キミの言葉は私の名言

「よし、そろそろ行こっか。」
 そう言われ、私は歩ちゃんと教室に向かった。
 
 途中、いくつもの教室を通りたくさんの生徒を見るたびに
『やっぱり行きたくないな・・・。』
 とか、
『みんなにどんな目で見られるのかな・・・。』
 といろんなことを考えてしまったけど、隣を歩く、歩ちゃんの決意の込められたようなまっすぐな目を見て
何も言えなくなった。
 本当に歩ちゃんはすごい。
 なんでこんなに弱音を吐かないで、まっすぐ前を向けるんだろうって、どうしたらそんな強い心を持てるんだろうって
不思議に思った。
 そして一つ、聞きたかったことを私は思い出した。
「ねね、歩ちゃんは今日の朝なんで会議室Aにいる私のところに来たの?」
 すると歩ちゃんは
「あー、それはね・・・」
 と言って私のほうを向き、
「実は保健室に先生が入った時、みんなと顔合わせるのが怖くて先に保健室に行こうと思って、私も向かったんだよね。
 そしたら、中から”優笑⁉”って声が聞こえて、盗み聞ぎしようとして保健室の前に立ってたら二人がどっかに向かうことに
 なって、私も気づかれないようにしてついていったんだ。
 それで、様子見てて・・・我慢できなくて出てきちゃったっていうね。」
 と『テヘッ』という効果音がつきそうな感じでベロを少し出して笑った。
 だけど急に真顔になって
「でも今思えば、あの時保健室に行こうとしてよかったって、先生と優笑について行ってよかったって思ってるよ。」
 そう言いだしたと思ったら
「優笑を助けられてよかった!」
 って優しく笑ってくれた。
「ありがとうっ!すっごく助かったよー!」
 そう笑顔で私は返した。

 教室に入ると一瞬にして私たちに目線が集まった。
「あはは・・・。見られるってわかっててもここまでくるとちょっと怖いかもね、」
「うん。確かに怖い。」
 と二人で少しの恐怖を覚えつつも席に向かった。
 すると・・・驚くべきことにあのたくさんの悪口の書かれた机は跡形もなく消えていて、その代わり新しい机が
置かれていた。
『誰がやってくれたんだろうか。』
 そう思いつつもありがたく、きれいな机を使わせてもらおうとした。
 すると、隣から
「ねぇねぇ、先生が”机にはいろんな言葉が書かれていて、残酷なものになっている。”って言ってたけど
 見当たらないって、どういう事?」
 と聞いてきた。
「あくまで私の予想だけど、多分先生か誰かが取り替えてくれたんだと思う。」
 そう答えると、
「そっか。」
 とほっとしたような言葉が返ってきたので、安心した。
 
 ―――――でも、現実はそんなに甘いことが続くはずもなかった。

 昼休み。
 私と歩ちゃんはいつものようにグループで集まろうとした。
 だけど・・・
「ごめん、多分二人と一緒にいるとうちらまで巻き込まれると思うから、もう近づかないでもらってもいい?」
 と言われてしまった。
「ううん。やっぱそうだよね、ごめん。」
 と歩ちゃんはその場では何ともないかのようにふるまっていたけど、その場から離れ、見えなくなると
「なんでこうなるんだろう。」
 って、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「私のせいで仲いい子と、友達関係悪くしちゃってごめん。」
 そう謝ると、
「ううん、気にしないでいいよ。」
 と、いつもみたいに返されてしまう。
『でも本当はこんなことにまでなったのに大丈夫なはずない。
 私が我慢させちゃってる。
 本当はどんなことを考えていて、どんな思いをしているのかを知りたい。
 そして、私が慰められたように、今度は私が歩ちゃんを慰めたい。
 どうすればいいんだろう』
 そうして私はいろいろ考えたけど、いい感じの言葉は見つからなかった。
 『あぁ、やっぱり私は肝心な時にうまく言葉が出ないんだな。
 なんで出ないんだろう。
 悔しい・・・。
 こんな人を”できそこない”っていうんだろうな。』
 ・・・・・・・。
 いろんなことを考えて、いつの間にか沈黙になっていることにようやく私が気づいたころ、
「また何か考え込んで、マイナスなこと考えてるんじゃない?」
 そう歩ちゃんに言われてしまった。
「その通りです・・・。」
「あははっ!やっぱりか!」
 そうやって、歩ちゃんは心の中は明るくないはずなのに明るく笑った。
「優笑はさ、いつも、もっと心から笑おうとして、何か楽しい気持ちになれるようなこと考えたら?」
 と言ってくれた。
 ・・・・・そういう事か。
 なんか、ずっと聞きたかったこと、知りたかったことが急に分かったような気がした。
「歩ちゃんがいつも強いのって、そうやって何か”そうなりたい!”って思うためになにかそれに合ったことを
考えているから?」
「私は自分が強いとは思わないけど、まあ一応そういうことかな。」
 そっか。そういう事だったんだ。
「なんか歩ちゃんのおかげで、これからどうにかしていけそうな気がしてきた!」
 と私もよくわからない自信が出てきた。
 
 それから私と歩ちゃんはいつも二人だけで過ごすようになった。
 たまにふっと、『周りからはどんなふうに思われているんだろう。』って思ったり、時々緑ちゃん達にいやなことを
させられたけど、どうにか気持ちを切り替え、何とか毎日しっかりと過ごせていた。
 そして気づくといつの間にか私と歩ちゃんは
「二匹オオカミ」
 と呼ばれるようになっていた。
 歩ちゃんは
「このあだ名、めっちゃかっこよくない⁉」
 と嬉しそうだった。
 私も、『オオカミさーん』と馬鹿にされつつもひそかにこのあだ名が気に入っていた。

 そんな中、私たち一年生にはある行事が迫っていた。
 それは”校外学習”だ。
 私にとっては乗り越えないといけない壁のように感じていた。
 
 もちろん校外学習自体は入学当初からものすごく楽しみで、今も楽しみなことには変わりない。
 ただ・・・
「それではこれから一緒に回っていくグループをつくっていくぞー。」
 そう、この校外学習は五人のグループ行動なのだ。
 それが、『二匹オオカミ』と呼ばれている以上、すごく大変な問題だった。
 どんなことが起こるかというと、
「二匹オオカミとは同じになりたくないよな。」
「うん。ほんとそれだけは勘弁だわ」
 とまあ、私達とは同じグループにみんななりたくない人が多く、ほぼ百%の確率で同じグループになった人にいやがられ、
いくらポジティブになったとしても、グループの子は楽しくなれないと思う。
 そんなこんなで、嫌な予感はしていた。
 でも、これを”不幸中の幸い”というにふさわしいのではないかと思うことが起きた。
 それは
「歩ちゃん!」
 奇跡的に歩ちゃんと同じグループで
「今回は久しぶりによろしくね、みんな」
 と、前までグループだったみんなが揃ったのだ。
 私的にはまた仲良くなれるのではないのかと思った。
「あー、うん。よろしく。」
 でも、二人と私たちの間にはやっぱり見えない壁がまだ立っていた。

「グループ決まったから、行くところ発表するぞー。」
「今年の一年が行くのは・・・・・・・
 水族館でーす!」
 そうやって、先生から行き先を発表された。
 これから、さっきのグループで集まってグループ行動の計画を立てるそうだ。
「水族館、まぁまぁ当たりの行き先じゃない?」
「うんうん。だってたまに牧場とか行くところもあるらしいしね。」
「牧場⁉それはさすがに嫌だわ。」
 などと四方八方から嬉しさのにじみ出たこえが声が聞こえてくる。
「水族館、めっちゃ楽しみだね!
 イルカみたいなー!」
 と、隣の歩ちゃんもきらきらとした目ですごくうれしそうだった。
 さっそく、クラスの人がグループで固まり始めた。
「私たちも集まろっか。」
「だね、」
 そうして私たちがもう集まり終わっていた他のメンバーのところに行き、話し合いを始める。
「みんな、どこ行きたい?」
「食べたいものとかでもいいよ!」
 そうして、私が話をふったが、
「・・・・・・、」
「・・・なんでもいいよ。」
「二匹オオカミで決めていいよ。
 うちら合わせるし。」
 といって、気まずい沈黙が流れた。
「って言ってもだよ、せっかくの校外学習なんだからさもう少し、みんなの意見出し合って決めない?」
 いつもならその沈黙が流れたら私は黙っていたと思う。
 だけど歩ちゃんがいてくれるおかげでそう言葉を出せた。
「例えばさ、一回、五分くらい時間つくってさ、行きたいとこ、一人三以上考えるとかさ!
 ・・・どう、かな?」
 今度は歩ちゃんもすごくいい意見を出してくれた。
「うん!いいと思う!ほかのみんなは?」
「・・・うん、それならいいよ。」
「た、たしかにそうしてくれるとありがたい、かな!」
「賛成。」
 そうやって、やっぱりぎこちないけど、賛成してくれた。
 歩ちゃんが紙を出してくれて、たくさんの”行きたい場所”がでてきた。
 今回はバランスよくみんなの行きたいところに行きたい。
 だから、みんなの行きたい場所をまとめてみた。
「見た感じ、イルカショーと売店とペンギン広場のところに行きたい人が多いからまずはそこの三つ、行くでいい?」
「うん。私はいいよ!」
「同じく。」
 とそこからは最初よりもぎこちなさが消えて、少し前のように戻れてきた気がした。

 ―――――迎えた校外学習当日。
 結局行くのは
 イルカショー、売店、ペンギン広場、熱帯魚や大型動物の館といういろんな生き物をめぐれるところ
 の計四つの場所に行くことになった。
 天気は雲一つない快晴だ。
 ・・・と言いたいところだったが、残念ながら今日は青い空に白いわたあめみたいにふわふわな雲の浮かんでいる。
「雲はあるけど、気持ちのいい天気でよかったよね!」
「ハハハ!私もおんなじこと考えてた!
 ほんとに晴れてよかったよね!」
 と同じことを考えていたらしい歩ちゃんと話が盛り上がった。
 そして私達はバスに乗りながら水族館を目指した。

 バスに揺られ続けること約五十分。
 あと十分で水族館に着くというところで
「海だ!」
 と誰かが声を上げた。
 みんながつられて、窓の外を見る。
 そこには真っ青な、ぴかぴか輝いてる海が見えた。
「きれいだね!」
「うん。たしかに。」
「私、海みたの久しぶりだなー」
 そう一気にバスの中が賑やかになった。
 歩ちゃんも
「こんな景色が見えたらなー」
 と、うっとりした表情で海を眺めている。
「私たちの学校とか家の周りは”ザ、街"って感じで家しか見えないもんね。」
 そういって私は私の家の周りを思い浮かべた。
 
 そんな感じで海の話で盛り上がっていると、
「もう少しで水族館に到着だぞー。
 荷物まとめとけー。」
 と先生の声が響いた。
 すると途端に、
「よっしゃー!やっと着いたぜ!」
「んー。座りすぎて疲れたー、」
「はやくシャチに会いたいなー!」
 と、海の話題から水族館の話題へと移り変わった。
『水族館、最後に来たのはいつだっけ。』
 と頭に残っている記憶の中の、水族館についての出来事を思い出してみる。
 すると、一つ小さいときに来た時のことを思い出した。

 あの日は、碧唯が入学したときに、お祝いとしてエイが大好きな碧唯にサプライズで行ったときのことだ。
 碧唯は水族館に着くと、ものすごく目を輝かせて嬉しそうに笑いながら
「お母さん、お父さんありがとう!」
 といった。
「エイ、いるんだって!」
 そう私が水族館のことを話すと
「本当に⁉
 やったぁ!
 そしたら、一番最初に見にいこうよ!」
 といって喜んだ。
 水族館の入場ゲートを通り、碧唯の言う通りにまずエイのいるところに足を向けた。
「うわぁ・・・!」
 そこには大小さまざまな大きさのエイが気持ちよさそうに泳いでいた。
 私もエイはそこまで好きじゃなかったがそのエイたちを見た瞬間、とりこになった。
 私が
「エイの、この裏にある目がめっちゃかわいいね!
 私、エイがこんなにかわいいってこと知らなかった!」
 そう碧唯に話すと得意そうに
「でしょ!エイはかわいいんだよ!」
「でもね、お姉ちゃんがかわいいって言っている目は、本当は目じゃなくて鼻の穴なんだよ!」
 と説明してくれた。 
「そうなんだ!そんなことまで知ってるんだね!
 私、びっくりしたよー。
 碧唯はすごい物知りだね!」
 すると碧唯は嬉しそうに
「へへへ」
 と笑った。
 そのあともいろんな生き物を見て満喫していると碧唯が
「このエイ、欲しい!」
 といって一つのちょうど枕になりそうなぬいぐるみを指さした。
 でも・・・それはくじ引きの景品だった。 
 お母さんも、お父さんもそのことに気づき碧唯をなだめようとしたが、
「やだ。このぬいぐるみもらうまでここから離れない。」
 といいだし、わがままをいった。
「でもね、これはくじを引をひいて当てないともらえないのよ」
「そしたらそのくじ引きやる。」
「んー、でも当たるかわからないのよ?」
「それでもいいからやりたい。」
 そんな会話が続き、とうとう一回だけ、『はずれでも泣かない。』という約束のもとくじを引くことになった。
「優笑も碧唯だけだとあれだから、やってもいいぞ。」
 そういって私も一回やらせてもらうことになった。
 私も実は、碧唯の欲しがっているぬいぐるみとは別の、小さいエイのぬいぐるみが欲しいと思っていたので
ありがたくやらせてもらう事にした。
「最初僕からやるね。」
「うん。どうぞ!」
 そんな会話の後、碧唯は白い箱の中に手を入れて”パっ”っと一つの紙切れを取った。
 そしてすぐに中に書いてある文字を私たちに見せた。
 ”ノート”
 中にはそう書かれていた。
 何がもらえるのか確認すると、イルカの絵やペンギンの絵などが描かれているノートだった。
 碧唯はまだ文字が読めない。
 だから、
「エイのぬいぐるみもらえる?
 ねぇ、どう?どう?」
 そうくじの結果を問い詰めてきた。
「ノートだって。」
 そう言って、もらえるノートを指さした。
 碧唯は泣かないという約束でくじを引いたものの、悔しかったのか泣き出してしまった。
 私はそんな碧唯を横目に、くじを引いてみた。
 適当に一番上のほうにあったくじを取った。
 そして中を開くと・・・
 ”ぬいぐるみ”
 と書かれていた。
 すると、店員さんが
「おめでとうございます!
 ぬいぐるみでしたらここから選べますよ!」
 といって教えてくれた。
 そこには、私の欲しかったぬいぐるみと、碧唯の欲しがっているぬいぐるみがどちらも置かれていた。
『碧唯には悪いけど、私は欲しかったぬいぐるみにしよう。』
 私はそう思い、小さいエイのぬいぐるみに手を伸ばした。
 すると、横からスッと手が出てきて、あの枕になりそうな大きさのエイのぬいぐるみを取っていった。
 私は自分の手を止め、横から出てきた手が誰の手なのか確認した。
 ―――――その手は碧唯の手だった。
 お母さんは碧唯が欲しがっていたぬいぐるみを手に持っているのを見て
「それは当たらなかったのよ。
 だから返しなさい。」
 といった。
 でも碧唯は
「お姉ちゃんが当ててくれた!」
 そう言い放った。
「あら。本当にそうなの優笑?」
「えっ・・・
 ぬいぐるみとは、書いてたよ。だk・・・」
 私は”だけど・・・私はこっちのぬいぐるみが欲しいんだ。”と言おうとした。
 だけど、
「あら!本当にそうなのね!
 よかったじゃない碧唯!」
 というお母さんの声に止められて言えなかった。
 そしてそのまま私は言い出せず、碧唯にゆずった。
 でも、本当はゆずりたくなかった。
 せっかく自分の欲しいものが当てられたから欲しかったし、なにより私が当てたのに景品を取られたのが悔しかった。
 
 そんな嫌な思い出だ。
 私は、これから楽しもうというときに思い出してしまったことを後悔した。
 でもすぐにさっきの昔の思い出を新間の隅に追いやり、気持ちを切り替えた。

 点呼を取り、各グループごとに水族館に散っていく。
 私たちもほかのグループの流れに沿って、入場ゲートを通り、中に入った。
 そこには私の記憶の中の水族館とは全くの別物ののように何もかもが変わりはてた、すごくおしゃれな光景が目の前に広がっていた。
 それはみんなも同じだったみたいで、
「なにこれ。おしゃれすぎない⁉」
「ほんとにそうだよね。このレベルまでくると、映えスポットしかないよ。」
「・・・たしかに。スマホ持ってきたかったな。」
「「「ほんと、それはいえる!」」」
 と話している。
 でも本当に、すごい。
「「はやく中が見たくなってきた。」」
 私がそういうと、隣にいた歩ちゃんとハモった。
 すると、
「たしかに!中も見たい!絶対すごいもん。」
 と声が聞こえた。
 なので私たちはまず”熱帯魚や大型動物の館”に向かった。
 そこはやっぱり外見を見て私たちが想像していた通り、ものすごくおしゃれだった。
「やっぱり、すごいね。」
「うん。めっちゃおしゃれ。」
 そう感想を言った後、私たちは目の輝きを一回も失うことなく建物を回っていった。
 そして次は”イルカショー”と”ペンギン広場”に行った。
 イルカショーはものすごく迫力があったし何よりイルカがかわいくてほんとに癒された。
 そしてあとは、歩ちゃんがイルカを見てからオタクのように豹変したことにはさすがに驚いた。
 でも、本当にイルカが好きなことはたくさん伝わった。
 ペンギン広場では、たくさんのペンギンが気持ちよさそうに泳いだり、お魚をおいしそうに食べていて
私までお腹がすいてしまった。
 ・・・ということで私たちは最後に売店に向かった。
 ”中学生なので、”ということで私たちは一人三千円まで持ってきていいということだったのでお昼ご飯を買ったり、
お土産を買ったりするのだ。
 私は、まずお昼ご飯を買うことにした。
 ”カレーはイルカ?”という、なんとも突っ込みずらい名前のカレーと、
 ”クラゲラーメン”という、すごくカレーと比べるとものすごくシンプルな名前のラーメンで迷ったが、
結局、名前の面白さにつられて、”カレーはイルカ?”を注文した。
 カレーは、イルカの形のしたご飯とやや辛めのカレーで、ものすごくおいしかった。
 そして、そのあとみんなでおそろいのイルカのキーホルダーを買った。
 今思えば、私は売店でイルカ関連のものしか買っていなかった。
 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていった。
 そして帰りのバス。
 私はいつの間にか、また仲良くなっていたグループで話しながら
『本当に水族館にこのグループで行けて、しかもまた仲良くなることができてよかったな』
 と思っていた。
「通知表、ドキドキするね。」
「だよね、、いい成績でありますように!」
 そう歩ちゃんと話している。
 今日は、進級前最後の登校日。
 修了式と通知表の配布がある大事な日。
 私の学校は、”通知表”というものが配られる。

 通知表は、配られない学校もある。
 だから私は今『”通知表”というもの』といった。
 これは、一応説明すると前期と後期の最後に配られる、副教科を含めた全科目の成績の一覧表みたいなものだ。
 それには先生のコメントもここの中学は書いてくれているし、出席数や受賞したコンクールの名前なども載っている。
 そして、ここら辺の高校はこの通知表の成績を見て入試の時、テストと面接にプラスで点数をつける。
 そして受験の合否が決まる。
 そんなことがこの市では行われていて、最近では、この市以外のところでもほとんどの中学校が通知表を出していて、
ほとんどの高校が通知表を受験に取り入れている。
 ということもあり、私たちにとっては一、二年後の自分に影響するため、ものすごく必死なのだ。

「次、優笑ー。」
「はいっ。」
 そんな返事をして廊下に向かった。
 先生の座っている前に立ち、
「今年一年、お世話になりました。」
 そう言って、始まった。
「おう。優笑。今年はありがとな。
 優笑は成績、信頼ともに良い評価だぞ。
 頑張ったな、お疲れ様。
 ただ、一つあるとしたら、この間のいじめの件だな。
 あれも真相が先生もわからなくなってきたから、何かあればまた先生のところに来て教えてくれ。
 先生も場合によっては優笑のことを怒ることもあるかもしれないが、優笑の味方でもあるんだから何かあったかいってな。」
「はい。分かりました。
 本当にありがとうございました。
 来年もお世話になることがあればよろしくお願いします。」
「あぁ、よろしくな。」
 そういって、握手をして終わった。
 自分の席に戻る前に後ろで通知表の中身を確認した。
 今年は前期含めて、いい成績だった。
 でも、いまだにクラスの人とはうまくいっていない。
「本当にこれで良いのかな・・・。」
 私は、成績表が良くても人間関係はこれから生きていく中でうまくやっていかなければならない、大切なこと。
 だけど、今の私は全然うまく関係を築けていない。
 それは少し、どうなのかなと思った。
 二匹オオカミ。
 その名のまま、ここまで来た。
 でも、ずっとこのまま過ごしていくわけにはいかない。
 二年生。
 後輩ができる。
 私は、うまくやっていけるのだろうか。
 あの小学生の時と最近の緑ちゃん達の件から人にどう思われ、どんな風にみられているのか不安で、
気持ちが切り換えられていたとしても、本当の私、内側の私は変われていない。
 でも、歩ちゃんとなら。
 歩ちゃんがいてくれたら。
 私は少しずつ変わっていけるかもしれない。
 私も歩ちゃんのことを支えてあげたりして頑張っていけばどうにかなっていける。
 そういう風に心の中で『頑張ろう。』と気合を入れて席に戻った。
「優笑、成績どう?よかった?いい感じだった?」
「うん。今回も前期同様、いい感じ!」
「よかったじゃん!
 いいなー!私これからだから不安だよー、」
「歩ちゃんは絶対大丈夫だよ!」
「そうかな・・・?
 でもなんか少し自信が出てきたかも!」
「次、水島ー」
「あ、先生に呼ばれた!
 行ってくるね!」
「うん!いってらしゃい!」
 そういって歩ちゃんは廊下に行った。
 歩ちゃんはしっかりしてて、強くてかっこよくて、だけどかわいくて、そんな子はきっと先生も評価してくれるだろう。
 そう考えて、歩ちゃんの成績がいいことを願いながら歩ちゃんが返ってくるのを待った。
 
「優笑ちゃん!今回、私もいい感じだった!
 よかったー!」
 そんな声とともに歩ちゃんが戻ってきた。
「え!ほんと⁉
 やったぁ!よかったじゃん!」
「一緒に喜んでくれてありがと!」
「うん!お互いいい成績で安心だね!」
 そう言葉を交わしてお互い一安心した。
 そして次は修了式に入った。
 すると歩ちゃんは
「表彰されるから、放送室行ってくる!
 またね!」
 と言って、私の言葉を待たないで”タタタッ”と放送室に行ってしまった。
「あ、うん。いってらしゃい!」
 もういない歩ちゃんに向けて私は声を出し、そして自分の席に座り、修了式が始まるのを待った。
 
『開式の言葉』
『はい。』
 そういう言葉で修了式が始まった。
 しばらくして、
『表彰式に移ります。』 
 という言葉が聞こえた。
 ・・・そういえば、歩ちゃんは
『表彰されるから』
 と言っていた。
 つまり歩ちゃんが出るということだ。
 私は
『歩ちゃんは何で表彰されるんだろう』
 そう、ワクワクしながら放送室で行われている修了式の映像をクラスのテレビの画面から見つめていた。
 でも・・・歩ちゃんはいくら待っても表彰されなかった。
 そして
『これで表彰式を終わります。』
 という声で終わってしまった。
 歩ちゃんはなぜ映らなかったのだろうか。
 どうして放送室に行ったのだろうか。
 そんな疑問が次から次へと浮かんできた。
 そして、
『転校生徒、紹介。』
 そんな声とともに私は目を見張った。
 先生の声と同時に画面に映ってたのは、
 ―――――「水島歩です。」
 私が今たくさんの疑問を抱いて、なぜ画面に出てこないのか不思議に思っていた歩ちゃんだった。
「・・・歩、ちゃん?」
 そう私が動揺している中、歩ちゃんは
「お父さんの仕事の関係で転校することになりました。
 一年間しかいられなかったけど、たくさんの思い出をつくれてよかったです。
 ありがとうございました。」
 と淡々と言葉を発し、一礼をして画面から去ってしまった。
『なんで。なんでなんで。
 歩ちゃんからそんなこと聞いてない。』 
 と頭をハンマーで殴られたような感じの衝撃とともに、なぜ歩ちゃんは言ってくれなかったのか不思議だったし、
転校のことを言ってくれなかったことが何より悲しかった。
 そのあとは、もう修了式がどんな感じだったかは覚えていない。
 ずっと、絶望のどん底に突き落とされたような感覚に襲われていた。

「優笑ちゃん?大丈夫?
 ・・・おーい!」
 という歩ちゃんの声で我に戻って、
「な、なに?
 私、大丈夫だよ!
 歩ちゃんどうしたの?」
 と答えた。
 すると・・・
「嘘だぁ!
 だってさっきまで、何回読んでも上の空っていうか、全く聞いてない感じだったじゃん!」
「え・・・ほんと?」
「うん。ほんとだよ。」
 ―――――嘘。
 私は歩ちゃんのことを疑ったが、多分私が本当にそんなんだったんだろう。
 確かに、歩ちゃんのことで驚き、固まってしまった。
 ・・・そうだ。そうだった。
「ねね、そんなことより、歩ちゃん、転校ってどういう事?」
 と、今一番知りたかったことを聞いた。
「んーとね、放送で言った通りなんだよね、」
「なんで教えてくれなかったの?」
「それは・・・、ごめん。
 優笑ちゃん、悲しんじゃいそうだって思って、最後の最後まで楽しく笑い合ってお別れしたかったから。」
「そっか、ありがとう。
 でも、教えてほしかった。
 教えてくれてたら、一日一日をもっと大切にして過ごしたのに。」
「うん。ごめん。」
「引っ越し、いつなの?」
「今日でぴったり一週間後だよ。」
「そっか。それまでなら一緒に遊べる?」
「うん。最終日は遊べないけどそれまでなら遊べるよ。」
「そしたらそれまで、たくさんあそぼ!
 それでたくさん思い出つくろ!」
「うん。そうしよ!」
 そう言って明日や明後日などの春休み中の予定を立てた。
 部活はたまたま春休み初日から一週間休みだったので問題なかった。
 こんなにしっかりと予定を立てたのは、歩ちゃんとの残りの時間を大切にしたかったってこともあったけど、
それよりも予定を立てて会う約束をしないと歩ちゃんがすぐに引っ越してしまいそうな気がしたからだ。
 そして、
「また明日ね!」
「うん!楽しみ!」
 という言葉を交わして、家に帰った。

 そして、今日は歩ちゃんと遊ぶことのできる全五日のうちの初日。
 今日はまぶしい太陽が昇っていて、雨は降らなさそう。
 昨日歩ちゃんと計画を立てた予定表を見てみる。
「今日は・・・イオネモールか。」
 イオネモールとは、スーパー、生活雑貨店、本屋さん、映画館、ドラッグストア、スポーツ用品店などなどのさまざまな専門店が入っている日本全国にある人気の大型ショッピングモールだ。
 ちなみに、具体的にどんな事をするのかは、決めていなくて着いてからしたいことをどんどんしていこうということに
なっている。
「服、どうしよ。」
 そう言ってクローゼットの中の服を見まわす。
 私は基本スカートだが、今日はたくさん歩くので動きやすいミニスカンツという、ミニスカートとショートパンツを
合わせたようなものと、上はパーカーを着ることにした。
 待ち合わせは近くの北夜坂駅に十時に集合になっている。
 いつも出かけるときの持ち物を小さめのショルダーバッグにいれ、十分前に着くような時間に家を出た。
 待ち合わせの駅に行くとしっかり十分前に着いたけど、もう歩ちゃんがいた。
「おはよ!
 待たせちゃってごめん。」
「おはよ!
 ううん、私も今来たところだから安心して!」
「ほんと?」
「うん!ほんとだよ!
 今日はよろしくね!」
「うん!
 こちらこそよろしくね!」
 そう言って駅の改札を通った。
 イオネモールの最寄り駅までは電車で六駅、約二十分だ。
 最初は意外と長いなと思ったが、歩ちゃんと静かにしゃべってたらあっという間だった。
 そしてバスに乗り換え、イオネモールに着いた。
「「うわぁ・・・おっきい!」」
 私たちはバスを降りてイオネモールを見上げてこういった。
 家族とは何回も来たことはあったものの、友達だけで来たのは初めてだったのでなぜか新鮮だった。
 そして、イオネモールの中に吸い込まれるように私たちは入っていった。
 
 中はものすごい人であふれていた。
 そして、たくさんのお店であふれていた。
 これ、どこ行くかすんなり決まらなさそうだな・・・
 と思っていると、
「すごいことは知ってたし、初めて来たわけでもないのにやっぱりおっきいし何でもあるね。」
 と驚きの声がした。
「うん。確かに。はぐれないように気を付けないとだね。」
「そうだよね。気をつけよ!」
 そして、歩ちゃんは
「で・・・、はじめはどこ行く?」
 と聞いてきた。
「んー。どうしよっか。」
「文房具のあるお店・・・とか?」
「あっ!いいねそれ!そこ行こ!」
 といい、思ったよりはやく行き先が決まった。

 文房具店は、私たちの想像を軽々超えてしまうほど、たくさんの種類であふれていた。
「これ、めっちゃ悩みそう。。」
「た、確かに。」
 そしてお互い長い時間をかけて、おそろいのシャーペン一本と各自の欲しいものを買った。
 そのあとは、
「人が多くて、十二時台にお昼ご飯を食べようとすると、すごく混んでなかなか食べれなさそうだよね。」
 という歩ちゃんの一声で、フードコートに向かった。
 すると思ったよりも人がいて驚いたが、二人用の席を見つけ無事にお昼ご飯を食べることができた。
 ご飯後も、映画を見たり服を買ったりし、帰ることにした。
 私たちはものすごく楽しんだ分、帰りの電車は二人とも寝てしまった。
 そして、北夜坂駅に帰ってきて、
「本当に一日ありがとう!」
「こちらこそだよ!ほんとうにありがと!」
「シャーペン、大事にするね!」
「わたしも!」
「そしたら、明日もよろしくね!」
「うん!よろしく!」
 といって、解散になった。

 次の日―――――。
 
 今日も昨日よりは少し肌寒いものの、太陽の日が差していて、いい天気だった。
 そして、私は昨日のように歩ちゃんと計画を立てた予定表を見てみた。
「今日は・・・猫カフェだ!」
 思わず笑みがこぼれてしまった。
 猫カフェは、お互いが猫好きだったため
「いつか絶対行こうね!」
 と約束していた。
 だから、その約束が守れたし、なにより初めての猫カフェに歩ちゃんと行けるということがうれしかった。
 今日は、歩ちゃんよりはやく待ち合わせ場所の公園に着いていたかったので、昨日のことを生かして、十五分前に
着くようにして家を出た。
 そして、もう少しで公園に着くというところで、歩ちゃんと遭遇した。
「わっ、歩ちゃん!」
「おおっ!優笑ちゃん、おはよー。」
「うん、おはよ!
 私公園に着く前に歩ちゃんがいてびっくりした!」
「私もー!」
 と驚きながらも、
 ”もう会えたし待ち合わせ場所に行く必要もない”ということでそのまま猫カフェに向かった。
「猫に会うの楽しみだな!」
「だよねぇー!猫は本当に癒されるしかわいいもん!」
「それめっちゃわかる・・・!」
「やっぱり⁉」
「うん。猫カフェはそんな私たちにとって、めっちゃ幸せなところだよね!」
 と二人で猫カフェのことを話したり、猫のことを話したりしていると猫カフェに着いた。
 そして私たちは思うがままに猫に癒され、楽しんだ。
 するといつの間にか時間は過ぎて行って、私たちの払ったゆったりコースの五時間を終える時間になった。
「五時間は長い!思いっきり癒されるぞー!」
 と言っていた歩ちゃんも、今は
「五時間ってこんなに短かったっけ?
 もっとここにいたいよー!」
 と言っている。
 確かに私もそれに関しては同感だった。
 五時間はものすごく長いように感じたけど、あっという間ですごく短かった。
 そのあと、時間がまだ残っていた私たちはプリクラをとったり、本屋さんに行ったり、コンビニに行ったりして
ゆったりと過ごした。
 そしていつの間にか解散する時間となっていた。
「そろそろ帰らないと・・・だね、」
「うん。そうだよね。」
「今日の猫カフェ最高だった!
 ありがと!」
「こちらこそありがと!」
「また明日!」
「うん。また明日!」
 そういって解散した。

 そんな感じで、その次の日はフラワーパークに行って花を見て、そのまた次の日は、カラオケに行って喉がかれるまで思いっきり歌って、とにかく楽しく遊びまくった。
 そして五日目・・・。
 今日で歩ちゃんと遊ぶのは最後の日になってしまった。
 今日は・・・
「私の家で過ごす、か。」
 家族にはこの計画を立てた修了式のあったあの日に言っておいたし、そもそも今日はみんな何かしら予定があって
家にいない。
 だから問題なく
「分かったわ。家中の掃除してから呼ぶなら、好きにしなさい。」
 と許可を得た。
 なのであらかじめ、昨日の夜に家中を掃除した。
 そして、お母さんに一応、
「このくらい掃除したら友達を呼んでも大丈夫?」
 と聞くと、
「うん。いいわよ。」
 とあっさり大丈夫だと言ってくれた。
 歩ちゃんはまだ私の家を知らないので、前に猫カフェに行くときに待ち合わせをしたあの公園に迎えに行くことに
なっている。
 家の鍵を閉め、公園に向かい十五分前に着くと歩ちゃんはその五分後くらいに来た。
「今日もよろしくね!」
 そう歩ちゃんに言われ、
「うん。こちらこそよろしくね」
 と、ここ数日のうちに、朝最初に会った時に当たり前のようにするようになった挨拶を交わし、家に案内した。
 自分の家に向かう途中、何回か
『今日で最後だね』
 とか
『もっとたくさん遊びたかったな』
 とかと言いそうにになったが、そんなことはなぜか言ってはいけない気がしたし、言うとしても今じゃなくて帰る時だと
思って言わなかった。
 そして自分の家に着いた。
 家の鍵を開け、
「どうぞ。入っていいよ。」
 と中に入ってもらった。
 友達を家に招いたのは初めてで、少しグダグダになりそうで心配だけど、今日の朝、”人を家に招くときにやっては
いけないこと”と調べて頭に入れておいたので、失敗だけはしないようにしたい。
 そして、歩ちゃんとリビングで楽しみつつ、ゆっくりしてもらえるようにして、すごろくをしたり、お菓子を食べたりして
過ごした。
 気づくといつの間にかそろそろ帰らないといけない時間になっていた。
「そしたら、もう時間だし帰ろっかな。」
 と歩ちゃんが言ったので、
「あ、ちょとまってて!」
 そういって私は自分の部屋に行き、一つの袋を取りリビングに急いだ。
「はい!これ!」
 そして今取ってきた袋を歩ちゃんに差し出した。
「これは・・・?」
「袋の中開けてみて!」
「うん。分かった!」
 歩ちゃんは私の渡した袋を開けて中を見ると
「うわぁ!これってハンカチ?
 しかも私のイニシャル入ってる!」
 と言って笑顔を浮かべてくれた。
「うん!そうだよ!正解!
 歩ちゃんは名字に”水”って感じっが入ってるから青色がベースのものにしたんだけど、どうかな?」
「めっちゃ可愛いよ!
 私、水色好きだからうれしい!」
 そういって歩ちゃんは「お礼に・・・」といって私に小さい紙袋を渡して、
「中、見てみて!」
 といった。
「分かった!」
 そう言って中を開けるとそこには黒色のシュシュが入っていた。
「かわいい・・・!」
 思わずそうつぶやくと、
「でしょー!
 喜んでくれてよかった!」
 と歩ちゃんも嬉しそうにして答えてくれた。
 そして・・・
「それじゃあ、あの公園まで送るね」
「ほんと?
 ありがとう!助かる。」
 という会話をして、家をでた。
 外はオレンジ色の夕焼けが広がっていた。
 歩ちゃんと歩きながら、
「夕焼け、きれいだね。」
「うん。めっちゃきれい。」
 そう夕焼けの話をした。
 不意に歩ちゃんが
「引っ越したくないな・・・。」
 とつぶやいた声が聞こえた。
 横を見ると歩ちゃんは上を向いて静かに泣いていた。
「そんなこと言ったら今日歩ちゃんと別れられないじゃん。」
「だよね。でも、本当に別れたくないや。」
「私も。なんか、こんな話すると本当に分かっていたはずの現実をまた突きつけられた感じがするな」
「ね、やっぱりさみしい。」
 そうしてとうとう公園に着いてしまった。
「戻ってくる?」
 言ってから、”しまった!”と思ったが歩ちゃんは
「うん。きっと戻ってこれる。
 その時はまたよろしくね」
 といって赤い目を細めて笑ってくれた。
「うん。よろしく。
 私のことそう言っておきながら忘れたら許さないからね?」
「大丈夫!絶対忘れない!
 優笑ちゃん、学校頑張ってね!
 何かあったら連絡して!」
「分かった。頑張る。
 歩ちゃんも転校先のこととか、聞かせて!
 あと、困ったこととかつらいことがあったら連絡してね!」
「うん。分かった。」
 そう話し終えた後、歩ちゃんは
「それじゃあ、またね」
 と言って私に背を向け、歩き出した。
「うん。またいつか!」
 そう私は言って歩ちゃんが見えなくなるまで手を振った。
 歩ちゃんは一度だけ振り返り手を振り返してくれた。
 だけどそのあとはもう、振り返えらなかった―――――。
「―――――今年のお前達、二年五組の担任になった風道勇だ。よろしくな。」
 そういって先生は黒板に自分の名前の漢字と読み仮名が大きく書かれていた。

 ”風道 勇(かぜみち いさむ)”

「風道・・・先生か、」
 私はそう小さい、誰にも聞こえないような声を出して先生の名前を読んでみた。
 歩ちゃんとお別れしてから約一週間。
 やっぱりまだ歩ちゃんがいないことへの不安はある。
 でももういい加減一人でも頑張らないといけない。
 今日は始業式がある。
 クラス替えはあったが、無事緑ちゃん達とは今年もクラスが離れ、歩ちゃんと仲が良くて一緒にいたグループとも
クラスが離れた。
 私はその子たち以外仲のいい子がいないため、一年前の入学してきたときと同じようにまた一からのスタートだ。
 歩ちゃんのことは絶対に忘れないしずっと友達だけど、学校では歩ちゃんがいなかったと思って過ごしてみようと考えた。
 本当は私みたいな人は一人でいるはずの人間だからだ。
 あと・・・私はいつの間にか二匹オオカミから一匹オオカミと呼ばれるようになっていた。
 でも私にとっては別に何ともないことだった。
 だって、入学した時もそういうあだ名がついていなかっただけであって歩ちゃんとも知り合ってなく、今と同じように一人だった。
 だから別に何も変わらない。
 そう思いながら始業式を迎えた。
 始業式は、修了式と違って表彰がない。
 だから、すぐに終わった。
 そしてそのまま、新しい教科書が配られ、先生に自己紹介をし、下校となり、明日や明後日もただ淡々と一人で過ごしていく―――――はずだった。
 だけど、修了式が終わり、教科書を配り始めるはずなのに先生は
「その前に・・・・・、だいじな発表がある。」
 と言い放った。
 もちろんクラスの生徒が誰もその内容が分からない。
 だからだんだんと
「なんか一年の勉強の復習のテストとかかな・・・。」
「えー、それは絶対やだなー。
 というか定期テストがあったんだからさすがにないでしょ。」
 などという、話し声が聞こえてきた。
 そんな中、先生は
「はいはい、静かに。
 それではだいじな発表をします。」
「・・・・・・・・・・。」
「このクラスに、転入生が入ります!」
 と、突然そんなことを言った。
 クラスは急に騒ぎ出し、
「聞いた⁉転入生だってよ!転入生!
 男子かな、女子かな?」
「男子だったらイケメンがいいな!」
 とだいたいがこんな感じの内容だった。
 転入生・・・。
 だいたい恋愛系の話ではあるあるの流れ。
 転入してきた人がイケメンで、かっこいい。
 それで人気者で主人公と仲良くなって―――――
 みたいな。
 だけど、現実はそうとは限らない。
「どうぞ!入ってきて!」
 そんな先生の声で、一気にクラスが”しん・・・”とした。
 多分転入生にとっては一番緊張する瞬間。
 歩ちゃんもそろそろ経験する瞬間。
 私だったら・・・。もしも私が転入してくる側だったら・・・
 自己紹介はもちろん、この後クラスの子に質問攻めにされた時もうまく話せないと思う。
 そんな私をよそに、右前の扉が静かに『ガラガラガラッ・・・』と開かれた。
 そしてクラス全員の目線を受けながら入ってきたのは運動をあまりやっていなさそうな白い肌をした、
第一印象はクールだろうと思う感じの空気をまとっていた。
 決してイケメンという感じではない、でもどこか、自然と興味がわいてしまうような感じだった。そして・・・
「自己紹介、お願いね。」
 という先生の声に「はい。」と短く返事をして、
 ―――――「広瀬 空です。よろしくお願いします。」
 と静かに自己紹介をした。
 その後ろでは先生が自分の時のように、
 ”広瀬 空(ひろせ そら)”
 と黒板に名前の漢字と読み仮名を書いた。
 広瀬君か・・・。
 多分私とは、一匹オオカミだから私が話しかけない以上一回も話さないだろうと予想がついた。
 そして、そう思ってしまった自分を一瞬にして嫌になった。
 一年前から何も変わっていないことがただただ突きつけれれているようで悔しかった。
 ・・・せっかく歩ちゃんに気持ちの切り替え方を教えてもらって、これで人にテンションを合わせていけばどうにか
仲良くなれると思ったのに、話しかけようともせず、最初から諦めてしまって情けないなって思った。
 だけど、自己紹介してからクラスの子が
「広瀬君、なんか雰囲気クールって感じだよね。」
「ね、めっちゃかっこいい!」
「少なくとも私たちのクラスの男子よりかは頭よさそうでしっかり者だと思う!」
「えー!そんなのひどい!
 俺たちをばかにするなー!」
「だって本当のことじゃーん!
 この間の小テストゼロ点だったんだもんねー?」
「うっ、うるせーよ!
 だまっとけ!」
「はい、そこらへん!
 すぐにうるさくするなよー!」
「はーい。」
 と先生の声で静かになったものの、この感じじゃクラスの大半がこの後、広瀬君に集まっていく。
 そこに私が混ざれるようになるのは、まだまだ先だと思った。
 そしてそのあと、予定時刻より遅れているが新しい教科書が配られ、先生に自己紹介をし、しっかりとほかのクラスと
同じことをこなし、『帰りの会までは自由時間』ということになった。
 そこでは、予想通りクラスの大半の人が広瀬君に集まり、好きな動物からタイプの女の子のこととかいろんなことを
聞いていた。
 でも、広瀬君は困った顔や嫌な顔を一つも見せず丁寧に答えていた。
 すごいな・・・。
 ただただ広瀬君のことを私は尊敬してしまった。
 だって、私が絶対できないことを淡々とこなしているんだもん。
 そんな人を見たら悔しいけど『すごいな』って誰だって尊敬しちゃうと思う。
 ・・・・・と広瀬君のことを考えていたけど、私はそこには行かず、先生のところに向かい
「風道先生、先ほどの自己紹介でも言いましたが、七香優笑です。
 一年間よろしくお願いします。」
「おお、優笑な。
 覚えた。覚えた。よろしくな。」
 ともう一度自己紹介をし、
「それでなんですが、今日配布する手紙、私が配りましょうか?
 先生に任せていただけたら、あとはしっかりやります。
 少しでもクラスの役に立てるようになりたいので。」
 と、自分が一人で暇になるような時間をつくらないし、先生からの信頼も少しずつ積み重ねる第一歩となる仕事を
これから私がやらせてもらえるのかを先生に聞いた。
 この仕事は、人と関わらないように逃げるためでもあるし、先生からの評価を上げてもらうための少しずるい方法かも
しれない。
 でも、これから先もきっと人とうまく関われないであろう私が生きていく中での道はこれしかないと思った。
 ―――――と思いながらも、『結局私は逃げている。』ということがすごく嫌だった。
 本当に悔しい。でも、やっぱり人とはうまくやっていく自信がない。
 心の中がこんな風に考えると、どんどんぐちゃぐちゃになっていって、自分は人とうまくやっていきたい気持ちと、
嫌な思いをしないように一人で、一匹オオカミのままで過ごしていたい気持ち、どっちのほうが強う気持ちでどっちのほうに
進んでいきたいのか分からなくなってくる。
 一人であれこれ思い悩んでいると、
「優笑がやってくれるのか?ありがとう。
 そしたら、お言葉に甘えてお願いしちゃおうかな!」
 と言って先生に配布物を配っていいことになった。
「ありがとうございます。
 一生懸命やらせていただきます。」
 そう先生にいって、私は手紙を配り始めた。
 そして一人になり、黙々と手紙を配っているうちに、少しずつ
『やっぱり一人だと友達に変な気を張らなくていいし、問題もほとんど起こらないからこっちのほうがいいな。
 私、”人と関われるように”って、変に頑張るの――――
 やめちゃおうかな』 
 っていう気持ちが膨らんでいって、心のどこかで
『逃げちゃダメだよ』
 という気持ちが、逃げようとしている気持ちに押しつぶされていそうな気がする。
 そして、不思議なほど急に『プツリ』とここまで頑張って変わろうとしていた気持ちの糸が切れた音がした。
 
 次の日、学校に行っても私の口から「おはよう」という言葉は出なかった。
 歩ちゃんはいないし、友達もいないでもどうしてか全くさみしくないし、昨日までの私のように頑張って人に話しかけて
みようかなとも思わなかった。
 そして、そんな逃げたのであろう自分はどこかほっとしているような気もした。
 ・・・これでいい。これでよかったんだ。
 そうして、窓際にある私の席で窓から吹き込む冷たい風に頬を打たれながら好きな小説を広げ、読み始めた。
 だけど、そんなに時間もたたないうちに小説の物語の世界に入り込んでいる私は
「なぁなぁ、ちょっといいか?」
 という声によって現実にひき戻された。
 ―――――私はとっさに顔を上げてその人と話すか、何か言い訳を考えこの場から逃げるか、どちらにするか考えた。
 クラスの人たちが私のほうを向くや否や、
「みてみて、空君と一匹オオカミが話してる。」
「空君、一匹オオカミと仲良くなろうとしてるのかな。」
「かもね。でも、一匹オオカミはしゃべらないよね。・・・多分だけど。
 それに話したとしても、いつもの愛想わらい浮かべて空君の話聞き流すんじゃない?」
「えーそんなのかわいそう!
 空君のこと、一回止めてきて一匹オオカミのこと詳しく話したほうがいいかな⁉」
 と言っているのを横目にしながら・・・・・。
 でも、広瀬君はそんな言葉など気にしていないのか、全く聞こえていないのか、
「おおーい!聞いてんのか?
 俺、空。このクラスに転入してきた人。
 これで今お前に話しかけてきたのがだれか分かっただろ!
 怖くないから、悪いこと何もしないから顔、上げてくれない?」
 と言って、私にはこの場から逃げるという選択肢を与えようとはしてくれないらしい。
 にしても、この広瀬君は見た目とは打って変わってすごい積極的なコミュ力馬鹿みたいだ。
 そして、やや生意気な気もする。
 だって、思い返してみればさっき私のことを『お前』って呼んだし、初めて話すのに『分かっただろ!』とか普通に常識的に
考えたらものすごく失礼だ。
 こういう人は私がもっとも苦手としている人種だ。
『・・・はやくどうにかして話を終わらせて用を済ませてもらおう。』
 そう考え、
「なに?どうしたの?」
 とできるだけ優しく、相手の気に障らないようにして答えた。
「お、ようやく目が合った!」
「は、はい・・・。
 えと、私に話しかけてきた用はそれだけ?」
「んなわけないじゃん。
 俺、クラスのみんなと仲良くなりたいんだ!
 だから、少し話したいなと思って!」
「え・・・・・。」
 私は驚きのあまり硬直してしまった。
 広瀬君はまだ私の”一匹オオカミ”というあだ名を知らないのかもしれない。
 こんな私がみんなと一瞬に仲良くなり、一気にクラスの人気者かつ、リーダー的な存在の人とうまく話せるだろうか。
 ・・・ううん、きっと無理。
 これで広瀬君と話して、もし気に障るようなことを言ったら、きっとみんなに私の悪口をみんなに、緑ちゃん達の時のように一瞬にして広められてしまう。
 それに私は昨日『頑張って人と仲良くしようとすること』をやめたから、もう仲良くならなくったっていい。
 そう考えた末、
「ごめん、朝の会が始まる前にトイレ行っときたいからまたね。」
 といって
「おい、待てよ!」
 という後ろから聞こえてくる声を無視してトイレに急いだ。
 
「はぁっ、はぁっ、」
 トイレの個室にこもったとたん急に息が上がってしまった。
 多分これは、私が思った以上に自分が怖がってたいからだろう。
 私は息を整え、”広瀬君から逃げたのはもう人と仲良くするのをやめた以上仕方がないこと。”として教室に戻った。
 ・・・・・教室は普段よりも居づらくなっていた。
 私が足を踏み入れた途端に私をそこで射止めるような、矢のような視線が四方八方から飛んできて、
「なんであんなことするの。」
「最低すぎるでしょ。」
「一匹オオカミだからって何でもしていいと思ってるの?
 馬鹿じゃない?」
「調子乗りすぎ!」
 というようなことを目線で私に訴え始め、時間が経つとコショコショ話を始めた。
 だけど私は頑張って耐えた。
 心の中では
「コショコショ話じゃなくて私の前でもう少し堂々と言えばいいのに」
 とか
「じゃあ、あなた達は私に対して団体だからって好き勝手言っていいと思っているんですか?」
とかってずっと言ってたけど・・・。

 そんな感じで、放課後になった。
 私は急いで部活に向かった。
 クラス内でどんなことがあろうが、部活でさえ友達がいなかろうが、部活は好きなことが思いっきりできる。
 だから、一回忘れて部活を・・・
 しようと思って体育館に入った。
 でも、女バレーの横で活動している男バレーの中に広瀬君を見つけた。
 正直、広瀬君が男バレー部に入る確率はほぼないと思っていた。
 だけど、居た。
 今の私にとって、広瀬君は
 ・私の苦手な人種
 ・今日、私がいつも以上にクラスに居づらくなった原因の人
 ・私の悪口を言う恐れがある人
 などでしかない。
 そんな人がこれから隣で活動しているなんて―――――
 バレーができなくなる。もしくは思いっきりできなくなり、楽しくなくなってしまう。ということが脳裏をよぎった。
 
 どうして私はこんなにも運が悪いんだろう。
 普通に過ごせば悪口を言われ、友達をつくろうとするのを諦めても何かしら問題が起きてクラスに居づらくなり、
唯一友達がいなくてもチームとして思いっきり夢中になれるところでも急に自分が気が散ってしまうような人が
入ってきたり・・・・・
 本当に自分の運の悪さには飽き飽きしてくる。
 そんなまま部活を始めた。
 だから全くうまく今までのようにスパイクが打てないしボールとのタイミングがずれてしまう。
 私が唯一楽しくいられる場所なのに・・・。
 そう言って集中してくると今まで聞こえていなかった周りの声が聴こえてきた。
「優笑って、性格ダメダメなのにバレーがうちらよりうまいなんてなんか腹立つ。」
「イキってる感じしてムカつくよね。」
 ・・・・・はぁ。
 やっぱ、どこ行っても私はこんなことを言われてるのか。
 なんか自然と力がなくなっていく気がした。
 そうして部活が終わった。
 
 帰っている時も今日は自分を責めたり、周りの人を責めたり、運が悪いとウダウダ言ったりしかしていなかった。
 すると突然、
「おーい、優笑ー!!」
 という声が聴こえてきた。
 その瞬間私の背中はお化けを見たかのように”ゾクッ”とした。
 そしてとっさに私はさりげなく逃げるように早歩きをした。
 でも広瀬君をかわすことはできなかった。
 走ってきた彼に私は肩をたたかれ、
「おい、学校でもそうだったけどなんで無視するんだよ!」
 と言われてしまったのだ。
「・・・・・。」
「おーい、なんかあるんだろ?
 いえよ。聞いてやるから。」
「・・・・・・・・・、」
 私の我慢はここで切れた。
 今まで我慢していたことが爆発してしまった。
「今日、話しかけてきたときから思ってたけど、なんなの?ほんとに。」
「え、あ、いや・・」
「あのさ、今日しゃべりかけたとき、”お前”とか、初めて話すのに”〇〇だろ”とか”〇〇してくれない?”みたいな感じに
気楽に話しかけないでよ!」
「しかも、私があなたのことを避けてることわからない⁉
 こっちにはこっちの事情があるの!
 だからそんなに私にはぐいぐい来ないでもらいいていい?」
「・・・・・そんなに怒らせてたのは知らなかった。
 ごめん。これからは七香さんって名字で呼ぶね。」
「うん、そうして。」
「うん。・・・・・・。
 でもさ、七香さんに何が合って、どんな理由で周りと関わりたくないのか教えてもらえないかな・・・?
 そうしてもらわないとさ、仲良くなれないし、助けてあげることすらできないからさ。」
「―――――ううん。大丈夫。
 だって、、、だって結局何をしてもうまくいかないんだからもう、どうしようもないんだよ!
 だからもう、そうやって私をおいかけないで!一人にさせて!
 もう誰かと一緒に居たくないから。注目を集めず静かに過ごしたいから!
 お願い!」
「・・・・・わかった。
 もう七香さんにはむやみやたらに関わらないようにする。
 でもこれだけは覚えておいて。
 ”何をしてもうまくいかない”って言うのは自分一人でどうにかしようとしたからじゃないの?
 誰かに聞いて頼ってみればいいんじゃない?
 ってことだけ。
 そしたら、また明日学校でね。」
 そういって広瀬君はさっていった。
 私はどうすればいいのかわからなくなっていた。
『人のことを信用できないからこそ頼れないっていうのに、自分一人ではどうにかできないなんてもう、どうしようも
 ないじゃん・・・・・。』
 そうして家に着くときには私の頭はパンク状態だった。
 せっかく友達を無理に作ろうとせず、一人で過ごそうと思っていたのに、なぜか心が揺らぎ始めてしまった。
 だって、まだ友達と仲良くしようとするための方法があるようなことを言われたから。
 できるはずないけど、”人に頼る”っていう方法を知ってしまったから。
 今まで押しつぶしてきていた”どうにかして頑張って友達をつくり、自分自身少しずつ変わっていこう”としていた気持ちが
復活してしまったから。
 だから余計に
『変わるために人を信用して頼ってみたい。だけど、人が怖い。』
 という矛盾している気持ちに頭がおかしくなっていった。

 そうして『どうしよう。どうすればいいんだろう。』と悩んでいると私の進むべき道を教えてくれるかのようにスマホが
”ピカッ”と光り「ピロン」。
 誰かからメッセージが来たことを知らせる音が鳴った。
 土曜日の午後一時半。
 午前中に部活を終わらせた私は電車で揺られ続くこと約二時間。
 人であふれかえっている東京駅にいた。
 今日はなぜここに一人で来たのかというと・・・
「優笑ちゃーん!
 久しぶりー!」
 とある人が私に手を振りながら走ってきた。
「歩ちゃん!久しぶりー!」
 そう。”ある人”とは歩ちゃんのことだ。
 実はこの間のメッセージは歩ちゃんからのもので、いろいろあって今日会うことになったのだ。
 歩ちゃんと会って何をするのかというと、私のあの相談に乗ってもらうためだ。
 ちなみになぜメッセージ内ではなくわざわざ会って話すことになったかというと歩ちゃんがお互いの場所から
中間くらいに位置する東京駅に集合しておいしいものを一緒に食べたいという要望と直接会ったほうが話がしやすいのでは
ないかという考えを聞いたからだ。
「東京やっぱすごいね。周りに人しかいないもん。
 私たち、こんなにすんなり会えてよかったね。」
「確かに。こんなに人がいると、東京駅に初めて来る私達が出会うこと自体が大変そうだもんね。」
「そうそう!」
「じゃあとりあえず駅から出る?」
「うん。そーしよ!」
 そう言って駅から外に出た。
 四月の東京は熱気のせいもあって暖かかった。

 あらかじめどこのお店に行くのか考えてくれていた場所にスマホの地図を頼りに進んでいく。
「目的地に到着しました。案内を終了します。」
 そういわれ目線をスマホの地図から正面のお店へと移す。
 薄いエメラルドグリーンの色と薄い空色を混ぜたような色の壁がおしゃれな感じを出しているカフェだった。
 ここに来る途中に聞いた歩ちゃんの話によるとここのパンケーキが有名でものすごくおいしいらしい。
 お店の名前をみて本当にこのお店であっているか確認した後、私たちはお店の扉を開けた。
 ”チャリン”という音とともにドアを閉め外の空気が入ってこなくなったとたん、ラベンダーのにおいが鼻をかすめた。
「すっごいいい香り・・・!」
 隣の歩ちゃんもそう口にしていた。
 すると奥から店員さんが来た。
「いらっしゃいませ!二名様でよろしいでしょうか?」
「はい。大丈夫です。」
 そうして案内されたのは窓際に位置する席だった。
 窓の外にはさっきまでのにぎやかな東京らしい雰囲気とはかけ離れたきれいな庭園のようなものが広がっていた。
「ここ、いろいろすごいね。めっちゃおしゃれだし!」
「でしょでしょ!いつか来てみたいなーって思ってたところなんだ!
 一緒に来てくれてありがとね!」
「うん!こちらこそ連れてきてくれてありがとう!」
 そんな会話の後、テーブルの上に置いてあるメニュー表を広げてみた。
 そこにはパンケーキ以外にもフレンチトーストやパフェなど様々な文字が並んでいた。
 だけど私も歩ちゃんも有名でものすごくおいしいらしいパンケーキが気になって頼んだ。
 数分待ってパンケーキが運ばれてきた。
 テーブルの上のパンケーキからは蜂蜜の甘いにおいが漂ってきた。
 そして、横にあるアイスとお皿全体にうまく散りばめられているブルーベリーやラズベリーがそのパンケーキを
さらにおいしそうにさせていた。
「「いただきます」」
 そうして口に入れたパンケーキは思わず笑みがこぼれるほどおいしかった。
 おいしすぎて夢中になってほおばっていると歩ちゃんが
「優笑ちゃんが気に入ってくれたみたいでよかった!
 ところで、相談ってなに?」
 と言ってきた。
 そうだ・・・!
 私は思いっきりパンケーキに夢中になりすぎて一番重要なことを忘れていた。
「あっ!そうだったね!ごめんごめん。
 あのさ、実は友達関係のことでいろいろあって・・・・・。」
 と、クラス替えのこと、広瀬君のこと、そして広瀬君に言われて悩んでることなど歩ちゃんが転校した後のことを片っ端から
詳しく説明した。
 歩ちゃんは
「なるほどね・・・。
 そっかそっか。大変だったね。」
 と言ってくれた。そして、
「私のことは信頼してくれているの?」
 と聞いてきた。
「そんなのあたりまえ!めっちゃ信用してるよ!
 だからこうやって出かけてるんだもん!」
「そしたらさ、この”誰かに聞いて、頼ってみる”の『誰か』を私にしたら・・・?
 それじゃ、やだ?」
 その言葉を聞いた途端、
「なるほど・・・!」
 と、声が出るほど納得した。
「もちろん学校がもう別々だから直接そこに行って何かをしてあげるっていうのはできないんだけどね。
 だから考えとかなら出すけど、それを実行することになったらその時は優笑ちゃん一人だけど大丈夫?」
「うん。実行させられるかはわからないけどさ、いざ実行するってなったら頑張るつもり!
 だから大丈夫!」
 と、答えた。
 するとさっそく
「じゃあさ提案なんだけど・・・いい?」
 と何かを考えてくれた。
「うん。全然いいよ!なに?」
「まずはさ、少し勇気がいると思うけどその広瀬君って子に優笑ちゃんの昔のこととか自分の気持ちとかもまとめて
全部いったん話してみたら?」
 そう提案してくれた。 が、
「そうすることに何の意味だあるかわからないんだけど・・・さ、どういう事?」
 と私は聞いた。
「それはさ、私の偏見でもあるんだけど、優笑ちゃんの話を聞いてみて多分今、学校で一番本当のことを話したときに納得して
仲間になってくれそうなのは広瀬君だけだと思うんだよね。」
「なんで?」
「だって、広瀬君はいままで優笑ちゃんの悪口いってなさそうじゃん?」
 私は思い返してみた。
 すると確かに広瀬君が私の悪口を一回も言っていないことに気が付いた。
 でも・・・
「でもさ、私の知らないところで言いふらしてるかもよ?」
「うーん、確かにそうかもしれないね。
 だけどそれは優笑ちゃんの勝手な想像なだけであって、本当は悪口を言ってないかもしれないよ?」
「それは・・・たしかに。」
「ね!だから、多分広瀬君は悪い人じゃないから自分の気持ちを話して、そのあと広瀬君にどうすればいいか聞いてみたら?
 そしたらまた私に連絡してよ!
 もしも広瀬君が優笑ちゃんの悪口言ってたらその時すぐに連絡ちょうだい!」
「わかった。」
「うん!」
「ありがと!」
「どういたしまして!
 力になれてよかった!」
「うん!」
 そうして私は残りのパンケーキを”パクパクッ”と食べた。
 少し冷めてたけどいい感じにアイスの甘さと冷たさがパンケーキをおいしくさせていて、本当においしかった。
 
 東京駅に戻ってきて、私たちは
「本当に今日は相談に乗ってくれてありがとう!」
「ううん!全然!こちらこそ一緒にカフェにパンケーキ食べに行ってくれてありがとう!」
「うん!」
「そしたら気をつけて帰ってね!」
「歩ちゃんも気を付けてね!」
「うん!」
「それじゃ、またね!」
「うん!また!」
 と言葉を交わして、それぞれの電車のホームに向かって歩き出した。
 家に帰るまでの間私は、頭の中でいつどこでどんな風に広瀬君と話すかを考えた。
 私は自分のやるべきものは基本はやく終わらせたい派の人なので明日ささっと話したいと思った。
 でも明日は部活が休み。
 広瀬君と会うのは無理そうだ。
 となると、月曜日がよさそうだ。
 でも、どこで話そう・・・。
 朝授業が始まるまでの間。は、広瀬君の登校時間がぎりぎりだから絶対厳しい。
 昼休み、・・・ううん。周りに人がいるから絶対ダメだ。
 部活の時間はそもそも時間がないし・・・
 そのとき私は、広瀬君に下校中話しかけられたことを思いだし、そこで通学路が途中まで同じことに気が付いた。
 下校中なら部活後になるから周りにほとんど人がいないし、時間にもゆとりが持てそうだからぴったりだ。
 そうして私は月曜日の部活後の下校中に話すことにした。
 電車の外は薄明るい空が広がっていた。
 前まではもう真っ暗だったのになと思いながら私は外の景色をぼんやり眺めて時間をつぶした。
 
 そして迎えた月曜日。
 私は不安を抱えながら学校についた。
 学校にはやっぱりまだ広瀬君は来ていなかった。
「学校、休むとかないよね・・・。」
 私は気づかないうちにそんなことをつぶやいていた。
 いつもはそもそも広瀬君のことすら考えていないのに、なんでだろ。
 こんな風にいつも思ってないことを考えてしまうことがうっとうしくなって私は小説を読み始めた。
 だけど・・・
「だめだ。全く頭に入ってこない。」
 何行も読んではいるものの、目で見た情報を理解しようとせずそのまま頭の中を通り過ぎて行っていく。
 こんな感じで、内容が全く入ってこなかった。
『なんでこんなにいつもと違うことしようとすると変に緊張しちゃうんだろうな、』
 と窓の外をぼんやりと眺めた。
 そうして、あっという間に放課後になった。
 時間は、『ゆっくり進んでほしいな』と思うとはやく進み、『早く時間が過ぎてほしい』と思うとゆっくり進む。
 本当に嫌なことだ。
 朝は、”まだ時間あるから焦ったり変に怖がらなくても大丈夫”って自分に言い聞かせていたけど、もう放課後になると
朝みたいに”大丈夫”と自分に言い聞かせるような余裕がなくなっていた。
 そしてあたふたして、余裕のなさが消えることなく過ごしている間に部活は終わってしまった。
「気を付けー、礼!」
「「「「「・・ありがとうございましたー」」」」」
 というあいさつでみんな家に方向に散っていく。
 いつもはここでサッと一番に帰るけど今日は広瀬君率いる男バレー部のミーティングが終わるまで待たなければいけない。
 私はその待っている間、何回もこれからのことをシュミレーションして、本番失敗しないようにしようと考え、
どうすればいいか、頭の中でこの前の歩ちゃんと東京駅であった日の夜に送られてきた歩ちゃんからのメッセージを
思い出した。
 
「ピロン」
「・・・・・!歩ちゃんからだ」
 私はそんな声を出して、スマホを手に取った。
 そして歩ちゃんとのトーク画面を開くと
【優笑ちゃん、今日は本当にありがとう!
 それで、おせっかいだったらごめんなんだけど広瀬君と話すときの例というか、ひとつの参考として、
こんな感じでやればいいんじゃないかって私なりに考えたからさ、少し困ったときにに見てみて!】
 と送られてきていた。
 そしてすぐに次のメッセージが届いた。
【・話しかけるとき
  ”ねね、今大丈夫?”といきなり本題に入らないように気を付けて、広瀬君に今時間があるかどうかを聞いてみる。
  
 ・広瀬君から「ある」ということを表す言葉が返ってきた場合
  ”あのさ、いきなり本題にはいると”・・・みたいに始めて、優笑ちゃんの昔のことを話し始めちゃう。

 ・「ちょっと難しいかも」みたいに「時間がないこと」を表す言葉が返ってきた場合
  しっかり、「そっか、わかった!そしたら今度話せそうなとき教えて!」って感じに言う。

 ・最後言い終わったとき
  「こういう事だったんだよね、最後まで聞いてくれてありがとう。」とお礼を必ずいう。

 ・広瀬君に”こうすればいいんじゃない?”みたいなことを言われたとき
  焦らず冷静に「分かった、ありがとう!家に帰ってもう少し考えてみるね」っていう。

 だいたいこんな感じかな!
 ほんとになんか命令してるみたいな書き方になっちゃってごめんね、】
 という内容だった。
 
 だから・・・
 広瀬君を見つけたら、
「広瀬君、久しぶり!急に話しかけてごめんね。
 今ちょっと時間ある?」
 って聞いて、
「うん、あるよ!なに?」
 みたいに言われたら、私の過去の話とか終業式近くの日にされたこと、あと先生のこととかを話す。
 で、言い終わったら
「こんなことがあったんだ、だからこの間はきつい言い方してごめん。
 聞いてくれてありがとう。」
 と、前逃げたことについて謝り、話を聞いてくれたことに対してお礼を言う。
 もしも
「ごめん、これからちょっと予定入ってて厳しいかも、」
 みたいに言われたら、
「わかった!むしろ私のほうこそ急に話しかけてごめん!」
 としっかり話す。そして、
「今度、周りに人がいなくて話す時間ありそうなとき、話しかけてもらってもいいかな。
 次は絶対に逃げないから!」
 っていって、話を今度できるようにする!
 そして、話が一通り終わったら
「そしたらまた明日ね!」
 と笑顔でいって広瀬君とわかれる。
 ・・・という感じでやればいいんだろう。
「うん、私にしてはいいシュミレーションができた気がする!
 きっとうまくいく!
 もし焦ったら歩ちゃんのメッセージを思いだして冷静になろう!
 大丈夫、大丈夫・・・!」
 そう一人で自分のことを精一杯励まして、手のひらに
『きっと大丈夫!』
 と文字を指で書いて、その書いた文字を食べるふりをして少しだけ緊張を和らげた。
 そして、気づくと男バレー部のミーティングはもう終わっていてみんなは、ばらけ始めていた。
 私は急いで広瀬君が学校にいないことを確認して正門を通った。
 そして、
『まだ男バレー部のほとんどの人が残っていたはずだから、きっと広瀬君もまだ近くにいるはず!』
 と思い、通学路を走った。
 少しだけ走っていると、広瀬君が見えてきた。
『あれが広瀬君でありますように・・・!』
 そして走り続け私は前の人影が広瀬君であることを確認した。
 運よく広瀬君が信号で止まったので私は一気に距離を詰め
「広瀬君、」
 と呼んだ。
 すると広瀬君の目線は動いた。
 だけど私と目はあわなかった。
「お、萩原ー!
 久しぶり!」
 そう。
 広瀬君の目線は少なくとも私のクラスではない人に向けられたのだ。
 でも、そのあと私のほうに目線がいき、目と目が合った。
「・・・っ!!」
 私は驚きすぎて、声が出なかった。
 広瀬君は私の声も聞こえたのだろうか。
 なにを言ったほうがいいのか困っていると、広瀬君は何も見ていないかのようにスッと目線を「萩原」と名前を
呼んでいた人のほうに戻ってしまった。
 きっと、なにかほかのことがあってこっちに目線がいって、たまたま私と目が合っただけなのだろう。
 なのに、”なにを言ったほうがいいのか”と勝手に困っていた自分を恥ずかしく思った。
 そして私は本当は広瀬君とまだ通学路が同じだけれど、わざと別の道を走って進んだ。
 せっかく勇気を出して話しかけて相談しようとするところまで行ったのに、うまくいかなかったことが悔しくて
泣いてしまった。
 私は、泣き顔が見られたくなくて途中にあった公園に入っていき、ベンチがやや汚れているとかということを全く気にせずに
座りそのままずっと気が済むまで泣いた。
 そして、私は泣き疲れ、家に帰ることにした。
 空を見上げると、もう夕焼けのオレンジ色が夜の闇色にのまれ始めていた。

 自分の部屋の明かりをつける。
 全身鏡に顔をのぞかせると目が腫れていた。
「こんなに泣くなんて、ダサいよ。」
 私は鏡に映る自分にそういって背を向けた。
 でも、あんなに頑張ってシュミレーションして、自分がもう一度変わろうとする第一歩だったのにこんな風になってしまって
悔しかった。
 そして私は部屋に転がっていたスマホを手に取り、歩ちゃんに電話した。
「プルルルル・・・プルルルル・・・」
 ニコール、サンコールと呼び出し音が続き、
『またかけ直そうかな。』
 と思ったとき、
「もしもし?電話に出るの遅くなってごめん。」
 と声がした。
「歩ちゃん・・・!」
 私は泣くつもりは全くなかったのに泣いてしまった。
「ど、どうしたの!?
 何かあった?」
 歩ちゃんは驚いたような心配するような声で電話の向こうから話してくれる。
「急に泣いたりしてごめん、
 わたし・・・私さ・・・」
「優笑ちゃんのペースでゆっくり話していいよ?」
「うん、ありがとう。」
 私は深呼吸をしてもう一度話し始めた。
「あのさ、私実は今日の放課後に広瀬君にあの事を話そうとしてたんだ。
 だけど、話しかけようとして”広瀬君、”って呼んだら、ちょうどおんなじタイミングで広瀬君の友達がでてきて、
広瀬君はそっちに行っちゃって、話せなくて、勇気出したのにこんなことになって悔しくて・・・」
 深呼吸した割にはカタコトなしゃべり方になってしまったが、歩ちゃんは
「そっか、そっか。
 せっかく頑張ったのにうまくいかないと嫌な感じになるのは私も良くわかるよ。。
 もしかして、優笑ちゃんのことだから、一回失敗してもう無理だなんて思ってるんじゃない?」
 と、しっかり聞いて話してくれた。
 私は、”もう無理だなんて思ってるんじゃない?”と言われてはっとした。
 だって、悔しいと思いながらも同時にやっぱり一度”もう関わらないで”みたいなことを言っちゃったから話しかけても
聞いてくれないだろうって心のどこかで思ってたから。
 だから、白状した。
「うん。そうかもしれない。
 きっと話しかけてもどうせ・・・みたいに思ってた。」
「やっぱりか。優笑ちゃんのことだからそうなんじゃないかって思ってたよ。
 でも、本当にそう思って、そんな簡単に諦めちゃうの?
 もっと頑張ってみたら?
 広瀬君にも、”もう一回違う方法で頑張ってみたら?”みたいなこと言われたんじゃないの?」
「・・・そうだね、そんなこと言われた。
 でも、次もまた何かが起きて話せなかったらどうすればいいの?」
「そしたらその時は私が優笑ちゃんのこと支えて、電話越しになっちゃうけど話聞くよ!」
「そっか、そっかそっか、
 私歩ちゃんっていう味方がいるんだね。
 そんな味方が支えてくれてるって思ったらもう一回頑張れるかも。」
「味方がいるって・・・、
 いままでも、これからも変わらないことだよ?」
「そうだね、そんなことを忘れちゃってごめん。」
「うん。
 これからもしっかり覚えておいてね!」
「分かった。」
「よし!
 それじゃ、もう一回頑張って話せそうだね・・・?」
「うん。話せそう!
 話、聞いてくれてありがとう。」
「うん。こちらこそ!
 優笑ちゃんが頑張っているなら私も何か頑張らないとだね!
 気合い入れてくれてありがとう!」
 歩ちゃんがそんなことを急に言ったから私たちは笑った。
 お腹を抱えて笑った。
 周りから見たら、全く面白くないと思うと私でさえ思ったけど、今はなぜか面白かった。
 そんな笑いと一緒に、
 ”もう一回広瀬君と話すことはできないかもしれない”という思いは飛んで行った。
 今日は火曜日。
 昨日は広瀬君に話しかけようとして失敗しちゃって、夕方はいろいろあったけど、歩ちゃんとの電話のお陰で私は今日の朝は
昨日のことを引きずらないで気持ちよく起きられた。
 そして、私は今日、”もう一回頑張って話しかけよう”という気持ちが消えないうちにまた広瀬君に話しかけようと決めた。
 でも今日は昨日とは違って少し落ち着いて居られている気がする。
 それは昨日思いっきり緊張して、私はその緊張になれたからだろうか。
 まあ、何にしても焦らないでいられると自分自身もしっかりやりこなせそうで安心した。

 いつも通りの感じで学校に着き教室に行くと、今日は珍しくもう広瀬君は学校に来ていた。
 私が机にリュックを置くと、なぜか広瀬君はこっちに向かって歩いてきた。
 いきなりだったし、シュミレーションになかったことだったから朝までの安心な気持ちは一気に消え、驚きと緊張と恐怖で
私は完全にパニック状態になってしまった。
 一方、広瀬君は私が戸惑っている間もどんどん近づいてきている。
『いっそのこと前のように逃げてしまおうか』
 私がついにそんなことを思い始めたとき、広瀬君が
「優笑、ちょっといいか?」
 と声をかけてきた。
「え、あ、うん。」
 自分がこの場から逃げないためであり、広瀬君とも話すチャンスができるように私は願いながら答えた。
 すると、広瀬君からの言葉は予想外だった。
「昨日のことなんだけど・・・、ごめん。」
 私はてっきり、
『”もうあんまり関わりに来ないで”みたいなことを自分から言いに来たくせに、なんで昨日俺の子と呼んだの?
 おかしくない!?』
 とか、
『昨日なんかいようとしたよね?
 どしたの?』
 みたいに言われると思っていたから、「ごめん。」と謝られたのだ。
『本当は、口が少し悪いだけで歩ちゃんの言っていたように優しい人なのかもしれないな。』
 と思い、”まだ心の中のどこかに広瀬君も私の悪口を陰で言っているかもしれない。”という気持ちが消えた。
 私は
「えっと・・・、
 私の声に気づいてないのかと思ってた。」
 そう広瀬君に行った。
 広瀬君は眉を少し下げて、
「そんなわけないじゃん。
 しっかり聞こえてたよ!
 でもあの時、俺の友達がいて声かけたらたまたま優笑とかぶっちゃって、俺が友達に声かけたから”やっぱ何でもない!”
って取り消せなくて、友達のほう行っちゃったんだよね、ほんとごめん。
 嫌な思いさせちゃったよね・・・?」
「ううん、大丈夫。私にとっては謝ってくれただけでうれしいからさ。
 私のほうこそ、心のどこかで広瀬君のことを勝手に解釈して悪く言ってたから、ごめん。」
「ううん。そう解釈するのは当たり前だよ。
 だからもう謝らないで?」
「分かった。」
「うん。それで・・・あの時、何を言おうとしてたの?」
「あーーー、えっと・・・」
 そんな話になるだろうと途中から思ってきていたものの、いざそのことを聞いて、シュミレーションと違った状況だから
なんと答えればいいのかわからない。
 ・・・でも、少なくともこの場では話せない。
 話の内容が大事なこと過ぎるから。
 クラスの人に聞かれたら終わり。
 絶対にどんどん広まっていく。
 だから、”今はちょっと難しいので・・・”と言おうとした、でもなんていえばいい?
 困っていると、 広瀬君は
「大丈夫?」
 と首を傾けて私のほうを見ていた。
 やばい・・・、待たせてる。
 そう思うと余計に”急いで答えないと”と焦ってしまう。
 すると、シュミレーションしていた中に今使えそうな言葉を見つけた。

 ―――――もしも、
『ごめん、これからちょっと予定入ってて厳しいかも、』
 みたいに言われたら、
『わかった!むしろ私のほうこそ急に話しかけてごめん!』
 としっかり話す。そして、
『今度、周りに人がいなくて話す時間ありそうなとき、話しかけてもらってもいいかな。
 次は絶対に逃げないから!』
 っていって、話を今度できるようにする!
 という、『今時間ある?』と聞いて無理そうだった時のシュミレーションだ。
 私が今使えそうだと感じたのは、その中の
『今度、周りに人がいなくて話す時間ありそうなとき、話しかけてもらってもいいかな。』
 という部分。
 うん。きっとこの場に適してる!
 そう考え、私は広瀬君に
「今度、周りに人がいなくて話す時間ありそうなとき、話しかけてもらってもいいかな。」
 と、シュミレーション通りに話した。
 すると、しっかりわかってくれたみたいで、
「おう。分かった。
 そしたらまた今度な。」
 と言って去って行ってくれた。
 自分のピンチがこんな風に救われるとは思ってもなかったから、あの時、本当にシュミレーションをしっかりしておいて
よかったなと過去の自分をほめた。
 そして今回のことで
『自分のシュミレーションの中のことが別の場合にも活用することができる』
 ということを知り、新たな自信になった。
 だから、今のことに関しては本当に、話しかけてくれた広瀬君のおかげだし、私自身も逃げずに頑張って残ったことで
いい経験につながったから、よかったと思った。
「また、いつかは分からないけど、広瀬君が話しかけてきたら今みたいに頑張ろう!」
 私はそう口にし、気合を入れた。

 部活動の時間になった。
 相変わらず、今までは周りにずっと人がいる感じだったけど、さっきよりかは人が少ない。
 だけど、広瀬君は来そうにない。
 ・・・きっと、私の時のように帰りの時に話そうとしているのだろう。
 そう思い、部活に集中した。
 ―――――はずだった。
 私は、集中してたのにもかかわらず、先輩のボールを頭の斜めの位置にぶつけてしまった。
「イタッ・・・。」
 打った瞬間、当たったところに激痛が走り倒れてしまった。
 なにこれ・・・、ものすごく頭が痛い。
 だけど、同学年みんなは私のことが嫌いだからだと思う。
 誰も「大丈夫?」と言ってくれなかった。
 でも、私は心底どうでもよかった。
 だけど、先輩は気遣ってくれて、
「ごめん、ボール当てちゃった、、
 頭、どう?くらくらする?」
 と色々聞いてくれた。
 私は
「大丈夫なんですけど、ちょっと頭が痛いので保健室に行きます。
 先輩は気にしないで部活やっててください。」
 と返し、体育館を後にした。
 ”コンコンッ”とドアをたたいてから開け
「失礼します。バレー部の七香です。」
 といった。
「あら、どうしたの?」
「先輩のスパイクが頭に当たっちゃって、そのあと一瞬倒れて、起き上がったんですけど頭が痛かったので
一応保健室に来ました。」
「あらあら。ここにきて見せてみなさい。」
「分かりました。」
 そうして私は先生に診てもらった。
「うん。病院に行くほど悪くはなさそうだけど、頭が痛いのよね?」
「はい。ものすごくひどいわけではないですが、」
「それなら、ここで頭の痛みが引くまで横になっていなさい。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「はい。お大事にね。」
 そして案内されたベッドに横になった。
 ・・・・・広瀬君と今日は話せそうにないな。
 少し広瀬君への罪悪感を抱えつつ、頭の痛みが引くのを待った。
 だけど、少しづつ痛くなってきたので、先に家に帰ることになった。
 顧問の先生の所に行き、詳しいことを話し家に向かって歩き出した。
 すごく情けなく思うし、広瀬君にも申し訳ないなと思った。
 そして家に着き、ベッドに横になった。
 私はそのまま寝てしまった。

「プルルルル・・・プルルルル・・・」
 そんな音がして目が覚めた。
 ふと部屋の時計を見ると午後七時半を回ったくらいだった。
 なっているスマホに目を移すと・・・
「広瀬君!?」
 そう、電話の相手は広瀬君だったのだ。
 広瀬君とはLAINを繋いでない。
 だけどスマホの画面を見る限りLAINの方で電話をかけているみたいだった。
 私はスマホとじっとにらめっこをしていた。
 すると急に静かになった。
「電話、切れた。」
 すると、今度はメッセージが
「ピロン、ピロン、ピロン・・・」
 と何通も来た。
 電話に出なかったこともあり少し、見るのが気まずかったので、わざとメッセージの来た十分後に既読を付けた。
「えっ、、九個・・・。」
 メッセージは九個も来ていた。
 文字をを見ると

【優笑、ボール頭にぶつけたんだって!?】

【大丈夫??】

【頭の痛み収まった?】

【俺のことは何も考えなくていいからね!】

【明日これそう?】

【無理してこなくていいからね!】

【しっかり休んでる?】

【たくさんLAIN送っちゃってごめん。】

【あと、LAIN勝手に登録したこと、許して!】

 というものだった。
 すごい・・・めっちゃ心配してくれてたんだ。
 私は、

【LAINのことは大丈夫だよ。】

【心配してくれてありがとう。】

【もう元気になったよ!】

 と三通で返した。
 すると、すぐに既読が付いた。
 ・・・と思ったらもう返信が来た。

【そっか、そしたらよかった。】

【でも、無理はしないでね!】

【また学校で!】

 そんな内容だった。

【うん。わかった。】

 そう簡単に返して、スマホを閉じた。
「”また学校で”か。」
 本当に広瀬君は良い人なんだな。
 そう思い、私はお風呂に入り夜ご飯は食べずまた私は眠りについた。

 次の日、頭の痛みは完全に消え元気になったので学校に向かった。
 教室に行くと、また今日も広瀬君は学校に来ていた。
 私が机にリュックを置いて準備をしていると、昨日のように私のところに歩いてきた。
 でも、今日は少し早歩きな気もする・・・。
 すると広瀬君は
「優笑!もう大丈夫なんだな!
 本当に良かった!」
 と教室に響くような声で話したので、一気にクラスのみんなの視線が集まった。
 すると一気にクラスがざわつき始め、
「優笑、昨日何かあったの?」
「いや、きっと空君に気を向けてほしくてわざと何かしただけでしょ。」
「あ、なるほどね。
 優笑やばー!」
 そんな声が聞こえた。
 すると、
「本当にひどい奴らだな。」
 と広瀬君はつぶやいた。
 でも私は
「ううん、いいよ。」
 といった。
 そして、
「うん。もう大丈夫。」
 と広瀬君に行った。
「そっか、そしたらまたどこかで一昨日の話聞かせてね。」
 といってまた自分の席に戻っていった。
 そうして、私は一人になった。
 だけど、まだ広瀬君に話していないのに味方がいるように感じて心強かった。
 
 そして放課後。
 今日は部活が休みだ。
 だから、帰りはまあまあ人がいる。
『広瀬君、どうするのかな。
 今日は話さないのかな・・・。』
 そう思いつつ、いつも通り家に帰ろうとした。
 すると・・・
「優笑、今日一緒に帰ろ?」
「え、あ、わかった!」
 そうして、私たちは一緒に帰ることになった。
 でも、会話が全くない。
 私は何か話さないとと思いつつも、何を話せばいいのか良いかわからず時間だけが過ぎていってしまう。
 横目で広瀬君を見てみた。
 でも、広瀬君は私と違って”何を話かを話さなければ”のように焦っていなく、そして広瀬君が何を考えているのかは心の中が読めるとかなんとかって言ってお金を稼いでる人もわからないような喜怒哀楽のどれでもない表情だった。
 すると急に広瀬君は私のほうを見た。
 正面から見た広瀬君の顔はさっきの喜怒哀楽のどれでもない表情ではなく、ものすごくきれいな笑い顔だった。
「ずっと俺のことみてるけど、どーしたの?」
 私はそれを聞いて顔の熱が上がっていくのを感じた。
 やばい・・・、いろいろ考えてて、つい見ちゃってた。
「あ・・・、えっと、何でもないよ!
 でも、ごめん。」
「え?なんで謝るの?
 謝るようなことしてないから大丈夫だよ!」
「そっか、」
 そしてまた沈黙が流れた。
 そろそろ広瀬君と通学路が変わってくるという場所まで来た。
『今日、何のために一緒に帰ったんだろ。
 あのことを話すためじゃなかったのかな。』
 私はついにそんなことを思ってしまった。
 でも、ここまで来て何も話さないなんて、どういう事?
 そう考え、頭がごちゃごちゃしてきそうになった私は耐えきれず
「ね、今日の帰りにあのこと話そうとしたんじゃないの?」
 と聞いた。
「あー、うん。ごめん。
 あのさ、沈黙流れて、なんて言いだせばいいかわかんなくなっちゃって、言い出せなかったんだ・・・。」
 なんか、私が攻めたみたいな感じになって不思議な感覚がした。
 広瀬君は
「ほんと、沈黙とか気にせずに言い出せばよかったよね。
 許してもらえる?ほんとにごめん。」
 と、架空の犬耳がシュンと垂れているように見えた。
「ううん、私のほうこそ話題をふれなくてごめん。
 今のことは広瀬君悪くないから、もう謝らないで、
 私のほうこそほんとにごめん。」
 今回はどっちも悪くない。
 私はそう思った。
 どうにかこの空気を変えようとして、
「それで、今話しちゃっていい?」
 と、次の話に進むようにした。
「うん、でもこんな感じの雰囲気で話せそう?
 大事な話なんだよね?」
 うっ・・・、それはそうかもしれない。
 だって、このままあんな重い話をしたらもっと暗い雰囲気になると思ったから。
 だけど今はなさないと、もう私自身が話せなくなるような出来事が起こっちゃう可能性もなくはないし、もう周りに人がいないときに話せるタイミングもそこまで多くないと思ったから、
「私は大丈夫!
 広瀬君が良ければいいからね!」
 と”大丈夫!”と強気な顔をできるだけして話した。
「そっか、
 俺も優笑が話せそうならいいよ。
 でも、こんなところで立って話したら疲れるし、知らない人も通るからちょっと気まずいでしょ?」
「まぁ、そうかもだけど・・・」
 ”どうしようっていうの?”
 という感じで広瀬君を見た。
 広瀬君は、
「まあ、こっち、ついてきて!」
 と何かあるような目でニヤッと笑って歩き始めた。
 ・・・・・・どこ行くんだろう。
 そうしてついていった。

 約二、三分歩いていくと
「ここ、入って!」
 とある場所を指さされた。
「・・・・・・、家?
 ってまさか、広瀬君の家!?」
「反応めっちゃ面白いね!
 そう、俺の家!」
 爆笑しながら私の問いに答えてくれた。
 え・・・、広瀬君、私を自分の家に入れようとしてるってこと!?
「鍵開けるから、入って!」
 私の予想は的中した。
 でも、人の家に入るなんて・・・。
 しかも、男子の!
 怖くて震えてくる。
 こんなの絶対―――――
「む、無理っ、」
 絞り出すような声で言った。
 でも、引き下がってはくれなかった。
「そんなの、ダメ。」
 といって。
 ・・・・・・だから、だから他人は、思考の読めない人は嫌いなんだ。
 なんて言ってくるかわかんないし、それによって思考が追い付かないし。
 私は、どう答えてどうしたら家に入らなくて済むか考えた。
「ね、ねぇ、あのさ公園のベンチとかじゃダメかな」
 広瀬君は考え込んでしまった。
 すると、
「まぁ、それも悪くないね。
 優笑がそこがいいなら俺も全然いいよ!」
 と言ってくれた。
 いつもみたいな笑顔を浮かべている広瀬君。
 ・・・でもどこか、心から笑っている感じではなかった。
 まるで、私のように作り笑いしているみたいに―――――。
 公園に移動するときは何も話さなかった。
 でも、さっきのように”何か話題を出さないと”みたいに慌てはしなかった。
 
 それが逆に、私にとっては違和感があった。
 これまでは沈黙が流れると怖かったから。
 だけど今は、話さないで、静かであってほしいように思うくらいで、いつもと違う気持ちになれていないからだと思った。
 そんな感じで何も話さないまま公園に着き、近くのベンチに座った。
 私はいつ話し始めればいいのかわからず、顔を広瀬君の方に向けると目が合った。
 すると”コクン”と広瀬君の首が縦に動いた。
 私の目はいつの間にか広瀬君の目に吸い込まれていた。
 その目からは
『優笑が話せそうなタイミングで話し始めて良いからね。俺は優笑が話し始めるまでずっと待ってるから。』
 ということが読み取れた。
 私は深呼吸を一度し、”シュミレーション通りしっかり話したいことを話そう。”と心で気合を入れて話し始めた。

「今から話し始めるね。」
「うん。ゆっくりでいいからね。」
「分かった。ありがとう。

 ―――――あのね、私小学校の時にすごく仲が良かったグループに、悪口を言われているところを聞いたことがあって、
それまでは、私はそのグループの子たちといろいろ遊んだりして来てて・・・
 グループの子たちはそうやって楽しく遊んでた時の笑顔とか言葉とかが全部作り物の、偽物だったってことを知っちゃって、
人は何考えてるか分からないから、その出来事のせいで周りの人も本当は私のことを悪く思っているのかもしれないと思い始めちゃったんだ。
 しかも広瀬君がこの学校に来る前少し前に、小学校の時私の悪口を言ってたグループの子が先生とか学年の子に”優笑がいじめてきた”なんていう、その子たちから避けるようにしている私がするはずもない嘘の情報を流してきたんだ。
 だけど、それが嘘のことなんて思ってもないみんなは束になって私のことを悪いモノ扱いしてきて、私はそれがものすごく怖くて仕方がなかった。
 そんな時に唯一信用していた歩ちゃんっていう女の子が私のことをかばってくれたんだ。
 そしたら今度はその子も私と一緒に悪いモノ扱いされちゃって、
 その時私、
『こんな大切な友達は私のせいですごくつらい目にあたんだ。
 私のせいで・・・』
 って後悔して、ものすごく自分を責めてた。
 そんなことが学校で起きている時に今度は家族の方から”女の子だから”とか”あなたのために・・・”とかって言って私のことを勝手に決めつけられてもう心がずたずたに引き裂かれたり押しつぶされたりして、もう私はどうしていけばいいか分からなくなってて、困ってたんだけど、どうにか友達を頑張って作ろうとしてたんだ。」

 話してたら我慢しようとしていた涙があふれてきてしまった。
 でも私は構わず話を進めた。

「だけど、どんな方法を使ってもうまくいかなくて。
 しかも私は、上手くいかないだけじゃなくって、頑張ってるのに昔のこととか相手の気持ちのこととかいろいろ考えて怖くなって逃げたりもしちゃって。
 そしたら急に頑張って変わろうとして張ってた糸が切れちゃって、無理にやるのは辞めようってなったんだ。
 そんな時に広瀬君が話しかけてきた。
 びっくりしたのもそうだけど、一番はやっぱりそうやって友達を無理に作らないって決めた後だったから頭の中がぐちゃぐちゃになって、朝の時は逃げちゃったし、帰りにまた話したときは、きつい言葉になっちゃったんだ。
 私の感情に巻き込んじゃってごめん。
 でも、最後の広瀬君の言葉がものすごく頭に残ってて、歩ちゃんにも相談して、広瀬君に相談することにしたんだ。
 広瀬君は今、話を聞いて私はどうすればいいと思う?」

 そう話し終えた。
 私は涙を手で拭いながら広瀬君を見た。
 私が言いたかったことを話し終え、広瀬君の方を見上げた。
 すると、
「話してくれてありがとう。辛かったよな。」
 とまるで自分のことのように辛そうにしてくれていた。
 ・・・やばい。
 今でさえ泣いてしまっているのにも関わらず、もっと泣きそうになってきた。
 腫れている目を見られるのが嫌で手で覆って顔を隠して、公園だからとか広瀬君の前だからとか関係なく泣いた。
 広瀬君は私が落ち着くのを待ってくれた。
「もう、話しても大丈夫?」
「うん。待っててくれてありがと。」
「ううん。そんなことないよ。
 しかも、俺に話してくれて嬉しい。
 だから俺のほうこそありがとう。
 それでなんだけど、まず、俺の方こそ七香がどんな気持ちでいるかも知らなかったのにむやみやたらに話しかけちゃってごめん。
 七香の話聞いて、俺もそういう状態の時にはなしかけられたらきれちゃうと思うから七香はそのことに関しては”自分が悪かった”みたいに考えないで?」
「うん。分かった。
 でも、はたから見たら私がどんな状態かなんてわからなくて当たり前だから、広瀬君もそんなに自分を責めないでね。」
「了解。
 で、そのほかのことについてなんだけど、
 俺は七香のために何をしてあげればいい?
 ・・・というか、どうしてほしい?」
「あ・・・、えっと、どうしたらそのグループとの問題が解決できるのかって言うことと、あとは、どうしたらみんなから”悪い人”って思われなくなるかを教えてほしいんだ。
 無理にはお願いしないけど、広瀬君が前に言ってくれた、
『 ”何をしてもうまくいかない”って言うのは自分一人でどうにかしようとしたからじゃないの?
 誰かに聞いて頼ってみればいいんじゃない?』
 っていう言葉がどうしても頭から抜けなくて、それですごく頑張って踏み出した一歩みたいなものだからさ、お願いを聞いてくれると嬉しい。」
 自分で言っておきながら、最後の方の言葉はものすごく勝手な言葉だなと思った。
『お願いを聞いてくれると嬉しい。』
 なんて、言われた側はお願いを聞かないといけない感じになっちゃうから。
 でも広瀬君は私の言葉に対して、
「”お願いを聞いてくれると嬉しい。”って?
 そんなの聞くにきまってるでしょ!
 優笑にあった方法はもっとしっかり考えないと良い考えが浮かばなさそうだから、明日まで待ってくれるかな?
 すぐ答えられなくてごめん。
 あと、これからはできるだけ優笑を守れるようにする。
 だからそんなにみんなを怖がらなくていいよ。

 ―――――あ、そうだった。
 勝手に七香のこと下の名前で呼んじゃった。
 ごめん。
 許してもらえる?」
「うん。許すよ。
 なんか、本当に広瀬君にしっかり話してよかったなって思った。
 今までは周りの人がものすごく怖かったけど、広瀬君なら絶対に人の悪ぐちをいわないと思ったし大丈夫だし、話したらめっちゃいい人だったから良かった。
 本当に私のために考えようとしてくれて嬉しい。
 ありがとう。」
「うん。
 七香のその勇気というか頑張った一歩を無駄にしないようにするから。」
 そういって、話は終わった。
 もう周りは暗くなっていた。
 もう春なのに夜は少し肌寒い。
 だけど、心は温かかった。
「送ってく。」
「ううん、大丈夫。
 家すぐそこだから。
 心配してくれてありがとう。」
「そっか。分かった。
 そしたら、気を付けて。
 またね。」
「うん。また。」
 家に帰った私は本当に頑張ってよかったなと心からそう思った。
 そして、久しぶりに早く学校に行って、人と話がしたいと思った。
 だって、広瀬君の考えがどんなものか知りたかったから。
 
 ―――――ちなみに、歩ちゃんにはまだ広瀬君に話したことを伝えていない。
 それは、考えをまだ聞けてなかったから。
 今私が”広瀬君の考えを聞きたい”と思っているのは私が勝手に良い考えを教えてくれるはずだと妄想してしまっているから。
 本当に良い考えを教えてくれるとは限らないから。
 だから、しっかりと話を聞き終えてから話そうと考えた。

 ◇

 教室について時計を見る。
 長い針がいつも私が見る位置じゃなかった。
「早く着きすぎちゃったな・・・。」
 そう。
 私は勝手に広瀬君の考えがいいもだと妄想していることをわかっているのにも関わらず、話を聞くのが楽しみすぎて朝はものすごく”パッ”とすぐ起きられたし、朝ごはんのスープも調子に乗っていつもと違うものを作ったり、学校に行くのが待てずいつもよりだいぶ早い時間に家を出てしまったり・・・。
 本当に大変なことになっていた。
 そしてうずうずしながら広瀬君が来るのを待っていた。
 今日は遅めに来た広瀬君。
 一瞬私は広瀬君の顔が見えた。
「っ・・・・・・!」
 見えたのは一瞬だったけど、目の下にクマができていたことがはっきり分かった。
『昨日、”明日まで待ってくれるかな?”っていったから広瀬君一生懸命考えてくれたのだろう。』
 そう考えた途端、申し訳ないという気持ちがものすごく頭の中を埋め尽くしていった。
 そのあとも広瀬君に話しかけられはしてないものの、体調が心配で私はずっと目で広瀬君を追ってしまっていた。
 そして、部活の時間。
 いつもはしっかり活動している広瀬君が、今日は何度も端のほうに行っては休憩していた。
 ううん。休憩というよりも”ぐったりしていた”といったほうが正しいと思う。
 本当に無理をしているようにしか見えなかった。
 帰り道。
 広瀬君は私に
「七香。昨日の続きの話をしたいんだけどいい?
 俺なりの案を考えてきたからさ。」
 と言ってきた。
 でも、今の広瀬君にそんなに話せそうな気力と体力は残っていないように見えた。
「あのさ・・・、私はいいんだけど、その前に!
 広瀬君、大丈夫?
 朝、登校してきた時から顔色悪いし、ぐったりしてる感じがするよ?
 昨日の私の話のこと考えてくれてて、夜遅くまで起きてたとか?
 それともなにか別もことがあって寝れなかった?」
 そこまで聞いて、私はハッとした。
『あー、私のバカ。
 こんなに疲れてて、体調が悪そうな人に一気に話したら逆に疲れさせちゃうじゃん。』
 そして、
「・・・、ごめん。
 こんなに一気に言ったら大変だよね。
 広瀬君、大丈夫?」
 と言い直した。
「うん。大丈夫だよ。」
 そう返してくれたけど、広瀬君のことだ。
 きっと、”心配させちゃいけない”みたいなことを思って口に出さないのだろう。
 実際、今は笑おうとしているのかもしれないけど疲れのせいか目が笑っていない。
「ううん。絶対無理しようとしてるでしょ?
 ダメだよ。しっかり休んだほうがいいよ。」
 と言い方を少し変えていってみた。
 でも、
「ううん。本当に大丈夫だよ!」
 と元気そうにして返してくる。
 でも、本当に心配だ・・・。
 私は”仕方ないか。”とあまり使いたくなかったことを言った。
「広瀬君。
 私、もう一つ相談したいことがあるんだ。
 それは、本当に昨日話したことくらい大事な相談だからさ、しっかり話すためにも今日はちょっとやめておかない?」

 実は昨日、これくらい真剣に考えてくれるなら、家族とのことも話して、どうすればいいか聞いてみようと考えてた。
 だけど、私の心の準備もシュミレーションもなにもできていなかったから、もう少し後になって話そうと思っていた。
 だから広瀬君に”大事なことを話すなら・・・”といって、体調が悪いことを認めてもらって、しっかり休んでもらおうという作戦でもあったけど、自分にとってはまだ準備のできていないことだから、デメリットがあった。
 でも、広瀬君は
「・・・、そっか、それなら仕方がないね。
 俺、昨日の夜いろいろ考えて案はいくつか思いついたんだけど、優笑に合っていない気がしてさ。
 七香に合ったものを考えてるうちに寝るのが遅くなって・・・みたいな感じだったんだ。
 本当にごめん。
 こんなことにさせるつもりはなかったし、話したい気持ちも山々なんだけど、体が思った以上に悲鳴上げてるみたいなんだよね、今日の夜しっかり休んで、明日元気になるから、絶対に明日はなそ!」
「うん。そうしよ。
 でも、本当にこういう時は、私のことより自分のことを優先して体調が悪かったり予定があったりしたらすぐにはなしてね?
 そうじゃないと逆に心配になるし申し訳なくなるからさ。」
「そっか。そうだよね。
 わかった、今度からしっかり隠さないで言うよ。」
「うん。
それじゃ、またね。お大事に」
 そう、納得してくれて無事に解散になった。
 あとは私がシュミレーションをしっかりして焦って広瀬君に迷惑がかかるなんてことがないようにするだけだ。
 そうして私はLAINを開き、歩ちゃんにメッセージを送ることにした。

【歩ちゃん、元気??
 私は大丈夫です!
 
 それでなんだけど、実は昨日広瀬君に話をしたんだ。
 そしたら、思ってた以上に真剣に聞いてくれて、しっかり考えたいからっていって、自分が体調崩しちゃうくらい頑張って考えてくれたんだよね、
 それで、歩ちゃんに話したかわからないけど、私の家ちょっと居心地が悪いというかすこし大変な感じですごく困ってるからそのことも話してみようかなって、この人ならきっとまた聞いてくれるんじゃないかって思ったんだ。
 で、実はいろいろあって明日話すことになりそうなんだ。
 だから、申し訳ないんだけど、またシュミレーションのアドバイスもらったりすることってできる?
 無理そうだったら大丈夫なんだけど、】

 そうやって、文字を打ち込みあとは送るだけだった。
 だけど、もしシュミレーションのアドバイスを教えてもらえなかったら・・・とか、『なんで昨日のうちに広瀬君に話したこと言ってくれなかったの?』みたいに思われたら、と思うと怖くて手が動かなかった。
 でも、何分もの時間がたってくると、『きっと歩ちゃんのことだから大丈夫なのであろう』と思ってきた。
 そして、
「絶対大丈夫なはずっ!」
 と言って、送信ボタンを押した。
 数分間歩ちゃんとのLAIN画面を見て、既読が付くのを待った。
 ・・・、当たり前かもしれないけれど、そんなすぐには既読がつくことがなかった。
 うずうずしながら待ってると、”ピコン”と音が鳴った。
 私はスマホに飛びつくようにして通知を開いた。

【よく頑張ったね!優笑ちゃん!
 ほんとにすごいよ。
 
 家族のことは私もあんまりよく分からないから、何とも言えないけど、私は優笑ちゃんがそうしたいなら賛成だよ!
 シュミレーションは、今回はあんまりしなくても大丈夫そうだなっていうのが本音かな。
 あえて、いくつかポイントがあるとすれば

 ・ 最初話始める前
  「少し長くなるかもしれないけど・・・」みたいに言う。

 ・最後言い終わったとき
  「こういう事だったんだよね、最後まで聞いてくれてありがとう。」とお礼を必ずいう。

 ・広瀬君に”こうすればいいんじゃない?”みたいなことを言われたとき
  焦らず冷静に答える。
 (焦っちゃったら深呼吸してみるのがおすすめだよ!)

 っていうくらいかな。
 こういうのができたらあとはもう普通に自分のペースで話せばいいと思うよ!

 こんな感じで大丈夫かな??】

 という内容だった。
 私は、すぐに文字を打ち始めた。

【うん!全然大丈夫だよ!
 本当にありがとう。

 歩ちゃんの書いてくれたポイント、頭に入れて明日頑張ってみるね!】

 そして今度は、すぐに送信ボタンを押した。
 すると三十秒もしないうちに”ピコン”と通知が来た。
 送られてきたのは『がんばれ!』という文字の入ったうちわを持っているウサギのスタンプだった。
 私もそれに『ありがとう』の文字の入った女の子のスタンプを返して、スマホを置いた。
「どんな風に家族のこと話そうかな・・・。」
 広瀬君にどうせ聞いてもらうならばしっかりと朝ごはんを作り始めるきっかけになった出来事とかから一つずつ話すのがいいのかな。
 それとも、言いたいことをはっきりさせて、『家族との間に境界線があるような感じがする』っていって思ってることを話すのがいいのかな。
 私は頭が痛くなりそうなほど考えたすえ、話したいこととか、聞きたいこととかがごちゃごちゃにならないように

”『家族との間に境界線があるような感じがする』っていって思ってることを話す”
 
 という方法でいくことにした。
 うまくいくかはわからない。
 だけど、やってみるということ以外の選択肢は今の私にはないと思ったから最後の勇気を出して私のすべてのことを話してみたかった。

 ◇

「七香!遅れてごめんな。」
 そういって広瀬君が現れた。
 今日の朝私に『放課後、一昨日話した公園のあのベンチで待ち合わせな。』と言ってきたので、私は一度家に帰り、私服をきて、最低限必要な貴重品を入れたバッグを持って、言われるがまま待っていたのだ。
 もう広瀬君の体調のほうは、戻ったみたいで朝から本当に元気が良かったから安心だ。
「うん。私も今来たばっかりだったから大丈夫。」
 そうして話始めた。

「俺の提案は、七香の話が終わってからがよさそうだよな。」
「私はどっちでもいいけど・・・、そうしよっか。」
「うん。じゃ、七香の話聞かせて?」
「分かった。

 ―――――あのね、私、家の中で家族との境界線があるように感じるんだ。
 なんか、私だけ家族とは別の世界にいる・・・みたいな。」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、お母さんも弟も、私と話すときと私抜きで話してる時とで全然態度も、顔の表情も何もかもが違うから。
 あと・・・。」
「七香?」

 話していて、急になんていえばいいのかわからなくなった。
 詳しく言えば、私と家族の間にある”何か”を何と言い表せばいいのかわからなくなった。
 横を見ると「大丈夫?」といって心配そうにする広瀬君が見えた。
 本当なら「大丈夫だよ。」って返したかったけど、そのあとに話を繋いでいく自信がなかった。
 だから、目線を下に向けて黙ってしまった。

「なんか、俺も少しわかるかも。
 家族との見えない境界線。
 なんか、言い表すことはできないんだけど、なんか・・・、なんか壁があるよね。」
 なにも言っていないのに思ってることを隣で言われて一瞬心の声が漏れたのかと思った。
 また目線を広瀬君に向けると、ここにはないどこかに向けられているようだった。
 ―――――と思ったら、急にこっちを向いた。
 その顔は複雑そうだった。そして
「七香と俺、性格は全然違うけどなんか心は分かり合えるかもな。」
 と言った。
 そのとたん、私が広瀬君との間に立てていた壁が壊れたような気がした。
「私も。
 私も広瀬君にならわかってもらえる気が・・・、する。」
「そっか。
 それならよかった。
 そしたらさ、もっとわかり合っていけるようにお互い名前で呼んでいかない?
 友達になっていくための第一歩・・・みたいな。」
 友達になるための第一歩、か。
 私は、ついこの間までは名前で呼ばれたくなかったから・・・距離を置きたかったから名字で呼んでもらっていた。
 でも、今からは名前で呼ばれても大丈夫な気がする。
 でも・・・
「名前で呼ばれるのは大丈夫かもしれないけど、私が広瀬君のことを名前で呼んでいける気がしない・・・」
「それなら、練習しながらでいいよ。
 少しずつ練習して言えるようにしていこう?
 いつかきっと自然に言えるようになるからさ。」
 そっか・・・、そっか。
 やっぱり広瀬君は優しい。
 私のやりやすいペースを考えてくれる。
 私に進むべき道をいつも導いてくれる。
「ありがとう・・・!
 少しずつ広瀬君のことを名前で呼べるように頑張ってみる!」
「広瀬君・・・?」
「あ・・・・・・
 空、くん」
「うん。俺のこと名前で呼んだの一回目!
 頑張ったね優笑。」
「うん、ありがとう。」
 そして私は正面を向いた。
 思った以上に名前で呼ぶのが怖くて、緊張して小さい声で言った気しかしなかった。
 だけど、それでも広瀬君・・・ううん。
 空君が褒めてくれたから嬉しかった。
 ―――――もう、中二にもなったのに昔の私のように純粋に嬉しかった。
「・・・・・・そしたら次俺の考えてきた案を出してもいいか?」
「あ、うん。」
 広瀬君は少し間をおいてから話し始めた。
「俺、いろいろ考えたんだけど、多分、グループにやられたっていう方のことは先生に直接もう一回行って説得するのが一番早いかなって思うんだ。」
「え・・・でも、」
「うん。もちろん優笑一人だと前・・・俺がいなかった時と変わらないから今度は優笑と俺の二人で行くんだ。
 優笑のサポートもしつつ、先生が納得するように手助けする。
 こういうのはどうかな・・・」
 私は返事に困ってしまった。
 正直、先生に言ってもまたあの時のように言われてしまう気がする。
 また傷ついてしまうかもしれないという思いから、恐怖で『その方法でやりたい。』という思いが薄れてしまう。
 でも、心の端の方では『広瀬君と一緒ならどうにかして乗り越えられるかもしれない。』という思いもあった。
 少し前のこういう状況の時は必ず逃げる方の道を選んでいた。
 だけど今は、
「俺と一緒に頑張って先生に言ってみない?
 二人なら納得してくれるかもよ?」
 という広瀬君の言葉と存在が私の心の中の気持ちを揺らす。
「優笑?挑戦しないとうまくいくか、失敗するかなんて分からないよ?
 次の一歩を踏み出さないと、俺にこのことを話したときの第一歩が水の泡になっちゃうよ?」
 ・・・確かにそうだ。
 ここでまた逃げたら本当に、何のために私は広瀬君に話したのかわからなくなる。
 そして広瀬君に話したときの勇気が無駄になってしまう。
 だんだんと私の心の中は『広瀬君と一緒ならどうにかして乗り越えられるかもしれない。』という思いが強くなってきた。
 私は・・・私は、
「うん。ちょっと怖いけど広瀬君とならもう一回勇気を出して先生に立ち向かえそう。」
「ほんと・・・⁉よかった!
 そしたらこれからまた話し合っていつ先生に話すかみたいな詳しいこと、決めないとだね!
 だけど、その前に・・・広瀬君って言ってたよー?」
「あ・・・空、くん」
 やっぱりまだ言えるようにはなっていなかった。
 しかも、まだカタコトに名前を呼ぶことしかできない。
 もっと練習しないとだ。
「あの・・・空、くん。」
「ん?どうしたの?」
「あの、せっかく少し友達になれた記念とかその・・・先生にいつ話に行くとか決めるためにってことで、どこか行かない?」
 広瀬君の目は大きく見開かれた。
 私も・・・自分の言ったことに対して本当に驚いていた。
 私、何言ってるんだろ。
 絶対広瀬君には迷惑でしかないじゃん。
「あ・・・ごめん、やっぱ嘘!」
「大丈夫だよ?”迷惑だ”とか思ったんでしょ?
 そんなことないよ。
 しかも・・・俺も行きたいし。」
 私は広瀬君が嫌がってなかったことに対して喜びの気持ちがあった。
「優笑。時間も遅いから夜ご飯の代わり・・・で、いい?」
「うん・・・!」
 なんか、本当に広瀬君には心を開いたんだなと感じた。
 だって、だんだんと歩ちゃんのように心を許している人としかしないことを広瀬君としているから。
 だからそういう風に信用できる人が近くにいてくれると心強かった。

 ◇

「なんか不思議な感じがするね・・・!」
 私たちは近くのファミレスに行った。
 今は料理を注文をして待っているところだ。
「確かに、なんか不思議だね。」
「うん。」
「そしたら、どうしよっか。」
「本題の話する?」
「そうだね、話そ!」
 そして、話始めることにした。
「先生に前話した時のことと、グループにされた時のことをもう少し話してもらってもいい?」
「うん。分かった。」
「えっとね・・・
 
 ―――――っていう感じかな、」
 そうして私はグループとの出来事を小学校の時のことを含めて一つ一つ細かく話した。
 やっぱりそのことは本当に思い出してしまうと目の前にその光景が広がって、本当に今そういわれたかのようにリアルに
フラッシュバックしてしまう。
 だから今回も途中で言葉が出なくなってしまったり、涙が出てきてしまったりしたけどそのたびに
広瀬君がドリンクバーのジュースを「席は離れるけどすぐに戻って来るからね。」と言ってから急いで取ってきてくれたり、
「優笑が話せそうなだけでいいからね。」といって気を使ってくれたり、
「ご飯来たけど、食べて気が落ち着いてからまた話す?」と提案してくれたりした。
 その広瀬君のお陰でご飯もやや食べつつ、話し終えることができた。
「そっか・・・やっぱり何度聞いてもその緑ちゃんたちはひどいね、
 聞いてるこっちまで悲しくなってくる、
 先生も、優笑がするはずないって思わないのかな。

 ―――――っていうのが今話を聞いたことの率直な気持ち・・・かな。

 今話してくれたことをされたら、誰だって人間不信になると思うし、もう一回立ち向かおうとする人はそこまでいないと思うから、本当に優笑はすごいね。
 俺も、そんな頑張っている優笑の役に立てるように頑張るね。

 それで、なんだけど。
 優笑は話し終えたばっかりで疲れてると思うからご飯を食べつつ考えてもらって、帰り際に教えてくれればいいんだけどさ
俺のことは考えなくていいから、優笑の気持ち的にはいつ先生と話したい?」
「うーん・・・、」
「あ、さっきも言ったけど帰り際に教えてくれればいいから、じっくり考えて!」

 そう言われて、とりあえずドリアを一口食べた。
 もう半分くらい冷めていて、出来立てはものすごく熱々だったから、
 ”広瀬君がこれだけの時間、真剣に話を聞いていてくれたんだよ”
 って言うことを物語っているような気がした。
 
 そして私は、もう一度思考を回転させた。
 先生にいつ話すのか・・・か。
 なんか、考え始めたものの、どういったタイミングで先生に話せばいいのかよくわからなかった。
 そこで私は広瀬君に助け舟を出した。
「あのさ、私のちょっとした疑問なんだけど・・・」
「うん、なに?」
「先生に言うタイミングって、どういう時が良いのかな?」
「・・・・・・あー、たしかに、」
 どうやら広瀬君もいまいちわからないらしい。
 私はもう一人の頼れる人に聞いてみることにした。

【歩ちゃん!
 急で申し訳ないんだけど、あの緑ちゃんたちのグループのことをもう一度先生と話し合うとしたらどういうタイミングがいいと思う??】

 すると、助かることにすぐに既読が付いた。
 そして数分後”ピコン”と通知音が聞こえた。
「ごめん、私のスマホ。」
 そう広瀬君に言ってから通知を開く。
 私はすぐに歩ちゃんからのメッセージを読み始めた。

【本当に急だね。
 私、よくわからなかったから返信が遅れちゃったけど、少し思ったのは実際にどういうことを話して先生を納得させるかっていうのを考えて、それをまとめてから話さないと本番大変なんじゃないかなって、

 でも私は優笑ちゃんがどんな経路でこの質問をしたか分からないから、あってるかはわからない!
 だから、参考程度でどうぞ!
 優笑ちゃんのためにできるだけ力を貸したいから何かあったらまた連絡してね!】

 私はすぐに文字を打ち込んだ。

【歩ちゃんありがとう!
 すごく参考になったよ!
 また何かあったら連絡させてもらうね!】

 そして送信ボタンを押すと私は広瀬君に顔を向けた。
「ねぇねぇ、今もう一人の信用できる子・・・というか、私のことを緑ちゃんたちからかばってくれたあの歩ちゃんにいつ、
どんなタイミングで先生に話せばいいのか聞いたんだ。
 そしたら、”実際にどういうことを話して先生を納得させるかっていうのを考えて、それをまとめてから話さないと本番
大変なんじゃないかな”って返ってきたんだ!
 私もたしかにどういう内容を話して先生を納得させるか考えないとだなって思った。
 広瀬君は・・・どう思う?」
「うん、確かにそうだね。
 実際どうやって納得させるか考えておかないと俺もテンパってうまく言葉が出ない気がする。」
「そっか、そしたら先生にどうやって話して納得させるか考えてからまた決めてもいい・・・?」
「うん。もちろん!
 そしたらさ、いつでも話せるようにってことと、何か優笑にあった時のために連絡先交換してくれない・・・?
 楽だと思うからさ・・・。
 あ、いやだったら別にいいんだけど!」
「え・・・、ううん。嫌じゃない。
 交換・・・していいよ。
 はいっ」
 急なことだったからびっくりしたけど、今回はしっかり答えられた。
「マジで!?
 ありがとう!
 うん。俺登録できた!
 そしたら、なんかあったら連絡してくれていいからな。」
「わかった!ありがとう。」
 そうして私のLAINの画面を見ると”友達”の人数は七人と表示されていた。
 上の方には”sora★”という名前の欄ができていた。

 そして私たちはそのあと残りのご飯を食べて、解散した。
 私の服のポケットに入っているスマホがお守りのように感じた。
 きっとそれは空君の連絡先が新しく追加されたからだろう。
 私は安心した気持ちのまま家に帰った。

 部屋に入って、今日の宿題をすることにした。
 数学のプリント、英語の復習・・・と一つ一つかたずけていると”ピコン”とスマホが鳴った。
 そのとたん集中がプツリと途切れた。
 なんだろう・・・歩ちゃんかなと思いながらスマホのロックを解除した。
 そして誰からの通知か確認すると
「え、広瀬君・・・?」
 思わず声が出てしまった。
 見間違いかもしれないと思い、もう一度確認したけどやっぱり見間違いではなかった。
「何かあったのかな」
 そうしてメッセージをみた。

【優笑、さっきは話してくれてありがとう。

 それでなんだけど、今どうすれば先生を納得させられるか考えてて、思ったんだけどさ先生には小学校の時のこと話したの?
 もし話してなかったら、先生にも小学校であったことを話して、俺にも言ってくれたように
「そうやっていじめられたことがあって、それ以来近づかないようにしているのでそんなことできないです。」みたいに
言えば先生も『それなら、確かに優笑が本当にいじめたとは考えにくいな。』みたいに思ってくれるんじゃないかな?
 急に送っちゃってごめんね。
 優笑の意見を教えてくれると嬉しいな。】

 と書かれていた。
 メッセージは目の前に相手がいるわけじゃないから、”どう思ってるんだろう。”とか”うまく伝わったかな。”とかと、不安になることもあるものの、すぐに返信しなくても相手がトーク画面を開いていて既読マークを見ていなければいつ返しても問題がない・・・つまり落ちついてよく考えてから返事をすることができるということだ。
 あとは、やっぱりこう返すべきじゃないと思ったら送信を取り消すこともできるから心にゆとりができる。
 私は心を落ち着かせ、私は広瀬君のメッセージに対してどう返すかを考え始めた。
『・・・・・・、先生に小学校の話をすれば理解してくれるのだろうか。
 私が先生だったら、理解して”優笑がいじめたわけじゃないのかもしれない”と思う。
 だけどそれは私だけの考えだ。
 広瀬君は、先生だったらどう思うだろう。』
 そうして私は文字を打ち込んだ。

【広瀬君が先生だったら、私の小学校の時の話を聞いたらどう思う?】

 送信ボタンを押して、返信を待つ・・・。
 すると、すぐに返信が来た。

【俺だったら、信用するしかないなって思うかな。
 だって、いじめられたっていう人の話を”嘘なのだろう”と思って信用しないのは先生としておかしいんじゃないかなって思うから。
 だから、よほどの先生じゃない限り信じてくれると思うよ。】

 そっか。
 ”よほどの先生じゃない限り”というところが気になったけれども、私は
『それなら先生に小学校の時の話をする価値はあるんじゃないか』と考えた。

【なるほど・・・!
 教えてくれてありがとう!

 それなら私、先生に小学校の話してみようかなって思った。
 ちょっと覚悟がいるから先生に話すのは早くても明後日くらいになりそうなんだけど、大丈夫?】

 私はそう返信した。
 広瀬君は・・・このメッセージを見てどう思ったのか心配だった。
 だって、『明後日か・・・』って思われてるかもしれないなって思ったから。
 ”信用していてもやっぱり不安になることもあるんだな”そう思いつつ返信を待った。
 すると・・・

【わかった。明後日以降ね。
 でも無理して急がなくていいからね。
 優笑の準備ができたら言って。
 待ってるね。】

 というメッセージがきた。
 内容からして『明後日か・・・』って思われてる可能性は少なさそうで安心した。

【うん。分かった!
 ありがとう。】

 そう返した。
 そして私は残りの宿題を片付け、疲れ切った頭を睡眠で休めた。

 そして二日間、シュミレーションを重ね少しずつ先生を納得させる自信が出てきた。
 もう今日であの日から三日たち、そろそろ広瀬君に”もう大丈夫。先生に話に行こう。”と言った方がよさそうだ。
 学校が終わり、部活を終え帰り道たまたま広瀬君を見つけた。
 私は「広瀬君、お疲れ様。」と声をかけた。
 ふと、いつの間にか勇気を出さなくても話しかけられるようになっていることに気が付き、嬉しくなった。
 すると、広瀬君が振り返り
「お、優笑!お疲れ様!
 どしたの?」
 と返してくれた。
「あ・・・、あの先生の件なんだけど、待っててくれてありがとう。
 そろそろ先生に話せそうになったから、今度言いに行けそうだよって伝えたかったんだ。
 広瀬君、私にばっか合わせてくれているけど大丈夫?」
「うん。俺はいつでも大丈夫だから、優笑が大丈夫ならいいよ!
 明日、放課後、部活ないから、昼休みとかに先生に放課後時間があるか聞いてみて、大丈夫そうだったら話す?」
「わかった。そうしよ!
 うまくいくかな・・・。」
「先生を信じよ。
 多分、わかってくれるよ。」
 そうして話しているうちに私たちの帰る方向が別々になるところまできた。
「そしたら、また明日。」
「うん。明日、がんばろ。」
「だな!」
 私たちはそんな言葉を交わしてそれぞれの道へ進んだ。

 そして、今日はとうとう先生に話す日。
 まだ、先生が放課後空いているか分からないから今日話すかは決まったわけではない。
 でも、少し朝から落ち着かなかった。
 広瀬君にも、「大丈夫?」と言われてしまうほどで・・・。
 でも、私の心には『不安』の二文字が並んでいた。
 昼休み、広瀬君は私のことを気にして、一人で先生に放課後時間があるか聞きに行ってくれた。
 答えは「大丈夫だよ。そしたら放課後会議室Aで待ってるな」だったそうだ。

 ―――――迎えた放課後。
 広瀬君と私は今、先生に指定された会議室Aの前にいた。
 多分私の顔はやや青くなっていると思う。
 隣の広瀬君も普段とは違い緊張しているのが私にもわかった。
「行くか。」
「う、うん。」
 そうして私たちは扉を一気に開いた。
「おお、広瀬、七香。
 待ってたぞ。
 ここに座りなさい。」
 そこには前と同じように机が置いてあり、先生に向かい合って二つのパイプいすが置かれていた。
「わたりました」
 広瀬君がそう言い、歩き始めたので私はそれに続いて歩いた。
 先生の前の椅子に座り、先生を見てみた。
 ほんの二か月ぶりの先生は何も変わっていないはずなのに迫力がさらに増して大きく感じた。
「先生、わざわざ時間を取ってくださりありがとうございます。」
 広瀬君が先に何か言ってくれるのでありがたかった。
 わたしも急いでそれに続いて
「ありがとうございます。」
 という。
 先生は
「うん。
 それで・・・話したいことというのは何かね?」
 そう私たちに返した。
「優笑。」
 広瀬君に名前を呼ばれ、「あ、わかった。」と返し一度深呼吸をしてから話し始めた。

 ―――――「そんなことがあったんだな。」
 先生は私が話し終えるとそう言い放った。
 でも、先生は「でもな・・・」と続けた。
 嫌な予感がした。

 急に太陽が雲に覆われ暗くなっていった・・・。


 そんな中、先生は言葉を続けた―――――。
 周りが暗くなり、怖さが一気に増した。
 そして先生は口を開いた―――――。
「でもな・・・
 いじめたかどうかは相手も基準で、いじめられた側は今話してくれた優笑のようにものすごく鮮明に覚えているんだ。
 それは、傷ついたから・・・、心に深い傷を負ったから。
 そうだろう・・・?
 普通の生活の中で起こったことはそこまで覚えてない。
 だけど、そうやって傷ついたことは鮮明に覚えてしまうんだよ。」

 私の中の心の傷がズキッと痛み付けられる。
 やばい・・・泣いてしまいそうだ。
 でも、先生の前ではしっかり者。
 だから泣いてはいけない。
 みじめな姿を見せられない・・・。
 私は先生にばれないように口を固く閉じ、歯を食いしばって涙をこらえた。
 そうしている間も
 先生の口は止まらない。
「ただね、相手を傷つけた方。
 ―――――つまりいじめた方の人は、相手が傷ついたかもわからないときがあるくらいのことだからすぐに忘れてしまうんだ。
 だから優笑は傷つけたつもりはなくても相手は傷ついてしまっていたのかもしれないよ?」
「でも・・・私は緑ちゃんたちと会ってないんです。」
「・・・そうなんですよ先生!
 優笑は、緑ちゃんたちにもういじめられたくなかったから近づかないようにしていたんです。
 そんな優笑が緑ちゃんたちをいじめる時がないじゃないですか!」
「広瀬君の言っていることは本当なんです!
 私は緑ちゃんのグループと関わらないようにしていました。
 だから、いじめようがないんです。」
「いじめる方法はいろいろあるだろう・・・?
 例えば、会わなくったって靴を隠したり、悪口を書いた紙を机に置いて相手に読ませたり・・・みたいなね。
 つまり、会っていなくてもいじめる方法はたくさんあるから信用できないんだよ。」
 私は前に先生に”優笑にいじめられたという人がいる”という話を聞いたときのように怒りと先生への問いがたくさん出てきた。
 ・・・なんで?何で先生は私の言っていることを信用してくれないの?
 私の”いじめられたからその人たちに関わりたくない”っていう気持ち、わからないの?
 先生は必ずやられた方の味方をする。
 だけどそれが作られた話かもしれないって思わないのかな?
 私がどれだけつらい思いでここまで来たのか、
 私が先生に信用してほしくてどれだけの勇気を出して小学校の時の話をしたのかわからないのかな・・・?
 私は、何のために勇気を出したの?
 少しは優笑のことを信じてみようかなって気持ちがないの?
 おかしいよ。なんで・・・なんでよ。
「そんなのひどいですよっ・・・!」
 思わず声に出してしまった。
 手にポタポタッと涙が落ちてきた。
 あーあ、泣いちゃった。
 先生の前では泣かないようにしようって思ってたのに、泣いちゃった。
 先生はどう思うだろう。
 先生も人間なんだから、”本当は優笑は弱虫だ”って思うのかな。
 小学校のとき、学校で泣いてしまっていた女の子のことを周りの子が悪く言っていたのを見た。
 だから私も先生の心の中で悪くいわれるのかな。
 最悪の場合広瀬君にも・・・と思ってしまった。
 すると心の痛みがさっきよりも大きくなっていく。
 悲しさと怒りがだんだんと大きくなって抑えきれなくなってくる。
「先生は私のことを少しぐらい信用してみようって気はないんですか?
 私は先生に信用してもらいたくって勇気を出して話したのにっ・・・。」
「先生!優笑のことをもう少し信用してあげてくれませんか?
 優笑は本当にすごく勇気を出して先生に話そうと決めたんですよ。」
 先生は驚きの顔をして、「七香、広瀬・・・!」とつぶやいた。
 そして、
「そうだったんだな。
 あんなことを言ってすまなかった。
 でも、先生の言ったことも少しは理解してほしい。
 ただ、七香と広瀬の言いたいこともよく分かった。
 だから、こんなのはどうかな?
 緑たちに一回、”七香はやっていないと言っているんだが”と、”緑たちにはかかわってないんだ。”というようなことを言って話を聞いてみる方法は?
 あと、ついでに小学校の時優笑をいじめたそうだなと言って、少し注意しておこう。
 そうすれば、何かしらまたあの子たちから話が出てくるかもしれないからな!
 どうだ?名案じゃないか?
 七香、広瀬、君たちもそう思わないか?」
 私は率直に言うと名案とは思わなかった。
 むしろ、嫌だった。
 だって、先生に”緑ちゃんたちにいじめられた”という話をしたってばれるから。
 ばれてしまうと何が起こるか分からない。
 だから怖かった。
 だけど先生の目をみると、”先生の言っていることは正しいだろう”と否定するのを許さないようなことを物語っているようで口が開かなかった。
 心の中で私自身に向かって叫んだ。
『優笑!こんなところで勇気を出さないでどうするの?
 また逃げるの?
 こんなんじゃまた何も変わらないままだよ?
 本当は嫌って言いたいんだからしっかりいわないと!
 そうでもしないと伝わらないよ?』
 すると、『そうだよな。しっかり伝えないと!』という気持ちが強くなってきた。
 頑張っていってみよう。
 そうして口を開いた。
 でも・・・
「よし。それじゃ、そういうことで!
 緑たちの方は任せなさい。
 部活があるなら急いで向かい、ないのであれば速やかに下校するように。
 またな。」
 といって先生は席を立ち、勝手に出ていってしまった。
「そんな・・・」
 私はそう声を上げた。
 せっかく頑張って言おうとしたのに、言えなかった。
 こんなに悔しいことは今までに存在するだろうか。
 悔しくて、これからのことが不安で、悲しくて・・・そして、先生に向かってのいら立ちが混ざり合い唇を思いっきり噛んで泣いた。
 先生に聞こえそうなくらい、この部屋に響き渡るくらい泣いた。
 隣の広瀬君も「くっそ・・・!」と悔しそうにしていた。
 結局・・・思い通りの結果は出なかった。
 そして、先生のこれから行おうとしていることがいい方に進むとは思えなかった。
 太陽にはまだ雲がかかったままで、より一層心を重くさせる。
 私たちは最後、先生に言われたことを破って、完全下校の予鈴がなるまで会議室Aに残っていた。

 下校時は広瀬君と一緒だったけど何も話さなかった。
 知らない人に見られていることも気にせず泣きながら帰った。

 そして、途中で涙が少しずつ減ってきた。
 ・・・だけど、広瀬君と別れると一気に心細くなってまた泣き出してしまった。
 今の私は絶望のどん底に突き落とされ、体中痛くて起き上がれなくて泣いているような感じだと思う。
 本当に心の中では『もう立ち直れないだろう。』と、『もう何をやっても私はダメなんだ』とあきらめていた。
 私はもうボロボロだった。
 心は形の原型をとどめていないほど崩れていて、外見も顔は涙でぐしゃぐしゃ、筋肉にうまく力が入らないせいでよろよろと歩いている。
 はたから見たら”暴力を振るわれた子”のように思われるだろう。
 でも、人間は口で暴力を振るわれてもこうなることが今わかった。
『もういやだ・・・。
 私は無力なんだ。
 死んでもきっと誰も何とも思わない。
 だって、みんな私を嫌っているから。
 歩ちゃんや広瀬君はどうか分からない。
 でも、こんな嫌われている人と一緒にいると何もしていないのに遠ざけられることもあるだろう。
 だからきっと私がいなくなったら身が楽になるはずだ。
 私は誰にも必要とされていない。
 むしろ、消えてほしいって・・・いなくなってほしいって思われてる。
 私だって、こんな世界で生きていく自信がない。
 いつか必ず死ぬんだから、別に・・・別にどおってことない。

 ―――――楽になりたい。
      一人になりたい。
      気を遣わずに過ごしたい。
      自由になりたい。
      辛い思いをしたくない。
      もう傷つきたくない。
      裏切られたくない。
      安心していきたい。
      心地よい場所にいきたい。

      もう、こんなこと考えたくない・・・。』

 私はそう思って・・・自分の望む場所、この世ではない場所を目指して歩いた。

 周りはもう暗くなっていた。
 冷たい風が私の顔をかすめる。
 夜の街は、きれいだった。
 裏の顔を持つ人間がそれぞれの家の明かりをつけている。
 ”こんなに人っているんだな”と思い、怖かった。
 でももう、そんな世界とはお別れできる。
 下を見ると離れたところにコンクリートの地面が見える。
 怖い・・・けど、自由になるには多少に痛みを我慢する必要がある。
 私は前に体重を集め、前かがみになる。
 小さな柵が「ギギギ・・・」と音を立てる。
「さようなら、最後まで逃げてごめんなさい。
 許してね・・・・・・。」
 そして足を浮かせた―――――。

「優笑ーーーー!
 やめろーーーーー。」
 一瞬手に力が入り、体がさかさまになってく速度が遅くなった。
 だけどもう、きっと間に合わない。
 諦めればいいのに、広瀬君は全力で走って来る。
「またね。」
 そういった。
 でも・・・落ちなかった。
 死ななかった。
 私は広瀬君に両手で肩を引っ張られ、引き寄せられたのだ。
「優笑、何やってるんだ・・・!」
 そんな広瀬君の声は怒っている声色をしていた。
「だって・・・」
「だってじゃないよ!
 優笑が死んだってなにも変わらない。
 悲しむ人が出るだけだ。
 何でこんなことをしようとしたの?
 俺に話して!
 そうじゃないと、許さない。」
「だって・・・だって、私がいても何の価値もない。
 むしろ、迷惑をかけているだけ。
 みんなに不快感を持たせているだけ・・・!
 私は必要ないよ。
 悲しむ人もきっといないよ!!」
「俺がいる!
 俺がものすごく悲しむ。
 それに優笑には生きているだけでものすごく価値がある!
 生きていたいのになくなってしまう人だって大勢いる!
 優笑。俺たちはそういう人たちの分までしっかり生きるんだよ。
 せっかくこの世界で生きさせてもらっているんだもん。
 辛くても、苦しくても、逃げたくなっても頑張らないと!
 それに、優笑には俺と歩ちゃんって子もいるんだろ?
 味方はしっかりいるよ。
 きっと優笑のお母さんも本当は優笑を頼ってしまっているだけ。
 それに、家族との境界線は何かしらのすれ違いを解消すれば、きっと消えるはずだよ。
 死ななければ・・・生きていればなんだってどうにかできるんだよ!
 だから、もうそうやって死のうとするな!
 絶対だぞ!」
 私は今までにないくらい泣いた。
 こんなに・・・こんなに私のことを考えて怒ってくれた人は今までいなかったから。
 私のことをわかってくれる人がいて安心したから。
 だから私は泣いてしまった。
 広瀬君は私の背中をさすってくれている。
「私・・・私、なんでこんなに物事がうまく進まないんだろう。
 こんなに努力して勇気を出してもうまくいかないで私がまた傷つくはめになるんだろう。
 私だけ、・・・なんでっ。
 この先もずっとこんな感じで私がむくわれることなんてないのかな。
 こんなの不平等すぎるよ・・・。
 努力したらむくわれるなんて、いろんなところでよく耳にしたけど嘘じゃん。
 でたらめじゃん。」
 そんな風に言った私を広瀬君は、
「そうだな・・・
 本当にこの世の中は不平等だ。
 全くむくわれないよ。
 でも、きっとむくわれなくても少しぐらいはいいこと、ラッキーなこと、幸運なことが一つや二つはやってくると思うよ。
 俺はそう信じてる。
 だから、大丈夫。
 次のいいことがやってくるまでもう少し一緒に辛抱しよう。」
「うん・・・。」
 そういってくれた。
 この優しい言葉が今の私の心の傷をいやしてくれる。
「あり、がとう。
 もう絶対今日みたいなことはしない・・・。」
「分かったてくれたなら、許す。
 でも、次はないからな。」
 そういう風に広瀬君は言った。
「分かった。」
 私は広瀬君に向かってそう返事をした。
 さっきまで、真っ暗で何もない方に進んでいたトンネルの先に光がうっすら見えた気がした。

 でもやっぱり、そんなにすぐ私の心の中で何かが変わるはずがなかった。
 家に帰っても心は少しズキズキしていて、頭は少し『無』の状態だった。
 これからどうすればいいんだろう・・・。
 私は、しばらく考えていた。
 ずっと考えている間、何回もさっきの広瀬君の言葉が頭の中で再生された。
『―――――それに、優笑には俺と歩ちゃんって子もいるんだろ?
 味方はしっかりいるよ。』
 私はハッとした。
 そうだ・・・。
 そうだった。
 歩ちゃんに聞いてみればいいんだ。
 これからどうすればいいのかを・・・。
 そして私は歩ちゃんにメッセージを送るためLAINを開き、文字を打ち込んだ。

【歩ちゃん、私今日先生に話したんだ。
 だけど、先生は全然わかってくれなくて、それで私が
「そんなのひどいですよっ・・・!」
 みたいに言ったんだ。
 そしたら隣にいた広瀬君もね
「先生!優笑のことをもう少し信用してあげてくれませんか?
 優笑は本当にすごく勇気を出して先生に話そうと決めたんですよ。」
 って言ってくれたんだ。
 だけど先生は、なんか

「緑たちに一回、”七香はやっていないと言っているんだが”と、”緑たちにはかかわってないんだ。”というようなことを言って話を聞いてみる方法は?
 あと、ついでに小学校の時優笑をいじめたそうだなと言って、少し注意しておこう。
 そうすれば、何かしらまたあの子たちから話が出てくるかもしれないからな!
 どうだ?名案じゃないか?
 七香、広瀬、君たちもそう思わないか?」

 って言いだしてさ、もうほんとにそうしてほしくなかったから頑張って”やめてください”って言おうとしたんだ。
 なのに、先生は私が話す前に私たちの前から
「よし。それじゃ、そういうことで!
 緑たちの方は任せなさい。」
 みたいにいっていなくなっちゃって・・・。
 私、どうすればいい?
 もう誰と何をしても変わらない気がしてきた。
 歩ちゃん、助けて、
 もう私、情けなくなってくるくらい何も考えられないや。。

 返信、待ってる。】
 そうして、私が死のうとして広瀬君に止められた時のことは避けて書き、送った。

 そのあと私はスマホを置き、ベッドにダイブして誰にも聞こえない声で、
「明日はどうなっちゃうんだろ・・・」
 といって、そのまま眠ってしまった。
「ドドドドドッ、ガタン・・・」
 そんな音がして私は飛び起き何事かと思い窓の外を見た。
 すると、近くの電柱の工事が始まっていた。
「そういえば、
 ”電柱柱の工事をするため大きな音が出てしまいます。
 ご協力のほどご協力お願いします。”
 みたいな手紙、この間届いてたな・・・。」
 そんなことをつぶやいて目をこすった。
 そして足元に目を移すと
「―――――やっば!
 なんか今日はのんびりしてるなって思ったら、学校じゃん!
 忘れてた!」
 中学校のバッグが置かれていた。
 そういえば、昨日は歩ちゃんに連絡をして、アラームも何もかけずに寝てしまった。
 急いで床に置いてあったスマホを取り上げ、時間を確認した。
「っ・・・・・・!」
 もう、たいした声が出なかった。
 スマホの画面には一〇二四と数字が並んでいる。
 もう、十時二十四分だ。
 学校はもう二時間目が始まっている。
 私は急がなければと思い、制服を着て朝ご飯を食べたり、髪の毛を結ぶために一回に降りた。
 台所には、お母さんや弟の碧唯、そしてお父さんまでもが朝ごはんを食べた痕跡が残っていた。
 今日は私はスープを作っていない。
 なのによく見ると、スープのお皿がお盆の上に乗っかっていた。
 きっと誰かが作ってくれたのだろう。
 私は不思議に思いながらも鍋を温めその後、お皿にスープをいれ自分の朝ご飯の支度をした。
 一人で「いただきます。」といい、食べ始める。
 そして誰かがつくったのであろうスープを口にした瞬間、今まで忘れていた何かが思い起こされたような感覚になった。
 小さいころよく食べた懐かしい味。
 お母さんの作ったスープだとすぐに分かった。
 なぜか、涙が出てきた。
 最近はずっと泣いてばかりだ。
 だけどこの涙は今までの涙とはどこか、違う気がした。
 言葉にできないような感情が広まっていく・・・。
 そして私はいつの間にか
「お母さんっ。」
 と絞り出すような声で言っていた。
 収拾のつかない気持ちがあふれていて、もうずっと泣いていた。
 ふと正面を見ると窓ガラスに目の腫れたみっともない顔が映った。
 今日は先生が何をして、どうなっているかもわからないし、この顔で学校には行きたくなかったので休むことにした。
 下を見るといつの間にか空になっている食器が並んでいた。
 何となく見ていると不意に
「私、本当は昔のようになりたいって思ってるのかな。」
 とよく自分でもわからないことを思った。
 でも、心になぜか引っかかった。
 食器を片付けてソファに座りさっき思ったことをもう一度よう考えてみた。
 目をつぶり、私の気持ちと向き合ってみる。

『私は、今まで本当はどう思っていたんだろう。
 今まで私は・・・逃げてきた。
 それは、小学校の時に言われた言葉が怖かったから。
 もうあんなことを聞きたくなかったから。
 だから逃げてきた。
 今まですごく信用してきた人に裏切られたから。
 全部、今までのことがあの人たちによってつくられていたお話・・・、作り話だったっていうことが信じられなかったから。
 笑顔も、言葉も私に向けて作られた演技だったから。
 信用するまではものすごく時間がかかったはずなのに、信用するために時間をかけてきたはずだったのに、裏切るときは本当に一瞬で、本当にいくつかの言葉で跡形もなく壊れていくこと、目の前が真っ暗になっていくことがわかって人間の怖さが分かったから。
 人は何を考えているかわからなくて、信用しても裏切られるかもしれないからもうなにもかもが敵のように思えてきて、人の言葉全てが全くの嘘のように聞こえて怖くて仕方がなかったから。
 逃げるしかなかった。
 でも・・・。本当に逃げるしかなかったのだろうか。

 ―――――私は、怖いといって逃げているだけで何も向き合っていない。
 そうだ。逃げるのは仕方がないと自分で自分の周りにバリアをつくって守っていた。
 本当は・・・本当はものすごく弱いのに強くなろうとせず逃げていた。
 弱い気持ち・・・もうあんな言葉を聞きたくないと、
         もう人に裏切られたくないと、
 そんな気持ちを最優先にしてきた。
 心のどこかでは、”変わらないといけない”って、”いつまでの守りに入っていてはいけない”ってわかっていたはずなのにそんな気持ちを私は見て見ぬふりをしては心の奥底にしまいこんで隠していた。
 今思ってみれば、そうやって隠していたらいつまでたっても逃げているだけで、過去のことから身を守り続け、何も変わることができず、新しい自分に一歩も踏み出すことができずに最後まで困ってしまうのは結局自分なのに・・・。
 本当に、馬鹿だ。
 もうあんなことを経験したくないのなら、まずはその経験に対して意地でもけりをつけて、相手のことより、自分が直すべきことを考えていかないと行かないはずだ。
 きっと・・・きっとそうやって毎日少しずつ、一歩ずつ進んでいけばやがて百歩になり、千歩へと増えていき積み重ねていくうちに成長していくことができるはずだ。
 逃げていても何も始まらない。
 そして今は、広瀬君に・・・、歩ちゃんに信用できる人は必ずいるんだよって、あの時は出会えていなかっただけであって、必ずどこかで信用できる大切な仲間に出会えるんだよって教えてもらい、そんな仲間とともに進んでいけるんだから。
 もう一人じゃなく、相談できる人、つらいときに手を差し伸べてくれる人がいるんだから、大丈夫なはずだ。

 そしてあとは、家族とのことだ。
 広瀬君は私に対して、ヒントをくれたと思う。
”家族との境界線は何かしらのすれ違いを解消すれば、きっと消えるはずだよ。
 死ななければ・・・生きていればなんだってどうにかできるんだよ!”
 ―――――と。
 確かに死んでしまったらもう何もできない。
 やり直したくてもできない。
 きっと、今考えれば、あの時死んでしまっていたらきっと今私は後悔している。
 あのあと、こんなことをしてあんなことをして問題を解決していって・・・
 挫折したって頑張って根気強く立ち上がって頑張っていつか成功したときにまた一からやり直せば、変われていたかもしれないのに・・・って、あの時目の前の苦しみから逃れて、最後まで逃げたことを悔しんでいたと思う。
 だから、生きて、頑張って命の終わりの最後まで生きる。
 そして、広瀬君の言葉のうちの”何かしらのすれ違い”が何かを見つけ、向き合い、解消していく。
 で、問題が解決した後、また小さいときのように心から笑い合って、たくさん話をしていきたい。
 見えない境界線を消していきたい。
 だから、どうにか話し合おう。
 誰にも話していない心のうちを話し合ってみよう。』
 
 そうして私は今。
 ・・・・・・たった今、ようやく自分という私自身が一番理解しないといけない人を理解できた。
 ううん。まだ理解しきれていない部分もたくさんあるかもしれない。
 だけど、とりあえずは今私に必要な、私が今理解しておくべき部分は理解できたと思う。
 だから大丈夫なはずだ。
 私は、「あと・・・」といって
【もう誰と何をしても変わらない気がしてきた。
 歩ちゃん、助けて、
 もう私、情けなくなってくるくらい何も考えられないや。。
 返信、待ってる。】
 などと、先生に話に行った時のことを話し、どうすればいいのか聞いた時の答えを知るために部屋に行き、スマホを開いた。
 スマホを見ると、歩ちゃんからのメッセージが二件、そして広瀬君からの着信がなんと十件近く来ていた。
 電話をくれた時間を見てみると、十分おきに着信してくれていたことが分かった。
『どうしたのかな・・・。』
 と広瀬君のことも心配になったが、私は今学校をさぼっている。
 つまり、広瀬君も歩ちゃんも今は学校だから電話をかけなおしても応じることはできない。
 ということで歩ちゃんからきているメッセージのほうを確認した。

【優笑ちゃん頑張ったんだね。
 本当にすごいよ!
 もう、先生に話すことができた時点で何かが変わろうとしていて、今回だって結果が良くなかっただけであって、先生は優笑の話を一応って感じだけど知ることができて、また緑ちゃん達に話を聞くことになった。
 これは、優笑ちゃんが先生に話さなかったら起きていない出来事でしょ?
 だから、何かしら変わっているんだよ!
 今は事が良くない方向に進んでいるみたいで、何をどうしていけばいいのかわからなくなってパニックになってるかもだけど、前にも言ったように一回深呼吸してみて!
 そして、優笑ちゃんは全く情けなくなんかないから、一回自分が本当にどんなことを考えているのかを思い返してみな!
 そうしたら、本当に自分がどうするべきなのかわかると思うよ!
 
 優笑ちゃんはずっと頑張ってるから、きっともう少しで光が見えてきて、だんだんいい方向に向かってくるよ!
 だから、いい方向に向かっていくチャンスを逃さないように一つ一つのことに向き合って頑張れ。
 また何かあったら話してね!】

 という事だった。
「歩ちゃん・・・。」
 本当に歩ちゃんに聞いてよかったなと思った。
 今のメッセージで、さっき私が考えていたことは間違ってないんだって、自分自身と向き合ってみて正解だったんだっていう事が分かった。
 そして、勇気が出てきた。
 私は歩ちゃんに、

【確かにそうだね・・・!
 私、今日先生が緑ちゃん達に話しただろうなって思って・・・なんか怖くなって学校に行かなかったんだ。
 ずる休み、しちゃった。
 でも、その分しっかり自分と向き合ってみたんだ。
 そしたら、”家族のことも、友達とのことも色々、逃げていてもいいことないんだ。”とか、
 ”なんで今まで逃げてしまっていたのか、”とかっていう事の答えが分かってきて、なんか少し自分のことが理解できてきて、
これからどうにかして前向きにまた頑張ってけるような気がしたんだ。
 だから、本当にありがとう。
 私、また頑張るね。
 また何かあったらメッセージするかもしれない。
 その時はまたよろしくお願いします。

 〈家族のことについて〉
 今まで、話せてなかったから話しておくね。

 私、なんか気づかない間に家族との間に境界線みたいなのができちゃててさ、そのせいでなんかあ母さんとか弟の碧唯とかの間に変な壁がある感じで、うまく話せてないんだ。
 広瀬君には、”家族との境界線は何かしらのすれ違いを解消すれば、きっと消えるはずだよ。”って言われて、歩ちゃんに言われて今日考えてみて、
『広瀬君の言葉の”何かしらのすれ違い”が何かを見つけ、向き合い、解消していく。
 そして、問題が解決した後、また小さいときのように心から笑い合って、たくさん話をしていきたい。
 見えない境界線を消していきたい。
 だから、どうにか話し合おう。
 誰にも話していない心のうちを話し合ってみよう。』
 っていう考えにたどり着けたんだ。
 まだ、私的に緑ちゃんのことも残ってるし、頭の中で具体的にどんなことをするのかも何も考えていないから実践していくのは先のことになりそうなんだけど・・・。
 とにかく、こんな感じのことがあったんだ。


 ちょっと内容がごちゃごちゃしちゃって分かりにくいかも。
 ごめん。】
 
 と返した。
 
 そのあとは何となく、といった感じで時間を過ごしていた。
 すると夕方、スマホから「プルルルル・・・プルルルル・・・」と電話の音がした。
 まさかと思って画面を見てみると案の定”sora★”と書かれていた。
 私は、今日のことを話したかったこともあり、通話ボタンを押した。
「―――――、もしもし広瀬君?
 電話、今まで気づいてなくて、出れなかった。
 ごめん。」
「あ、優笑?
 ううん。大丈夫だよ。
 気にしないで!
 ・・・・・・それより、今日学校来てなかったんだけど、大丈夫?
 俺、心配で、めっちゃ電話かけちゃった。アハハ・・・。」
「そうだったんだ・・・。
 心配かけてごめん。
 大丈夫だよ。
 今日は、先生が緑ちゃん達に話しただろうなって思って・・・なんか怖くなって学校に行けなかったんだ。
 だけどね、私一回自分ともう一回本音で向き合ってみようと思って考えてたんだ。
 そしたら、なんか自分がなんで怖くなるのかとか、なんで逃げちゃうのかとかっていう本当の気持ちが多分だけど分かったんだ。
 私、また頑張って、最後まであの緑ちゃんたちのことに向き合おうって思った。
 あと、広瀬君が言ってくれたように家族と心のうちのことを話し合って、何かしらのすれ違いを見つけて解決していきたいなって思った。
 だから、本当にありがとう。
 これからもよろしくお願いします。」
「そっか・・・!
 良かった。
 優笑の力になれてたんだったら、俺も嬉しい。
 またなんかあったら、すぐ頼ってくれていいからね。
 俺も、優笑の手伝いもするから、家族のことも緑ちゃんたちのことも頑張って!」
「うん。ありがとう!
 頑張るね!
 明日は絶対学校に行くから。
 緑ちゃんたちのことできっと何かしらあると思うから、その時はまた話すね。」
「了解。
 じゃまた明日ね。
 学校で待ってる!」
「うん。また明日。」
 そして、”プツリ”と音を立てて電話が切れた。
『明日は何があるか分からないけど、広瀬君が学校にいる。
 しかも、私も少し変われたからきっと大丈夫なはず。
 何かあっても私には味方が少なからずついてくれている。
 だから、頑張って学校に行く。』
 私はそう心の中でつぶやいた。
 もうすぐで夜ご飯だ。
 まだ、すぐには何かをすることはできないけど、家族としっかりご飯を食べよう。
 そう決めて私はリビングに向かった。
 やっぱりもう怖さはほとんどなかった。
 学校に行かなかったのは悪いことだけど、私にとってはいい機会になったと思う。
 今日の出来事のおかげで、私は一歩明るい未来へと続いている道に踏み出せたと思った。

 途中で鏡を見た。
 私の顔はもう今までとは少し違って明るい顔になっていた気がした―――――。