迎えた木曜日・・・。
「ジリリリリリン・・・ジリリリリリン・・・」
 というアラームの音で目を覚ました。
 時間は朝の六時半。
 昨日は今日のことが心配でよく寝付けなかった。
 のろのろと体を起こしてアラームを止める。
 すると、メッセージが三件来ていた。
「誰からかな・・・?」
 送り主を見てみると歩ちゃんと広瀬君からだった。

 歩ちゃんからは、

【優笑!今日作戦実行するんだよね?
 頑張ってね!
 私、成功するように祈ってる!】

 というメッセージで、
 広瀬君からは、

【優笑、いよいよ今日だな。
 お互い成功させられるようにがんばろ!】

【あと、帰りの会終わったら、教室に残っててくれ。
 先生には昨日言っておいた。
 そしたら、”前と同じ会議室Aに来てくれ”って言われたから、そのまま一緒に会議室Aに行こう。】

 というメッセージだった。
 私は歩ちゃんには

【ありがとう!
 絶対成功させる!
 今日帰ってきたらなるべく早く結果のLAIN送るね。】

 と返し、広瀬君には

【うん!がんばろね!
 絶対成功させよ!】

【了解!
 教室の自席に座ってるね!】

 と返した。
 実は今日の朝は落ち着かないだろうと思って、昨日の夜に朝ごはん用のスープを作っておいた。
 だから今日は遅めに起きたのだ。
 髪を結い、朝ごはんを食べるためリビングに向かう。
 お母さんと碧唯はもうご飯を食べ始めていた。
 ふと、広瀬君のお母さんのことを思い出した。
 もし、私のお母さんが今いなかったら・・・
 お父さんはほとんど会わないため基本、碧唯と二人きりになるということだ。
 私はつい、この間久しぶりにお母さんの作ったスープを飲んで涙を流してしまった。
 それが飲めなかったら、あの日、自分と向き合わなかった可能性もなくはない。
 あと、この家だったら私がご飯を作っているため、あまり問題はない。
 でも広瀬君の家はどうなんだろうか・・・。
 私は気になってしまった。
 でも、それを本人に聞く勇気はなかった。
 だって、深く聞かれたくないこと、他人にずかずかと踏み入られたくない話題は少なからずあるだろう。
 だからあまりお母さんのことは聞かない方がいいと思った。
 それにもし、広瀬君に聞いてしまい、彼を嫌な思いにさせ嫌われたりしたら、私の未来は一気に黒く光のない方に進んでしまうかもしれない。
 だから聞く勇気はなかった。
 頭をブンブンと振り、頭からその話を消す。
 そして、私も朝ごはんを食べ始めた。

 ◇

 人の溜まっている学校の廊下を通り抜け自分のクラスへと向かう。
 その途中で緑ちゃんたちを発見した。
 幸い相手には気づかれていないみたいで、のんきにいつものグループでおしゃべりに花を咲かせていた。
 そんな彼女たちを私は一瞬だけにらみつけ教室に急いだ。
 教室に着くともう広瀬君がいた。
 私が席に向かっている時に、私が教室に入ってきたことに広瀬君が気づき、近づいてきた。
 そして、
「おはよう優笑!」
 と言ってくれた。
 私もそれに
「おはよう!」
 と笑って返す。
 少し前までは作り笑いしかしていなかったから、やっぱり少しずつ前に進めているなとまた感じた。
 最近、こんな風に”変われているな”と思うことが増えた。
 その一つの気づきが大きな自信につながっていた。
 だから本当に嬉しかった。

 すると今まで大して意識が向いていなかった周りのクラスメイトに意識が向いた。
 みんな私たちの方を向いては友達と話している。
 耳を澄ませ、何と言っているのか聞いてみた。
「―――――また空君と七香で話してるよ。」
「ほんとだ。
 空君が転入してきたときは話そうともしてなかったし、最初空君が話しかけてきたときは七香怒ってたというか・・・
 ほぼ無視してる感じだったもんね。」
「あー。たしかに。
 でもほんと最近仲良くなってるよね。」
「それは思う。
 どういう風の吹き回し?って感じがするわ。」
「ね。
 広瀬君、かっこいいし、仲良くしてくれるから気になってたのに、あんな七香と一緒にいるの見て、ちょっとびっくりしたし引いたー。」
「まじで!?
 まあ、でもそうなるよね。」
 私はそこまで聞いて、”なんでそうなるんだろうな。”という疑問しか出なかった。
 そして、”そんなこと思われていたんだな”という思いが後からこみあげてきた。
 でも、広瀬君はどうも思っていないみたいだった。
「優笑?
 もしかして周りの声聞いて、驚いてる感じ・・・?
 だったらそんなの気にしないでね。
 だって、みんな俺がどんな思いを抱えているのかとか、優笑がどんなことをしようとしてるのかとか何にも知らないんだから、しょうがないよ!
 無視無視!」
「そっか・・・そうだよね!
 私のことをみんな理解してないんだからしょうがないよね!
 ありがとう!
 気にしないようにするね!」
「おう!
 優笑が元気になってよかった。」
「うん!
 もう変なこと・・・というかネガティブなこと考えてないから大丈夫!」
「じゃ、その感じを放課後まで続けて、先生と話すときの緊張をどうにか乗り越えてね?」
「分かった!」
「うん。
 それじゃな!」
「うん!」
 そう言って、広瀬君は去っていった。
 冷静になって思ったけど、そういえば先生にいろいろ話して緑ちゃんたちに言いつけてもらうから、早くて明日緑ちゃんたちとぶつかることになる。
 だから、もうすぐのことだ。
 そう考えると、なんか焦ってきてしまう。
 でも、深呼吸をし気持ちを落ち着かせた。

 そうして、こんな時だけ時間が過ぎるのは早く、あっという間に放課後になった。
 私は言われた通りに自席に座って広瀬君が来るのを待った。

 クラスメイトがほとんどいなくなった時、広瀬君は私の方に来た。
「行くか。」
「うん。行こう。」
 そうして二人で会議室Aを目指して歩いて行った。
 しばらくすると、目的地である会議室Aに到着した。
 今日はいつにもましてその会議室の扉が大きく見えた。
 だけど、不思議と怖くはなかった。
「大丈夫か?」
 広瀬君が心配そうな声色で尋ねてきた。
「うん。平気。」
 私がそういうと
「それじゃ、開けるな」
 といって「ガラガラガラッ」と勢いよく扉を開けた。
 そこには先生がもういた。
「おう、広瀬、七香。
 また会いに来てくれて嬉しいよ!
 もしかしてまた緑たちの話か・・・?」
「はい。そうです。
 今回もその話で来ました。」
 そう広瀬君が返してくれた。
「やっぱりそうだったか・・・。
 で、今度は何だ?」
「えっと、つい一週間前くらいに優笑がまた緑ちゃんたちにいじめられたんです。
 信じられないのであれば、保健室の先生に聞いてみてください。
 彼女は痣ができてしまい保健室に行ったから、先生もわかるはずです。」
「そうか・・・。
 でも、やっぱり緑たちがやったという証拠がないからな・・・。」
 ・・・・・・やっぱり先生は信じてくれなかった。
 ただ、そこまでは想定の範囲内。
 だからまだ攻められる。
「先生、だったら緑ちゃんたちに『”優笑がまた緑ちゃんたちにいじめられた”と言っているんだけど、本当にやったのか?』と聞いてみてはどうでしょうか?
 実は保健室に私が向かう前に緑ちゃんたちに、
『もしも、”また緑ちゃんたちにいじめられました。”みたいなことを言ったら今度はもっとひどいことになるからね。』
 と言われました。
 だからきっと緑ちゃんたちは先生に言われたら『私たちはやっていません。』と否定し、そして、次の日あたりで
私の方に来ると思います。
 きっとその時私はまたいじめられると思うので、先生は申し訳ないのですが私たちの教室に来てもらい、広瀬君と一緒に後ろからばれないようについてきてもらえませんか?
 多分私がいじめられるところが見れるでしょう。
 そうしたら先生も信じられますよね?」
 そう一息で言った。
 先生は、
「なぜ後ろからついていくのだ?」
 と聞いてきた。
 すると、広瀬君が
「先生、この間優笑がいじめられた時、緑ちゃんたちは優笑を人のいない場所に連れて行っていじめたんです。
 だからきっと今回も人のいない場所に連れていくだろう・・・という予想で言ったのだと思います。
 ―――――そうだよな・・・?」
「うん」
「そうか・・・」
 先生はそう言って考えたあと、
「それなら、まあ・・・」
 といってくれた。
 でも、先生の気持ちを考えば、そんな風に答える理由がわからなくもない。
 だって、先生の立場でありつつも生徒がいじめられているのを見るのは嫌なことだ。
 というか、先生としてあまりよくないことだ。
 だけど、私たちのことを信じてもらえないのは困る。
 私は心の中で先生に、
『今回は先生があまり乗り気でないことをさせてしまってすみません。』
 と謝り、口では
「ありがとうございます。」 
 と感謝の言葉を言った。
 広瀬君も
「ありがとうございます。」
 と言うと先生は
「はい。
 それでは緑たちには明日の放課後あたりに話しますね。
 だから、七香が何か言われるとしたら月曜日になる確率が高いけど大丈夫ですか?」
「はい。
 大丈夫です。
 よろしくお願いします。」
 と私は返す。
 先生はその言葉を聞くとこっちを見て、
「それでは、このくらいで話は終わりかな?」
 といった。
「はい。
 先生本当にありがとうございました。
 よろしくお願いします。」
「先生、優笑のことよろしくお願いします。」
「はいはい。
 それでは今回も速やかに帰りなさいね。」
「「分かりました。」」
 そういうと先生は会議室から出ていった。
 今日は前と違い、言いたかったことがしっかり自分の口からいうことができてよかった。
 だから、私はこの作戦が本当にうまくいくと確信に近いものを感じた。

 次の日―――――。
 今日は金曜日だ。
 私は昨日、家に帰ると速攻で土日の部活の予定を確認した。
 理由は、金曜日・・・つまり今日先生があのことを話して、土日に緑ちゃんたちに遭遇するとまずいからだ。
 でも、部活の予定は幸運なことに土曜日は休みで日曜日は高校生との合同練習だった。
 だから、緑ちゃんたちに合う心配はほとんどの確率出ないため、安心した。
 広瀬君も部活のことで、『緑ちゃんたちに会うと危ないと危険だ。』と心配してくれていた。
 なので、私は今日広瀬君が学校に来たら言おうと考えていた。
 でも・・・・・・。

 なぜか広瀬君は学校に来なかった。
 不安な気持ちのままいるとたまたま緑ちゃんたちとすれ違った。
 何も先生からは聞いていないみたいでなにもされなかったけど、すれ違ったとき『空』という単語が聞こえた。
 多分、雲とかがある空のことだと思った。
 だけど、もし広瀬君のことだったら・・・と思うと広瀬君のことが心配になってきた。
 家に帰り広瀬君からメッセージが来ていないか確認する。
 すると、画面には

【メッセージ 二件】

 と表示されていた。
 私は弾かれたようにスマホを素早く操作し、誰からのメッセージか確認すると・・・
 広瀬君からのメッセージだった。

【優笑、今日は学校行けなくてごめん。
 俺、昨日すごく根を詰めていた・・・?感じで、家に帰ったらその疲れが急にきて熱出しちゃってさ。
 情けないし、カッコ悪いね。
 ほんとごめん。
 でも、もう熱下がったから大丈夫だよ!
 心配しないでね!】
 
【緑ちゃんたちにはなにもされなかったか?】

 ということが送られてきた。
 私は「ふう・・・。」と安どの息を吐きだす。
 緑ちゃんたちの言っていた『空』という単語は少なくとも広瀬君のことではなかったみたいだ。

【そうだったんだね。
 でも、無理はしないで今日と明日はゆっくり休んでね。
 その・・・こんなこと言うと私こそ情けないけど、広瀬君が月曜日にいないと私やばいからさ。
 だから、本当に安静にしてね。】

【緑ちゃんたちにはなにもされてないよ。
 安心して!】

 と私はすぐに返信した。

 そして―――――
 いよいよ月曜日を迎えた。
 昨日の夜は不安でしかなかったけど、案外今日起きてみると全然大丈夫だった。
 学校に着いた。
『どうか緑ちゃんたちに会いませんように・・・。』
 そう心の中で願いながら教室に向かう。
 今日は緑ちゃんたちに会わぬよう、いつもよりだいぶ早く学校に来た。
 そのおかげか、なんとか会わずに教室に着いた。
 あとは広瀬君が来るのを待つだけだ。
 本を読んで待っていようと思い数分間、時間をつぶしていた。
 すると、広瀬君が
「よっ!
 今日は嵐のようになるであろう日だな!
 がんばろぜ!」
 といってきた。
 私は本から顔を上げた。
 本に夢中になっていたみたいで、いつの間にかだいぶ人が来ていた。
「おはよう!
 うん!
 今日は頑張ろうね!」
 そういうと、広瀬君は何も言わず笑顔を浮かべて去っていった。

 昼休み・・・。
 木曜日話していたように元担任の福永先生は教室に来てくれた。
 クラスのみんなは”何事か。”というように私たちを見ていた。
 すると―――――
「七香さん、緑ちゃんが呼んでるよ!」
 と言われた。
 私は広瀬君と目を合わせ二人で首を縦に振ると廊下に向かって歩き出した。
 途中まで広瀬君が隣にいたけど、もう少しで教室から出るというところで
「頑張れ。」
 と言って背中を押して送ってくれた。
 廊下に出ると、緑ちゃんたちがいた。
「急いでついてきなさい。」
 そういわれ何かを考える余裕もなく連れていかれた。
 途中、私は
『広瀬君と先生はついてきているだろうか。』
 と心配になったけど、広瀬君を信じて緑ちゃんたちにそのままついていった。
 今回は物置場のようになっている空き教室に連れていかれた。
 私が中に入るなり、「ピシャン」と音を立ててドアが閉まった。
 すると、いきなり緑ちゃんが怒りを爆発させた。
「・・・・・・あんた、なんであんなに言ったのに先生に言ったの!?
 本当にむかつく!
 もう、学校に来るな!
 死ねっ・・・!
 そして二度と私たちのことを話さないで!
 私達が悪者になっちゃうじゃん!」
 私は、
 今までで一番ひどいことを言われ、心にグサッと何かを刺されたような痛みを感じた。
 そして、
『は・・・?
 もともとそっちが悪者だよ?
 馬鹿じゃない?』
 と言ってしまいそうになったが、頑張ってこらえた。
 すると、
「なんとか言えよ!
 このバカ者が・・・!」
 そう言って誰かに後ろから腕をつかまれ身動きできなくなると、緑ちゃんにすねを蹴られた。
 痛くて、手で蹴られたところを抑えようとする。
 でも、つかまれていてできない。
 心の中で、
『広瀬君っ・・・!
 助けて!もう無理・・・!』
 と懸命に叫んだ。
 すると、それが伝わったかのように「ガラガラガラッ」と勢いよくドアが開き、
「優笑!」
「七香!大丈夫か!?」
 と、広瀬君と先生が入ってきた。
 緑ちゃんたちは
「「「噓でしょ・・・!」」」
 と言って動かなくなると急に逆のドアに向かって走り出した。
 でも、広瀬君が廊下のほうからドアが開かないようにし、先生が教室の中から緑ちゃんたちを追い詰めた。
 すると、もう無理だと思ったのかすぐにおとなしくなった。
 そして、先生に連れられてどこかに連れていかれた・・・。
 教室に広瀬君が入ってきて、広瀬君と私だけが教室に残っている状態になった。
 広瀬君に
「優笑、大丈夫か?」
 と心配された。
 ふと、蹴られたところに意識を向けると急に痛くなってきた。
 多分、今までは痛みどころではないことが目の前で起きていたからだろう。
 思わず、
「イタッ」
 というと広瀬君が
「大丈夫か?」
 と言って、私たちはそのまま保健室に向かった―――――。