「――要するに、だ」

心地よい日差しの照りつける昼下がり。
窓から差し込む光でぽかぽかと暖かく、穏やかな陽気に包まれてともすれば眠気に襲われそうになる。
隣に座る美奈なんかは一応起きてはいるが、頭が回らずぼうっとしてしまっているのではないだろうか。
先程からその小ぶりな頭が振り子のように、右へ左へと揺れている気がするのだ。いや、間違いなく揺れている。
まあ、そんなところはとても可愛いらしいので私としては大いに良しとしてしまうのだが。

「魔法とは人の持つ魔力を媒介にマナをかき集め、具現化させる方法を取っていると。そしてそれぞれ異なる属性があり、大きく分けて六つ――地・水・火・風・光・闇の属性に分かれるということなのだな?」

私は目の前の男、チャドルにここまで聞いた講義についての要約を話した。

「ああそうだ。あと魔力そのものを放つ無属性なんてのもあるが、これは基本中の基本だから属性とは呼ばねえ、とこんなところだな」

チャドルは私の話にうんうんと太い腕を組み、頷きながら満足げな表情を浮かべた。
彼、チャドルは今私達が滞在しているネストの村の一番の魔法使いらしかった。
年の頃は四十過ぎ。魔法使いというには似つかわしくない逞しい肉体をしている。
ボサボサの茶髪を短く乱雑に切られ、申し訳程度に口周りに生やした髭は年相応と言うべきか。
普段は魔法というよりも、村の力仕事や狩猟を主に受け持っているらしい。
魔法使いと述べはしたが、村で一番魔法に詳しいだけで、いわゆる魔法を噛った程度の気のいいおっさんといったところだ。
午前中は狩猟に付き合い弓の扱いを教わり、午後は彼の家で獣肉のスープや蒸し焼きなどをご馳走になった。
その後こうして彼の魔法の講義を受けているというわけだ。
魔族を撃退し、ワイバーンを倒してからおおよそ三日が経っていた。

「隼人くんすごいっ。もうそんなに理解したんだね!」

嬉々として私を褒める美奈。
彼女は私の恋人であり異世界での旅の道連れとなってしまった女の子。
隣でふらふらと舟を漕いでいるようだった彼女だが、私の話した理論に突然表情をぱあっと明るくさせ小動物のような笑顔を見せる。
本当にコロコロと表情が良く変わる娘だ。
そんなところも可愛いのだが。

「いやいやミナちゃんっ、こんなの大したことねえよっ! 誰だってすぐに理解できらあっ!」

そんな美奈の褒め言葉をやけに否定するチャドル。
どうやら自分がお気に入り美奈が、事あるごとに私を褒めるのが気に入らないようだ。
会ってそこまで時間の経っていない私達だが、こんな時にはいつもうざ絡みしてくるのだ。
そんなチャドルさんの挙動にも流石に少し辟易してきた頃合いであった。
本当に、いい大人なのだから勘弁してほしいものだ。

「え……でも、私、その大したことない部分がまだあんまり理解できてないですよ?」

「あっ!? ちがっ……ほらっ、ミナちゃんは頭で理解するより体で理解するタイプだからいいのっ! それに、ほらっ! 可愛いしっ!」

美奈は頭の回転が早い方ではない。
特に理論的な物事を理解するのはめっぽう弱いのだ。
それにより、私を褒める美奈。それを否定するチャドル。それにより美奈が否定された気持ちになる。チャドルが慌ててフォローする。
といった図式がしょっちゅう成り立っていた。
それもこれも美奈が可愛いから仕方ないことなのだと片付けるが、可愛いからなんでもありだ。
その辺の気持ちはチャドルとは共通していると言える。

「ああもういいやっ! 理論の講義はここまでだっ! こんなの理解したところで何の役にも立たねえよっ! とにかく外出て魔法ぶっぱなそうやっ!」

「いや……ぶっぱなすのはちょっと……」

最後は投げやりにこう締めた。本当に荒々しく適当な男である。
私の言葉など聞いてはいない。
チャドルはミナのフォローが苦しくなってきたとあって、未だ俯く美奈を元気づけるように一際大きな声でそう告げ、外へと私達を誘おうとした。

「チャドル、その前に」

「ん? 何だよハヤト! ミナちゃんが悲しんでるってのにようっ」

私は手を上げチャドルを見たが、彼は案の定私への語気を荒げ睨みつけてきた。

「もう一度昨日やった魔法適正を試したいのだが」

「――はんっ! んなの一回やったらそれまでなんだよっ。往生際が悪いやつだなあっ。それでも勇者かってんだっ」

「あ、チャドルさん。私もそれ、もう一回やってみたいですっ」

「よしっ! やろう! 今すぐやろう!」

私の提案に難色を示したチャドルであったが、美奈がやりたいと言った途端、手際よく動いて準備をし始める。
そんなチャドルを見ながら私は苦笑し、ふと美奈と目が合う。
すると彼女は控え目に、どこか悪戯っぽいこやかな笑みを注いでくれるのだ。
いや美奈さんそんな笑顔も破壊力抜群ですね。
それは全てのマイナスごとを吹き飛ばす、天使の笑みであったのだ。