俺のお母さんの名前は広瀬心笑(ひろせ ここえ)という名前だ。
 お母さんは本当に名前の通りいつも心から笑っていた。

 ―――――そう、思っていた。

 なのに、お母さんは急に死んでしまった。
 ・・・自殺、だった。
 それをお父さんからはお母さんが自殺した理由だと思われることも知らされた。
 あんなに優しい人を悪く言う人がいるんだって思うとものすごく悲しく、そして虚しくなった。
 するとそのとたん頭をハンマーで思いっきり殴られたような感覚がした。
 いつも笑っていて、いつも一緒だったお母さんが自殺なんて、最初は信じられなかった。
 でも、俺だって幼いわけじゃなかったからすぐに『本当のことなんだな・・・』と理解した。
 昨日まであんなに楽しくお話してたのに。あんなに美味しいご飯を食べさせてくれていたのに。
 こんなに急に身近な人がいなくなるなんてドラマだけだって思ってた。
 だけど、こんな身近にそんなことが起こってしまった。

 そして・・・状況を把握してくるとだんだんのどがキリキリと痛んで、手が、足がぶるぶると震えてきた。
 涙も止めようとしても全く止まらないほどに流れて来た。
「お、かあ、さん・・・。おかあさ、ん・・・。お母さん!」
 みっともないほどに泣き崩れていき、私は誰もいない真っ暗な穴の底に突き落とされた。
 もう立ち直れないほど、手や足に力が入らなくなるほどそのまま弱っていった。
 もちろん学校になど行く余裕も気力も筋力でさえなかった。
 お父さんも同じだった。
 お母さんの写真を見てただただひたすらに泣き続けていた。
 そして俺もお父さんも涙が枯れてしまい流れてこなくなると次はボロボロになった貝殻のようになった。
 身体も汚れ、いろんな人から心配された。
「空くん、大丈夫だよ。」
 とか
「私たちがお母さんの代わりみたいに思ってくれていいからね。」
 と言ってくれた。
 だけど俺にはただの場しのぎでしかなかった。
 でも、あるとき急にお父さんが
「ここにいるとお母さんのことをずっと思い出してしまう。
 だから、全く違うところに行こう。」
 っていって遠く離れた県に引っ越そうと言い出した。
 俺は嫌だった。
 お母さんを忘れたくなかったし、何しろ俺のたった一人のお母さんとの思い出がものすごく詰まっているこの家を離れるのが嫌だった。
 だけど、お父さんは何を言っても聞いてくれなくて、そのまま引っ越すことになってしまった。

 ◇

「お母さん、俺は明日どうすればいい?」
 俺は明日から始まる新しい学校生活の前で、お母さんの写真を持ち、写真の中で優しく心から笑っているお母さんの目見ながらつぶやいた。
 まだ、ほとんどと言っていいほど全然お母さんのことの悲しみが消えていない。
 学校でそんな自分がうまくふるまう自信がなかった。
 するとどこからかお母さんの声が聞こえてきた。
「―――――空・・・?
 お母さん、勝手に死んじゃってごめんね。
 でも、お母さんはずっと空から見ているしずっと味方だよ。
 それに、お母さんは空の笑顔が好きなんだよ!
 空の笑顔はみんなを勇気づけてくれる。だから、空には笑っていてほしい。
 たくさんの友達に囲まれて仲良く過ごしてほしい。
 だから、そのお母さんの好きな笑顔を大切にしてね。」
 俺は”バッ”っと声のした方を見た。
 でもそこには新しい家の壁があるだけだった。
『幻・・・だったのかな。』
 そう思いつつも、さっきのことだをもう一度思い出した。
 お母さんは俺が笑っていたほうがいいって言っていた。
 だから俺はその瞬間
『俺は新しいクラスで全員と仲良くしてたくさん笑っていよう。」
 と、強く決意した。

 迎えた新しい学校での一日目―――――。
 俺はクラス新しいクラスに入るとすぐに仲良くなれた。
 一人以外は・・・・・・。
 その子は、先生によると七香優笑と言うらしい。
 前の先生にはすごく尊敬されていて優等生だとのことだ。
 でも、見るからに俺は避けられていると感じた。
 それは俺だけではない。
 このクラスの人の全員に対してだった。
 でも俺はいろいろな理由で優笑のことが頭から離れなかった。
 まず、名前だ。
 ”優笑”。
 俺のお母さんにも”笑う”の漢字が入っていたから、不思議と覚えてしまった。
 次に優笑の笑った顔だ。
 優笑はほとんど固い登場を崩さなかったけど先生の前で一度だけ笑っていた。
 その時の笑顔はすごく俺のお母さんに似ていた。
 でも、何か違った。
 それは多分本当に笑っていないからだお俺は思った。
 勘違いかもしれないけど、優笑は頑張って笑っているように見えた。
 最後はその”頑張って笑っているように見えた”と言うことだ。
 クラスを避けようとしていることもそうだから、なにか彼女はあるのかもしれないと思った。
 俺はそんな感じで優笑のことが気になってしまい本を読んでいる彼女に話しかけた。
「なぁなぁ、ちょっといいか?」
 優笑はものすごく焦ったような表情をした。
 すると周りから、
「みてみて、空君と一匹オオカミが話してる。」
「空君、一匹オオカミと仲良くなろうとしてるのかな。」
「かもね。でも、一匹オオカミはしゃべらないよね。・・・多分だけど。
 それに話したとしても、いつもの愛想わらい浮かべて空君の話聞き流すんじゃない?」
「えーそんなのかわいそう!
 空君のこと、一回止めてきて一匹オオカミのこと詳しく話したほうがいいかな⁉」
 と言う声が聞こえてきた。
 不意にお母さんのことを思い出した。
 お母さんも、こんな風な感じだったのかな・・・。
 次第に心が痛くなってくる。
 でも俺はその声を振り切るように
「おおーい!聞いてんのか?
 俺、空。このクラスに転入してきた人。
 これで今お前に話しかけてきたのがだれか分かっただろ!
 怖くないから、悪いこと何もしないから顔、上げてくれない?」
 と言った。
 すると、優笑の顔はみるみる嫌がっているような顔に代わっていった。
 ・・・と思うと今度は
「なに?どうしたの?」
 と表情とは打って変わって優しく、答えてきた。
「お、ようやく目が合った!」
「は、はい・・・。
 えと、私に話しかけてきた用はそれだけ?」
「んなわけないじゃん。
 俺、クラスのみんなと仲良くなりたいんだ!
 だから、少し話したいなと思って!」
「え・・・・・。」
 俺は”話すなら今しかない、話したいことはできるだけ言っておこう。”と思ったからか一気にいろいろ話してしまった。
 優笑はというと・・・固まっている。

 やや沈黙が俺らの間に流れたあと、
「ごめん、朝の会が始まる前にトイレ行っときたいからまたね。」
 といって席を立って動いだしてしまった。
「おい、待てよ!」
 と俺は止めようとしたがそのままいなくなっていった。

 そのあと、優笑は戻ってきた。
 するとクラスの人が
「なんであんなことするの。」
「最低すぎるでしょ。」
「一匹オオカミだからって何でもしていいと思ってるの?
 馬鹿じゃない?」
「調子乗りすぎ!」
 と言い出した。
 俺は怖くて”ゾッ”とした。
 こんな感じなんだ。
 俺はその一瞬にして優笑以外のクラスのみんなが嫌いになった。
 そのあとは話す機会がなくて、話すことはできなかった。
 そして、放課後。
 実は前の学校でもバレー部だったのでバレー部に入ることにしていた俺は早速、活動場所に向かった。
 先輩にいろいろ聞くと、体育館を女バレーと半々で使うそうだ。
 ふと、その女バレーに目を向けてみる。
 すると・・・そこには優笑の姿があった。
 驚きのあまり固まっていると優笑の顔の向きがこっちに向きそうになる。
 俺は慌てて顔をそらした―――――。

 そのあとはもう最悪だった。
 優笑を通学路で見つけたので教室の時の続きを話そうと試みるもいつの間にか嫌われているようだったのだ。
 優笑に「名前で呼ばないでほしい」と言われ名字で呼ぶことに。
 でも、優笑に
「だって結局何をしてもうまくいかないんだからもう、どうしようもないんだよ!
 だからもう、そうやって私をおいかけないで!一人にさせて!
 もう誰かと一緒に居たくないから。注目を集めず静かに過ごしたいから!
 お願い!」
 といわれ、お母さんのことがあった俺は
「でもこれだけは覚えておいて。
 ”何をしてもうまくいかない”って言うのは自分一人でどうにかしようとしたからじゃないの?
 誰かに聞いて頼ってみればいいんじゃない?」
 と思わず言ってしまった。
 だって、お母さんは一人で抱え込んでいたみたいだったから。
 優笑の姿がお母さんと重なったから―――――。
 
 それから、何日かたった。
 俺が友達を見つけてその友達を呼んだ時だった。
 急に優笑と思われる声が俺を呼んだのだった。
 でも、俺は先にその萩原という友達のことを呼んでしまったのでいまさら取り消しようがなかった。
 俺は心の中で『七香、ごめん、』といって去っていった。
 次の日、俺は昨日のことが気がかりだった。
 だから、あまり話しかけないでほしいようなことを前に言われたけど話しかけてみた。
「優笑、ちょっといいか?」
「え、あ、うん。」
「昨日のことなんだけど・・・、ごめん。」
 俺が素直に謝ると、七香は前のような驚いた顔を見せた。
 すると、
「えっと・・・、
 私の声に気づいてないのかと思ってた。」
 と言ってきたのだ。
 その七香の顔は悲しそうだった。
 ・・・やっぱり嫌な思いにさせていたんだな。
 そうしてあの時の状況を話した。
 すると七香は黙ってしまった。
 俺は”また七香を嫌な気持ちにさせちゃったかな”と不安になり
「大丈夫?」
 と聞いた。
 すると七香はいろいろ言いだして、最後に
「今度、周りに人がいなくて話す時間ありそうなとき、話しかけてもらってもいいかな。」
 と言ってくれた。
 俺は七香が俺と話そうとしてくれたのがシンプルに嬉しかった。
「おう。分かった。
 そしたらまた今度な。」
 そういって、七香が”やっぱり話しかけないで!”と気を変えてしまわないように離れた。

 するとその日の部活で七香がボールを頭に当て保健室に行くのを見てしまった。
 俺は心配で、嫌な思いさせるかな・・・とすごく悩みつつもクラスのグループLAINから七香を友達追加し、電話をかけたりしてしまった。
 幸い、七香は大丈夫だったようだ。
 俺は「よかった、」と安どの息をした。

 次の日、学校に行くと七香が来た。
 俺は七香に
「優笑!もう大丈夫なんだな!
 本当に良かった!」
 と思わず言ってしまった。
 すると・・・
「優笑、昨日何かあったの?」
「いや、きっと空君に気を向けてほしくてわざと何かしただけでしょ。」
「あ、なるほどね。
 優笑やばー!」
 そんな声が聞こえた。
 俺はその声にイライラしてしまい
「本当にひどい奴らだな。」
 と言ってしまった。
 七香はその言葉に対して
「ううん、いいよ。
 うん。もう大丈夫。」
 そんなことを言ったのだ。
 ・・・・・・七香はお人よしすぎる。
 俺はそう思った。
 このまま七香と話しているといろいろ言ってしまいそうだったので
「そっか、そしたらまたどこかで一昨日の話聞かせてね。」
 とだけ言って自席に戻った。

 そして放課後。
 俺は七香から驚きのことを言われた。

 ―――――優笑が仲の良かったというグループに裏切られたというような話だった。
 俺はここまで七香が大変な目に遭って苦しんでいたとは思ってもいなかったから衝撃的だった。
 でも、そんな時に俺に相談してくれたというので嬉しかった。
 そして俺は、その時お母さんと七香が完全に重なって見えてしまった。
『俺のお母さんはこんな苦しかったんだ。
 俺はお母さんを助けられなかったっていう悔しさがある。
 でも、この七香を助けられたらお母さんのようになってしまう人がいなくなるかもしれない。
 今回しっかり優笑のことを支えて、成功に導けたらお母さんのようになってしまっている人を助けられるんだっていって、なにか変わるかもしれないから、何が何でも成功させよう。
 成功させてあげよう。』
 そう思って俺は優笑を支えていくことに決めた。

 でも、思ったよりもそれは大変なことだった。
 だけど、七香がのことをまた優笑と呼んでも良くなったりと、進展はたくさんあった。
 そうして、いろいろありつつも優笑と頑張っている時、事件が起きた。
 その日は本当に優笑は辛そうだった。
 今までもいろいろうまくいかなかったりしたけど、今回はよ余程のことだったから。
 俺は優笑の様子がおかしかったから心配で一応後ろから様子を見ていた。
 すると、優笑は前かがみになった。
 前にある柵が「ギギギ・・・」と音を立てる。
 すると、
「さようなら、最後まで逃げてごめんなさい。
 許してね・・・・・・。」
 といって優笑は足を浮かべ飛び降りようとしたのだ。
「優笑ーーーー!
 やめろーーーーー。」
 そういうと”ピクッ”と優笑の身体の落ちそうになるスピードが遅くなった。
 俺は考えるよりも早く勝手に体が動いた。
 優笑の肩を両手で引っ張り、引き寄せ、そのまま
「優笑、何やってるんだ・・・!」
 と気づいたら怒っていた。
「だって・・・」
「だってじゃないよ!
 優笑が死んだってなにも変わらない。
 悲しむ人が出るだけだ。
 何でこんなことをしようとしたの?
 俺に話して!
 そうじゃないと、許さない。」
「だって・・・だって、私がいても何の価値もない。
 むしろ、迷惑をかけているだけ。
 みんなに不快感を持たせているだけ・・・!
 私は必要ないよ。
 悲しむ人もきっといないよ!!」
「俺がいる!
 俺がものすごく悲しむ。
 それに優笑には生きているだけでものすごく価値がある!
 生きていたいのになくなってしまう人だって大勢いる!
 優笑。俺たちはそういう人たちの分までしっかり生きるんだよ。
 せっかくこの世界で生きさせてもらっているんだもん。
 辛くても、苦しくても、逃げたくなっても頑張らないと!
 それに、優笑には俺と歩ちゃんって子もいるんだろ?
 味方はしっかりいるよ。
 きっと優笑のお母さんも本当は優笑を頼ってしまっているだけ。
 それに、家族との境界線は何かしらのすれ違いを解消すれば、きっと消えるはずだよ。
 死ななければ・・・生きていればなんだってどうにかできるんだよ!
 だから、もうそうやって死のうとするな!
 絶対だぞ!」
 俺はそう言いたい言葉を並べていった。
 だって、優笑もお母さんみたいになってほしくなかったから。
 優笑も死んでしまったら今度こそ立ち上がれないから。
 それほどいつの間にか優笑のことが大切になっていた。
 優笑は泣いてしまった。
 俺は何も言わず優笑の背中をさすった。
 そして、
「分かったなら、許す。
 でも、次はないからな。」
 といった。
「分かった。」
 優笑はしっかりそう言ってくれた。
 その言葉を今聞くことができて本当に良かったと思った。
 そして俺はもうこうやって優笑を一人で苦しめさせないと心に誓った。

 その後も優笑は頑張り続け、ついに家族や緑ちゃんたちのことを解決させた。
 優笑自信が気づいているかはわからないが、優笑は本当に俺が初めて会った時とは比べ物にならないほど変わっていた。
 例えば、誰にでも作り笑いじゃない本当の笑顔をするようになったし、本音をもっと話すようになったり、そんな変化があったからか今は優笑がいきいきしている。
 そんな優笑からのメッセージを俺はすごく大切にしていた。
 優笑のメッセージを読むと心がなぜか踊ってしまう。
 それは、優笑がお母さんに似ているからだろうか・・・。
 でも、それはなんか違う気がする・・・。
 まあそのことはおいといて、
 そんな感じで優笑がどんどん変わってきていているから、だんだん俺が置いていかれている気がした。
 俺は、優笑とこれからも仲良くしたい。
 だから俺もお母さんがいたときのことを考えてご飯を作ったり、お父さんを支えたりしていき、もっと優笑みたいに変わっていかないといけないと思った。

 今だからこそいえる話だけど、俺は優笑のことがあの初めて優笑の笑顔を見たときからお母さんのように思っていた。
 だから、お母さんが身近に今もいる気がして何かとここまで頑張ってこれた。
 そんな優笑に俺は何をしただろう。
 結局今回のことは優笑を支えられなかった。
 今回解決させられたのはただ単に優笑がものすごく苦しいことに耐え続け、そして一歩一歩前に進んでいったからこそのことだ。だから俺は何もできなかった。
 俺がただ助けてもらっただけだ。
 
 本当に、君の存在は俺にとっての一番の支えだった。
 優笑の笑顔に俺は何度救われただろう。
 きっと・・・ううん。絶対に何十回、何百回。下手したら何千回も救われているかもしれない。
 今までの君の言葉がどれか一つでも欠けていたら俺がどうなっていたのか分からない。
 それほど大切だった。

 俺も、君を助けることのできるような存在になりたい。
 頑張ってなろうとして努力しているつもりだけど・・・変われているか分からない。
 だって、君はいつも頑張って毎日成長しているから。
 だから君に追いつけないかもしれない。
 君の横に立てないかもしれない。



 でも絶対に立つ。・・・立って見せる。
 そのために俺は君のことをこれからも支え続けたい。
 暗い・・・お母さんを失ったときのように暗い俺ではなく、
 明るい・・・お母さんが好きでいてくれたあの笑顔を絶やさず明るく元気な俺で、君のこれから進んでいく道を明るくさせて行きたい。



 優笑。
 ―――――「優笑の言葉は誰に何と言われようがいつまでも俺の中の”必要な存在”だからな。」