周りが暗くなり、怖さが一気に増した。
 そして先生は口を開いた―――――。
「でもな・・・
 いじめたかどうかは相手も基準で、いじめられた側は今話してくれた優笑のようにものすごく鮮明に覚えているんだ。
 それは、傷ついたから・・・、心に深い傷を負ったから。
 そうだろう・・・?
 普通の生活の中で起こったことはそこまで覚えてない。
 だけど、そうやって傷ついたことは鮮明に覚えてしまうんだよ。」

 私の中の心の傷がズキッと痛み付けられる。
 やばい・・・泣いてしまいそうだ。
 でも、先生の前ではしっかり者。
 だから泣いてはいけない。
 みじめな姿を見せられない・・・。
 私は先生にばれないように口を固く閉じ、歯を食いしばって涙をこらえた。
 そうしている間も
 先生の口は止まらない。
「ただね、相手を傷つけた方。
 ―――――つまりいじめた方の人は、相手が傷ついたかもわからないときがあるくらいのことだからすぐに忘れてしまうんだ。
 だから優笑は傷つけたつもりはなくても相手は傷ついてしまっていたのかもしれないよ?」
「でも・・・私は緑ちゃんたちと会ってないんです。」
「・・・そうなんですよ先生!
 優笑は、緑ちゃんたちにもういじめられたくなかったから近づかないようにしていたんです。
 そんな優笑が緑ちゃんたちをいじめる時がないじゃないですか!」
「広瀬君の言っていることは本当なんです!
 私は緑ちゃんのグループと関わらないようにしていました。
 だから、いじめようがないんです。」
「いじめる方法はいろいろあるだろう・・・?
 例えば、会わなくったって靴を隠したり、悪口を書いた紙を机に置いて相手に読ませたり・・・みたいなね。
 つまり、会っていなくてもいじめる方法はたくさんあるから信用できないんだよ。」
 私は前に先生に”優笑にいじめられたという人がいる”という話を聞いたときのように怒りと先生への問いがたくさん出てきた。
 ・・・なんで?何で先生は私の言っていることを信用してくれないの?
 私の”いじめられたからその人たちに関わりたくない”っていう気持ち、わからないの?
 先生は必ずやられた方の味方をする。
 だけどそれが作られた話かもしれないって思わないのかな?
 私がどれだけつらい思いでここまで来たのか、
 私が先生に信用してほしくてどれだけの勇気を出して小学校の時の話をしたのかわからないのかな・・・?
 私は、何のために勇気を出したの?
 少しは優笑のことを信じてみようかなって気持ちがないの?
 おかしいよ。なんで・・・なんでよ。
「そんなのひどいですよっ・・・!」
 思わず声に出してしまった。
 手にポタポタッと涙が落ちてきた。
 あーあ、泣いちゃった。
 先生の前では泣かないようにしようって思ってたのに、泣いちゃった。
 先生はどう思うだろう。
 先生も人間なんだから、”本当は優笑は弱虫だ”って思うのかな。
 小学校のとき、学校で泣いてしまっていた女の子のことを周りの子が悪く言っていたのを見た。
 だから私も先生の心の中で悪くいわれるのかな。
 最悪の場合広瀬君にも・・・と思ってしまった。
 すると心の痛みがさっきよりも大きくなっていく。
 悲しさと怒りがだんだんと大きくなって抑えきれなくなってくる。
「先生は私のことを少しぐらい信用してみようって気はないんですか?
 私は先生に信用してもらいたくって勇気を出して話したのにっ・・・。」
「先生!優笑のことをもう少し信用してあげてくれませんか?
 優笑は本当にすごく勇気を出して先生に話そうと決めたんですよ。」
 先生は驚きの顔をして、「七香、広瀬・・・!」とつぶやいた。
 そして、
「そうだったんだな。
 あんなことを言ってすまなかった。
 でも、先生の言ったことも少しは理解してほしい。
 ただ、七香と広瀬の言いたいこともよく分かった。
 だから、こんなのはどうかな?
 緑たちに一回、”七香はやっていないと言っているんだが”と、”緑たちにはかかわってないんだ。”というようなことを言って話を聞いてみる方法は?
 あと、ついでに小学校の時優笑をいじめたそうだなと言って、少し注意しておこう。
 そうすれば、何かしらまたあの子たちから話が出てくるかもしれないからな!
 どうだ?名案じゃないか?
 七香、広瀬、君たちもそう思わないか?」
 私は率直に言うと名案とは思わなかった。
 むしろ、嫌だった。
 だって、先生に”緑ちゃんたちにいじめられた”という話をしたってばれるから。
 ばれてしまうと何が起こるか分からない。
 だから怖かった。
 だけど先生の目をみると、”先生の言っていることは正しいだろう”と否定するのを許さないようなことを物語っているようで口が開かなかった。
 心の中で私自身に向かって叫んだ。
『優笑!こんなところで勇気を出さないでどうするの?
 また逃げるの?
 こんなんじゃまた何も変わらないままだよ?
 本当は嫌って言いたいんだからしっかりいわないと!
 そうでもしないと伝わらないよ?』
 すると、『そうだよな。しっかり伝えないと!』という気持ちが強くなってきた。
 頑張っていってみよう。
 そうして口を開いた。
 でも・・・
「よし。それじゃ、そういうことで!
 緑たちの方は任せなさい。
 部活があるなら急いで向かい、ないのであれば速やかに下校するように。
 またな。」
 といって先生は席を立ち、勝手に出ていってしまった。
「そんな・・・」
 私はそう声を上げた。
 せっかく頑張って言おうとしたのに、言えなかった。
 こんなに悔しいことは今までに存在するだろうか。
 悔しくて、これからのことが不安で、悲しくて・・・そして、先生に向かってのいら立ちが混ざり合い唇を思いっきり噛んで泣いた。
 先生に聞こえそうなくらい、この部屋に響き渡るくらい泣いた。
 隣の広瀬君も「くっそ・・・!」と悔しそうにしていた。
 結局・・・思い通りの結果は出なかった。
 そして、先生のこれから行おうとしていることがいい方に進むとは思えなかった。
 太陽にはまだ雲がかかったままで、より一層心を重くさせる。
 私たちは最後、先生に言われたことを破って、完全下校の予鈴がなるまで会議室Aに残っていた。

 下校時は広瀬君と一緒だったけど何も話さなかった。
 知らない人に見られていることも気にせず泣きながら帰った。

 そして、途中で涙が少しずつ減ってきた。
 ・・・だけど、広瀬君と別れると一気に心細くなってまた泣き出してしまった。
 今の私は絶望のどん底に突き落とされ、体中痛くて起き上がれなくて泣いているような感じだと思う。
 本当に心の中では『もう立ち直れないだろう。』と、『もう何をやっても私はダメなんだ』とあきらめていた。
 私はもうボロボロだった。
 心は形の原型をとどめていないほど崩れていて、外見も顔は涙でぐしゃぐしゃ、筋肉にうまく力が入らないせいでよろよろと歩いている。
 はたから見たら”暴力を振るわれた子”のように思われるだろう。
 でも、人間は口で暴力を振るわれてもこうなることが今わかった。
『もういやだ・・・。
 私は無力なんだ。
 死んでもきっと誰も何とも思わない。
 だって、みんな私を嫌っているから。
 歩ちゃんや広瀬君はどうか分からない。
 でも、こんな嫌われている人と一緒にいると何もしていないのに遠ざけられることもあるだろう。
 だからきっと私がいなくなったら身が楽になるはずだ。
 私は誰にも必要とされていない。
 むしろ、消えてほしいって・・・いなくなってほしいって思われてる。
 私だって、こんな世界で生きていく自信がない。
 いつか必ず死ぬんだから、別に・・・別にどおってことない。

 ―――――楽になりたい。
      一人になりたい。
      気を遣わずに過ごしたい。
      自由になりたい。
      辛い思いをしたくない。
      もう傷つきたくない。
      裏切られたくない。
      安心していきたい。
      心地よい場所にいきたい。

      もう、こんなこと考えたくない・・・。』

 私はそう思って・・・自分の望む場所、この世ではない場所を目指して歩いた。

 周りはもう暗くなっていた。
 冷たい風が私の顔をかすめる。
 夜の街は、きれいだった。
 裏の顔を持つ人間がそれぞれの家の明かりをつけている。
 ”こんなに人っているんだな”と思い、怖かった。
 でももう、そんな世界とはお別れできる。
 下を見ると離れたところにコンクリートの地面が見える。
 怖い・・・けど、自由になるには多少に痛みを我慢する必要がある。
 私は前に体重を集め、前かがみになる。
 小さな柵が「ギギギ・・・」と音を立てる。
「さようなら、最後まで逃げてごめんなさい。
 許してね・・・・・・。」
 そして足を浮かせた―――――。

「優笑ーーーー!
 やめろーーーーー。」
 一瞬手に力が入り、体がさかさまになってく速度が遅くなった。
 だけどもう、きっと間に合わない。
 諦めればいいのに、広瀬君は全力で走って来る。
「またね。」
 そういった。
 でも・・・落ちなかった。
 死ななかった。
 私は広瀬君に両手で肩を引っ張られ、引き寄せられたのだ。
「優笑、何やってるんだ・・・!」
 そんな広瀬君の声は怒っている声色をしていた。
「だって・・・」
「だってじゃないよ!
 優笑が死んだってなにも変わらない。
 悲しむ人が出るだけだ。
 何でこんなことをしようとしたの?
 俺に話して!
 そうじゃないと、許さない。」
「だって・・・だって、私がいても何の価値もない。
 むしろ、迷惑をかけているだけ。
 みんなに不快感を持たせているだけ・・・!
 私は必要ないよ。
 悲しむ人もきっといないよ!!」
「俺がいる!
 俺がものすごく悲しむ。
 それに優笑には生きているだけでものすごく価値がある!
 生きていたいのになくなってしまう人だって大勢いる!
 優笑。俺たちはそういう人たちの分までしっかり生きるんだよ。
 せっかくこの世界で生きさせてもらっているんだもん。
 辛くても、苦しくても、逃げたくなっても頑張らないと!
 それに、優笑には俺と歩ちゃんって子もいるんだろ?
 味方はしっかりいるよ。
 きっと優笑のお母さんも本当は優笑を頼ってしまっているだけ。
 それに、家族との境界線は何かしらのすれ違いを解消すれば、きっと消えるはずだよ。
 死ななければ・・・生きていればなんだってどうにかできるんだよ!
 だから、もうそうやって死のうとするな!
 絶対だぞ!」
 私は今までにないくらい泣いた。
 こんなに・・・こんなに私のことを考えて怒ってくれた人は今までいなかったから。
 私のことをわかってくれる人がいて安心したから。
 だから私は泣いてしまった。
 広瀬君は私の背中をさすってくれている。
「私・・・私、なんでこんなに物事がうまく進まないんだろう。
 こんなに努力して勇気を出してもうまくいかないで私がまた傷つくはめになるんだろう。
 私だけ、・・・なんでっ。
 この先もずっとこんな感じで私がむくわれることなんてないのかな。
 こんなの不平等すぎるよ・・・。
 努力したらむくわれるなんて、いろんなところでよく耳にしたけど嘘じゃん。
 でたらめじゃん。」
 そんな風に言った私を広瀬君は、
「そうだな・・・
 本当にこの世の中は不平等だ。
 全くむくわれないよ。
 でも、きっとむくわれなくても少しぐらいはいいこと、ラッキーなこと、幸運なことが一つや二つはやってくると思うよ。
 俺はそう信じてる。
 だから、大丈夫。
 次のいいことがやってくるまでもう少し一緒に辛抱しよう。」
「うん・・・。」
 そういってくれた。
 この優しい言葉が今の私の心の傷をいやしてくれる。
「あり、がとう。
 もう絶対今日みたいなことはしない・・・。」
「分かったてくれたなら、許す。
 でも、次はないからな。」
 そういう風に広瀬君は言った。
「分かった。」
 私は広瀬君に向かってそう返事をした。
 さっきまで、真っ暗で何もない方に進んでいたトンネルの先に光がうっすら見えた気がした。

 でもやっぱり、そんなにすぐ私の心の中で何かが変わるはずがなかった。
 家に帰っても心は少しズキズキしていて、頭は少し『無』の状態だった。
 これからどうすればいいんだろう・・・。
 私は、しばらく考えていた。
 ずっと考えている間、何回もさっきの広瀬君の言葉が頭の中で再生された。
『―――――それに、優笑には俺と歩ちゃんって子もいるんだろ?
 味方はしっかりいるよ。』
 私はハッとした。
 そうだ・・・。
 そうだった。
 歩ちゃんに聞いてみればいいんだ。
 これからどうすればいいのかを・・・。
 そして私は歩ちゃんにメッセージを送るためLAINを開き、文字を打ち込んだ。

【歩ちゃん、私今日先生に話したんだ。
 だけど、先生は全然わかってくれなくて、それで私が
「そんなのひどいですよっ・・・!」
 みたいに言ったんだ。
 そしたら隣にいた広瀬君もね
「先生!優笑のことをもう少し信用してあげてくれませんか?
 優笑は本当にすごく勇気を出して先生に話そうと決めたんですよ。」
 って言ってくれたんだ。
 だけど先生は、なんか

「緑たちに一回、”七香はやっていないと言っているんだが”と、”緑たちにはかかわってないんだ。”というようなことを言って話を聞いてみる方法は?
 あと、ついでに小学校の時優笑をいじめたそうだなと言って、少し注意しておこう。
 そうすれば、何かしらまたあの子たちから話が出てくるかもしれないからな!
 どうだ?名案じゃないか?
 七香、広瀬、君たちもそう思わないか?」

 って言いだしてさ、もうほんとにそうしてほしくなかったから頑張って”やめてください”って言おうとしたんだ。
 なのに、先生は私が話す前に私たちの前から
「よし。それじゃ、そういうことで!
 緑たちの方は任せなさい。」
 みたいにいっていなくなっちゃって・・・。
 私、どうすればいい?
 もう誰と何をしても変わらない気がしてきた。
 歩ちゃん、助けて、
 もう私、情けなくなってくるくらい何も考えられないや。。

 返信、待ってる。】
 そうして、私が死のうとして広瀬君に止められた時のことは避けて書き、送った。

 そのあと私はスマホを置き、ベッドにダイブして誰にも聞こえない声で、
「明日はどうなっちゃうんだろ・・・」
 といって、そのまま眠ってしまった。