駅のホームに辿り着いたけれど、俺と清水は特に何も話すこともなく、ベンチに座って無言で電車を待っていた。

画材が入った鞄が重そうだったから駅に向かう途中で声を掛けたけど、清水は頑なに断った。

少しは仲良くなれたと思っていたけれど、どうやらそれは俺の思い上がりだったようだ。


「瀬谷君さ」 


静寂(せいじゃく)を破るかのように、二つ隣のベンチ椅子に座っている清水が俺に訊いた。


「あの時、なんで謝ったの?」


帰る時からなんとなく清水の機嫌が悪いような気がしていた。


「あの時って?」

「私が食器割っちゃった時。どうしておばさんに謝ったの?」

「だってあの状況じゃ、何を言っても話が通用しないって思ったし」

「瀬谷君はなにも悪くないのに。私、言ったじゃん。謝るのは自分に非があるって認めた証拠だって」


清水は勝手に涙を流し始める自分を責め始めた。


「もう……なんで……いっつもこうなるの……」


きっと今、清水が怒っているのは、俺が謝ったことに対してではなく、あの時おばさんの前で何も言えなかった自分自身に対してなんだと思う。


「こっちに非はなくても、謝罪は使い方によっては役に立つと思う。さっきみたいに、円滑に収めるためにとかさ」

「円滑って、どこが。瀬谷君だけ損してるじゃん」

「してないよ」


清水は俺を睨みつけながら言った。


「瀬谷君……教室で田中達に絡まれている時とか、へらへらしてすぐ謝ってる。あれ見てるとほんと腹立つ」


清水のように教室での序列はかなり低めの俺は、たまにクラスの面倒な奴らに絡まれることがあった。

その時は大体笑いながら謙った対応をして、できるだけ早く俺から興味をなくしてもらうように努めていた。俺なりに悩んで編み出した教室での生存術。

それをはっきりと否定されて、むかつかないわけが無い。


「清水さんだって、たまに山本達にちょっかいかけられてんじゃん。その時いつも無視してるみたいだけど、もっと上手くやれよって思う」

「やり返せっていうの?」

「そうじゃなくて。もっと良い方法があるだろ」

「何も考えずに謝るのが良い方法なの?」


躊躇(とまど)うことなく涙を流しながら向かってくる。涙は雨粒のように灰色のコンクリートを黒く染めていく。