歩ちゃんにメッセージを送った後、私はなんにもする気がなくて部屋でボーっとしていた。

―――――そんな私を畳み掛けるかのように出来事は起きた。

「・・・・・み!・・・ゆみ!ちょっとー!聞こえてるの?リビング来てー!」
 気づくとお母さんにそう呼ばれていた。
「はーい。今行くねー。」
 そう返事をした。
 リビングに行くまでいくつかの窓ガラスの前を通った。
 どれだけボーっとしていたのだろうか。
 外はもう真っ黒な闇につつまれていた。

 そして、リビングに行くとお母さんに
「今日の夜ご飯って作れそう?」
 と直球に聞かれた。
 私は、学校のことも歩ちゃんのこともあり”気力的に”できないと判断し、
「ごめん。今日ちょっと無理そうかも・・・
 その代わり、また今度作れそうなときに作るね。」
 と断らせてもらった。
 するとお母さんは、
「優笑、あなたは女の子でしょ?
 ご飯くらいもっと作って慣れておかないといけないわよ?
 お母さんになった時、困るわよ!」
 と言われた。
 私は、今日のこれまでのことがあり、少し情緒不安定だったこともあり、
「なんでそうなるの?」
 と、イラつきが込められた声をだして反論してしまっていた。
 お母さんは、いままであまり反発のしていなかった私が言い返したことに驚いたのか、
「優笑?お母さんは優笑のことを思っていったのよ?」
 と言ってきた。
 でも私のイラつきは大きくなっていくばかりで、
「”私のことを思って”って何?」
 とまた更にさっきよりも強めな声で言ってしまう。
 ・・・違う。私は言い返したいわけじゃない。
 そう思っていても今まで一時的に止めていた怒りがどんどん出てきて
「”女の子だから”っておかしいと思うよ?」
「そんなに勝手に決めつけないでよ!」
 と言葉がどんどん出てきてしまう。
 すると、お母さんを怒らせてしまったみたいで、
「勝手ってなによ!」
「さっきも言ったけど私はあなたのことを思って言っているのよ?」
 といわれる。
 だけど私は頭の中がこんがらがってきた。
 そしてイラつきが怒りに変わり、
「”あなたのため”って言っているけど、私の何が分かっているの?
 いつもいつも、私とたいしてしゃべってなんかないじゃん!
 だから私のことなんてなにもわかってないんだよ。
 なのに、私のことを分かり切ったように言わないで!」
 そう言ってしまった。
 気づくとお母さんは泣いていて、碧唯はそのお母さんを心配するように背中をさすってあげていた。
 そして私に向かって、
「お姉ちゃんもそんなこと言っておいて、お母さんのこと知っているの?」
「そっ、そんなこと・・・」 
 ”分かっているよ”と言い返そうとしてやめた。
 そして碧唯は続けて、
「お姉ちゃん、おかしいよ?頭冷やして来たら?」
 と心配そうに言ってきた。
 おかしい?・・・私が?
 そこで私の怒りは頂点に達してしまった。
「おかしいって何⁉私は今まで我慢していたんだよ?
 私が小さいときお母さんにサプライズで朝ご飯を作ったらいつの間にか”私が朝ごはんつくるのが当たり前”
 みたいになってて、、
 毎日作るの嫌だったけど、作らなきゃみんなが困るしって思って作り続けてた。
 これまでむかつく時がたくさんあったけどこうやっていい争いしたくなかったから、言い返そうとした言葉を
 頑張って飲み込んで言わないようにしてた。
 人前では不平不満いったらいけないって思ってたからどんなに嫌なことがあっても笑顔をつくって何も言わず頑張ってきた。
 この姿が私の本当の姿だよ?
 なにも、おかしくなんかない。
 我慢し続けてただけだからっ・・・・・!!」
 そういい、私は部屋に駆け戻った。

 一瞬見えたお母さんと碧唯の顔はすごく驚いていて、そして悲しそうだった。
 私は冷静になってさっきのことを思い返してみて、怒鳴って悪かったなと反省した。
 だけど、今までため込んできたことがいくつか吐き出すことができて、さっきまでものすごく苦しかった心がすこしだけど
楽になった気がした。
 
 そのあと、お母さんが「ご飯だよ。」と言いに来てくれた。
 だけど、言いに来てくれたお母さんはすごく気まずそうで私も気が進まなかったので”呼びにきてくれたのにもかかわらず申し訳ないな”と思いつつ、「うん。」とだけ返してリビングにはいかなかった。
 そしてその日は夜ご飯を食べることなく眠りについた。

 ―――――次の日、いつも通り起きるとお母さんと碧唯が台所に立って朝ご飯を作ってくれていた。
 だけど、二人はいつもと違う空気を身にまとっているような感じがして、いつもの会話ができなかった。
 そして、私と二人の間に気まずい空気が流れた。

 そしてそのまま朝ご飯を久しぶりに三人で食べた。
 でも、全然楽しくなくて、二人の作ってくれたご飯も本当はおいしいのだろうが、その時はおいしいと感じることが
できなかった。
 ・・・そのまま時は過ぎていき、私は家を出た。

 そういえば、家族との問題のことで少し忘れていたが、昨日の”私が緑さん達をいじめた”というデモが流れてしまい大変なことになっていることを思い出した。
 歩ちゃんに送ったメッセージの返信も来ていたかもしれないが、まだ見ていなかった。
 今日も学校のクラスでさえも変な目で見られるのかな・・・。
 そう考えると学校に行きたくなくなっていた。
 そして、歩ちゃんにかばってもらったあげく、苦しい思いをさせてしまったということもあって、
 どんな顔をして会えばいいかわからなくて、会うのが少し怖くなった。
 そして、
 ―――――いっそのこと、帰っちゃおうかな。
 そう思い始めてしまった。
 でも、このまま帰ると”私は今後、学校に行けなくなるんじゃないか。”そういう風に考えてしまった。
 人間は習慣がほぼ命。
 何かをしようと思っても、
『もう少し後からでもできるし、大丈夫だ。』
 と自分に対して甘い感情が出てきてしまい、結局は
『もうできない時間になっちゃったな。』
 とかと言って、できなくて、そのうち
『よし、明日もう一回頑張ろう!
 ・・・絶対今日と同じ失敗はしないぞ!』
 とか言って開き直って、でも結局次の日もおんなじことを繰り返す。
 だから、私も今日学校に行かないで家に戻ったら
『明日は行こう。勇気を出さないと何も変わらないと思ったから・・・!』
 とかたぶん言って、結局その次の朝には
『昨日はあんなことを言ったのもも、ちょっと今日はそんな勇気ないからな・・・、』
 っていって諦め、
『うん。明日なら大丈夫な気がする!』
 と、”明日なら”と言って先延ばしにしていってしまい、気づくともう学校に何か月も行けていない・・・
 という状況になると思った。
 だから・・・
「行くしかないのか。」
 そうつぶやき、弱音やこれからのことを勝手に妄想してはおびえながら学校に向かった。

 学校に近づいていくと次第に私と同じ制服を着た人が増えていく。
 私はその人たちに対してだんだんと
『誰が何を考えているんだろう・・・。みんなあまりこっちを見てないからあのうその噂を知らないのかな?
 でも、心の中で、
 ”あっ、あの誰かをいじめたっていう子じゃない?こわ。”
 とかって言ってたらどうしよう。。』
 そう考えてしまい警戒心を持つようになっていった。
 そして、とうとう学校についてしまった。
 多分、昇降口に行ったら誰もが私のことを見ては
「あの噂の子だ」
 とかって思うだろう。
 でも、これからしばらく・・・ううん。
 もしかしたら中学のあいだはずっと、そう思われるのかもしれない。
『だから、今日一日をまず頑張って乗り越えないと!』
 と決意を固め、昇降口に入っていった。
 だけど・・・、
 やっぱり私に向けられる目はみんな冷たい目か、怖い目ばっかりで怖かった。
 そして私はそんな目を向けられ続けながら教室に向かった。
 すると、思いもよらない、意表を突かれるような光景が広がっていた。

 私の机にはアニメのいじめシーンでよくみる感じで
 ”いじめっこ”
 ”人の気持ちを考えないでいじめるなんて最低”
 などと。
 歩ちゃんの机には
 ”いじめっ子をかばうって頭おかしい”
 ”非常識なバカ娘”
 などと机いっぱいに書かれていた。
 そして歩ちゃんは―――――
 学校には来ていなかった。
 私は歩ちゃんへの罪悪感と、誰が書いたのかもわからない机の文字に対しての恐怖で何かをしようとする気力さえ
なくなっていてふらふらと教室を出て、保健室に行くことが精いっぱいだった。

 保健室に行くと、先生に
「大丈夫?」
「何があったの?」
「顔色悪いよ?」
「頭痛い?お腹痛い?」
 と質問攻めにされたが、
「後で話せそうだったら話すので、一回休んでも良いですか?」
 と返した。
 すると保健室の先生は、
「うん。確かにその状態からしたら休んだ方が良さそうね。
 ここに座るか横になって休んでいいわよ。」
 と返してくれた。
 ・・・気を使ってくれる先生で良かったな。
 と思いつつ、指示されたところに行って座った。
 
 ふっと時計を見るといつの間にか、一時間目がそろそろ始まる時刻になっていた。
 一時間目を欠席すると成績に影響してしまう。
 それだけはいくらつらくても、避けたかったのでそろそろ戻ろうと考え、
「先生、休ませていただきありがとうございま・・・」
「優笑⁉」
 私は、”先生、休ませていただきありがとうございました。”と言おうとしたが、突然現れた福永先生に言葉を
さえぎられてしまった。
 いきなりのことすぎて驚き、一瞬固まってしまったが、”はい。”と先生の『優笑⁉』という声に返事をしようとした。
 だけど、先生は私に何かを言わせるつもりが全くなかったようで、すぐに
「大丈夫か・・・?」
 と言って心配してくれた。
 でも私は、
『・・・なんで今になってそんなこと言うの?
 先生、昨日はあんなに私のことを悪者扱いしてたのに。
 そんな風に後になってから急に心配しだすなんて、軽すぎる。
 私のことをまた悪者扱いするかもしれないのに、そんなに”心配”というような目で見ないでください。』
 と思ってしまった。
 でも、これは本当の気持ちだった。
 私はどう返せばいいのかわからず、下を向いた。
 すると、先生は
「優笑、ちょとこい。」
 そう私に行った。
 正直、どうしようもなく、怖かった。
 先生と二人きりになると何が起こるか、何を言われるかわからないからだ。
 でも先生は私の答えを聞かないまま、くるりと体の向きを変えて歩きだしてしまう。
 先生はずるい。
 こういう、自分の思い通りにしたいときだけ生徒の意見も聞かないで動き始めるなんて・・・。
 ―――――ついていくしかないじゃん。
 そうして私は
「はぁーあ、」
 とだれにも聞こえないくらいの大きさでため息をついてから、保健室の先生に体の向きを変え
「ありがとうございました。」
 とさっきは福永先生のせいで言えなかった感謝の言葉をいい、ペコっと頭を下げどこかに向かっている福永先生のもとへと
 早歩きで向かった。

 そして先生と私が足を止めたのは昨日いじめの話を聞いた会議室Aだった。
 ここはあの話を聞いて以来、ものすごく苦手な場所に豹変していた。
 怖さで足が震える、のどが急激にカラカラしてくる、頭がくらくらしてくる、お腹がズキズキと痛んでくる。
『あぁ・・・、帰りたい。家に。私の部屋に。
 そしてはやく一人になりたい。』
 そう思っている私をよそに先生は
「ここで少し話そう」
 といい、中に入っていった。
『・・・・・・。
 なんて身勝手な先生なんだろう。』
 そう思い、恐怖のせいで今回ばかりは先生の指示に従えそうになかった。
 それは、これまで「はい。」と素直に答えていた私にとっては初めてのことだった。
 先生は
「優笑、入っておいで。ここには誰もいないから大丈夫だよ。」
 といい私を落ち着かせようとしたみたいだった。
『でも、先生がいるじゃないですか。』
 私はすぐに心の中で言い返した。
 そして、どうしても中に入る自信がなくて、下を向いて突っ立っていると、
 ・・・隣に誰かが立った。
 一瞬先生かと思ったが、私と同じ一年生専用の上履きをはいている。
『もし私がいじめたという嘘情報を流したと思われるグループの誰かだったら・・・』
 という恐怖もありながら、その、私の隣に立っている人の顔を見た。
「・・・・・・っ!!!」
 そして、その人の顔を見た瞬間、私は驚きで声が出なかった。
 その隣の人は私の顔を見て
「大丈夫・・・?」
 と言ってくれた。

「歩ちゃん・・・!」
 そう。
 隣に来てくれたのは学校に来てなかったはずの歩ちゃんだった。
 歩ちゃんを見て、私は罪悪感よりも安心感のほうが今は強くなっていた。
 
 そして歩ちゃんは私に
「私と一緒に先生と話そ。」
 そう言って私の、いつの間にか震えていた手を握ってくれた。
 私は、「うん。」と決意を込めた声で返事をした。

 私と歩ちゃんは先生の前の席に座り、先生を見上げた。
 先生は少し驚きながら私たちを見ていた。
 そしてその後、
「歩、学校に来たんだな。」
 といい、
「ちょうどよかった。二人に言いたいことがあったからな。」
 と続けた。
 
 私はさっきまでは怖くて冷静になれてなかったけど、歩ちゃんのおかげで冷静になれた。
 だから、先生に対して
「言いたいことって、何でしょうか?」
 と話すことができた。
 先生は
「歩のおかげで優笑の顔の表情が少し和らいだみたいだ。
 ありがとな。」
 と歩ちゃんにお礼を言ってから、
「二人は見たのか分からないが、その・・・二人の机のことだ。」
 といった。
 言い方や表情からして、先生も少し緊張しているような感じがする。
 私はその”机のこと”が何のことかはもう見ていたので
「はい。私は見ました。」
 と答えた・・・・・が、歩ちゃんは
「すみません。私は教室にまだ行っていないのでわからないです。」
 といった。
 きっと先生はこの後、私達の机がどうなっているのかを話すのだろう。
 そう思うと私は、歩ちゃんがこれから知る内容がつらいものだと知っているため、つらくなってきた。
 私がまた少し怖くなりはじめ、下を向くと先生はまた話し出した。
「歩も優笑もちょっとつらいが、聞いてくれ。
 今、二人の机にはいろんな言葉が書かれていて、残酷なものになっている。
 先生もそれを見て分かったが、多分それは、優笑が数名にいじめをしたということにたいしてのものだと思う。
 そして・・・歩、おまえは優笑をかばったんだな?」
 と歩ちゃんに問いかけた。
 歩ちゃんの手は震えていた。
 私はその手をつかんであげようとすると、歩ちゃんは”サッ”と怖くなるほど音を出さずに立ち上がり
 先生を見ると
「私が優笑をかばったことは確かです。
 でも優笑はそんなことしてません。」
 そう言ってくれた。
 そして歩はまだ何かを言おうとしてくれたけど、私は一番言いたかったことを代わりに行ってくれたので、
「私が言いたかったこと、言ってくれてありがとう。
 もうそれだけでいいよ。」
 と言って止めた。
 歩は「分かった」といって座ってくれた。
 私は
『本当にいい人と友達になれてよかったな』
 と思い、ありがとうの気持ちを込めて今度こそ手を握ってあげた。
 すると上から
「歩、それはどうしたらそう言えるんだ?
 ”いじめられたといっている人が嘘をついている。”
 とでも言いたいのか?」
 と怒りのこもった声が聞こえた。
 その時私は、
『そうです!そう言いたいんです!
 私がいじめてきたと先生にいったのは五組の緑さんたちではないんですか?
 もし合っているならば、私はいじめていません。
 むしろ、私が小学校の時いじめられたんですよ?
 だから、その人たちにはもう関わらないようにしていたんですよ?
 いじめるわけないじゃないですか。』
 と先生に言い返そうとした。
 だけど・・・、口が固まったようにうまく動かなくて言えなかった。
 ”なんで。なんで言えないの⁉
 私だけが一方的に歩ちゃんにかばってもらい続けるなんてできない。
 そんなの嫌だよ!”
 そう思ったところで、私の口がうまく動くようにはならなかった。
 そしてまた、
「そういうことです。」
 と歩ちゃんに言ってもらってしまった。
 私はこれ以上歩ちゃんに頼って話を進めることを自分が許したくなくて
「今日はこれだけで終わりにさせていただきます。」
 と言って歩ちゃんを連れて会議室Aから出た。
 ・・・こういうときだけ口が動くのか。。
 と悔しさをにじませながら――――。

 そのあと、私と歩ちゃんは屋上に向かった。
 屋上はあまり立入ってはいけないけど、
 ”今回だけは許してください。”
 ということを心の中で私もわからない誰かに言ってから入った。
 そして、私たちは緊張から解き放たれ
「ふぅー、、」
 と息抜きをした。
 
 数分たち、お互い頭の整理がついてから、
「私のせいで歩ちゃんも巻き込んでごめん。」
「ううん。大丈夫だよ。
 それに、そうしようと決めたのは私だし!」
「でも・・・、」
「優笑ちゃん?
 私達は友達だよ?
 だから、その友達をかばうのは当然!
 しかも優笑ちゃんが人をいじめてなんてないってわかってたし。」
「どうして・・・?」
「だって、なんというか、あんま私以外と話してるとこ見たことなかったから・・・かな。」
「そっか。ありがとう!」
「うん!」
 そう言って私たちは空を見上げた。

 多分、これからしばらくはこの”私が緑ちゃん達をいじめた”ということで、いろいろ起きるかもしれない。
 でも、
『何とか頑張ろう。』
 そう私は思えた。