「―――――今年のお前達、二年五組の担任になった風道勇だ。よろしくな。」
 そういって先生は黒板に自分の名前の漢字と読み仮名が大きく書かれていた。

 ”風道 勇(かぜみち いさむ)”

「風道・・・先生か、」
 私はそう小さい、誰にも聞こえないような声を出して先生の名前を読んでみた。
 歩ちゃんとお別れしてから約一週間。
 やっぱりまだ歩ちゃんがいないことへの不安はある。
 でももういい加減一人でも頑張らないといけない。
 今日は始業式がある。
 クラス替えはあったが、無事緑ちゃん達とは今年もクラスが離れ、歩ちゃんと仲が良くて一緒にいたグループとも
クラスが離れた。
 私はその子たち以外仲のいい子がいないため、一年前の入学してきたときと同じようにまた一からのスタートだ。
 歩ちゃんのことは絶対に忘れないしずっと友達だけど、学校では歩ちゃんがいなかったと思って過ごしてみようと考えた。
 本当は私みたいな人は一人でいるはずの人間だからだ。
 あと・・・私はいつの間にか二匹オオカミから一匹オオカミと呼ばれるようになっていた。
 でも私にとっては別に何ともないことだった。
 だって、入学した時もそういうあだ名がついていなかっただけであって歩ちゃんとも知り合ってなく、今と同じように一人だった。
 だから別に何も変わらない。
 そう思いながら始業式を迎えた。
 始業式は、修了式と違って表彰がない。
 だから、すぐに終わった。
 そしてそのまま、新しい教科書が配られ、先生に自己紹介をし、下校となり、明日や明後日もただ淡々と一人で過ごしていく―――――はずだった。
 だけど、修了式が終わり、教科書を配り始めるはずなのに先生は
「その前に・・・・・、だいじな発表がある。」
 と言い放った。
 もちろんクラスの生徒が誰もその内容が分からない。
 だからだんだんと
「なんか一年の勉強の復習のテストとかかな・・・。」
「えー、それは絶対やだなー。
 というか定期テストがあったんだからさすがにないでしょ。」
 などという、話し声が聞こえてきた。
 そんな中、先生は
「はいはい、静かに。
 それではだいじな発表をします。」
「・・・・・・・・・・。」
「このクラスに、転入生が入ります!」
 と、突然そんなことを言った。
 クラスは急に騒ぎ出し、
「聞いた⁉転入生だってよ!転入生!
 男子かな、女子かな?」
「男子だったらイケメンがいいな!」
 とだいたいがこんな感じの内容だった。
 転入生・・・。
 だいたい恋愛系の話ではあるあるの流れ。
 転入してきた人がイケメンで、かっこいい。
 それで人気者で主人公と仲良くなって―――――
 みたいな。
 だけど、現実はそうとは限らない。
「どうぞ!入ってきて!」
 そんな先生の声で、一気にクラスが”しん・・・”とした。
 多分転入生にとっては一番緊張する瞬間。
 歩ちゃんもそろそろ経験する瞬間。
 私だったら・・・。もしも私が転入してくる側だったら・・・
 自己紹介はもちろん、この後クラスの子に質問攻めにされた時もうまく話せないと思う。
 そんな私をよそに、右前の扉が静かに『ガラガラガラッ・・・』と開かれた。
 そしてクラス全員の目線を受けながら入ってきたのは運動をあまりやっていなさそうな白い肌をした、
第一印象はクールだろうと思う感じの空気をまとっていた。
 決してイケメンという感じではない、でもどこか、自然と興味がわいてしまうような感じだった。そして・・・
「自己紹介、お願いね。」
 という先生の声に「はい。」と短く返事をして、
 ―――――「広瀬 空です。よろしくお願いします。」
 と静かに自己紹介をした。
 その後ろでは先生が自分の時のように、
 ”広瀬 空(ひろせ そら)”
 と黒板に名前の漢字と読み仮名を書いた。
 広瀬君か・・・。
 多分私とは、一匹オオカミだから私が話しかけない以上一回も話さないだろうと予想がついた。
 そして、そう思ってしまった自分を一瞬にして嫌になった。
 一年前から何も変わっていないことがただただ突きつけれれているようで悔しかった。
 ・・・せっかく歩ちゃんに気持ちの切り替え方を教えてもらって、これで人にテンションを合わせていけばどうにか
仲良くなれると思ったのに、話しかけようともせず、最初から諦めてしまって情けないなって思った。
 だけど、自己紹介してからクラスの子が
「広瀬君、なんか雰囲気クールって感じだよね。」
「ね、めっちゃかっこいい!」
「少なくとも私たちのクラスの男子よりかは頭よさそうでしっかり者だと思う!」
「えー!そんなのひどい!
 俺たちをばかにするなー!」
「だって本当のことじゃーん!
 この間の小テストゼロ点だったんだもんねー?」
「うっ、うるせーよ!
 だまっとけ!」
「はい、そこらへん!
 すぐにうるさくするなよー!」
「はーい。」
 と先生の声で静かになったものの、この感じじゃクラスの大半がこの後、広瀬君に集まっていく。
 そこに私が混ざれるようになるのは、まだまだ先だと思った。
 そしてそのあと、予定時刻より遅れているが新しい教科書が配られ、先生に自己紹介をし、しっかりとほかのクラスと
同じことをこなし、『帰りの会までは自由時間』ということになった。
 そこでは、予想通りクラスの大半の人が広瀬君に集まり、好きな動物からタイプの女の子のこととかいろんなことを
聞いていた。
 でも、広瀬君は困った顔や嫌な顔を一つも見せず丁寧に答えていた。
 すごいな・・・。
 ただただ広瀬君のことを私は尊敬してしまった。
 だって、私が絶対できないことを淡々とこなしているんだもん。
 そんな人を見たら悔しいけど『すごいな』って誰だって尊敬しちゃうと思う。
 ・・・・・と広瀬君のことを考えていたけど、私はそこには行かず、先生のところに向かい
「風道先生、先ほどの自己紹介でも言いましたが、七香優笑です。
 一年間よろしくお願いします。」
「おお、優笑な。
 覚えた。覚えた。よろしくな。」
 ともう一度自己紹介をし、
「それでなんですが、今日配布する手紙、私が配りましょうか?
 先生に任せていただけたら、あとはしっかりやります。
 少しでもクラスの役に立てるようになりたいので。」
 と、自分が一人で暇になるような時間をつくらないし、先生からの信頼も少しずつ積み重ねる第一歩となる仕事を
これから私がやらせてもらえるのかを先生に聞いた。
 この仕事は、人と関わらないように逃げるためでもあるし、先生からの評価を上げてもらうための少しずるい方法かも
しれない。
 でも、これから先もきっと人とうまく関われないであろう私が生きていく中での道はこれしかないと思った。
 ―――――と思いながらも、『結局私は逃げている。』ということがすごく嫌だった。
 本当に悔しい。でも、やっぱり人とはうまくやっていく自信がない。
 心の中がこんな風に考えると、どんどんぐちゃぐちゃになっていって、自分は人とうまくやっていきたい気持ちと、
嫌な思いをしないように一人で、一匹オオカミのままで過ごしていたい気持ち、どっちのほうが強う気持ちでどっちのほうに
進んでいきたいのか分からなくなってくる。
 一人であれこれ思い悩んでいると、
「優笑がやってくれるのか?ありがとう。
 そしたら、お言葉に甘えてお願いしちゃおうかな!」
 と言って先生に配布物を配っていいことになった。
「ありがとうございます。
 一生懸命やらせていただきます。」
 そう先生にいって、私は手紙を配り始めた。
 そして一人になり、黙々と手紙を配っているうちに、少しずつ
『やっぱり一人だと友達に変な気を張らなくていいし、問題もほとんど起こらないからこっちのほうがいいな。
 私、”人と関われるように”って、変に頑張るの――――
 やめちゃおうかな』 
 っていう気持ちが膨らんでいって、心のどこかで
『逃げちゃダメだよ』
 という気持ちが、逃げようとしている気持ちに押しつぶされていそうな気がする。
 そして、不思議なほど急に『プツリ』とここまで頑張って変わろうとしていた気持ちの糸が切れた音がした。
 
 次の日、学校に行っても私の口から「おはよう」という言葉は出なかった。
 歩ちゃんはいないし、友達もいないでもどうしてか全くさみしくないし、昨日までの私のように頑張って人に話しかけて
みようかなとも思わなかった。
 そして、そんな逃げたのであろう自分はどこかほっとしているような気もした。
 ・・・これでいい。これでよかったんだ。
 そうして、窓際にある私の席で窓から吹き込む冷たい風に頬を打たれながら好きな小説を広げ、読み始めた。
 だけど、そんなに時間もたたないうちに小説の物語の世界に入り込んでいる私は
「なぁなぁ、ちょっといいか?」
 という声によって現実にひき戻された。
 ―――――私はとっさに顔を上げてその人と話すか、何か言い訳を考えこの場から逃げるか、どちらにするか考えた。
 クラスの人たちが私のほうを向くや否や、
「みてみて、空君と一匹オオカミが話してる。」
「空君、一匹オオカミと仲良くなろうとしてるのかな。」
「かもね。でも、一匹オオカミはしゃべらないよね。・・・多分だけど。
 それに話したとしても、いつもの愛想わらい浮かべて空君の話聞き流すんじゃない?」
「えーそんなのかわいそう!
 空君のこと、一回止めてきて一匹オオカミのこと詳しく話したほうがいいかな⁉」
 と言っているのを横目にしながら・・・・・。
 でも、広瀬君はそんな言葉など気にしていないのか、全く聞こえていないのか、
「おおーい!聞いてんのか?
 俺、空。このクラスに転入してきた人。
 これで今お前に話しかけてきたのがだれか分かっただろ!
 怖くないから、悪いこと何もしないから顔、上げてくれない?」
 と言って、私にはこの場から逃げるという選択肢を与えようとはしてくれないらしい。
 にしても、この広瀬君は見た目とは打って変わってすごい積極的なコミュ力馬鹿みたいだ。
 そして、やや生意気な気もする。
 だって、思い返してみればさっき私のことを『お前』って呼んだし、初めて話すのに『分かっただろ!』とか普通に常識的に
考えたらものすごく失礼だ。
 こういう人は私がもっとも苦手としている人種だ。
『・・・はやくどうにかして話を終わらせて用を済ませてもらおう。』
 そう考え、
「なに?どうしたの?」
 とできるだけ優しく、相手の気に障らないようにして答えた。
「お、ようやく目が合った!」
「は、はい・・・。
 えと、私に話しかけてきた用はそれだけ?」
「んなわけないじゃん。
 俺、クラスのみんなと仲良くなりたいんだ!
 だから、少し話したいなと思って!」
「え・・・・・。」
 私は驚きのあまり硬直してしまった。
 広瀬君はまだ私の”一匹オオカミ”というあだ名を知らないのかもしれない。
 こんな私がみんなと一瞬に仲良くなり、一気にクラスの人気者かつ、リーダー的な存在の人とうまく話せるだろうか。
 ・・・ううん、きっと無理。
 これで広瀬君と話して、もし気に障るようなことを言ったら、きっとみんなに私の悪口をみんなに、緑ちゃん達の時のように一瞬にして広められてしまう。
 それに私は昨日『頑張って人と仲良くしようとすること』をやめたから、もう仲良くならなくったっていい。
 そう考えた末、
「ごめん、朝の会が始まる前にトイレ行っときたいからまたね。」
 といって
「おい、待てよ!」
 という後ろから聞こえてくる声を無視してトイレに急いだ。
 
「はぁっ、はぁっ、」
 トイレの個室にこもったとたん急に息が上がってしまった。
 多分これは、私が思った以上に自分が怖がってたいからだろう。
 私は息を整え、”広瀬君から逃げたのはもう人と仲良くするのをやめた以上仕方がないこと。”として教室に戻った。
 ・・・・・教室は普段よりも居づらくなっていた。
 私が足を踏み入れた途端に私をそこで射止めるような、矢のような視線が四方八方から飛んできて、
「なんであんなことするの。」
「最低すぎるでしょ。」
「一匹オオカミだからって何でもしていいと思ってるの?
 馬鹿じゃない?」
「調子乗りすぎ!」
 というようなことを目線で私に訴え始め、時間が経つとコショコショ話を始めた。
 だけど私は頑張って耐えた。
 心の中では
「コショコショ話じゃなくて私の前でもう少し堂々と言えばいいのに」
 とか
「じゃあ、あなた達は私に対して団体だからって好き勝手言っていいと思っているんですか?」
とかってずっと言ってたけど・・・。

 そんな感じで、放課後になった。
 私は急いで部活に向かった。
 クラス内でどんなことがあろうが、部活でさえ友達がいなかろうが、部活は好きなことが思いっきりできる。
 だから、一回忘れて部活を・・・
 しようと思って体育館に入った。
 でも、女バレーの横で活動している男バレーの中に広瀬君を見つけた。
 正直、広瀬君が男バレー部に入る確率はほぼないと思っていた。
 だけど、居た。
 今の私にとって、広瀬君は
 ・私の苦手な人種
 ・今日、私がいつも以上にクラスに居づらくなった原因の人
 ・私の悪口を言う恐れがある人
 などでしかない。
 そんな人がこれから隣で活動しているなんて―――――
 バレーができなくなる。もしくは思いっきりできなくなり、楽しくなくなってしまう。ということが脳裏をよぎった。
 
 どうして私はこんなにも運が悪いんだろう。
 普通に過ごせば悪口を言われ、友達をつくろうとするのを諦めても何かしら問題が起きてクラスに居づらくなり、
唯一友達がいなくてもチームとして思いっきり夢中になれるところでも急に自分が気が散ってしまうような人が
入ってきたり・・・・・
 本当に自分の運の悪さには飽き飽きしてくる。
 そんなまま部活を始めた。
 だから全くうまく今までのようにスパイクが打てないしボールとのタイミングがずれてしまう。
 私が唯一楽しくいられる場所なのに・・・。
 そう言って集中してくると今まで聞こえていなかった周りの声が聴こえてきた。
「優笑って、性格ダメダメなのにバレーがうちらよりうまいなんてなんか腹立つ。」
「イキってる感じしてムカつくよね。」
 ・・・・・はぁ。
 やっぱ、どこ行っても私はこんなことを言われてるのか。
 なんか自然と力がなくなっていく気がした。
 そうして部活が終わった。
 
 帰っている時も今日は自分を責めたり、周りの人を責めたり、運が悪いとウダウダ言ったりしかしていなかった。
 すると突然、
「おーい、優笑ー!!」
 という声が聴こえてきた。
 その瞬間私の背中はお化けを見たかのように”ゾクッ”とした。
 そしてとっさに私はさりげなく逃げるように早歩きをした。
 でも広瀬君をかわすことはできなかった。
 走ってきた彼に私は肩をたたかれ、
「おい、学校でもそうだったけどなんで無視するんだよ!」
 と言われてしまったのだ。
「・・・・・。」
「おーい、なんかあるんだろ?
 いえよ。聞いてやるから。」
「・・・・・・・・・、」
 私の我慢はここで切れた。
 今まで我慢していたことが爆発してしまった。
「今日、話しかけてきたときから思ってたけど、なんなの?ほんとに。」
「え、あ、いや・・」
「あのさ、今日しゃべりかけたとき、”お前”とか、初めて話すのに”〇〇だろ”とか”〇〇してくれない?”みたいな感じに
気楽に話しかけないでよ!」
「しかも、私があなたのことを避けてることわからない⁉
 こっちにはこっちの事情があるの!
 だからそんなに私にはぐいぐい来ないでもらいいていい?」
「・・・・・そんなに怒らせてたのは知らなかった。
 ごめん。これからは七香さんって名字で呼ぶね。」
「うん、そうして。」
「うん。・・・・・・。
 でもさ、七香さんに何が合って、どんな理由で周りと関わりたくないのか教えてもらえないかな・・・?
 そうしてもらわないとさ、仲良くなれないし、助けてあげることすらできないからさ。」
「―――――ううん。大丈夫。
 だって、、、だって結局何をしてもうまくいかないんだからもう、どうしようもないんだよ!
 だからもう、そうやって私をおいかけないで!一人にさせて!
 もう誰かと一緒に居たくないから。注目を集めず静かに過ごしたいから!
 お願い!」
「・・・・・わかった。
 もう七香さんにはむやみやたらに関わらないようにする。
 でもこれだけは覚えておいて。
 ”何をしてもうまくいかない”って言うのは自分一人でどうにかしようとしたからじゃないの?
 誰かに聞いて頼ってみればいいんじゃない?
 ってことだけ。
 そしたら、また明日学校でね。」
 そういって広瀬君はさっていった。
 私はどうすればいいのかわからなくなっていた。
『人のことを信用できないからこそ頼れないっていうのに、自分一人ではどうにかできないなんてもう、どうしようも
 ないじゃん・・・・・。』
 そうして家に着くときには私の頭はパンク状態だった。
 せっかく友達を無理に作ろうとせず、一人で過ごそうと思っていたのに、なぜか心が揺らぎ始めてしまった。
 だって、まだ友達と仲良くしようとするための方法があるようなことを言われたから。
 できるはずないけど、”人に頼る”っていう方法を知ってしまったから。
 今まで押しつぶしてきていた”どうにかして頑張って友達をつくり、自分自身少しずつ変わっていこう”としていた気持ちが
復活してしまったから。
 だから余計に
『変わるために人を信用して頼ってみたい。だけど、人が怖い。』
 という矛盾している気持ちに頭がおかしくなっていった。

 そうして『どうしよう。どうすればいいんだろう。』と悩んでいると私の進むべき道を教えてくれるかのようにスマホが
”ピカッ”と光り「ピロン」。
 誰かからメッセージが来たことを知らせる音が鳴った。