人は興味を持ったものを視界に入れると、すぐにそれを認識する。

例えば猫に興味を持っていれば、街中で見かける野良猫に気が付きやすくなるのはもちろん、雑貨屋に売っている猫型のクリップや猫がプリントされているメモ帳とか、ありとあらゆる猫関連のものが視界に入ってくる。

反対に、興味を持たなければ、たとえ視界に入っていたとしても、脳は一切の存在を切り捨てようとする。

そう考えると、決して空いていない帰りの電車内でジミズを見つけたのは偶然ではなく、間違いなく俺がジミズを意識しているからだと思う。

ジミズは泣いていなかった。至って普通のちょっと暗めの女子高生って感じだった。

ジミズは俺の視線に気が付いたのか、タブレットをいじっている手を止め顔を上げる。

そしてやっぱり俺と目が合うと、今度はまた驚いた表情を作り、徐々に目元に涙を溜める。ほんと何なんだよ、こいつ。


「あの……」


……え?

聞き違いだろうか、俺はわざとスマホの画面に集中するふりをする。


「……あの、さ」


間違いない。

今、ジミズに話しかけられてるよな。


「瀬谷くん、だよね」


いつも泣いている変な奴。そいつが今、俺の苗字を口にしていることなんて想定すらしていなくて。

戸惑い、いや、その中に少しだけ嬉しいような感情が入り乱れながら、俺は鼻を啜り出したジミズの目の前でただ立ち尽くす。

明らかに今勘違いされる絵面だよな。

そう思うと、自動的に周りの視線も感じるようになってきて、また変な汗が出てきた。

俺達だけじゃない電車内のこの空間で、どう振る舞うのが正解なんだ。

俺が困ったような表情をしたせいか、ジミズは相変わらず鼻を啜りながら申し訳なさそうに言った。


「急に話しかけて……ごめんね。私、次の駅で降りるから」


このまま逃げるのはなんか悔しい。だからつい口走ってしまった。


「お、俺も」


ジミズは真っ赤に腫らした目を丸くして俺を見ると、再びにこりと笑った。

その笑顔が本物なのかどうか、今の俺には見分けが付かない。