「――とりあえず状況を整理しようか」

私は美奈を背負い山を下りながら皆に声をかける。
幸い木々はまばらに生えており、枝葉も少なく日当たりがよくて見通しがいい。
皆靴下しか履いておらず、ほとんど裸足みたいな状態だったが、落葉が絨毯のように敷き詰められており歩きづらくはなかった。
私達は今は木々に視界を阻まれて見えなくなっている村の方向に当たりをつけながら、緩やかな山道を一列に並んで歩いた。

「私達は先程まで、美奈の部屋で夏休みの宿題をしていた。だが、気がつけば四人共この山の中腹にいた。飛ばされた……というべきか?」

「うん。そうなんだと思う。四人揃って夢遊病や記憶障害、幻覚なんてことになるわけないし、今もほんとは美奈の部屋に四人いる、なんて集団催眠みたいなこと、あると思う?」

椎名はすっかりと元気を取り戻し、先頭を歩く私の後ろをすたすたと小気味良いリズムでついてきている。

「……いや、そうは思えない。今が夢を見ていたり現実でないと言うにはあまりにも意識がはっきりし過ぎている。だがそれでも夢ではないと説明できないようなことが起こり過ぎているのも事実だが……」

「……そう……だね」

「あー! おまえら何真剣に考えこんでんだよ!そんなん考えるだけムダじゃねーか! こんなのもうどう考えても異世界に飛ばされたんだよ! 異世界っ! こんなのどう考えても異世界転移に決まってんだろーがよっ!」

「は?」

真面目な話をしていると工藤が横から割り込んできた。
工藤は何だかどや顔で得意気に鼻をこする。
見ると工藤はいつの間に拾ったのか、その手には先程の石と、もう片方の手に頑丈そうな太い木の枝を所持している。

「何を言っているのだ工藤。そんな事……」

「いや、工藤くんの言う通りかも」

「――な……椎名まで」

食い気味で椎名も工藤のぶっ飛んだ発想に同意する。
そんな事を言われても俄には信じようがない。
非現実的過ぎる。正直素直に受け入れるなど無理な話だ。
椎名は髪を掻き上げふふんと鼻を鳴らす。

「だってさっきの生き物、どう見てもおかしかった。見たこともないし動物園にいるような、そんな可愛いげのあるものじゃない。私たちを殺そうとしていたし。あんな怖い野生動物普通駆除されるでしょ? それに今向かっている村だって、さっき上から見た感じだと、どう見ても日本の家じゃない。煙突があったり、レンガ造りだったり。それとも外国にテレポートしちゃった? まあどのみちこの先問題は山積みなんだし、いっそのことそんな突拍子もない考えでいた方がいちいちパニクらなくて済んで楽かもよ?」

「……」

突拍子もない考え。確かに椎名の言うことも一理ある。
どのみちどう考えようと今のところ答えは出ないのだ。
確かにそれくらいの気構えでいた方がいいのかもしれない。
ここは異世界で私達は突然こちらの世界へと連れて来られた。
直後運悪く魔物に遭遇し、美奈が怪我を負った。
とまあそんな感じか。
何にせよとにかく今は前に進むしかない。
うだうだ考え込むにしても、如何せんまだまだ情報が少な過ぎるのだ。

「あとね、私――ちょっと試したいことがあるの」

椎名が急に小走りで私を追い抜き、とことこと前に出てきて一度足を止めて振り向いた。

「試したい事?」

「うん」

椎名は頷くとおもむろに上を向き、ある一点を見つめた。
視線の先には針葉樹の枝。そう思った矢先、彼女はそこ目掛けて飛び上がったのだ。

「なっ!?」

私は思わず声を上げてしまう。
その行動自体は何をしているのか、程度の事だったのだが問題はその高さだ。
おそらく優に三メートルは跳び上がったのだ。
椎名は枝をタッチしたかと思うとふわりと地に着地した。
とさりと地を踏みしめ再び立ち上がる。

「やっぱりね」

「は? ……ど、どうなっているのだ椎名っ!?」

「おいっ、一体なんだよ今の!?」

二人は驚きを通り越して呆れのような表情で椎名を見ている。
椎名は嬉しそうにひらひらと手を振る。
そこには先程枝についていた枯れ葉が一枚握られていたのだ。