「あれ?お姉さんがいない」
「多分二階の戸締りに行っていると思う。この時間になると二階のコワーキングスペースを使う人はほとんどいなくなっちゃうから、先に閉めるんだ」
カフェエリアには二組のお客さんがいた。
入り口に一番近い席には真っ白な髪と口髭に覆われた仙人みたいなお爺さんが一人。その隣のテーブルには無駄に話し声が大きいおばさんが二人。
おばさんの話し声はさながら機関銃のようにけたたましく、隣の部屋にいる時から話の内容までしっかり耳に入ってきていた。
ほとんど旦那さんへの鬱憤だったのが本当に残念だ。
おばさん達が部屋から出てきた俺達に気が付くと、揃って視線を向けてきた。
幸いおばさん達はすぐにおしゃべりを再開するために元いた席に戻ろうとした。
なんてことはない。
はずだった。
ガシャン!
次の瞬間、清水は家に持って帰ろうと抱えていた陶器製の食器を落とした。
耳を劈く音が響き渡り、この空間にいる人間の視線は俺達に集中する。店内は一瞬にして緊張感に包まれた。
清水が手を滑らせて食器を落とした。ただそれだけ。
なのに清水は身体を震わせながら力なく何度もごめんなさいと言って、その場に立ち尽くしてしまった。清水の顔はみるみるうちに青ざめ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていく。
ただ事ではない。そんな空気に変わったのがはっきりとわかった。
横に大きい方のおばさんと目が合うと、来なくて良いのにこっちに来た。