涙の理由は知らなくていい

蚊のような清水の声なんておじさんの耳には届かないのでは。なんて希望を抱いたけれど、一瞬にしてそれが打ち砕かれた。

おじさんは立ち止まる。


「おう!兄ちゃん、ここにいたのか」

「あ、ど、ども……」


二、三個気の利いたことでも言えればよかったのに、そんな話術も度胸も俺にはない。

おじさんは清水の目線の高さまで顔を下げると、清水の顔をしばらく見ていた。

蛇に睨まれた蛙になってしまった清水は、言うまでもなく硬直したまま涙を流している。おじさんはそれでも目を逸さない。

ようやく飽きたのか、おじさんは清水を視線の呪縛から解放すると、机の上に広げている食器の中から一つ手に取った。


「嬢ちゃん。これ一つ貰おうか」


おじさんが手に取ったのは、竜の絵が描かれている絵皿。清水がとりわけ時間をかけて描いたものだった。

妙にリアリティのあるその絵は、おじさんの肩にいたそれと似ていなくもない。


「あ、はい……ごひゃ……五百円……です」

「そうか。今千円札しかないから、これで良いか」

「お、お釣りを……」


清水は慌てて用意した小銭が入った巾着袋(きんちゃくぶくろ)に手を突っ込む。


「釣りはいらん。小銭は持たん主義なんじゃ」

「え、あ、ありがとうございます……!」


おじさんはまだ涙を流れている清水の顔を見ても特に何も言わず、大きく笑いながら、


「こんな身なりじゃから、普段よう泣かれるんじゃ」


と言った。

この人は清水の事情を知っているのだろうか。いや、多分そんなのは関係ない。


「この絵は、兄ちゃんが描いたんか?」

「あ、いえ」


おじさんは買った大皿と清水の交互に視線を向ける。


「嬢ちゃんか。あんた、ええもん持っとんな。そういう才能は、大事にせんといかん」

「は、はい」

「兄ちゃんも、大事なもんは、ちゃんと護らんといかん」

「あ、はい」


それだけ言うと、おじさんは買った大皿を大事そうに鞄に入れ、向かいのブースに行ってしまった。三人の取り巻きもいなくなったから、俺達のブースは急に寂しくなった。