ヒストリアの城下町、西の広場。
 私とアリーシャはこの周辺で一番高い建物、時計塔の屋根から広場を二人眺めていた。
 高さは20メートル位だろうか。風もそれなりに吹き荒んでいる。

「……ううう」

 三角錘でかなり尖った形をした屋根だから多少足場も悪くさっきからアリーシャはかなりびくついていた。
 そんな姿が愛らしくて可愛いらしいと思うのは私だけではないはずだ。
 前回ピスタの街を目指して二人で空を遊泳した時もそうだったけれど、アリーシャは少し高いところが苦手らしい。
 せっかく広場の様子を監視するためにここを選んだというのに、さっきからぎゅっと目を瞑ったまま弱気な声をあげている。
 ……ほんとそういうとこ、マジで可愛いすぎるから。抱きしめちゃおうかしら。

「シッ、シーナッ」

「アリーシャ、声が大きいわよ」

「すっ、すまないっ!」

 唐突に名前を呼ばれてビクッとなったけれど、震えるアリーシャが面白すぎてどちらかというと笑いを堪えるのに必死になりそうだった。

「い……今広場はどういう状況なのだろうか?」

「えっと……見れば分かると思うけど? 」

 目を閉じているから見えないアリーシャは、それでも状況が気になるのだろう。意地悪にそんな返しをしてみるのだ。
 するとアリーシャはぐぬぬと声を上げつつ、目を開けるかどうか悩んでいるようで、決心を決めたかと思えば「くふっ」とか「いやしかし……」とか呟いていた。

「あ、そっか。暗いから見えづらいよねっ。私の感知で見た状況を知りたいとか、そんな事よねっ」

「――あっ、そうだ。そうなのだっ。流石に暗くてなっ。いくら騎士でも夜目が利くわけではないからなっ」

 助け船を出すと思い切り食いついてくるアリーシャ。きゅっと閉じられた目が可愛いすぎる。

「まあでもほんとは苦手なんでしょ? こういうの」

「そっ!? そんな訳はなかろう!? 高いところが怖い騎士など!? この世に存在するはずがない!」

「アリーシャ。私、高い所って一言も言ってない」

「あ……う……」

 さらりとネタバレをすると、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせるアリーシャ。まだちょっと震えてるところが小動物みたいで可愛い。
 てか私何回アリーシャに心の中で可愛いって呟いてんのよくそう……。
 私は何となく惨めな気持ちになりため息をつく。

「っ!? シーナ、大丈夫か?」

 そんな私を気遣うように声を掛けてくれるアリーシャ。
 本当は別の意味でついたため息だったのだけれど、なんだかんだ私が落ち込んでいると彼女は思っているみたいで。それが満更でもなく的を射ていたりもして。今はそんな彼女の優しさが実はありがたかったりもしているのだ。
 表には出さないようにしてたんだけどなあ。ま、隼人くん辺りには隠しきれてなかった気もするけれど。ていうか美奈も案外そういう事には敏感だったりするから分かっちゃってるかもな。……じゃあ結局全員にバレてんじゃんっ!

「だいじょーぶ! というかそれはこっちのセリフよ。高いところ、苦手なんでしょ。とにかく私が掴まえててあげるから、しっかりしなさい」

「う……分かった」

 おずおずと差し出された手を握り、元々私がこんな場所を選ばなきゃ良かっただけなんだけどねと心の中で一人ゴチる。
 時計を確認すると指定の時間まではもうまもなくだった。
 いよいよ、工藤くんの処刑の時間が近づく。
 私は気を引き締め直しつつ、アリーシャの手をきゅっと握りしめた。
 それに応えるように握り返してくれるアリーシャの手はすごく汗ばんでいる。
 けれどこの時はアリーシャに可愛いとかそういう事は思わなかった。
 だって私の掌も彼女に負けず劣らずぐっしょりと汗ばんでいたのだから。