私が言いたかったことを話し終え、広瀬君の方を見上げた。
 すると、
「話してくれてありがとう。辛かったよな。」
 とまるで自分のことのように辛そうにしてくれていた。
 ・・・やばい。
 今でさえ泣いてしまっているのにも関わらず、もっと泣きそうになってきた。
 腫れている目を見られるのが嫌で手で覆って顔を隠して、公園だからとか広瀬君の前だからとか関係なく泣いた。
 広瀬君は私が落ち着くのを待ってくれた。
「もう、話しても大丈夫?」
「うん。待っててくれてありがと。」
「ううん。そんなことないよ。
 しかも、俺に話してくれて嬉しい。
 だから俺のほうこそありがとう。
 それでなんだけど、まず、俺の方こそ七香がどんな気持ちでいるかも知らなかったのにむやみやたらに話しかけちゃってごめん。
 七香の話聞いて、俺もそういう状態の時にはなしかけられたらきれちゃうと思うから七香はそのことに関しては”自分が悪かった”みたいに考えないで?」
「うん。分かった。
 でも、はたから見たら私がどんな状態かなんてわからなくて当たり前だから、広瀬君もそんなに自分を責めないでね。」
「了解。
 で、そのほかのことについてなんだけど、
 俺は七香のために何をしてあげればいい?
 ・・・というか、どうしてほしい?」
「あ・・・、えっと、どうしたらそのグループとの問題が解決できるのかって言うことと、あとは、どうしたらみんなから”悪い人”って思われなくなるかを教えてほしいんだ。
 無理にはお願いしないけど、広瀬君が前に言ってくれた、
『 ”何をしてもうまくいかない”って言うのは自分一人でどうにかしようとしたからじゃないの?
 誰かに聞いて頼ってみればいいんじゃない?』
 っていう言葉がどうしても頭から抜けなくて、それですごく頑張って踏み出した一歩みたいなものだからさ、お願いを聞いてくれると嬉しい。」
 自分で言っておきながら、最後の方の言葉はものすごく勝手な言葉だなと思った。
『お願いを聞いてくれると嬉しい。』
 なんて、言われた側はお願いを聞かないといけない感じになっちゃうから。
 でも広瀬君は私の言葉に対して、
「”お願いを聞いてくれると嬉しい。”って?
 そんなの聞くにきまってるでしょ!
 優笑にあった方法はもっとしっかり考えないと良い考えが浮かばなさそうだから、明日まで待ってくれるかな?
 すぐ答えられなくてごめん。
 あと、これからはできるだけ優笑を守れるようにする。
 だからそんなにみんなを怖がらなくていいよ。

 ―――――あ、そうだった。
 勝手に七香のこと下の名前で呼んじゃった。
 ごめん。
 許してもらえる?」
「うん。許すよ。
 なんか、本当に広瀬君にしっかり話してよかったなって思った。
 今までは周りの人がものすごく怖かったけど、広瀬君なら絶対に人の悪ぐちをいわないと思ったし大丈夫だし、話したらめっちゃいい人だったから良かった。
 本当に私のために考えようとしてくれて嬉しい。
 ありがとう。」
「うん。
 七香のその勇気というか頑張った一歩を無駄にしないようにするから。」
 そういって、話は終わった。
 もう周りは暗くなっていた。
 もう春なのに夜は少し肌寒い。
 だけど、心は温かかった。
「送ってく。」
「ううん、大丈夫。
 家すぐそこだから。
 心配してくれてありがとう。」
「そっか。分かった。
 そしたら、気を付けて。
 またね。」
「うん。また。」
 家に帰った私は本当に頑張ってよかったなと心からそう思った。
 そして、久しぶりに早く学校に行って、人と話がしたいと思った。
 だって、広瀬君の考えがどんなものか知りたかったから。
 
 ―――――ちなみに、歩ちゃんにはまだ広瀬君に話したことを伝えていない。
 それは、考えをまだ聞けてなかったから。
 今私が”広瀬君の考えを聞きたい”と思っているのは私が勝手に良い考えを教えてくれるはずだと妄想してしまっているから。
 本当に良い考えを教えてくれるとは限らないから。
 だから、しっかりと話を聞き終えてから話そうと考えた。

 ◇

 教室について時計を見る。
 長い針がいつも私が見る位置じゃなかった。
「早く着きすぎちゃったな・・・。」
 そう。
 私は勝手に広瀬君の考えがいいもだと妄想していることをわかっているのにも関わらず、話を聞くのが楽しみすぎて朝はものすごく”パッ”とすぐ起きられたし、朝ごはんのスープも調子に乗っていつもと違うものを作ったり、学校に行くのが待てずいつもよりだいぶ早い時間に家を出てしまったり・・・。
 本当に大変なことになっていた。
 そしてうずうずしながら広瀬君が来るのを待っていた。
 今日は遅めに来た広瀬君。
 一瞬私は広瀬君の顔が見えた。
「っ・・・・・・!」
 見えたのは一瞬だったけど、目の下にクマができていたことがはっきり分かった。
『昨日、”明日まで待ってくれるかな?”っていったから広瀬君一生懸命考えてくれたのだろう。』
 そう考えた途端、申し訳ないという気持ちがものすごく頭の中を埋め尽くしていった。
 そのあとも広瀬君に話しかけられはしてないものの、体調が心配で私はずっと目で広瀬君を追ってしまっていた。
 そして、部活の時間。
 いつもはしっかり活動している広瀬君が、今日は何度も端のほうに行っては休憩していた。
 ううん。休憩というよりも”ぐったりしていた”といったほうが正しいと思う。
 本当に無理をしているようにしか見えなかった。
 帰り道。
 広瀬君は私に
「七香。昨日の続きの話をしたいんだけどいい?
 俺なりの案を考えてきたからさ。」
 と言ってきた。
 でも、今の広瀬君にそんなに話せそうな気力と体力は残っていないように見えた。
「あのさ・・・、私はいいんだけど、その前に!
 広瀬君、大丈夫?
 朝、登校してきた時から顔色悪いし、ぐったりしてる感じがするよ?
 昨日の私の話のこと考えてくれてて、夜遅くまで起きてたとか?
 それともなにか別もことがあって寝れなかった?」
 そこまで聞いて、私はハッとした。
『あー、私のバカ。
 こんなに疲れてて、体調が悪そうな人に一気に話したら逆に疲れさせちゃうじゃん。』
 そして、
「・・・、ごめん。
 こんなに一気に言ったら大変だよね。
 広瀬君、大丈夫?」
 と言い直した。
「うん。大丈夫だよ。」
 そう返してくれたけど、広瀬君のことだ。
 きっと、”心配させちゃいけない”みたいなことを思って口に出さないのだろう。
 実際、今は笑おうとしているのかもしれないけど疲れのせいか目が笑っていない。
「ううん。絶対無理しようとしてるでしょ?
 ダメだよ。しっかり休んだほうがいいよ。」
 と言い方を少し変えていってみた。
 でも、
「ううん。本当に大丈夫だよ!」
 と元気そうにして返してくる。
 でも、本当に心配だ・・・。
 私は”仕方ないか。”とあまり使いたくなかったことを言った。
「広瀬君。
 私、もう一つ相談したいことがあるんだ。
 それは、本当に昨日話したことくらい大事な相談だからさ、しっかり話すためにも今日はちょっとやめておかない?」

 実は昨日、これくらい真剣に考えてくれるなら、家族とのことも話して、どうすればいいか聞いてみようと考えてた。
 だけど、私の心の準備もシュミレーションもなにもできていなかったから、もう少し後になって話そうと思っていた。
 だから広瀬君に”大事なことを話すなら・・・”といって、体調が悪いことを認めてもらって、しっかり休んでもらおうという作戦でもあったけど、自分にとってはまだ準備のできていないことだから、デメリットがあった。
 でも、広瀬君は
「・・・、そっか、それなら仕方がないね。
 俺、昨日の夜いろいろ考えて案はいくつか思いついたんだけど、優笑に合っていない気がしてさ。
 七香に合ったものを考えてるうちに寝るのが遅くなって・・・みたいな感じだったんだ。
 本当にごめん。
 こんなことにさせるつもりはなかったし、話したい気持ちも山々なんだけど、体が思った以上に悲鳴上げてるみたいなんだよね、今日の夜しっかり休んで、明日元気になるから、絶対に明日はなそ!」
「うん。そうしよ。
 でも、本当にこういう時は、私のことより自分のことを優先して体調が悪かったり予定があったりしたらすぐにはなしてね?
 そうじゃないと逆に心配になるし申し訳なくなるからさ。」
「そっか。そうだよね。
 わかった、今度からしっかり隠さないで言うよ。」
「うん。
それじゃ、またね。お大事に」
 そう、納得してくれて無事に解散になった。
 あとは私がシュミレーションをしっかりして焦って広瀬君に迷惑がかかるなんてことがないようにするだけだ。
 そうして私はLAINを開き、歩ちゃんにメッセージを送ることにした。

【歩ちゃん、元気??
 私は大丈夫です!
 
 それでなんだけど、実は昨日広瀬君に話をしたんだ。
 そしたら、思ってた以上に真剣に聞いてくれて、しっかり考えたいからっていって、自分が体調崩しちゃうくらい頑張って考えてくれたんだよね、
 それで、歩ちゃんに話したかわからないけど、私の家ちょっと居心地が悪いというかすこし大変な感じですごく困ってるからそのことも話してみようかなって、この人ならきっとまた聞いてくれるんじゃないかって思ったんだ。
 で、実はいろいろあって明日話すことになりそうなんだ。
 だから、申し訳ないんだけど、またシュミレーションのアドバイスもらったりすることってできる?
 無理そうだったら大丈夫なんだけど、】

 そうやって、文字を打ち込みあとは送るだけだった。
 だけど、もしシュミレーションのアドバイスを教えてもらえなかったら・・・とか、『なんで昨日のうちに広瀬君に話したこと言ってくれなかったの?』みたいに思われたら、と思うと怖くて手が動かなかった。
 でも、何分もの時間がたってくると、『きっと歩ちゃんのことだから大丈夫なのであろう』と思ってきた。
 そして、
「絶対大丈夫なはずっ!」
 と言って、送信ボタンを押した。
 数分間歩ちゃんとのLAIN画面を見て、既読が付くのを待った。
 ・・・、当たり前かもしれないけれど、そんなすぐには既読がつくことがなかった。
 うずうずしながら待ってると、”ピコン”と音が鳴った。
 私はスマホに飛びつくようにして通知を開いた。

【よく頑張ったね!優笑ちゃん!
 ほんとにすごいよ。
 
 家族のことは私もあんまりよく分からないから、何とも言えないけど、私は優笑ちゃんがそうしたいなら賛成だよ!
 シュミレーションは、今回はあんまりしなくても大丈夫そうだなっていうのが本音かな。
 あえて、いくつかポイントがあるとすれば

 ・ 最初話始める前
  「少し長くなるかもしれないけど・・・」みたいに言う。

 ・最後言い終わったとき
  「こういう事だったんだよね、最後まで聞いてくれてありがとう。」とお礼を必ずいう。

 ・広瀬君に”こうすればいいんじゃない?”みたいなことを言われたとき
  焦らず冷静に答える。
 (焦っちゃったら深呼吸してみるのがおすすめだよ!)

 っていうくらいかな。
 こういうのができたらあとはもう普通に自分のペースで話せばいいと思うよ!

 こんな感じで大丈夫かな??】

 という内容だった。
 私は、すぐに文字を打ち始めた。

【うん!全然大丈夫だよ!
 本当にありがとう。

 歩ちゃんの書いてくれたポイント、頭に入れて明日頑張ってみるね!】

 そして今度は、すぐに送信ボタンを押した。
 すると三十秒もしないうちに”ピコン”と通知が来た。
 送られてきたのは『がんばれ!』という文字の入ったうちわを持っているウサギのスタンプだった。
 私もそれに『ありがとう』の文字の入った女の子のスタンプを返して、スマホを置いた。
「どんな風に家族のこと話そうかな・・・。」
 広瀬君にどうせ聞いてもらうならばしっかりと朝ごはんを作り始めるきっかけになった出来事とかから一つずつ話すのがいいのかな。
 それとも、言いたいことをはっきりさせて、『家族との間に境界線があるような感じがする』っていって思ってることを話すのがいいのかな。
 私は頭が痛くなりそうなほど考えたすえ、話したいこととか、聞きたいこととかがごちゃごちゃにならないように

”『家族との間に境界線があるような感じがする』っていって思ってることを話す”
 
 という方法でいくことにした。
 うまくいくかはわからない。
 だけど、やってみるということ以外の選択肢は今の私にはないと思ったから最後の勇気を出して私のすべてのことを話してみたかった。

 ◇

「七香!遅れてごめんな。」
 そういって広瀬君が現れた。
 今日の朝私に『放課後、一昨日話した公園のあのベンチで待ち合わせな。』と言ってきたので、私は一度家に帰り、私服をきて、最低限必要な貴重品を入れたバッグを持って、言われるがまま待っていたのだ。
 もう広瀬君の体調のほうは、戻ったみたいで朝から本当に元気が良かったから安心だ。
「うん。私も今来たばっかりだったから大丈夫。」
 そうして話始めた。

「俺の提案は、七香の話が終わってからがよさそうだよな。」
「私はどっちでもいいけど・・・、そうしよっか。」
「うん。じゃ、七香の話聞かせて?」
「分かった。

 ―――――あのね、私、家の中で家族との境界線があるように感じるんだ。
 なんか、私だけ家族とは別の世界にいる・・・みたいな。」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、お母さんも弟も、私と話すときと私抜きで話してる時とで全然態度も、顔の表情も何もかもが違うから。
 あと・・・。」
「七香?」

 話していて、急になんていえばいいのかわからなくなった。
 詳しく言えば、私と家族の間にある”何か”を何と言い表せばいいのかわからなくなった。
 横を見ると「大丈夫?」といって心配そうにする広瀬君が見えた。
 本当なら「大丈夫だよ。」って返したかったけど、そのあとに話を繋いでいく自信がなかった。
 だから、目線を下に向けて黙ってしまった。

「なんか、俺も少しわかるかも。
 家族との見えない境界線。
 なんか、言い表すことはできないんだけど、なんか・・・、なんか壁があるよね。」
 なにも言っていないのに思ってることを隣で言われて一瞬心の声が漏れたのかと思った。
 また目線を広瀬君に向けると、ここにはないどこかに向けられているようだった。
 ―――――と思ったら、急にこっちを向いた。
 その顔は複雑そうだった。そして
「七香と俺、性格は全然違うけどなんか心は分かり合えるかもな。」
 と言った。
 そのとたん、私が広瀬君との間に立てていた壁が壊れたような気がした。
「私も。
 私も広瀬君にならわかってもらえる気が・・・、する。」
「そっか。
 それならよかった。
 そしたらさ、もっとわかり合っていけるようにお互い名前で呼んでいかない?
 友達になっていくための第一歩・・・みたいな。」
 友達になるための第一歩、か。
 私は、ついこの間までは名前で呼ばれたくなかったから・・・距離を置きたかったから名字で呼んでもらっていた。
 でも、今からは名前で呼ばれても大丈夫な気がする。
 でも・・・
「名前で呼ばれるのは大丈夫かもしれないけど、私が広瀬君のことを名前で呼んでいける気がしない・・・」
「それなら、練習しながらでいいよ。
 少しずつ練習して言えるようにしていこう?
 いつかきっと自然に言えるようになるからさ。」
 そっか・・・、そっか。
 やっぱり広瀬君は優しい。
 私のやりやすいペースを考えてくれる。
 私に進むべき道をいつも導いてくれる。
「ありがとう・・・!
 少しずつ広瀬君のことを名前で呼べるように頑張ってみる!」
「広瀬君・・・?」
「あ・・・・・・
 空、くん」
「うん。俺のこと名前で呼んだの一回目!
 頑張ったね優笑。」
「うん、ありがとう。」
 そして私は正面を向いた。
 思った以上に名前で呼ぶのが怖くて、緊張して小さい声で言った気しかしなかった。
 だけど、それでも広瀬君・・・ううん。
 空君が褒めてくれたから嬉しかった。
 ―――――もう、中二にもなったのに昔の私のように純粋に嬉しかった。