「……………か?」
「ん?」
〝じゃあね〟と言って、ここから出て行こうと思った。だけど、大吾くんが俯いたまま何かを言ったから聞き返す。不思議に思って首を傾げると、立っているわたしを見るために顔を上げた。
「じゃあ、どこでなら会ってもらえますか?」
「え……?」
想像もしていなかった言葉に戸惑う。なぜか耳まで真っ赤にしている大吾くん。
「えっと……」
「俺もなんです」
立ち上がった大吾くんはわたしとほとんど目線が同じだった。真剣な瞳に、思わず胸がざわつく。
「大好きな人に好きな人がいるって知って絶望した。喜ぶことなんてできないっす。知らない男が大好きな人の頭を撫でているところを見て、すごく死にたくなった。すげーむかついて、わけわかんなくなって、とりあえず死にたくてここに来ました」
「え……」
「なのに、死のうとした俺の隣になぜかその大好きな人がいて、パニックになりました」
「待って……それってどういう……」
「失恋したって聞いて、嬉しくなりました。心の中でガッツポーズしてました」
いっきに話し出す大吾くんにわたしがパニックになる。だって、なんかそれって……。
「綾先輩が失恋してくれて、申し訳ないけど俺はすっげー嬉しいっす」
ひどいこと言われてる。なのにどうしてこんなに胸が熱くなるの……?
「俺はまだ頑張れるって言いましたよね?じゃあ、頑張らせてもらいます」
「え?えっと……」
「綾先輩の教えをしっかりと受け止めて、後悔しないために言います。俺、綾先輩のことが好きです」
まっすぐすぎるセリフに驚いてばかり。だけど、いまのがいちばん驚いた。急な展開についていけない。だって、今日初めて会ったはずなのに……。
「どうして……」
「去年の夏、地区大会決勝の大事な回でエラーして負けて、俺は野球部を引退しました。みんな泣いて悔しがって、でも誰も俺を責めなくて、そっちのほうが余計につらくて惨めになりました」
棒付きキャンディを握る手に力がこもった。わたしはじっと大吾くんを見つめる。
「そのときも本当に死にたくなって、どっかの道で力尽きて座り込んで絶望してたんです。そんな俺に、声をかけてくれたのが綾先輩だった。〝折れるな少年。負けるな〟って笑顔で声をかけてくれて、棒付きキャンディをくれました。それに救われたんです。先輩にとっては些細なことでも、俺にとっては運命を変えるような出会いでした。こんな状況でも変わらない先輩の優しさにまた惚れ直しました」
さっきあげた棒付きキャンディをわたしの前に出す。
去年の夏……そんなことがあったような、なかったような。わたしにとってはそれくらいの記憶。だけど、大吾くんにとっては大切な出会いの思い出。
「制服からこの高校だとわかったので、もう一度会いたくて必死に勉強しました。やっと入学できて、学年と名前をどうにか調べて、いつ声をかけようかと思っていたタイミングで、今日綾先輩が知らない男と話してて、頭をなでられてて、綾先輩はその男が好きってすぐに気づきました」
話していたのは付き合った報告を聞いただけ。いろいろ協力したから、ちゃんと伝えたいってふたりで話していただけ。頭を撫でられたのは「いままでありがとう」ってだけ。もうわたしは必要ないよっていう意味のもの。
それを見て、大吾くんはここに……。
「話しかける前に失恋したのが悔しかったけど、まだ間に合うってことですよね?」
「間に合うって……?」
「好きな人がいるってだけなら頑張ってもいいんですよね?俺、頑張りたい。綾先輩が死にたくなくなるくらい、幸せにしたいです」
「っ……」
「綾先輩に俺を好きになってもらいたいです」
まっすぐすぎる彼の瞳がまぶしくて、無理やり心のモヤを飛ばされる。こんなにまっすぐな人に出会ったことがない。
「だから、俺のことを好きになってもらえるように頑張ります!」
「でも……」
「もう死にたいなんて言わせない。俺は折れないです。負けないです」
さっきまで虚ろな瞳で自殺しようとした人とは思えない。希望に満ちたキラキラした瞳。
正直、いますぐにとはいかない。まだわたしは、この長年の恋をひきずると思う。
それでも、死にたいって思いがいまは一ミリもない。