どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい――こんな自分のことが大嫌いだ。


私は今年で高校2年生になった。私が通っている夜桜高校は、明るくて元気な人ばかりだ。しかし、私には友達がいない。私は気が弱くネガティブな性格なので、皆とは距離を感じる。教室では毎日1人で本を読んでいる。私は、学校を楽しいと思ったことなど1度もなかった。
私には友達なんて必要ない。


小学校の頃に友達と喧嘩をした。

「ねぇ、実里ちゃん。果穂ちゃんってうざいよね?」
「え?」
私は突然のことに驚いた。私は果穂ちゃんとその頃は仲が良かった。うざいと思ったことなど1度もなかった。しかし、話しかけてきた前田さんはクラスで1番怖いと有名だった。否定したら何をされるか分からない、という恐怖から私は
「そうだね」
と、答えてしまった。
背後に人気を感じた。振り返ると、そこには果穂ちゃんが立っていた。
「実里ちゃん、そんな風に思ってたんだ。」
果穂ちゃんが泣きながら走って言ってしまった。私は唖然とし立ち尽くしていた。
どうして私はあんなことを言ってしまったんだろう。そんな出来事がきっかけで私は友達など必要ないと思った。


ガラガラー
教室に入ろうと扉を開ける。すると突然、
バシャッ
(・・・あぁ、今日もか)
水浸しになった私はジャージに着替えるために更衣室へ向かう。
「はぁ…」
私はため息をついた。着替え終わり、教室に再び足を運ぶ。
教室に着いた頃には先生が既に来ていた。
「仲村、今日も遅刻か?」
「すみません」
私はただ、謝ることしかできなかった。
「いいから早く座れ」
私は黙って歩き出す。そこにクラスメイトの野口さんが足を出してきた。私がまたごうとすると野口さんは足をヒョイと上げた。私は転けた。誰も心配などするはずもない。みんな私を見てクスクスと笑っている。
「はぁ」
私は小さくため息をつき、立ち上がる。
「仲村さん、大丈夫ー?」
「・・・」
私は無視して席に着いた。

授業中は特に何かされるのでもなく、昼休みとなった。昼休みは人の少ないところでご飯を食べる。屋上が私のお気に入りだ。屋上は本来立ち入り禁止となっている。しかし、たまたま鍵が壊れているのを私は見つけた。
お弁当を片手に屋上まで歩く。誰もいないことを確認して、階段をかけ上る。扉を開き辺りを見渡す。誰もいない。
「いい天気だな〜」
空を見上げると雲一つない晴天だった。独り言をつぶやきながらお弁当を広げようとした。すると突然、屋上の扉が開いた。
私は急いで隠れる。
扉から出てきたのは1人の女の子。女の子が立ってスマホを見ている。すると、そこに男の子がやって来た。男の子は恥ずかしそうに人差し指で頬をかいている。私は瞬時に理解した。
「告白か…」
(は!しまった!)
つい声に出してしまった。しかし私の声が小さかったのか聞こえていないようだった。
「ふぅ」
私はホッとした。
私は隠れて2人のことを見ていた。
(私には恋愛なんて縁がないんだろうな〜)
なんて事を思っているうちに2人は仲良く屋上をあとにした。どうやら告白は成功したようだ。
(しかし、屋上が開いていることを知っている人がいるとは思ってなかったな・・・場所を変えた方が良いかな?)
「屋上は本来、立ち入り禁止だから皆来ないのか。」
私は1人で納得して、お弁当を食べた。
食べ終わり教室に戻る。私は机に向かい歩く。
「・・・」
私は言葉を失った。机の上はチョークの粉がたくさんのっていた。私は黙ってほうきとちりとりを用意する。そして机の上のチョークの粉を全て片付ける。それをクラスの半分以上の人が笑って見ている。誰も助けてはくれない。
(いつまでつづくんだろ)
私はいじめられていた。

始まりは多分1学期の終わり頃だった。
私は運動が得意ではなかった。その日はサッカーを男女混合でやることになっていた。私はサッカーなどやったことも無く、邪魔になると思ったので端の方で立っていた。全く動かない私に気づいたクラスメイトの野口さんが私の方に駆け寄ってきた。
「やる気がないならどっか行ってよ」
「え・・・」
私は固まってしまった。
「ごめんなさい」
「謝らないで早くどっか行って」
「はい…」
私は先生に気分が悪くなったと言い更衣室へ向かった。
(元はと言えば私が悪いから仕方ないか・・・)
私は着替えて教室に戻ろうとした。しかし、教室に1人で座っているのも気が引けたので屋上に向かった。
屋上に着くと私は寝っ転がった。
「空って綺麗だな〜」

私はいつの間にか寝ていた。
目が覚めて、スマホの時計を確認する。もう放課後になっていた。私は急いで教室に行きカバンを手にする。するとふと、黒板に目がいった。そこには大きな字で
【仲村実里はサボり 陰キャ ブス】
など、たくさんの悪口が書かれていた。私は走って家まで帰った。その日はご飯も喉を通らず、夜も眠れなかった。

そして今に至る。今に比べたらまだマシな方だったなと、私は思った。
授業も終わり、帰りたくもない家に帰る。
「ただいま」
「・・・」
返事などあるはずがない。
リビングに行くと母の姿があった。
気づかれないように静かに歩く。
ガタッ
(やってしまった)
「おい、帰ってるなら早くご飯作れや」
「・・・はい」
家では毎日こうだ。母と父は4年前に離婚した。私は母に引き取られ、母に毎日こき使われている。
私は冷蔵庫の中の食材を確認して、メニューを考える。オムライスの材料があったのでオムライスを作った。私は急いで食べて部屋に駆け込んだ。

私の部屋は物が少ない。ベッドと机、服をしまうタンスしかない。私はそれでも良かった。
私は周りの人が持っているような可愛い筆箱や服など欲しいとは思わなかった。私には小さい頃から物欲がなかった。
この時私は思った。
「私は心の中も空っぽなんだな」
友達もいなければ頼れる人もいない。所詮私は、この程度なんだ。
私は少し早いが眠りについた。

朝になり、目が覚めた。
時計を見ると6時30分を指していた。
私は着替えてから階段を降り、朝食とお弁当作りをはじめた。毎朝、私が朝食を作っている。お弁当も、夕食も・・・
母の手料理を最後に食べたのはもう何年も前だ。父と仲が良かった頃は毎日がご馳走のようだった。
毎日が・・・楽しかった…
私は泣きそうだった。しかし、涙は出なかった。
朝食とお弁当を作り終えた頃に母がやって来た。
「おはようございます。これ、食べてください。」
私は朝食に作ったトーストと目玉焼き、お弁当を母に差し出した。
「行ってきます」
私は逃げるように家を出た。

私はいつからか母にも敬語を使うようになっていた。
(なんで敬語を使ってるんだっけ?)
そんなことを考えていると学校に着いた。

「はぁ…」
私はため息をついた。
今日も何かされるのかな・・・嫌だなー…
ガラガラ
扉を開けるとこちらを見てクラスメイトのほとんどの人が笑っている。
理由も分からず皆がこちらを見て笑っているので、私は怖くなり俯いた。
私は自分の席へと向かった。
しかし、私の席は・・・なかった。
机も椅子もない。私の頭の中はパニックだった。
私は教室を飛び出した。
私の足は自然と屋上に向かっていた。
屋上につき、呼吸を整える。
「はぁ、はぁ」

呼吸が整った頃、私は決めた。
ここから飛び降りる。
今から飛び降りてもいいが、なんだか後味が悪い気がした。なので、明日決行する。

私は学校を黙って休んだ。
授業中に静かに屋上から抜け出し家に帰った。母は、仕事のため今はいない。
私は何をしようか悩んでいると、スマホが震えた。母からだ。
私はスマホを放り投げ、机に向かった。
きっと、学校から連絡があったのだろう。
母は、外面だけは良かった。しかし、家の中ではまるで別人のようだった。
スマホの震えが止まった事を確認した私は再びスマホを手に取り、父のLINEを開いた。
「お昼休みに会えますか?」
私は最後に父に会いに行くことを決めた。
父はすぐにLINEを見た。
「大丈夫だよ」
父は、母に比べてとても優しかった。私は父に怒られたことがなかった。母には、小さい頃から何度か怒られていた。
私は私服に着替え、父に会いに行くために駅に向かった。
父は今、隣の県に住んでいる。電車で行けば1時間程で着く距離だ。
私は電車に乗り、空を眺める。
(本当は、お父さんについて行きたかったな)
離婚の原因は母だった。母は、浮気していた。
それに気づいた父が離婚届けを母に突きつけた。母は少しの迷いもなく書類を書いていた。
母は、浮気相手と最終的に別れてしまった。そこからだんだん母がおかしくなっていった。

あっという間に目的地へ着いた。
父の会社の近くの喫茶店で待ち合わせをしていた。喫茶店に入ると、すでに父の姿があった。
私は父の前に腰を下ろした。
「久しぶりだね。」
「うん」
「急にどうしたんだい?なにかあった?」
「ううん、急に会いたくなっただけ」
「そうか・・・ 大きくなったな」
父は嬉しそうに笑っている。
「それ、会う度に言ってない?」
「そうだなぁ」
私は笑っていた。
これで、父に会うのが最後だ。そう思うと、少し寂しく感じた。
お別れの時間が来てしまった。
「それじゃあ、会社に戻るから。」
「うん」
「気をつけて帰るんだぞ。」
「分かった。バイバイ」
父は会社の方へと歩いていった。
私も駅に向かった。
電車に乗り、スマホを開く。あれから母からの電話は1度もない。
(結局、心配してないんだ)

私は電車を降りてからは公園に向かった。家から200m程のところにある公園に私は向かった。その公園は、小さい頃によく家族出来ていた。
「懐かしい・・・」
最近は全く足を踏み入れていなかった。
私はベンチに座り、時間が過ぎるのを待った。
夜の11時頃になったら母が寝る。それくらいの時間に帰ろう。
今は10時。あと1時間ほど、何をしようかと考える。
私はブランコに目がいった。
「懐かしいな〜」
私はブランコに乗り昔の思い出に浸る。
スマホを開き、カメラを空に向ける。
カシャッ
星が点々と映っている。
「私もあんな綺麗な星になるのかな・・・」
私は時間が過ぎるのを待った。
時計を見ると、ようやく時計の針が11時を指していた。
私はゆっくりと歩き出した。

ガチャ
「ただいま〜」ボソッ
私は靴を脱いでお風呂場に向かう。
途中、ソファでいびきをかいて寝ている母が目に入った。ソファの横にはビールの空き缶が数本転がっていた。
私の心配なんてしていないようだった。
「やっぱり私は“いらない子”なんだな・・・」
私はお風呂に入ったあと、急いで部屋に入った。
「手紙を書いておこう」
今はもう12時を回っている。
「早く書いて寝よう。」
(どうせ読まないんだから)

お母さんへ
今まで育ててくれてありがとう。
少しは役に立てましたか?
こんな娘でごめんなさい。
先に行きます。
実里

簡単な手紙を書いた。母との良い思い出が全くなかった。なので、書くことが全く思いつかなかった。書こうにも書けれない。
仕方がないので私は寝ることにした。

午前7時30分、私は目が覚めた。
「もう朝か・・・」
私は制服に着替えた。
今日は人生で最後の日。
いつもなら遅刻ギリギリで焦るところだが私は授業に出ても意味が無いのでゆっくり家を出た。
手紙は私の部屋の机の上に置いてきた。
これで準備は整った。後は屋上に行って時間を見計らうだけだ。
学校に着き、屋上へと向かう。他の生徒は授業中の時間だ。
大空の下、私は屋上へと飛び出した。
「すぅ〜」
私は大きく息を吸った。誰もいない。
やるなら今だ!
私はジャンプした。
今、落ちている真っ最中・・・のはずだった
下を見ると、地面が遠い。上を見ると、同級生の木下颯馬君が私の腕を掴んでいた。
私は突然のことで驚いた。

「・・・離してください」
「嫌だ」
木下君は黙って私を引き上げた。
「なんでこんなところにいるんですか?」
「授業がつまらなかったから抜け出して来た。」
「・・・」
「それより、なんで死のうとした?」
「私には生きる価値がないから。」
「・・・人間って生きてるだけで価値があるんだ。その価値は人それぞれかもしれないけど、皆生きてるだけでいいんだよ。」
木下君は優しかった。
「ゆっくりでいいから、俺に話してみろよ。今までの事を全部」
木下君は中学校から一緒にだったが、あまり話したことはなかった。今は、私が3組で木下君が5組だ。なので、木下君は私がいじめられていることは知らない。
話そうか迷ったがなんだか信頼できる気がしたので話すことにした。
「私が体育苦手なのは知ってるよね?」
「まぁ、中学の時に・・・」
「あの日は、サッカーの授業だった。私は運動なんか出来ないから端の方で立ってたの。そしたら、クラスメイトのある女の子が突っ立っている私を見て怒って“やる気がないならどっか行って”って言ってきたの。まぁ、私が突っ立っているのが悪かったんだけど、すごく怒られて。
私は体調不良のふりをして屋上に逃げた。
帰る時間になって、教室にカバンを取りに帰ると、黒板に私の悪口がたくさん書かれてた。」
気がつけば私は涙を流していた。
それでも私は話を続けた。
「それで、私は頭の中が真っ白になって急いで家に帰った。次の日は休もうか迷ったけど、家にはお母さんがいたから結局学校に行ったの。
学校に着いたら私の悪口が机にも書かれていて、そこから私へのいじめが始まった。
家ではお母さんにいいように利用されて、学校ではいじめられる。
だから私の居場所なんてないんだなって・・・
だからここから飛び降りようとしたの。」
「そっか、辛かったな。でも、仲村はもう1人じゃない。俺がいる」
木下君は私の頭を撫でた。
それに驚いた私は目を見開いて木下君を見た。
すると、木下君が慌てた。
「ごめん!つい癖で」
「ハハッ」
気づけば私は笑っていた。
「兄妹がいるの?」
「うん。双子の妹と弟が。今は6歳」
「そうなんだ。知らなかった」
「まぁ、これからはもう大丈夫だ。なんかあったら俺に頼れ。」
そう言うと木下君はポケットからスマホを取り出した。
「連絡先交換しようぜ。なんかあった時に便利だろ」
「うん、そうだね」
私は、初めて同級生と連絡先を交換した。

それから私たちは授業に出た。机に悪口が書かれていたが、頼れる人が出来たのであまり気にしなかった。友達とは、偉大なものだと感じた。
お昼休みになった。私はお弁当を持ってきていなかったので購買でパンを買った。
買ったパンを持って、屋上へと向かう。
屋上に着き、スマホが鳴った。
木下君からだった。
「大丈夫だったか?」
私のことを心配してくれていた。
「うん、大丈夫だよ」
「そうか、良かった」
「ありがとう」
なんだか、ふわふわしているような感覚だった。
「なんだろう、この気持ち」
木下君との少しの会話で私はとても嬉しくおもった。
パンを食べ終え、教室に戻った。
教室では少し騒がしかった。
(なにかあったのかな?)
私がそう思っていると、
「あ、いた」
木下君が私の席に座っていた。
「今日、一緒に帰ろうぜ」
「あ、うん」
私は思わず咄嗟に返事をしてしまった。
(教室が騒がしかった理由は木下君なのか・・・)
私は今、木下君がモテることを知った。
「校門集合な!じゃあな」
そう言って木下君は走って自分の教室へと戻って行った。
「なに?今の」
「なんでブスが木下君と話してんの?」
「一緒に帰るってどういうこと?」
私は質問をされたが、全て無視した。
いじめているような人の話を聞く必要はないと思ったからだ。
「なんで無視すんの!」
ある1人の女の子が私の肩を掴んだ。
「・・・」
それでも私は無視した。
「もういいよ。行こ」
たくさんの人からやっと解放された。
私はいつの間にか額に汗をかいていた。
放課後になり、待ち合わせの校門へと向かう。
靴箱を開けた瞬間、私は言葉が出なかった。
私の靴が・・・なかった。
(え、なんで・・・)
私は木下君を待たせてはいけないと必死に靴を探した。しかし、どこにも見当たらない。
すると、昼休みに私の肩を掴んだ女の子と仲良しの子達がこちらを見て笑っていた。
私は勇気を出した。
「あの、私の靴知らない?」
「あ〜、あれ?ゴミかと思って捨てといたよ」
「え?」
私は出そうな涙をこらえた。
「どこに?」
「どこだっけ?忘れちゃった〜」
(本当は覚えてるくせに)
「ふざけないで!早く教えて!」
私は怒鳴った。
「はっ!」
私は思わず口を押さえた。
彼女達は口を開いて呆然としていた。
それもそうだ。普段静かな人が急に怒鳴ったら誰でもびっくりすると思う。
「行こ」
彼女達は去っていってしまった。
私はスマホを開き木下君とのメッセージ画面を開く。
「ごめん、先に帰ってて」
それだけ送ると私は靴を再び靴を探し始めた。

「やっと見つけた」
靴は、体育館裏のゴミ置き場に捨てられていた。
(良かった〜)
外はもう、少し暗くなっていた。シューズで探し回っていたので、シューズが結構汚れていた。
シューズを靴箱にしまい、見つけた靴をはく。
学校を出ようと校門を過ぎようとした時、
「遅かったな。なんかあったか?」
帰っているはずの木下君が立っていた。
「え、なんでここに?私LINEしたはずじゃ・・・」
「俺がそうしたいから待ってたの」
「ありがとう」
私はなぜか泣いていた。
「俺に会えて安心したか」
木下君が笑ってみせる。
「そうかもね」
そう言うと木下君が顔を赤くしたのが分かった。
「なんで自分で言って赤くなってんの」
私は笑った。
「たしかにな」
続いて木下君も笑う。
(はぁ、この時間がずっと続けばいいのに・・・)
話しているとすぐに家に着いた。
「じゃあな」
「ばいばい」

私は家に入った。
「あんた、なにしてんの?」
家に入ると、母が待っていた。
「なんでお弁当作らなかったの!昨日も何時に帰ったの!ご飯待ってたんだから!」
「・・・」
「なんで黙ってんの?口がないの?」
私は胸ぐらを掴まれた。でも、私はなぜか冷静だった。
「・・・じゃあ、自分で作ればいいじゃん」
「は?」
「なんで自分で作らないの?全部子供に押し付けて!あんたのせいで私の人生最悪だよ!」
バチンッ
謎の音が響いた。同時に私の頬がほんのり熱い。私は瞬時に理解した。
私は今、ビンタされた。
「は!?何言ってんの?私がいないと生きていけないくせに!ガキの分際で親に反抗してんじゃないよ!」
「自分が勝手に産んだくせに!」
「こっちだって後悔してるよ!あんたなんか産まなきゃ良かった!」
「は?」
「もういい!出ていけ!」
母は私にカバンを投げつけてきた。
私は振り返りもせずカバンを持って飛び出した。
「最低だ」
子供をぶつ親がいる?
もう、あんなの親じゃない。
私は行くあてもなく、ぶらついた。
結局近所の公園で野宿することにした。ベンチに寝転がり、目をつぶる。
しかし、なかなか寝られない。
辺りは街灯が少しだけで、たまに電池切れのようにチカチカと光る。
道路には、車が全く通っていない。
人は誰もいない。
私は今、ひとりの世界にいるようだった。
私は少し寂しくも感じた。

「おい、生きてるか?」
「え?」
目が覚めると、誰かが私に声をかけていた。
私はハッと思い出した。
(昨日家を追い出されたんだ)
相手の顔を見ようと目を擦る。
「おはよう」
そこには、ジャージ姿の木下君が立っていた。
「え、あ、おはよう」
(なんで木下君がこんなところに?ていうか、今何時?)
私は急いでスマホを取り出し時間を確認する。
6時45分
「・・・こんな時間に何してるの?」
「俺は部活の自主練」
「そっか」
そういえば、木下君は陸上部だった。中学の頃から何度か入賞して賞状をもらっていたのを思い出した。
「で、仲村こそなんでこんなところで寝てたんだ?」
「いや、あの・・・」
「言いにくかったら無理に言わなくていいよ」
「いや、言うよ。昨日お母さんと喧嘩して家を追い出されちゃったんだ・・・」
「そっか、LINEしてくれれば良かったのに」
「いや、そんな迷惑な・・・」
「あのな、少しは俺を頼ってくれよ」
「うん。次から連絡する。」
「おう!」
木下君は八重歯を出して嬉しそうに笑った。
「教科書とかは持ってんのか?」
「うん」
「じゃあ一緒に行こうぜ」
「いいよ」
「一旦俺家に帰って準備してくるな」
「わかった。じゃあ、ここで待ってるから」
木下君は手を振って走っていった。
15分程すると、木下君は戻ってきた。
「おかえり」
「おう!じゃあ、行くか」
「うん」
私たちは学校に向かって歩き始めた。

「それ、どうした?」
木下君が私の頬を指さして言った。
「え?なんかなってる?」
「なんか赤いぞ」
私は記憶をたどった。そして、母にぶたれたことを思い出した。
「これね、ちょっと壁にぶつかっちゃって」
とっさな言い訳だった。
「嘘だな」
見破られてしまった。木下君には、敵わない気がしたので正直に話すことにした。
「・・・お母さんにぶたれたの」
「は?」
「でも大丈夫!もう痛くないよ」
木下君はうつむいたまま無言で歩き続けていた。
「どうしたの?」
私が尋ねると
「なんでもない」
木下君は顔を上げた。その顔はなんだかなにか決心したようだった。

学校に着き、それぞれの教室に分かれた。
まだ誰も居なかった。
私は暇だったので屋上に行くことにした。
扉を開けると、青空が広がっている。
私はこの景色が好きだ。
カシャ
私は写真を撮った。自分にしては上手く撮れたと思う。私は撮った写真をLINEのアイコンにした。前まで背景は設定していなかったが、木下君とLINEを交換してから設定しようと思っていたのだ。
それから、ステータスメッセージも挑戦してみた。初めは何を書こうか悩んだが、木下君がかけてくれた言葉を書くことにした。
人間は生きているだけで偉いんだ
私は改めて感じた。
木下君は私のヒーローだ

授業が近づいてきたため、教室に戻ることにした。
教室には、もうほとんどの人が来ていた。
私が席に着くと、ちょうどチャイムが鳴った。
授業を受けていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
スマホを開くと、木下君からメッセージがきていた。
「アイコン変えたんだ!いいじゃん!」
どうやら、木下君は私のアイコンを見たらしい。
「ありがとう」
私はそれだけ返した。すると、再び木下君からメッセージが届いた。
「ステメの言葉、俺が言ったこと?」
(ステメ?あ〜、ステータスメッセージの略か・・・)
その瞬間、私はドキッとした。
友達がかけてくれた言葉を書く人がいるのだろうか。いや、多分いない。
私はきっとキモイやつと思われたに違いない。
しかし、木下君に嘘をつくのは気が引けたので、正直に言うことにした。
「そうだよ。ごめん、今すぐ消すね」
「え?なんで。そのままでいいよ!」
「ありがとう」
木下君は優しいな。こんな私にも優しくしてくれるなんて、心が広いんだな・・・
それからも授業を受けて、ようやくお昼休みになった。私は購買でサンドイッチを買い、屋上に向かった。
屋上に着き、腰を下ろそうとした時、人の気配を感じた。
私は急いで隠れた。
ドアが開き、誰かが出てくる。
(あれ?あの人って・・・)
扉から出てきたのは、木下君だった。
私は声をかけようと立ち上がろうとした時、
続いて小柄な女の子が出てきた。
私は再びその場に座り、2人の様子を眺めた。
(なんで木下君が女の子といるんだろう)
モヤッ
(なんだろう、この気持ち。なんか、すごく嫌だ)
女の子が木下君に話しかけた。
「あのっ」
「・・・」
木下君は黙って女の子を見つめていた。
「ずっと前から好きでした。私と付き合ってください」
女の子が木下君に手を差し伸べた。
「え!」
しまった。つい声が出てしまった。
(なんかこんなこと、前にもあったな・・・)
そんなことを思ってしまったが私は声が出ないように口を押さえ、様子をうかがった。
2人は気づいていないようだった。
すると、ようやく木下君が口を開いた。
「ごめん。俺、好きな子いるから」
(え?まぁ、そうだよね。好きな子くらいいるよね)
私はなぜが胸が苦しくなった。
女の子は、
「そうだよね・・・」
それだけ言うと泣きながら去っていった。
木下君は柵にもたれかかり、空を眺めていた。
私はなんとなく、スマホを取り出した。木下君と綺麗な風景が合う気がした。
木下君の方にスマホを向けたが、木下君はいなかった。
「あれ?」
もう行ってしまったのか・・・と思っていると、
「盗撮か?」
背後から声をかけられた。
私は驚き飛び跳ねた。
「あ、いえ、違います!」
動揺した私を見て木下君が笑う。
カシャ
私は無意識に木下君を撮っていた。
「おい、今写真撮っただろ」
「あは」
私は誤魔化すように笑う。
「消せよ」
木下君が恥ずかしそうに手を出す。
私はスマホを持って逃げた。
「あ、コラ待て」
木下君が追いかけてくる。
さすがに陸上部には勝てない。
すぐに追いつかれ、写真を消された。
「あ〜、せっかく撮ったのに」
私が怒って見せると木下君が笑った。
「なんだよ、その顔」
「失礼だね。こんな顔です!」
「まぁいいや。それより、明るくなったな」
「え?」
全く自覚が無かった。私、変われたの?
「前より、話しやすい雰囲気になった」
「そうかな」
私が照れると木下君が
「うわ、」
なぜが引いた。
「なんでそんなこというのよ!このゴリラ」
「は!?お前・・・言うようになったな」
(まぁ、木下君の前だけだけどね)
「それより、今日家帰れんの?」
「うん。お母さんと話し合ってみる」
「そうか、頑張れよ」
「ありがとう」

「それより、好きな人って誰なの?」
私が尋ねると、
「お前、聞いてたのかよ」
木下君が顔を真っ赤にした。
「さぁな、今度教えてやるよ」
「絶対だからね」

私たちは教室に戻り残りの授業を受けた。放課後になり家に帰る。木下君は部活だったため、1人で帰った。
玄関の扉を開ける。
「ただいま」
リビングに母はいた。
「あの、お母さん」
「これ、なに?」
母が手に持っていたものは、私の書いた手紙だった。
「これ、どういうこと?あんたまさか、死のうとしたの?」
「・・・そうだよ。けど、失敗した」
母の目が涙目になるのがわかった。
「・・・どうして」
「毎日が嫌だったから。家のことを何もしないお母さんや私をいじめてくるクラスメイト。もう全てが嫌になったの。だから、終わらせようとした。」
「え・・・いじめ、」
「そう」
母が泣いた。
「気づいてあげられなくてごめんなさい。家のことを全部やらせてごめんなさい。あなたにあたってしまって、ごめんなさい」
母は声を上げて泣いた。
私も泣いていた。
「実里が、なんでも出来て、なんでもやってくれるから、つい甘えてた。ごめんなさい」
「もう謝らないでよ」
いくら酷いことをされていても、やっぱり母は恨めなかった。
「私こそ昨日酷いこと言ってごめんなさい」
「いいのよ。私が悪かったんだし。これからはお母さんがやるから」
「いいよ、私も手伝うよ」
「ありがとう。いい子に育ってくれてありがとう」
私は初めて母と向き合えたような気がした。
私たちは涙が止まるまで抱き合った。

夜ご飯は、2人でハンバーグを作った。
初めて2人で作るハンバーグは、今まで食べた中で1番美味しく感じた。
食べ終わり、部屋に入る。
スマホを開くと、木下君からメッセージが来ていた。
「どうだった?」
私のことを心配してくれていた。
「仲直り出来たよ!ありがとう」
木下君は、すぐに既読になった。すると、
「今から会える?」
え?どうしたのかな・・・
「会えるよ」
私はそれだけ返事をして、急いで着替えた。
「じゃあ、仲村の家の近くの公園集合な」
「了解」

「お母さん、ちょっと出かけてくる」
「気をつけてね〜」
私は家を飛び出した。公園に着くと、木下君がベンチに座っていた。
「どうしたの?こんな時間に」
「わりぃな。どうしても言いたいことがあって」
「なに?」
「あのな・・・」
木下君は恥ずかしそうに頭をかいている。
「俺、仲村のことが好きだ。付き合ってください」
木下君が手を差し伸べている。私は頭が混乱していた。
「ダメか?」
「あ、いや、よろしくお願いします」
「ガチで?やったー」
木下君が飛び跳ねた。それを見て私が笑うと、
「なに笑ってんだよ」
木下君が恥ずかしそうにした。
「いや〜、子供っぽいなって」
「おい、喧嘩売ってんだろ」
「別に〜」
そう言うと、唇に何かが触れた。
木下君が顔を真っ赤にしているのが暗くてもわかった。
顔が熱い。きっと今、私も赤い。
「それよりさ、良かったな。仲直り出来て」
誤魔化すように木下君が言った。
「うん。ありがとう」
「次は学校だな」
「うん。これからは明るく元気に生きていくよ。」
「おう、頑張れよ。ていうか、頑張ろうな」
そっか、私はもう1人じゃないんだ

私はこれからを生きていく
明日に向かって生きていく
支え合って生きていく

少しだけ息がしやすくなった気がした。