どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい─ ─こんな自分のことが大嫌いだ。


「友達は必ずあなたを助けてくれる」

まだ幼かった頃この言葉と出会った。

そしてその言葉を信じていた。

けれどそんな言葉はただの戯言だった。

中学二年生の夏、僕はクラスメイトと喧嘩をした。

些細なことだったが、それが少し大袈裟になってしまう。

当時の僕は友達も多かった。

だから大丈夫だと思っていた。

しかし僕の味方をしてくれる人など、誰一人としていなかった。

その結果、僕が全て悪いことになり、この喧嘩は終了した。

その日から僕はクラス内でいじめられるようになる。

だけど僕はまだあの言葉を信じた。

友達はいつか必ず助けてくれる、そう心の中で思っていた。

だけど実際はそんなことは無かった。

誰も僕のことを助けてはくれない。

いじめられたまま僕の中学校生活は、幕を下ろした。

僕は自分の素性を知る人がいない高校へと入学する。

高校では中学の頃のようにならないように、常に笑顔を浮かべ、嫌われないように努める。

その結果、一年の時は多くの友達が出来て、充実した日々を送っていたと思う。

だけど本当に充実していたのだろうか?

僕は心から楽しいと思えていたのだろうか?

ふとそんなことばかり考えてしまう。

周りの機嫌を損ねないように、笑顔を浮かべていた。

自分の気持ちを表に出さず、周りに合わせていた。

そんな自分がどうしようもなく嫌だった。

本当はもっと心から笑いたい─ ─

自分の気持ちを隠すなんてしたくない─ ─

だけど僕はわかったのだ。

笑顔を作り、みんなの嫌なことを引き受ければ、みんなが僕のそばから居なくならないと。

そうして二年生へと進級する。

「おっ、笑愛(えいと)じゃん! また同じクラスかー、よろしくな!」

声をかけてきたのは、一年の時から同じクラスの如月颯斗(きさらぎはやと)だ。

彼は静かに過ごしている僕とは正反対。

いつも明るい笑顔を絶やさず、誰からも愛される性格。

それに彼は男女問わず誰とでも仲が良い。

だから彼の周りにはたくさんの人が集まる。

でも僕は、彼のような人が苦手だ。

中学時代に喧嘩した相手も、彼の性格と似ていたからだ。

だけど彼のような人について行けば多くの人と仲良くなれる。

だから僕は彼と仲良くしている。

僕は常にそんなことばかり考えてしまう。

「また同じクラスでよかった。よろしくね颯斗」

また僕は笑顔を作る。

いつからだろう。

心から笑わなくなったのは。

中学校の一件以降、心から笑うことが怖くなった。

いつになったら心から笑えるのだろう─ ─

高校に入ったばかりの頃は、上手く作り笑いができなかった。

今までは作り笑いなどしていなかったから。

そのため最初は鏡の前で何度も練習していた。

そのお陰で今では簡単に作り笑いができるようになった。

新しいクラスはとても騒がしい。

─ ─ガラガラ

教室のドアを開ける音と同時に、担任の先生が入ってくる。

それと同時に騒がしかった教室は、一斉に静まり返る。

それぞれが席につき、各々自己紹介が始まる。

自己紹介が終わると、先生は教室から出ていく。

硬い雰囲気が解けて、教室内はまた騒がしくなる。

教室内ではもう友達グループが出来ていた。

─ ─僕も早く友達作らないと

颯斗の元へ行こうとした時、

「ねぇねぇ、私、隣の席の山本咲季(やまもとさき)。よろしくね!」

「あ、僕は村上笑愛。よろしく」

急に声をかけられ、少し戸惑ってしまう。

「よろしくね! 笑愛君!」

僕は咲季と軽く話したあと、颯斗の元へ行く。

予想通り颯斗の所には数人の男子が集まっている。

人気者はすごいな……。

心の中で呟く。

そして僕もその輪の中に入る。

するとすぐに他のクラスメイトとも打ち解けることが出来た。

二年生になっての初日は随分と多くの人と仲良くなることが出来た。

家に帰ると初日ということもありへとへとだった。

そのため部屋に入るなり、ベットに倒れ込む。

─ ─ピコン

スマホが鳴り、見てみると早速男子のグループが出来ていた。

『今週の土曜みんなでボーリング行こうぜ』

そう送ってきたのはもちろん颯斗だ。

そのメッセージにはすぐに、賛成の言葉が送られる。

僕はグループで話すことは苦手だった。

返信に困っていると、

『笑愛は行ける?』

颯斗から急に僕個人に向けてのメッセージが送られ、少し戸惑ってしまう。

目立つことが苦手な僕は、

『いけるよ』

とだけ答える。

グループではその後も、時間や昼食などについて話し合っていた。

僕は話には参加せず、ただ眺めているだけ。

グループではそれが最善の選択だと思ったからだ。

グループでの会話は一時間ほど続いていた。

結局僕は、颯斗からの質問以外には、メッセージを送ってはいない。

変にメッセージを送ってグループで浮いてしまうのが怖いからだ。

こんなことを考える必要が無くなれば、どれほど楽なのだろうか─ ─

そして約束の土曜日になる。

僕はグループで送られていた集合場所へ行く。

僕は約束の10分前に着き、みんなが来るのを待つ。

いつも時間前を心がけていた。

時間になると人数が集まっていく。

颯斗だけが集合時間になっても現れなかった。

約20分ぐらい遅れて颯斗がやってくる。

「まじでごめん! めっちゃ寝坊した!」

「じゃあ罰として全員に奢りな」

一人がそんなことを言うと、みんな口々に賛同する。

「よし、早く行こうではないか」

颯斗は全員の言葉を無視して歩いていく。

「おいおい、逃がさねぇぞ」

全員で颯斗の後について行く。

ボーリングに行く前にファミレスに寄った。

颯斗は遅刻した罰として、全員分を奢ってくれた。

「颯斗、ごちそうさまでーす!」

「今回だけなー」

昼食を終えた僕達はボーリング場へと向かう。

ボーリング場にはほとんど人がいなかったため、すぐにゲームを始めることが出来た。

「みんなの飲み物持ってくるよ」

「ナイス笑愛、まじ助かる」

僕はみんなのコップをもって、ドリンクバーへと足を運ぶ。

ドリンクバーの前で僕は小さく息を吐く。

普段友達と遊ばない僕は、これだけで疲労感が溜まってしまう。

だけどこんな姿を見せたら、雰囲気を悪くしてしまう。

僕は席に戻ると、極力疲れを悟られないように、いつも通りに振る舞う。

ボーリングは接戦の結果、僕が最下位だった。

「よし、じゃあもうそろそろ帰るか」

颯斗がそう言い、今日のところはお開きとなる。

みんなそれぞれの方向へ足を進める。

家に着くとキッチンで母が料理をしていた。

「おかえり笑愛。今日は楽しかった?」

「うん、楽しかったよ」

僕は簡潔に答えて自分の部屋へと向かう。

ベットに横たわりスマホを見ると、グループに通知が来ていた。

『今日は楽しかったな、また行こうぜ』

颯斗のメッセージにみんなが反応する。

─ ─友達っていいな

自分の気持ちを言えたら、どれだけ楽しいだろうか?

そんなこと考えるけど、僕には自分の気持ちを言える自信が無い。

もし自分の気持ちを言って、またみんなが離れていったら、僕は耐えられないと思う。

だから僕はみんなに合わせて笑顔を作る。



学校に行くと、颯斗を中心とするグループで次の遊ぶ予定について話していた。

僕も彼らの近くに行き、会話に混ざる。

「次はどこがいいかな?」

「カラオケとか行きたいわー」

「それいいな」

すぐに案が出て話は進んでいく。

僕は話に入る隙がなく、自分の席に戻る。

「笑愛君ってさ、何部だっけ?」

急に隣の席の咲季が訊いてくる。

「僕は写真部だよ、咲季は?」

正式に言うと、ほとんど部活には行っていない。

いわゆる幽霊部員と言うやつだ。

僕は運動は得意ではなかったから颯斗たちのように運動部には入らなかった。

それに一年生は強制だったので、やることが少なそうな写真部にしたのだ。

「写真部なんだ! 私は美術部だよ!」

咲季は明るい笑顔で僕に告げる。

美術部─ ─

僕も中学の時にあんな喧嘩をしていなければ、美術部に入っていただろう。

昔から絵を描くことが好きだった。

だけど喧嘩がヒートアップして、男子たちに僕の描いた絵をとても悪く言われてしまった。

それ以降好きだった絵からは離れるようになる。

今では筆を持ってスケッチブックに向かうことなどない。

「そっか、美術部かー、いいね!」

僕はうまく笑えているだろうか。

美術部という単語を訊き、僕の顔はきっと引きつっていただろう。

またあのトラウマが甦る。

「笑愛君? 大丈夫?」

彼女は心配した面持ちで、僕の顔を覗いてくる。

「大丈夫だよ」

「なんか急に暗くなったから、心配しちゃった」

やっぱり僕は上手く笑えていなかったらしい。

咲季に危うくバレるところだった。



帰りのホームルームで先生が、

「美化委員の颯斗と咲季は、みんなのロッカーの掃除を頼むぞ」

すると颯斗が不服そうな顔をして、

「えぇー! 俺、今日部活あるんですけど!」

「掃除が終わってからでいいだろう」

「それじゃあ遅いです!」

颯斗は小学生のように、先生に反抗する。

「じゃあ誰かに代わりを頼め」

先生はそう言って、話を続ける。

颯斗は少し考えるようなポーズを取っている。

ホームルームが終わると颯斗は僕の方に来る。

「なぁ笑愛、今日のロッカー掃除頼んでもいい?」

「あー……、いいよ」

本当は嫌だったけど、断ると颯斗との友情にヒビが入る気がして、僕は受け入れた。

「まじ? 助かるわ。今度なんか奢るわ」

颯斗はそう言って、駆け足で教室から出ていった。

教室には、僕と咲季の二人しか居ない。

「笑愛君が、颯斗君の代わりなんだ」

「颯斗に頼まれちゃったからね」

僕は苦笑して答える。

「笑愛君は優しいね。私だったら絶対嫌なのに」

僕も本当だったら嫌だ。

だけど僕に断る勇気などないから、受け入れたのだ。

「別に優しくなんてないよ……」

「なんかさー、笑愛君って無理してない?」

「えっ……?」

思いもよらない言葉をかけられ、僕は言葉に詰まってしまう。

「無理なんかしてないよ」

僕は必死に笑顔を作る。

「それだって、作り笑いでしょ?」

「……」

僕は何も言い返せない。

「笑愛君は、颯斗君たちに無理に合わせてる。そんな感じがするんだよね」

「なんで……そう思うの?」

僕の声は、今にも消えそうなほど小さかった。

「んー、女の勘……かな?」

女の勘……よく聞く言葉だが、まさか本当に分かってしまうとは思わなかった。

「もしかして、正解かな?」

咲季は僕をからかうように、笑いながら言う。

「別に……そんなことないよ」

本当のことばかり言われてしまい、僕は上手く返すことが出来ない。

「無理しなくていいよ。別に颯斗君たちに言うつもりもないし。でも、一つだけ笑愛君に聞いてもいい?」

「うん?」

「無理に笑う必要なんてないんじゃない?」

「えっ?」

さっきまでのトーンとは違い、彼女は真剣な声で聞いてくる。

「笑顔を作らないと、みんな僕の前から居なくなるから……!」

「僕がみんなと友達でいるためには、笑顔を作って、みんなの言うことを聞くしかないんだよ!」

今までで初めてと言っていいほど、僕の声は大きくて強かった。

「そんな必要は無いよ。本当の自分を出して居なくなってしまう友達なんて、真の友達なんかじゃない」

「だけど……」

「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。颯斗君はそんなことで居なくなるような人じゃないよ」

咲季の言うことはたしかに分かる。

颯斗は僕の前からいなくなるような人では無い。

だけど僕はまた独りになることを恐れている。

だから僕は笑顔を作るんだ。

「きっと笑愛君、何か昔辛いことでもあったんじゃない?」

本当に咲季はすごい。

僕の心の中を読めているのか疑うレベルだ。

「中学校の時、些細な喧嘩で友達と喧嘩したんだ。それで……気がついたら僕は独りだった」

家族以外に話したことがない僕だったが、何故かこの時、彼女に話していた。

「そうだったんだね。ごめんね、辛いこと思い出させて」

「全然いいよ。もう過去の事だし」

咲季は申し訳なさそうな顔で言う。

「咲季が心配しなくても、僕は大丈夫だよ。今でも充分楽しいから」

そう、僕は今でも充分楽しいと思えていた。

「本当に? 笑愛君は本当はどうしたいの?」

「えっ……?」

僕が本当はどうしたいか……

「僕は……もっと心から笑いたい。もっと普通にみんなと接したい」

家族にも自分の気持ちを話したことは無かった。

だけど本当は、誰かに聞いて欲しかったんだ……。

─ ─本当の気持ちを

「今からでも遅くないよ。笑愛君ならきっと大丈夫! 私が応援してる! だから頑張って」

咲季は決して僕を笑ったりしないで、僕の背中を押してくれる。

「ありがとう咲季。僕、頑張るよ」

咲季はがんばれと、曇りのない笑顔を浮かべて言う。

その後は他愛のない会話などをしながら、作業を行う。

「そういえば、なんで僕が作り笑いをしていると分かったの?」

僕はふと疑問に思ったことを尋ねる。

「んー、私も君と同じだったから……かな?」

そう言った彼女の目は、どこか寂しそうだった。

「僕と同じ?」

そう、と咲季は言って、中学校の時の話を始めた。

「私も中学の時、少し友達とすれ違いがあってね、距離を置かれるようになったんだよね」

「そうだったんだ」

僕は咲季の事を詳しく知らなかったが、彼女は明るい性格をしているので、そんなことはないと思っていた。

「結局、仲直りは出来たんだけどね。それがトラウマになって、笑顔を作るようになったの」

咲季は笑いながら話していたが、その笑顔も作っていると、僕にはわかる。

「咲季は僕と同じだったんだね」

「まぁ、君と違って私はちゃんと仲直りしたからね!」

咲季は自慢するように、胸を張って言う。

「なんだそれ」

僕は思わず吹き出す。

─ ─これが作り笑いじゃない、本当の笑顔か

咲季は僕の笑顔を見て、

「やっぱり作り笑いじゃない方がいいよ」

「そうだね、もう作り笑いはやめるよ」

僕の言葉に咲季は嬉しそうにしていた。

結局ロッカー掃除に、一時間もかかってしまった。

だけどそのお陰で、僕は前に進む決意ができた。

「私は美術室に用があるから行くね。バイバイ笑愛君」

「今日はありがとね。バイバイ」

僕らはお互いに手を振り、別々の方へ歩き出す。

夜、僕は早速颯斗にメッセージを送る。

『あのさー、カラオケっていつ行くの?』

五分ほどしてスマホが振動する。

『今週の土曜日にいくよ』

『僕も行っていい?』

自分から行っていいか聞くことなんて、今まで一度もなかった。

毎回誰かが誘ってくれるのを待っていたから。

『もちろん! てか笑愛が自分から言うなんて珍しいな』

『たまにはね』

いつもは自分から言うことは無いので、言うのに少し時間がかかってしまったが、ちゃんと言うことが出来た。

少しづつだけど成長している気がした。

土曜日が待ち遠しい。

金曜日の夜、僕は全く眠れなかった。

結局眠りについたのは二時頃だった。

アラームの音で目を覚ます。

昨日のうちに決めていた服を着て、僕は待ち合わせの場所へ向かう。

全員が揃うと昼食を買ってから、カラオケ店へと足を運ぶ。

お店の中は陽気なBGMが流れていた。

受付を済ませ、みんなで個室へと向かう。

初めはみんなで何曲か歌う。

流行りの曲、アニメソング、盛り上がる曲など。

その後は颯斗がソロで歌うと言い出した。

「俺の歌声に惚れんなよ?」

颯斗はそう言ってから、歌い始める。

颯斗は4分程度の曲を、1人で歌いきる。

「どうだ? 上手いだろ?」

僕たちは全員同時に顔を見合せる。

そして一斉に吹き出した。

「まじで下手すぎ」

「こんなに下手だと思ってなかったわ」

僕たちは笑いながら颯斗に言う。

でも本当に颯斗の歌は、お世辞でも上手いとは言えない。

「そんなこというなら笑愛が歌ってみろ」

颯斗の矛先が僕に向いた。

「おぉ、笑愛のソロかー。気になる」

流れで僕がソロで歌うことになってしまった。

僕は自分の得意な曲をいれる。

「俺より酷かったら、許さねぇぞ」

「あはは……」

僕は苦笑する。

人前で歌うのは、苦手な方だけど今なら歌える気がした。

僕も4分程度の曲を一人で歌いきった。

「俺の方が上手いな!」

颯斗は自信満々にそんなことを言う。

「いや、それはない」

「自惚れんな」

「笑愛の方が上手いぞー」

全員が口々に彼の発言を否定する。

僕の頬は自然に緩んでいた。

「お前らには俺の上手さがわからないんだな」

颯斗は拗ねたようにそっぽを向いてしまう。

その後は時間が許す限り、みんなで歌い続けた。

颯斗も下手と言われたことなんて忘れて、とても楽しんでいた。

僕も心から楽しむことが出来ていた。

「いや〜、今日は楽しかったなー」

帰る途中颯斗は、独り言のように呟く。

「そうだね」

「笑愛なんか変わったよな」

颯斗は唐突にそんなことを言い出す。

「へっ?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまう。

「前ボーリング行った時は、無理して楽しんでるって感じだった。でも今日は心から楽しんでるように見えた」

あぁ、そっか。颯斗には全部お見通しだったんだ。

「前より関わりやすくなったって感じ?」

「そう?」

おう、と颯斗は僕に笑顔を向けながら言う。

「もしかしてなんかあったとか?」

「別になにも」

僕はイタズラな笑顔で言う。

「なんだそれ」

僕らは二人して笑った。

「じゃあな笑愛。気をつけて帰れよ」

「颯斗も気をつけてね。バイバイ」

お互いに軽く手を振り、帰路に着く。

一人になった僕は、颯斗の言葉を反芻する。

『前より関わりやすくなったってかんじ?』

颯斗は僕にそんなことを言ってくれた。

あの時は少し理解に遅れてしまったけど、本当はすっごく嬉しかった。

そんなことを考えていたら、家に着いていた。
ドアを開けてリビングに向かうと、母がソファに座っていた。

「ただいま」

「おかえり、なにかいい事でもあった?」

母は微笑みながら僕に聞いてくる。

さすが母親だと僕は思った。

僕はまぁね、とだけ言って自分の部屋へ行く。

部屋へ入り僕はベッドの上へ倒れ込む。

そしてスマホを取り出し、颯斗にメッセージを送る。

『今日はありがとう。めっちゃ楽しかった! また行こう!』

また行こうなんて初めて言ったので、少し恥ずかしくなる。

少しして、颯斗から返信が来る。

『こっちこそ楽しかったわ! また行こうな』

いつも通りの颯斗からの返信でホッとする。

その後は珍しく少し雑談をした。

そして僕は眠りについた。



月曜日学校に行ってみると、みんなが噂話をしていた。

どうやら転校生が来たらしい。

「おはよう笑愛君。聞いた!? 転校生が来たんだってね!」

咲季が興奮気味に僕に話す。

「なんかみんな話してるね」

教室中が転校生の話で持ち切りだった。

そして担任が教室に入ってきて、いつも通りのホームルームが始まる。

だけど今日はいつもと違い、担任は何故か嬉しそうだった。

「今日は転校生を紹介する」

担任の一言で、教室中が一気に騒がしくなる。

周りからはどんな人だろう? 男子と女子どっちだ? などと多くの声が挙がっていた。

季節外れの転校生。

僕も内心気になっていた。

数秒前までは……

「それじゃあ、入ってきていいぞ」

担任の声の後に、教室のドアが開く。

そして一人の背の高い男子が、教室へと入ってくる。

僕はその姿を見た瞬間、背筋が凍った。

「初めまして、清水大我(しみずたいが)と言います! これからよろしお願いします!」

清水大我……その名前を聞いて、僕の頭の中は真っ白になる。

僕が中学校時代、喧嘩をした相手。

そして僕のいじめを始めた張本人。

それが彼だったからだ。

大我と目が合って、一瞬息が止まった。

じっと僕を見つめてくるその目が、不敵な笑みを浮かべていた。

せっかく僕は変われたというのに、また作り笑いをしないといけないのか。

僕の頭のなかは、不安で埋め尽くされた。

「どうかしたの笑愛君?」

僕の不安を察知したのか、咲季が僕に尋ねてくる。

「あ……いや、えっと……」

大我のことを話そうか、僕は迷った。

「もしかして、あの人知ってるの?」

「うん……知ってる」

咲季なりの気遣いなのか、それ以上は特に聞いてこなかった。

僕からしてもそれはありがたかった。




大我が転校してきて、一週間が経つ。

大我は性格上もちろんのこと、初日からクラスに馴染んでいた。

そして僕達のグループに入ってくる。

「なぁ颯斗、今度みんなでどこか行こうぜ」

いつも遊びを提案するのは颯斗だが、大我が今日は遊びを提案する。

「そうだな、どこ行く?」

颯斗と大我の周りには、多くの人が集まる。

また僕は端の方で話を聞く。

大我がいる時は、僕はまた作り笑いをするようになった。

いつ彼に目をつけられるか分からないからだ。

放課後みんなは部活に向かったので、僕は一人で帰ろうとする。

「おい笑愛。待てよ」

すると後ろから声がかけられる。

振り向かなくても声の主は分かる。

もう何度も聞いてきた、僕の一番苦手な人。

「大我どうしたの……? 」

「お前ここの高校だったんだな」

大我の声は僕を嘲るような声だった。

「うん……そうだよ」

僕の声は今にも消えそうなくらい、小さかった。

「お前高校生活楽しんでんだろ?」

一瞬大我の質問に疑問を持った。

なぜそんなことを聞いてくるのだろう?

「一応……楽しんでるよ」

チッ……

静かな廊下に、大我の舌打ちの音が響く。

「お前みたいなやつが高校生活を楽しんでるんじゃねぇよ」

数秒後、僕の顔に痛みが走る。

一瞬何が起きたのか分からなかった。

気がつくと、僕は廊下に膝をついていた。

「むかつくんだよ。中学でずっと独りだったお前が、颯斗たちと一緒に笑ってるのが」

大我は僕の事を何度も蹴りながら、続ける。

「お前はずっと独りでいいんだよ。俺達の近く
に来るな。消えろよ。誰もお前なんて必要としないんだよ」

─ ─あぁ、やっぱりダメなんだ。

僕みたいな奴がみんなと一緒に居ることは、決して許されないんだ。

僕の中の何かが壊れそうな気がした。

だけどその時、

「笑愛!」

僕の名前を叫ぶ声、その声だけで誰かはわかった。

「颯斗……」

「大我……お前なにやってんだよ?」

颯斗の声は、今まで聞いたことないくらいに怒りに満ちていた。

「何って? 見たらわかるだろ?」

「は? 意味わかんねぇよ。なんでこんなことしてんだよ」

「こいつがうざいから」

大我には反省の色が全く見られなかった。

「そんな理由で……笑愛を悪く言うんじゃねぇよ! 確かに俺はお前より笑愛のことを知らない。だけどこいつは俺の大切な親友だ」

「っ……」

嬉しかった。

ここまで颯斗が僕のために、怒ってくれたことが、親友と言ってくれたことが。

「チッ……こんなやつの何がいいんだよ……」

大我はそう吐き捨てて、去っていった。

「大丈夫か笑愛?」

颯斗は手を差し出してくる。

「ありがとう颯斗……でも、なんで……?」

「大我が来てから笑愛の様子がおかしかったからさ、少し気になってたんだよ。それで跡つけてたら、まさかこんなことになってたとはな」

え、と思わず声を漏らして、颯斗の方へ目をやる。

颯斗はずっと心配してくれていたんだ。

「ありがとう。颯斗が居てくれたから僕は助かったよ」

「いいってことよ。俺ら親友だろ」

にこっと笑った颯斗の顔はとても眩しかった。

「てか颯斗部活は?」

「あー……今日はいいや。一緒に帰ろうぜ」

僕は心から颯斗と出会えてよかったと思った。

颯斗は決して僕を見捨てたりしない。

僕は颯斗と一緒に帰る。

「笑愛、大我とは何があったんだ?」

「あー……」

もちろん聞かれるとは思っていた。

正直聞いて欲しくはなかったが、今の颯斗になら言える気がした。

僕はあの日咲季に話したことを、颯斗にも話した。

「そうだったんだな。わりぃな、何も気づけなくて」

颯斗は申し訳なさげに謝る。

「僕が言わなかっただけだし、謝らないで。それに今日助けてもらったんだし」

「これからも、もし何かあったら言えよ」

本当に颯斗は頼もしい。

「ありがとう颯斗」

颯斗は僕が心配だからと言って、家まで送ってくれた。

「わざわざありがとね」

「全然いいってことよ。無理すんなよ」

「うん、じゃあね」

僕は颯斗に手を振って家に入る。



次の日、学校に行くと大我は一人になっていた。

どうやら昨日の出来事が、広まっていたらしい。

昨日までの彼とは別人のように、とても静かだった。

「あいつが笑愛をいじめてたんだろ」

「まじで最低」

周りからは大我に向けての罵声が飛び交う。

僕はなぜか心の中がモヤモヤしていた。

僕のことをいじめていた人が悪く言われるのは、僕にとっては嬉しいはずなのに。

そこで颯斗が教室にやってくる。

颯斗も最初はいつも通りの様子だったが、大我を見た瞬間様子が変わった。

「なぁ大我。昨日のお前のやった事は許されないことだと思う。だけど謝れば笑愛は許してくれるはずだ」

颯斗は大我に向かって、落ち着いた口調で言う。

「別にあいつに許してもらいたくもねぇよ」

大我の声はいつもと比べて小さかった。

「俺もお前とは友達でいたい。だからお前と笑愛にも仲良くして欲しいんだ」

「わかったよ……」

大我はそう言うと、僕の方へやってくる。

「笑愛……昨日は悪かった。本当は……お前が羨ましかったんだ」

え、と思わず間の抜けた声が漏れる。

「中学校でずっと独りだったお前が、あんなに楽しそうに笑っていたのが、羨ましかったんだ……。ごめん」

僕は大我のこんな姿を今までに見たことがない。

そのため少し困惑していた。

だけど大我が謝ってくれたことが嬉しかった。

「別にいいよ。だけどこれからは僕とも仲良くしよ」

僕は大我に微笑みながら伝える。

「よし! これでお前ら仲直りだな!」

そんな空気を壊したのは、颯斗だった。

本当に颯斗が居なかったら、大我と仲直りなんてするはずが無かった。

そして咲季と出会ったから、僕は自分の気持ちを言えるようになった。

僕はあの言葉を思い出す。

『友達は必ずあなたを助けてくれる』

あの時出会った言葉は、決して間違っていなかった。

友達というものは辛い時に共に寄り添い、助けてくれる。

僕は高校生活でそれを理解することが出来た。

そして僕はもう自分を偽ったりしない。

もう僕に作り笑いなど必要ない。

彼女と出会ったことで、僕は変わることが出来た。

その結果、少しだけ息がしやすくなった気がした。