「あんた!この子に何したの」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
落ち着いて状況を確認すると、一人のおばさんは床に散らばった食器の破片を拾ってくれて、もう一人の方は相変わらず俺を睨みつけていた。勘違いされているんだ。
「大丈夫です。あとは僕らがやりますので」
「何が大丈夫なの。女の子が泣いてるじゃない!あんた男として最低よ」
「いや、違くて」
「まあ、その子を泣かした上に言い訳するなんて!」
こうも話が噛み合わない人間を相手にするのは、なんというか、超だるい。
勘違いして湧き上がった感情の矛先をこちらに向けられるとか、どうすればいいんだよ。
隣で清水は必死に何かを言おうとはしているけれど、口をぱくぱくしているだけでまともに声すら出ていない。泣きたいのはこっちだ。
「すみませんでした」
考えた末に出した答えが、とりあえず謝る作戦。
年上や怒っている人間に対しては謝っておけば大体その場は丸く収まる。コンビニのバイトで何度か面倒な客に遭遇してからいつしか身に付いた護身術だ。
騒動の様子は二階まで聞こえていたのだろう。やがて美安さんが慌てて降りてきて、飛び散った食器の破片を片付けるのを手伝ってくれた。
邪魔だと思っていたおばさん二人は、美安さんに俺を犯人扱いしたような説明をすると、それに満足したのか、あっさり元居た席へと戻って行った。
「あの、俺……」
「わかってる。瀬谷君は気にしないで。悠安と一緒にいると勘違いされることがあるんだ」
幸い美安さんはすぐに真実を把握してくれていた。冤罪を免れたような気分になって、ちょっと泣きそうになった。
でも、真っ先に弁明しようとする汚い自分が露呈されたような気がして、また自分が嫌いになった。
美安さんは慣れた手つきで後片付けを終えると、清水の頭を軽く撫でた。
「悠安、もう大丈夫だから、先に瀬谷君と一緒に先に帰りな」
「ごめん……またやっちゃった」
「今に始まったことじゃないでしょ」
清水は美安さんからハンドタオルを受け取ると、そのまま顔を埋める。
相当緊張していたのだろう。両手はまだ震えていた。