涙の理由は知らなくていい

市民センターに通うようになった頃あたりから、俺の中ではジミズから清水に呼び名が変わった。でも、知りたいのはそこじゃなくて。

俺はいつから清水を清水として見ていたんだろうってこと。


「よかったじゃん」

「だめ。結局症状が治ったわけじゃないし。油断できないよ」


清水はやっぱり涙を個性に昇華することを頑なに拒む。

清水のそういうところは長所でもあるし、短所でもあると俺は思う。言わないけど。


「でもさ、清水さんって俺の前では泣かなくなったよね」

「あ、本当だ。今気付いた」


気付いてなかったのかよ、清水。


「ていうか、あの時なんで俺に話しかけたの?」

「あの時って?」

「ほら、先月電車で初めて会った時」


言葉としては間違っているけど、俺にとっては正しい表現。

教室では何度も顔を合わせてはいるけれど、俺の中では学校での出来事はカウントしない。プリントを拾ってくれたあの時もノーカン。


「同類だと思ってたから」

「どういう意味だよ」

「ふふっ、別に。気付いたら話しかけてた。私、ずっと自分の症状を治したくて。そのためにはどこかのタイミングで自分から誰かに話しかけないといけないって思ってた。そしたら偶然、瀬谷君が電車に乗ってて、なんか、今だと思って」

「克服するための第一ステップが俺だったと」

「そ。瀬谷君なら大丈夫そうって思って」


なんかむかつく。完全に利用されてるし、舐められてるじゃん。

でも、清水の笑顔を見ていると、なぜかこっちまで嬉しくなってくる。そんな自分もなんかむかつく。


「クラスみたいに人がたくさん集まるところは居るだけで精一杯。教室には怖い人もいるし。だからあの時瀬谷君が一人で電車に乗っててくれて本当によかった。ありがとう」

「勝手に感謝されてもなあ……」


悔しいけど、清水の言っていることが身に染みる。

教室という閉じ込められた環境では、合わない人間とも共に過ごさなければならない。