「……んあ……?」

目を開くと、目の前は真っ暗でここがどこかも分からなかった。
周りには誰もいなくて朧気な記憶をたぐり寄せようとするけれど、一体何がどうなってこういう状況になったのかさっぱり分からない。
それでもしばらくすると最初はぼんやりとしていた景色はやがてある程度の形を形成していき、数メートル先にあるものが鉄格子なのかもしれないと気づいた。

「――牢屋……なのか?」

呟いた声はやけに空間の中に響いた。
身を捩った拍子にガシャッという金属音が後ろでして。振り向こうとしたんだがやけに身動きが取りづらかった。
そこで初めて俺は今、自分の両手両足に鎖が繋がれているんだと気づく。
後ろにはうっすらと暗がりの中に石造りの壁が見える。
両隣も同じように壁があって、どうやら俺はこの牢屋の中で体の自由を奪われ拘束された状態なのだと理解した。

「――何だよこれ。つーか俺は確かピスタの街に向かってその途中で……」

記憶を手繰り寄せるようにして気を失う前の出来事を順に辿っていく。
だがピスタの街に向かっていたことくらいしか思い出せはしなかった。
一体どうしてこうなってしまったのか。

「――ここはどこだっつんだよ?」

あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
椎名やアリーシャ、隼人や高野は無事なのか。
というか人の心配をしてる場合か。現状一番危険な状態なのはこうして拘束されちまってる俺じゃないか。

「クソッ! 何だってんだよっ!」

身の自由を確保しようと一度力任せに鎖を引っ張ってみる。
だけど壁に打ち付けられた鎖はびくともせず、結局限られた長さの中だけでしか身動きが取れなかった。

「チッ、だったら――」

俺は意識を集中させる。周囲の壁を自身の能力で変形させようと試みるのだ。

「――――っ」

だが結果はどうだ。
いくらやっても何の変化も起こすことが出来なかった。

「……?? 何でだ? どういうことだよ!?」

周りの石を変形させるどころか、震えすら起こらない。
いつもなら自身の地属性の能力で壁を変形したり、地続きな場所を感知したりすることは造作もない。
なのにどういう訳か、今は何も反応しない。何も感じられないのだ。
これではまるで覚醒する前と同じだ。
そこで俺は手首に巻かれた金属に目を向ける。

「……もしかして力を封じられてるとか?」

そんな可能性に思い至る。ということは十中八九敵に捕まったってことなんだろう。
そう思った途端、記憶の片隅にピスタに向かう道中に後ろから何か強い衝撃を受けて気を失うということがあったような気がしてくる。

「……まじかよ」

だとしたら自分は何て間抜けなのだろう。発した声は少しかすれていた。
こんな事をする相手はきっと魔族だろう。

「……人質ってことかよ……参ったな……」

がっくりと肩を落とす。それと同時に自身の運命を考えてしまって頭の中に恐怖が去来しようとしていた。そんな折の出来事だった。

「ん?」

不意に何かが右足に当たった。
ふとそちらに視線を向けると、足元に黒っぽい塊が見えた。

「おわっ!? な、何だこりゃっ!?」

思わず声を上げ、俺は慌てて足をずらした。
するとそこにいたのはグレイの小さな犬のような生き物だった。
どうやら眠っているみたいで、今は俺の足元ですやすやと丸まって穏やかな寝息を立てている。
フォルムは犬のようだが犬ってわけじゃなさそうだ。
明らかに犬には無い小さな2本の角が頭に生えていた。
見た目はほぼ子犬だが、こちらの世界の何か別の生き物なのだろう。

「ん?」

よく見るとその生き物も俺と同じ鎖に繋がれている。
その姿を見て今の自分と重ねたからか、特に害は無い気がした。
足から伝わってくる温もりにも、妙に安心感を覚えてしまっていたりもする。
その犬っころを観察していると、そいつは急にパチリと目を覚ました。

「……クゥン」

子犬は起きるや否や俺の顔をじっと見て、足にすり寄って来た。
顔を擦りつけながら気持ちよさそうな表情をしている。
よく分からないが懐かれているらしい。

「犬っころ、お前も捕まったのか?」

「クゥン……」

犬っころは俺の言葉に答えるかのように声を発し足にすり寄ってくる。

「そっか、お互い災難だな。とにかくよ、これも何かの縁だ。仲良くしよーぜ」

「クゥンッ」

何となくそう告げると、その犬っころは元気に尻尾を振りながら俺の足に頬をこすりつけた。
うむ。中々かわいいヤツだ。