「……ふっ。あはははっ」
「え?どうしました?」

 彼も疲れていたのか、脱力してしゃがみ込んでいた。けど、わたしの笑い声に不思議に思ったようで、顔を上げて尋ねてきた。その顔は、さっきみたいな虚ろの瞳はしておらず、目に光があった。

「いや、おかしいね?ふたりとも死にそうになってたのに、相手を説得しようと必死になるなんてさ」
「……たしかに、そうですね。はははっ」

 同意すると、声を出して笑ってくれた。思いつめてるのかと思っていたけど、そうではないみたいで安心する。本当に自殺しようとしていたのなら、こんなにすぐに笑えないから。まず説得に応じてもくれなかったと思う。自分も同じ立場だったのに、それを棚に上げて胸を撫で下ろした。

「なんか、バカらしくなって気が抜けちゃったよ」
「俺もっす」

 コンクリートにお尻をつけて座り、両足を前に伸ばす。見上げれば、今死ぬにはもったいないくらいの澄んだ綺麗な青空が広がっていた。

「君はさ」
「あ、山科大吾っす。俺の名前。大吾って呼んでください」
「山科大吾くん。かっこいい名前だね」
「あざっす」

 わたしの隣に、わたしと同じ態勢で座る大吾くん。少し照れたようにお礼を言う大吾くんは、体育会系っぽい。そして、すでに明るい。

「わたしは橋田綾。二年生」

 ……あれ?そういえば、彼はわたしとひとつしか変わらないって言ってたな。入学式で見かけたりでもしたのかな?

「綾先輩。先輩に合う素敵な名前っすね」

 無邪気な笑顔。さっきまで虚ろな瞳をして、覇気がなかった人とは思えない。そんな彼が、なぜこんなところにいるのか不思議でたまらない。

「大吾くんはさ、どうしてここに?その……自殺しようとしたんだよね?」

 言葉を選ぼうとしても思いつかなかったから、直球で聞いてしまった。こんなセンシティブな質問は、ほんの数分前に命を絶とうとしていた人に聞くべきじゃないとわかっている。でもいま、同じ状況で出会ったからこそ、話を聞いてあげることはできるかもしれないと思った。心が折れていたわたしなんかがその役目をしようとするのはおかしな話だけど。
 まだわたしは、誰かの話を聞きたいと思うくらいには、覚悟が決まっていなかったみたいだ。

「えっと、ですね……好きな人、にその……好きな人がいると気づいてしまったという感じで……」
「そうなんだ。でも、まだ好きな人がいるってだけでしょ?」
「まぁ……」
「じゃあ、まだ頑張れるよ。……って、すごくつらかったから、飛び降りようとしてたんだよね。そんな大吾くんにかける言葉じゃないや……」
「先輩?」

 膝を曲げて抱えるようにする。曲げた膝に顔を埋めて、ぐっと涙をこらえる。

「ごめん、八つ当たりした」
「いや、気にしてないですよ」

 そんなわけないよ。好きな人に好きな人がいると知っただけで、絶望して飛び降りようとしているんだから。わたしが先に柵を乗り越えていたことに近づいてても気づかないくらい、周りが見えない状態だった。それくらい影響力のすごい好きで好きでたまらない人。そんな人が、自分ではない他の人が好きとか、受け入れられるわけがない。

「先輩はどうして……」
「わたしも失恋。好きな人に彼女ができたんだ」

 だから大吾くんの気持ちはよくわかる。本当に好きだからこそ、自分へ気持ちが向いていないと、辛くて苦しくて悔しい。恋って本当に厄介。失恋したら死にたくなる。それほどに、打ちのめされてしまう感情。

「幼なじみで生まれたときからずっと一緒で……って、こんなの聞いても、だよね」
「そんなことないです。よかったら、そのまま話してください!」

 大きな声に隣を見れば、前のめりになってわたしに近づいてきていた。その姿を見て、思わず吹き出した。これもまた巡り合わせ。話してもいいのなら、聞いてもらうのもいいかもしれない。というより、ひとりで抱えるには正直しんどいからここに来た。わたしは、自分の価値をたしかめたいんだ。

「ありがとう」
「はい。じゃあ、どうぞ!」

 どうぞ、と言われたたらなんか話しづらい。でも、しっかりと話を聞こうとしてくれる姿勢が、すごく心強いって思った。

「その幼なじみは恋愛なんて興味ナシって感じだったんだよ。けっこう頑張ってアピールしたつもりだったけど、わたしの気持ちになんて少しも気づかない」

 小学生の頃は怖いもの知らずで、自然を駆けまわっていた。わたしも置いて行かれなくて、必死についていった。虫も高いところも苦手だったけど、小学生ながらに彼と離れることのほうが怖かったんだと思う。だから苦手とか言っている場合ではなかった。中学生になると、部活ばっかりになったけど、それでも理由をつけて一緒にいた。誰よりも近くにいる存在でありたかった。それは、高校生になっても同じだったのに。

「必死で追いかけてたのに、彼はわたしの親友と付き合った。一目惚れだったって」
「うわ……」

 思わず声が出たという感じの大吾くん。そうだよね。好きな人と親友が付き合うって、ドラマとかでよく見るドロドロのテンプレ。でも、リアルでもあるんだよ。だからテンプレなんだなって、ふたりが付き合った報告を受けたときに身にしみて感じた。