どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい--こんな自分のことが大嫌いだ。
いつもの景色。代わり映えのしない日々。もう飽きたな。いつからこう思うようになったんだろう。
一年前の入学式。まなはキラキラな高校生活を夢見て、学校の門をくぐった。その時は考えもしなかった。
今の私は、自分がなりたかった高校生じゃない。
こんな自分、もうやめたい。変わりたい。いや、変わらなきゃ。
まなは今日も朝6時に起きて顔を洗い、制服を着て、髪を結び、ご飯を食べ、歯磨きをし、学校へ行く。自転車にまたがり「今日もがんばろ」 そう自分に言い聞かせる。
6月の空は澄んでいる。空を観ると、少し前向きになれる気がした。
教室へ入ると、楽しそうに話す3人組や先生にばれないようにこっそりスマホでゲームをしている男子たち、「体育だるいねー」と話す女子たち。
何回も見ているこの景色。
「楽しそうだな ...」そう思いつつまなは席についた。
「佐藤、おはよう」
声がした方を向くと、後ろの席の松田優太がいた。優太は1年生のときも同じクラスで、まなが唯一楽に話せる友達だ。
「おはよ」まなも返した。
「あいつら朝からうるせぇよな」
賑やかなクラスを見渡して優太が言った。優太はあまり騒ぐタイプじゃない。まなも同じようなタイプだ。だから仲良くなれたのかもしれない。
「ね。」
まなは短く返した。
一時間目は体育だ。朝から運動はきつい。
女子はバレーボールなので、体育館に移動する。
試合をしていると、相手のボールがまなの顔に当たった。
「あ、ごめーん笑」
ぶつけた相手がわざとらしく言った。
「なにか言い返したら、またやられるんだろうな...」と思いまなは何も言わず、体育館をあとにした。
まなはクラスの女子にいじめられている。クラス替えをしてからそうだ。
1年生のクラスで仲良くしてくれていた子も、クラス替えで別々になってしまった。
「こんな自分じゃ、いじめられても仕方ないよな...」弱々しく呟いた。
大した怪我では無かったが、この場から逃げ出したくなり、保健室へ向かい手当てをしてもらった。
そろそろ一時間目が終わる。
「いま教室へ戻ったら、女子たちと鉢合わせするかもしれない。」
そう思い、まなはしばらく保健室で座っていることにした。
10分後、教室へ戻ろうと歩いていると、サッカーを終えて教室に向かう優太に会った。
「お前、そのアザどうしたの?」
心配してくれた優太に、
「なんでもない」と冷たく返してしまった。
まなは、「...いつもこうだなぁ」と
ため息をついて、席に座った。
昼休み。まなはいつものように1人で過ごしていた。すると、優太がとなりに来て
「何かあったなら、話聞くよ?」と言ってくれた。
でも「誰かに話したら、気持ちが軽くなるかもしれない。」と思い、まなはいじめのことを話すことにした。
「じ、実はね...私、女子にいじめられてて...」
「え?いじめ?いつから?」
「...4月」
「そんな前から?もっと早く言ってくれればよかったのに」
「で、でも迷惑かけたくなかったし...大したことないから大丈...」
「大丈夫とかの問題じゃないって!先生に言ってないの?」
「...うん、言い出せなくて」
「放課後、一緒に言いに行こう」
そして放課後、まなと優太は職員室へ向かった。
「失礼します。2年2組松田です。金子先生いらっしゃいますか」
先生を呼び、職員室前の椅子に3人で座った。
「どうしたんだ?お前ら2人で職員室に来るなんて、珍しいな」
まなはいじめのことを言い出せず、優太の方を見て助けを求めた。
「...俺?」
「...」何も言えずにいると、優太が話し始めた。
「えっと...佐藤が、いじめられてるみたいなんてす。」
「佐藤、本当に?!」先生はすごく驚いていた。
「...はい。4月から体育のときにボールを当てられたり、体操服を隠されたりされて...」
話していると、涙が出てきた。先生も優太も、うまく話せない私を落ち着かせてくれて、「優しいなぁ」と思うと、余計に涙が止まらなかった。
30分ほどかけて話し終わると、先生が「早く気がつけなくて、本当にすまなかった。明日、クラスで話し合いをしよう。このままじゃ佐藤も過ごしにくいよね?」と言ってくれた。
先生にお礼を言ったあと、優太と2人で帰ることになった。
歩きながら
「俺も、出来ることはするから!...お前が笑顔で過ごせるように、協力するから!」
と涙目になりながら言った。
私はそんな優太の顔を見て、笑ってしまった。
「なんで優太が泣いてんの笑」
「な、泣いてないし。泣きそうになっただけだし笑」
途中で別れて、家に帰った。
夜、お風呂の鏡に映った、泣いて目が腫れている自分の顔を見ると、なんだかばかばかしくなってきた。
「私、なに泣いてるんだろう。」
次の日。今日も体育があることを思い出して朝から憂鬱になった。
「...やっぱり学校行くのやめようかな」
そう思ったけど、親に言ったら心配されるだろうし、がんばって学校に行くことにした。
教室に入ろうとすると、急にめまいがしてしゃがみこんでしまった。
「...やばい、立てないかも」
すると、ちょうど階段から優太が登ってきて、びっくりした顔で私に近づいてきた。
「お前、大丈夫?!どうしたの?」
頭がくらくらして何も言えなかった。
優太は無言の私を見て、保健室に連れていってくれた。
「あ...りがとう」なんとか声を出すと
「うん。でも、びっくりした。教室に入ろうとしたら倒れてる佐藤がいたから。」
「...なんか、めまいがして、」
「お前、無理してるんじゃないの?学校が嫌だったら、休んでもいいんだよ?」
その言葉を聞いて、「そっか。休んでもいいんだ。」と思った。でも...
「でも、休みたいとか言ったら親に心配されるし、熱とかない限り休ませてくれない気がして...」
「それでも自分の気持ちをちゃんと声にしないと、苦しい思いするのは、お前なんだよ?」
そう言われて、これ以上いじめに耐えられる気もしなかったし、早退することにした。
その日は両親共に仕事に行っていて、家には誰もいなかった。
「よかった」と思いつつ自分の部屋に向かった。
ベッドに横になりながら、「親になんて言えばいいかな...いきなりいじめのことを話していいのかな...」
いろいろ考えていたら、頭が痛くなってきた。
スマホの着信音がなり、目を覚ました。いつのまにか寝ていたようだ。
「誰からだろう」
スマホに手を伸ばし確認すると、画面に「優太」と出ていた。
「ゆ、優太から電話?!」
電話がきたのは初めてだったので、ドキッとしながらも通話ボタンを押した。
「もしもし」
「佐藤?いま家にいる?」
「うん。いるけど、どうしたの?」
「どうしたのって...お前、ほんとに鈍感だよな笑」
「え...?」
「俺は、お前のことを心配して電話したの笑。体調、よくなった?」
そんなに気にかけてくれてたんだ。
「うん、ちょっと休んだらだいぶよくなってきたよ。ありがとね、心配してくれて」
「...うん」
優太は小さな声でそう言った。
「明日は、学校行けそう?」
「うん。頑張ってみる」
ゆっくり深呼吸をして、明日の用意を始めた。
午後4時30分、ひとつ上のお兄ちゃんが帰ってきた。今日はバイトがあるから、部活を早退して早く帰ってきたらしい。
私はいつもだいたい5時くらいに帰るので、すでに家にいた私を見て、お兄ちゃんが
「今日は学校早く終わったの?」
と聞いてきた。私は正直に「早退した」と答えた。
お兄ちゃんにはいじめのことを話しているので、早退したと言ったら察してくれた。
「まな、なにかあったら話してね」
そう言って、すぐにバイトに行ってしまった。
たぶん今までの私だったら、お兄ちゃんに泣きながら話していたかもしれない。
でも、今の私は違う。泣かないって決めたし、心強い味方もいるから!
2時間後、両親が帰ってきた。話そうか迷ったけど、優太も自分の気持ちをちゃんと伝えるべきだって言ってたから、勇気を出して言うことにした。
意外にも、両親は優しい言葉をかけてくれた。いや、私が考えすぎていただけかもしれない。
2人とも、「何かあったら、すぐに言ってね。私たちはまなの味方だよ。」
と言ってくれて、嬉しかった。
みんなが味方になってくれていると考えたら、また泣きそうになった。
一週間後、今日も体育がある。
「もう大丈夫」と何度も自分に言い聞かせるけど、やっぱりまたいじめられるんじゃないかと、家を出る直前で怖くなってきた。
結局、この日は学校に行けなかった。一日中、部屋にこもっていた。ご飯も食べる気になれなかった。
「こんなんで学校に行けない私って、弱いなぁ」
その日の夕方、優太に電話をかけることにした。
「もしもし」
「もしもし、どうしたー?」
「...今日ね、学校行こうとしたんだけど、家を出る直前でやっぱり無理だってなって、行けなかったの。どうしたら強くなれると思う?」
「強くなる...か。んー...」
「あ!優太が私の家まで来てくれたら、行けるかも!」
「...え?なんて?」
「だーかーら、私の家まで来るの!」
自分から言い出したのに、私の顔はもう真っ赤だ。すると突然、電話が切れた。
どうしたんだろうと思ってメールで
「私、変なこと言った?」
と送ると
「変なことしか言ってない!笑...とりあえず、明日の朝迎えに行くね」
と返ってきた。思わず笑ってしまった。
次の日の朝7時30分、玄関のチャイムが鳴った。私は急いでドアを開け、待っていた優太と一緒に学校へ向かう。
「おはよ!」
「おはよー」
「来させちゃってごめんね」
「お構い無く!」
「...今日も体育あるんだよね。」
「まだ怖い?」
「うん。どうしよう」
「体育の時間になったらお腹痛いとか言って、保健室で過ごすとか?」
「うーん...そうしようかな...」
「とりあえず、無理しないでね」
「うん、ありがとう」
教室に着くと、クラスがざわざわしていた。
朝から騒がしいなと思いながら、まなは自分の席に座ろうとした。
しかし、まなは自分の机の上に花が置いてあることに気がついた。
「これって...」
意味が分かった瞬間、体が固まってしまった。
クラスの中から
「これ、死んだ人ってこと?」
「誰がやったの?さすがにやばい」
「話し合ったばっかりじゃん」
といった声が聞こえてきた。
まなは立ったまま、涙を流した。
「ひどい...」
すると優太に手を引っ張られ、教室を出た。
「あんなの、気にすんな。」
と言ってくれたけど、涙は止まらなかった。
そこに先生がやってきて、クラスが一瞬で静まりかえった。
「おい、お前らいいかげんにしろ」
いつも穏やかな先生がついにキレた。
一時間目は数学の予定だったけど、話し合いになってしまった。私も、泣きながら参加した。
先生に、「佐藤、お前はどう思ってるんだ。正直に言ってごらん」
と言われ、泣いてぐちゃぐちゃになった顔を覆いながら話した。
「...ただただ、辛いです...。本当にやめてほしいです...」
クラスの空気が暗くなり、私はずっとうつむいていた。
その日私は落ち着くまで保健室で過ごし、家に帰ることにした。
帰ると、お兄ちゃんが真っ赤になった私の目を見て「話、聞くよ?」と言ってくれた。
まさか私がいじめの対象になるなんて思っていなかったし、私が想像していた高校生活は、もっと楽しいはずだった。
お兄ちゃんに私の気持ちを全て話した。少し楽になったけど、学校に行く気にはなれなかった。
私は、夏休みが終わるまで学校を休んだ。学校に行かなくていいと思うと、心が軽くなって不安になることもなくなった。
二学期の始業式の日
「いつまでも休んでいては臆病な自分のままだ。けじめをつけよう。」
と思い、制服に身を包んだ。
久しぶりの制服は、クリーニングに出して生まれ変わっている。
ドアを開け、家を出た。もう9月。
「私、3ヶ月も何してたんだろう。今まで何回強くなろうって思ったかな。思ってるだけじゃだめ。そろそろ行動に移さないと」
学校に着くと、下駄箱で優太に会った。
「!」
優太はとても驚いた顔で私を見た。そうだよね、学校に来たの3ヶ月ぶりだから。
「おはよう」
「佐藤!久しぶり!」
優太の嬉しそうな顔を見ると、なんだか私も嬉しくなってきた。
あんまりこんな表情見たことなかったから、「意外とかわいい顔してるな」と思いながら、一緒に教室に向かった。
始業式は、すぐに終わった。
一人で帰ろうと思っていたら、優太に声をかけられ、一緒に帰ることになった。
「良かったね、学校来れて。」
「うん。私、すぐに泣く弱い自分が嫌で。変わりたいなって思うんだよね」
「すぐには難しいと思うけど、佐藤ならきっと出来る。...そんな気がする」
「ありがとう」
次の日から、学校に行けるようになった。
久しぶりの教室だけど、何も変わらず私を迎えてくれている気がした。
何か新しいことに挑戦したいと思い、コンビニでバイトを始めることにした。
先輩も優しく、安心して仕事が出来た。
学校にもようやく慣れてきたある日、夜10時、バイト終わりに優太を見かけた。
「優太!」
「ん?佐藤!」
「こんな時間まで、塾?」
「そう。来年受験あるから、夏休みから通い始めた。...で、お前はバイト?」
「うん!始めて1ヶ月くらいかな」
「そうなんだ!夜遅くまで大変だね」
...としばらく話していると、ポツポツと雨が降ってきた。
「え、雨?傘ないのにー」
「俺、折り畳みならあるけど...使う?」
「いいよ!優太が使って。走って帰ればすぐだし」
じゃあね、と言おうとしたら
「待って」と優太の声が聞こえた。
相合い傘で家まで送ってくれた。
ずっとドキドキしながら歩いていたので、何を話していたのか記憶にない。
寝る前、ベッドの中でさっきの相合い傘のことを思い返していた。
夢だったのだろうか。いや、ほんとだよね?
...てか、なんで私こんなにドキドキしてるんだろう。も、もしかして!?
優太のことが...
そんなことを考えているうちに、睡魔に襲われた。
9月3日、今日も学校へ行く。
一時間目から席替えだ。
楽しみな反面、優太と席が離れてしまうかも、と少し残念な気持ちもあった。
多数決をして、席替えはくじ引きでやることになった。
席替えの結果、私はほとんど話したことのない男子と隣になった。
でも、笑顔で「よろしくね!」と声をかけた。相手も「こちらこそよろしく」と返してくれて、少し仲良くなれそうな気がした。
二時間目の数学で早速ペアワークがあり、隣の子とやることになった。
無口な子だけど、笑った顔が素敵だった。すごく頭が良くて、私の苦手な計算問題を教えてくれたりもした。
昼休み、久しぶりに屋上でお弁当を食べることにした。
あまり人はいなくて、時より吹く風が心地よかった。
広い空を見ていると、自分の悩みもちっぽけだなと感じる。
「よし、変わるぞ、私!」
だんだん、学校に行きやすくなってきた。
もうすぐ文化祭がある。
私たちのクラスはクリームソーダを売ることになった。みんなで教室を飾り付け、黒板をカラフルに彩ったりして準備を進めていく。
私は買い出しに行くことになった。しかも優太と。
スーパーに向かう途中「青春だなぁ」そう呟くと、優太が不思議そうに私の方を向いた。
「いや、なんか青春っていいなーって思って笑」
「確かに文化祭って青春だよね」
そう言いながら、優太は私の顔を見てきた。
「...ちょ!そんなに見られたら照れるんだけど!!顔に何か付いてる?」
「いや、なんか佐藤の顔が変わったなーって思っただけ」
「え?顔?可愛くなったってこと?」
「ばか。そういうことじゃなくて、前まではちょー暗い顔してたのに、今はめっちゃ楽しそうにしてるってこと」
「ほんと?最近、ちょっと学校が楽しくなってきたんだよね」
「まじ?良かったー!」
そう言う優太は、少し涙目になっていた。
「優太?泣いてるの?」
「泣いてない...たぶん。まじで、学校来れるようになって俺も嬉しい!」
「そう?私も優太に会えるようになって嬉しいよ!笑」
優太は優しい顔で微笑んだ。
「これも、優太が話聞いたりしてくれたからだよ!ありがと!」
「そんなこと言われたら照れるじゃん!」
赤くなった優太の顔を見たら、私まで暑くなってきた。
文化祭当日。
私の前の席の金本に話しかけられた。
「佐藤は、誰かと回るの?」
できれば優太と回りたいけど...他の人と行くかもしれないし。
「いや、一人かな笑」
「え!優太と行かないの?」
「!?な、なんで?」
「2人って付き合ってるんじゃないの?」
金本に背中を押され、優太に声をかけに行くことにした。
「大丈夫だよ!佐藤、頑張れ!」
友達と話している優太に
「ゆ、優太ちょっといい?」と言い、
廊下に出た。
「どうしたの?」
「え、っと」もう顔が真っ赤だ。
「文化祭、一緒に、回りませんか」
「いいよ!」
「え!ほんと?行く人決めてない?」
「うん!佐藤を誘おうか迷ってたとこ!」
「嬉しい!ありがとう!」
やった!成功した!心の中でめっちゃはしゃいだ。
「金本、ありがとう!」
「うん、楽しんでー!」
2人で回る文化祭は特別な感じがした。
昨年は女子3人グループで行ったし、なにより男子と2人なんて...!
「どこ行きたい?」
緊張する私に、優太が聞いてくる。
パンフレットを広げ、フォトスポットを見つけた。
「ここ、行きたい!」
「いいね!」
2人でたくさん写真を撮り、思い出を作った。
文化祭はあっという間だった。
もっと長く続けばいいのに。
楽しいことって、ほんとに一瞬。
でも、フォトスポットで撮った写真を見ると楽しさが蘇ってくる。
「今日は、一緒に来てくれてありがとう」
「こちらこそ、楽しかったよ」
優太が笑顔で言った。
行事がひとつ終わり、また授業が始まる。
10月になり、衣替えもそろそろだ。
もう長袖の季節か、早いな。
今月は行事もないので、平凡な1ヶ月になるだろう。
学校を3ヶ月も休んでいたなんて、自分でも信じられない。
それくらい、今は楽しく感じる。これも優太のおかげかな。
学校で授業を受け、家に帰り、カレンダーを確認する。バと書いてあった。
そっか、今日はバイトがあるんだった。
夕方、家を出ようとするとお兄ちゃんもちょうどバイトに行くところだったのて、一緒に行くことにした。
「まな、最近学校はどうなの?」
「あのね、楽しいんだ!この前文化祭があって...」
学校のことをこんなに話したのは久しぶりだ。
お兄ちゃんも嬉しそうに聞いてくれた。
「よかった、まなが楽しいって言ってるの久しぶりに聞いた。」
「お兄ちゃん、今までたくさん心配かけてごめん」
「謝ることないよ。僕は笑顔のまなが見れて、嬉しい」
優しいお兄ちゃんの言葉に涙が出た。
本当に私って泣き虫だな。
お兄ちゃんと別れ、バイトに向かう。
バイト先で、最近友達ができた。ゆみちゃんという子で、前のバイトをやめてここに来たらしい。
「あ、まなちゃん!やっほー!」
「ゆみちゃーん!」
ゆみちゃんは明るくて、私まで元気にさせてくれる。
「今日は店長に品出し頼まれてさー」
「そうなの!?品出しって結構大変だよね?一緒にやろ!」
「いいの?まじ助かる!」
2人で雑談しながら品出しをする。
今日学校であったことや、家族のこと、もうなんでも話せる仲になった。
気づいたらバイトが終わる時間になっていた。帰ろうと2人で外に出ると、前を歩く人が見えた。こんな時間に?と思い、よく見てみると...
「優太だ!」
思わず声に出ていた。
「あの人知り合いなの?」
「あ、そうそう同じクラスなの!」
2人で優太のところまで行く。
「優太!」
優太が振り向く。
「あ、やっほー。今日もバイト?」
しばらく2人で話しこんでしまった。
「...隣の子は、友達?」優太が尋ねる。
「あ!ゆみちゃんごめん!夢中になってた!」
「いいよいいよ~2人お似合いだし」
「!?お、お似合い?」
「うん、付き合っちゃえば~?笑」
そんなことを言われ、照れ隠しに大声で笑った。それにつられて優太とゆみちゃんも笑った。私たち3人の笑い声が夜のまちに響いていた。
その後、バイト終わりに3人で帰ることが増えた。まなはその時間がとても楽しみになっていた。
「楽しみがあると1日頑張れるな」
年をまたぎ、1月上旬。
あと3ヶ月ほどで3年生だと思うと、一年が早い。
制服の上からコートを羽織り、手袋とマフラーもして学校へ行く。
自転車に乗ると凍るように冷たい向かい風が吹く。
教室へ入ると、暖房が冷えきった私の体を暖めてくれる。この感覚が好きだから、冬も嫌いじゃない。
優太に「おはよー」と言い、席につく。今日も1日が始まる。
寒くなってきて、教室でもセーターを着ていないと死にそうだ。
前までは周りの視線が怖くて休み時間も一人で過ごしていたけど、今は自分から優太のところへ行って、話すことが出来ている。
「今日も寒いね」
「ね!」
「優太は、どの季節が好き?」
「俺は冬が好きかな。寒いけどね笑」
「え!私も冬めっちゃ好きなの!」
「まじ?なんで好きなの?」
「え...優太の、萌え袖が、見れるから、かな...」
「萌え袖?」
「うん、分かんないかもしれないけど男子の萌え袖って、かわいいの!」
やば、私なんでこんなこと言い始めちゃったの!めっちゃはずいんだけど!
「...俺も」
「え?」
「俺も、佐藤の萌え袖好き笑。小さい子がやってるとかわいいんだよね笑」
「え、小さいって?身長?」
「あ、余計なこと言った笑」
「ひどいー!気にしてるのに」
「ごめんって笑」
ちょっと!か、かわいいって言ってたよね...?え、やば!
やっぱり私、優太が...
「優太のせいで暑いんだけど!笑」
「え、なんで?」
もう!鈍感すぎだって!
その日は朝からハッピーだった。
帰ってバイトに行く。
まだ朝のことが忘れられない。
だめだ、集中しないと!
バイト先のコンビニに着くと、ゆみちゃんがもう来ていた。
「まなちゃんやっほー!」
「やっほー!」
「顔赤いけど、何かあった?」
...まじか
バイト終わり、またゆみちゃんと帰る。いつもは優太も一緒に帰るんだけど、今日はいないな。
「ねね、今日は彼氏いないの?」
「ちょ、ちょっと、付き合ってないし!!」
必死に否定すると、ゆみちゃんがクスッと笑った。
「その顔、優太くんのこと好きだね?」
「そ、そういうことじゃ...」
「そういうことだって!ね!もう告白しちゃえばー??笑」
そんなこと言われたって...
「じゃあね!」
「うん、また来週ねー」
告白...いやいや、私にはできないよ!
勇気...無いし。...って、なんで本気になってるの?私!
2月14日
朝、教室に着くと女子たちがキャーキャー騒いでいた。
今日はバレンタイン!...とはいってもチョコを作る時間はなかったし、何より男子に渡す勇気がないので特に何をするつもりもないけれど。
「佐藤おはよー!」
「おはよう、高橋」
「お前、優太にチョコあげるの?」
「え!?」
「お前、好きなんじゃないの?優太のこと」
「え、なんでばれてるの?」
「だって分かりやすいんだもん笑。優太と話してるとき、めちゃ楽しそうだし」
えぇ!私そんなに分かりやすかった?
...ってことはクラス中にばれてたり、しない...よね?
「ちなみに、みんな気づいてるよ笑」
うっわ!最悪だ!え!どうしよ!
そこに、優太が教室に入ってきた。
「いけよ、今チャンスだよ」
「わ、私渡すもの持ってないし...」
「渡さなくてもいいんじゃね?気持ち伝えれば」
...つまり...告白ってこと?!
そんなやり取りをしていると、みんなの視線が私に向いていた。
え、これどうすればいいの?ほんとに告白?クラス全員の前で?
もう、みんなの視線に耐えられなくて教室から逃げだした。
でも、自分の気持ちを考えたときに、私は本当に優太が好きだなって思った。だから、告白...することにした。
教室に戻って、高橋に優太を呼んでもらった。
廊下に来てくれた優太は、キョトンとした顔で私を見てきた。
「急に呼び出して、どうしたの?」
「え、えっと...わ、私....。私、優太のことが好き!付き合って下さい!」
もう勢いで全部言っちゃった。でも後悔はなかった。
恐る恐る優太の顔を見る。
しばらく固まってたけど、優しい顔で笑った。そして、
「気持ち、伝えてくれてありがとう。俺からも伝える。実は、俺も。...まなが好き。」
5秒くらい時が止まった気がする。
沈黙のあと、教室から
「おめでとー!」「お幸せにー!」という声が聞こえてきた。
夢中なってて気がつかなかったけど、みんな教室から見てたみたい!
公開告白になっちゃった!
「優太、ありがとう」
「まな、こちらこそありがと。...泣くなって笑」
私はいつの間にか泣いていた。私やっぱりまだ泣き虫じゃん。
あれ、そういえば優太いつも私のこと佐藤って呼んでたよね?...今、まなって言った!?
3月。2年2組最後の日。
一年を振り替えると、いろいろあったな。不登校ぎみになっちゃった時期、それも含めていい思い出かな?辛いことも、あったけどね。
私は優太に手紙を書いた。
優太へ
1年生の時から、仲良くしてくれてありがとう。つらかった時も優太が声かけてくれて、すごく嬉しかったよ。
優太のおかげで、前よりも強くなれたと思う。これからも私の自慢の彼氏としてよろしくね。
ありがとうございました 。
+下の名前で呼んでくれたのも、嬉しかったよ
佐藤まな
最後に、クラスみんなで写真を撮った。
撮った写真を見ると、私の顔は前よりも生き生きしていた。
少しだけ息がしやすくなった気がした。
いつもの景色。代わり映えのしない日々。もう飽きたな。いつからこう思うようになったんだろう。
一年前の入学式。まなはキラキラな高校生活を夢見て、学校の門をくぐった。その時は考えもしなかった。
今の私は、自分がなりたかった高校生じゃない。
こんな自分、もうやめたい。変わりたい。いや、変わらなきゃ。
まなは今日も朝6時に起きて顔を洗い、制服を着て、髪を結び、ご飯を食べ、歯磨きをし、学校へ行く。自転車にまたがり「今日もがんばろ」 そう自分に言い聞かせる。
6月の空は澄んでいる。空を観ると、少し前向きになれる気がした。
教室へ入ると、楽しそうに話す3人組や先生にばれないようにこっそりスマホでゲームをしている男子たち、「体育だるいねー」と話す女子たち。
何回も見ているこの景色。
「楽しそうだな ...」そう思いつつまなは席についた。
「佐藤、おはよう」
声がした方を向くと、後ろの席の松田優太がいた。優太は1年生のときも同じクラスで、まなが唯一楽に話せる友達だ。
「おはよ」まなも返した。
「あいつら朝からうるせぇよな」
賑やかなクラスを見渡して優太が言った。優太はあまり騒ぐタイプじゃない。まなも同じようなタイプだ。だから仲良くなれたのかもしれない。
「ね。」
まなは短く返した。
一時間目は体育だ。朝から運動はきつい。
女子はバレーボールなので、体育館に移動する。
試合をしていると、相手のボールがまなの顔に当たった。
「あ、ごめーん笑」
ぶつけた相手がわざとらしく言った。
「なにか言い返したら、またやられるんだろうな...」と思いまなは何も言わず、体育館をあとにした。
まなはクラスの女子にいじめられている。クラス替えをしてからそうだ。
1年生のクラスで仲良くしてくれていた子も、クラス替えで別々になってしまった。
「こんな自分じゃ、いじめられても仕方ないよな...」弱々しく呟いた。
大した怪我では無かったが、この場から逃げ出したくなり、保健室へ向かい手当てをしてもらった。
そろそろ一時間目が終わる。
「いま教室へ戻ったら、女子たちと鉢合わせするかもしれない。」
そう思い、まなはしばらく保健室で座っていることにした。
10分後、教室へ戻ろうと歩いていると、サッカーを終えて教室に向かう優太に会った。
「お前、そのアザどうしたの?」
心配してくれた優太に、
「なんでもない」と冷たく返してしまった。
まなは、「...いつもこうだなぁ」と
ため息をついて、席に座った。
昼休み。まなはいつものように1人で過ごしていた。すると、優太がとなりに来て
「何かあったなら、話聞くよ?」と言ってくれた。
でも「誰かに話したら、気持ちが軽くなるかもしれない。」と思い、まなはいじめのことを話すことにした。
「じ、実はね...私、女子にいじめられてて...」
「え?いじめ?いつから?」
「...4月」
「そんな前から?もっと早く言ってくれればよかったのに」
「で、でも迷惑かけたくなかったし...大したことないから大丈...」
「大丈夫とかの問題じゃないって!先生に言ってないの?」
「...うん、言い出せなくて」
「放課後、一緒に言いに行こう」
そして放課後、まなと優太は職員室へ向かった。
「失礼します。2年2組松田です。金子先生いらっしゃいますか」
先生を呼び、職員室前の椅子に3人で座った。
「どうしたんだ?お前ら2人で職員室に来るなんて、珍しいな」
まなはいじめのことを言い出せず、優太の方を見て助けを求めた。
「...俺?」
「...」何も言えずにいると、優太が話し始めた。
「えっと...佐藤が、いじめられてるみたいなんてす。」
「佐藤、本当に?!」先生はすごく驚いていた。
「...はい。4月から体育のときにボールを当てられたり、体操服を隠されたりされて...」
話していると、涙が出てきた。先生も優太も、うまく話せない私を落ち着かせてくれて、「優しいなぁ」と思うと、余計に涙が止まらなかった。
30分ほどかけて話し終わると、先生が「早く気がつけなくて、本当にすまなかった。明日、クラスで話し合いをしよう。このままじゃ佐藤も過ごしにくいよね?」と言ってくれた。
先生にお礼を言ったあと、優太と2人で帰ることになった。
歩きながら
「俺も、出来ることはするから!...お前が笑顔で過ごせるように、協力するから!」
と涙目になりながら言った。
私はそんな優太の顔を見て、笑ってしまった。
「なんで優太が泣いてんの笑」
「な、泣いてないし。泣きそうになっただけだし笑」
途中で別れて、家に帰った。
夜、お風呂の鏡に映った、泣いて目が腫れている自分の顔を見ると、なんだかばかばかしくなってきた。
「私、なに泣いてるんだろう。」
次の日。今日も体育があることを思い出して朝から憂鬱になった。
「...やっぱり学校行くのやめようかな」
そう思ったけど、親に言ったら心配されるだろうし、がんばって学校に行くことにした。
教室に入ろうとすると、急にめまいがしてしゃがみこんでしまった。
「...やばい、立てないかも」
すると、ちょうど階段から優太が登ってきて、びっくりした顔で私に近づいてきた。
「お前、大丈夫?!どうしたの?」
頭がくらくらして何も言えなかった。
優太は無言の私を見て、保健室に連れていってくれた。
「あ...りがとう」なんとか声を出すと
「うん。でも、びっくりした。教室に入ろうとしたら倒れてる佐藤がいたから。」
「...なんか、めまいがして、」
「お前、無理してるんじゃないの?学校が嫌だったら、休んでもいいんだよ?」
その言葉を聞いて、「そっか。休んでもいいんだ。」と思った。でも...
「でも、休みたいとか言ったら親に心配されるし、熱とかない限り休ませてくれない気がして...」
「それでも自分の気持ちをちゃんと声にしないと、苦しい思いするのは、お前なんだよ?」
そう言われて、これ以上いじめに耐えられる気もしなかったし、早退することにした。
その日は両親共に仕事に行っていて、家には誰もいなかった。
「よかった」と思いつつ自分の部屋に向かった。
ベッドに横になりながら、「親になんて言えばいいかな...いきなりいじめのことを話していいのかな...」
いろいろ考えていたら、頭が痛くなってきた。
スマホの着信音がなり、目を覚ました。いつのまにか寝ていたようだ。
「誰からだろう」
スマホに手を伸ばし確認すると、画面に「優太」と出ていた。
「ゆ、優太から電話?!」
電話がきたのは初めてだったので、ドキッとしながらも通話ボタンを押した。
「もしもし」
「佐藤?いま家にいる?」
「うん。いるけど、どうしたの?」
「どうしたのって...お前、ほんとに鈍感だよな笑」
「え...?」
「俺は、お前のことを心配して電話したの笑。体調、よくなった?」
そんなに気にかけてくれてたんだ。
「うん、ちょっと休んだらだいぶよくなってきたよ。ありがとね、心配してくれて」
「...うん」
優太は小さな声でそう言った。
「明日は、学校行けそう?」
「うん。頑張ってみる」
ゆっくり深呼吸をして、明日の用意を始めた。
午後4時30分、ひとつ上のお兄ちゃんが帰ってきた。今日はバイトがあるから、部活を早退して早く帰ってきたらしい。
私はいつもだいたい5時くらいに帰るので、すでに家にいた私を見て、お兄ちゃんが
「今日は学校早く終わったの?」
と聞いてきた。私は正直に「早退した」と答えた。
お兄ちゃんにはいじめのことを話しているので、早退したと言ったら察してくれた。
「まな、なにかあったら話してね」
そう言って、すぐにバイトに行ってしまった。
たぶん今までの私だったら、お兄ちゃんに泣きながら話していたかもしれない。
でも、今の私は違う。泣かないって決めたし、心強い味方もいるから!
2時間後、両親が帰ってきた。話そうか迷ったけど、優太も自分の気持ちをちゃんと伝えるべきだって言ってたから、勇気を出して言うことにした。
意外にも、両親は優しい言葉をかけてくれた。いや、私が考えすぎていただけかもしれない。
2人とも、「何かあったら、すぐに言ってね。私たちはまなの味方だよ。」
と言ってくれて、嬉しかった。
みんなが味方になってくれていると考えたら、また泣きそうになった。
一週間後、今日も体育がある。
「もう大丈夫」と何度も自分に言い聞かせるけど、やっぱりまたいじめられるんじゃないかと、家を出る直前で怖くなってきた。
結局、この日は学校に行けなかった。一日中、部屋にこもっていた。ご飯も食べる気になれなかった。
「こんなんで学校に行けない私って、弱いなぁ」
その日の夕方、優太に電話をかけることにした。
「もしもし」
「もしもし、どうしたー?」
「...今日ね、学校行こうとしたんだけど、家を出る直前でやっぱり無理だってなって、行けなかったの。どうしたら強くなれると思う?」
「強くなる...か。んー...」
「あ!優太が私の家まで来てくれたら、行けるかも!」
「...え?なんて?」
「だーかーら、私の家まで来るの!」
自分から言い出したのに、私の顔はもう真っ赤だ。すると突然、電話が切れた。
どうしたんだろうと思ってメールで
「私、変なこと言った?」
と送ると
「変なことしか言ってない!笑...とりあえず、明日の朝迎えに行くね」
と返ってきた。思わず笑ってしまった。
次の日の朝7時30分、玄関のチャイムが鳴った。私は急いでドアを開け、待っていた優太と一緒に学校へ向かう。
「おはよ!」
「おはよー」
「来させちゃってごめんね」
「お構い無く!」
「...今日も体育あるんだよね。」
「まだ怖い?」
「うん。どうしよう」
「体育の時間になったらお腹痛いとか言って、保健室で過ごすとか?」
「うーん...そうしようかな...」
「とりあえず、無理しないでね」
「うん、ありがとう」
教室に着くと、クラスがざわざわしていた。
朝から騒がしいなと思いながら、まなは自分の席に座ろうとした。
しかし、まなは自分の机の上に花が置いてあることに気がついた。
「これって...」
意味が分かった瞬間、体が固まってしまった。
クラスの中から
「これ、死んだ人ってこと?」
「誰がやったの?さすがにやばい」
「話し合ったばっかりじゃん」
といった声が聞こえてきた。
まなは立ったまま、涙を流した。
「ひどい...」
すると優太に手を引っ張られ、教室を出た。
「あんなの、気にすんな。」
と言ってくれたけど、涙は止まらなかった。
そこに先生がやってきて、クラスが一瞬で静まりかえった。
「おい、お前らいいかげんにしろ」
いつも穏やかな先生がついにキレた。
一時間目は数学の予定だったけど、話し合いになってしまった。私も、泣きながら参加した。
先生に、「佐藤、お前はどう思ってるんだ。正直に言ってごらん」
と言われ、泣いてぐちゃぐちゃになった顔を覆いながら話した。
「...ただただ、辛いです...。本当にやめてほしいです...」
クラスの空気が暗くなり、私はずっとうつむいていた。
その日私は落ち着くまで保健室で過ごし、家に帰ることにした。
帰ると、お兄ちゃんが真っ赤になった私の目を見て「話、聞くよ?」と言ってくれた。
まさか私がいじめの対象になるなんて思っていなかったし、私が想像していた高校生活は、もっと楽しいはずだった。
お兄ちゃんに私の気持ちを全て話した。少し楽になったけど、学校に行く気にはなれなかった。
私は、夏休みが終わるまで学校を休んだ。学校に行かなくていいと思うと、心が軽くなって不安になることもなくなった。
二学期の始業式の日
「いつまでも休んでいては臆病な自分のままだ。けじめをつけよう。」
と思い、制服に身を包んだ。
久しぶりの制服は、クリーニングに出して生まれ変わっている。
ドアを開け、家を出た。もう9月。
「私、3ヶ月も何してたんだろう。今まで何回強くなろうって思ったかな。思ってるだけじゃだめ。そろそろ行動に移さないと」
学校に着くと、下駄箱で優太に会った。
「!」
優太はとても驚いた顔で私を見た。そうだよね、学校に来たの3ヶ月ぶりだから。
「おはよう」
「佐藤!久しぶり!」
優太の嬉しそうな顔を見ると、なんだか私も嬉しくなってきた。
あんまりこんな表情見たことなかったから、「意外とかわいい顔してるな」と思いながら、一緒に教室に向かった。
始業式は、すぐに終わった。
一人で帰ろうと思っていたら、優太に声をかけられ、一緒に帰ることになった。
「良かったね、学校来れて。」
「うん。私、すぐに泣く弱い自分が嫌で。変わりたいなって思うんだよね」
「すぐには難しいと思うけど、佐藤ならきっと出来る。...そんな気がする」
「ありがとう」
次の日から、学校に行けるようになった。
久しぶりの教室だけど、何も変わらず私を迎えてくれている気がした。
何か新しいことに挑戦したいと思い、コンビニでバイトを始めることにした。
先輩も優しく、安心して仕事が出来た。
学校にもようやく慣れてきたある日、夜10時、バイト終わりに優太を見かけた。
「優太!」
「ん?佐藤!」
「こんな時間まで、塾?」
「そう。来年受験あるから、夏休みから通い始めた。...で、お前はバイト?」
「うん!始めて1ヶ月くらいかな」
「そうなんだ!夜遅くまで大変だね」
...としばらく話していると、ポツポツと雨が降ってきた。
「え、雨?傘ないのにー」
「俺、折り畳みならあるけど...使う?」
「いいよ!優太が使って。走って帰ればすぐだし」
じゃあね、と言おうとしたら
「待って」と優太の声が聞こえた。
相合い傘で家まで送ってくれた。
ずっとドキドキしながら歩いていたので、何を話していたのか記憶にない。
寝る前、ベッドの中でさっきの相合い傘のことを思い返していた。
夢だったのだろうか。いや、ほんとだよね?
...てか、なんで私こんなにドキドキしてるんだろう。も、もしかして!?
優太のことが...
そんなことを考えているうちに、睡魔に襲われた。
9月3日、今日も学校へ行く。
一時間目から席替えだ。
楽しみな反面、優太と席が離れてしまうかも、と少し残念な気持ちもあった。
多数決をして、席替えはくじ引きでやることになった。
席替えの結果、私はほとんど話したことのない男子と隣になった。
でも、笑顔で「よろしくね!」と声をかけた。相手も「こちらこそよろしく」と返してくれて、少し仲良くなれそうな気がした。
二時間目の数学で早速ペアワークがあり、隣の子とやることになった。
無口な子だけど、笑った顔が素敵だった。すごく頭が良くて、私の苦手な計算問題を教えてくれたりもした。
昼休み、久しぶりに屋上でお弁当を食べることにした。
あまり人はいなくて、時より吹く風が心地よかった。
広い空を見ていると、自分の悩みもちっぽけだなと感じる。
「よし、変わるぞ、私!」
だんだん、学校に行きやすくなってきた。
もうすぐ文化祭がある。
私たちのクラスはクリームソーダを売ることになった。みんなで教室を飾り付け、黒板をカラフルに彩ったりして準備を進めていく。
私は買い出しに行くことになった。しかも優太と。
スーパーに向かう途中「青春だなぁ」そう呟くと、優太が不思議そうに私の方を向いた。
「いや、なんか青春っていいなーって思って笑」
「確かに文化祭って青春だよね」
そう言いながら、優太は私の顔を見てきた。
「...ちょ!そんなに見られたら照れるんだけど!!顔に何か付いてる?」
「いや、なんか佐藤の顔が変わったなーって思っただけ」
「え?顔?可愛くなったってこと?」
「ばか。そういうことじゃなくて、前まではちょー暗い顔してたのに、今はめっちゃ楽しそうにしてるってこと」
「ほんと?最近、ちょっと学校が楽しくなってきたんだよね」
「まじ?良かったー!」
そう言う優太は、少し涙目になっていた。
「優太?泣いてるの?」
「泣いてない...たぶん。まじで、学校来れるようになって俺も嬉しい!」
「そう?私も優太に会えるようになって嬉しいよ!笑」
優太は優しい顔で微笑んだ。
「これも、優太が話聞いたりしてくれたからだよ!ありがと!」
「そんなこと言われたら照れるじゃん!」
赤くなった優太の顔を見たら、私まで暑くなってきた。
文化祭当日。
私の前の席の金本に話しかけられた。
「佐藤は、誰かと回るの?」
できれば優太と回りたいけど...他の人と行くかもしれないし。
「いや、一人かな笑」
「え!優太と行かないの?」
「!?な、なんで?」
「2人って付き合ってるんじゃないの?」
金本に背中を押され、優太に声をかけに行くことにした。
「大丈夫だよ!佐藤、頑張れ!」
友達と話している優太に
「ゆ、優太ちょっといい?」と言い、
廊下に出た。
「どうしたの?」
「え、っと」もう顔が真っ赤だ。
「文化祭、一緒に、回りませんか」
「いいよ!」
「え!ほんと?行く人決めてない?」
「うん!佐藤を誘おうか迷ってたとこ!」
「嬉しい!ありがとう!」
やった!成功した!心の中でめっちゃはしゃいだ。
「金本、ありがとう!」
「うん、楽しんでー!」
2人で回る文化祭は特別な感じがした。
昨年は女子3人グループで行ったし、なにより男子と2人なんて...!
「どこ行きたい?」
緊張する私に、優太が聞いてくる。
パンフレットを広げ、フォトスポットを見つけた。
「ここ、行きたい!」
「いいね!」
2人でたくさん写真を撮り、思い出を作った。
文化祭はあっという間だった。
もっと長く続けばいいのに。
楽しいことって、ほんとに一瞬。
でも、フォトスポットで撮った写真を見ると楽しさが蘇ってくる。
「今日は、一緒に来てくれてありがとう」
「こちらこそ、楽しかったよ」
優太が笑顔で言った。
行事がひとつ終わり、また授業が始まる。
10月になり、衣替えもそろそろだ。
もう長袖の季節か、早いな。
今月は行事もないので、平凡な1ヶ月になるだろう。
学校を3ヶ月も休んでいたなんて、自分でも信じられない。
それくらい、今は楽しく感じる。これも優太のおかげかな。
学校で授業を受け、家に帰り、カレンダーを確認する。バと書いてあった。
そっか、今日はバイトがあるんだった。
夕方、家を出ようとするとお兄ちゃんもちょうどバイトに行くところだったのて、一緒に行くことにした。
「まな、最近学校はどうなの?」
「あのね、楽しいんだ!この前文化祭があって...」
学校のことをこんなに話したのは久しぶりだ。
お兄ちゃんも嬉しそうに聞いてくれた。
「よかった、まなが楽しいって言ってるの久しぶりに聞いた。」
「お兄ちゃん、今までたくさん心配かけてごめん」
「謝ることないよ。僕は笑顔のまなが見れて、嬉しい」
優しいお兄ちゃんの言葉に涙が出た。
本当に私って泣き虫だな。
お兄ちゃんと別れ、バイトに向かう。
バイト先で、最近友達ができた。ゆみちゃんという子で、前のバイトをやめてここに来たらしい。
「あ、まなちゃん!やっほー!」
「ゆみちゃーん!」
ゆみちゃんは明るくて、私まで元気にさせてくれる。
「今日は店長に品出し頼まれてさー」
「そうなの!?品出しって結構大変だよね?一緒にやろ!」
「いいの?まじ助かる!」
2人で雑談しながら品出しをする。
今日学校であったことや、家族のこと、もうなんでも話せる仲になった。
気づいたらバイトが終わる時間になっていた。帰ろうと2人で外に出ると、前を歩く人が見えた。こんな時間に?と思い、よく見てみると...
「優太だ!」
思わず声に出ていた。
「あの人知り合いなの?」
「あ、そうそう同じクラスなの!」
2人で優太のところまで行く。
「優太!」
優太が振り向く。
「あ、やっほー。今日もバイト?」
しばらく2人で話しこんでしまった。
「...隣の子は、友達?」優太が尋ねる。
「あ!ゆみちゃんごめん!夢中になってた!」
「いいよいいよ~2人お似合いだし」
「!?お、お似合い?」
「うん、付き合っちゃえば~?笑」
そんなことを言われ、照れ隠しに大声で笑った。それにつられて優太とゆみちゃんも笑った。私たち3人の笑い声が夜のまちに響いていた。
その後、バイト終わりに3人で帰ることが増えた。まなはその時間がとても楽しみになっていた。
「楽しみがあると1日頑張れるな」
年をまたぎ、1月上旬。
あと3ヶ月ほどで3年生だと思うと、一年が早い。
制服の上からコートを羽織り、手袋とマフラーもして学校へ行く。
自転車に乗ると凍るように冷たい向かい風が吹く。
教室へ入ると、暖房が冷えきった私の体を暖めてくれる。この感覚が好きだから、冬も嫌いじゃない。
優太に「おはよー」と言い、席につく。今日も1日が始まる。
寒くなってきて、教室でもセーターを着ていないと死にそうだ。
前までは周りの視線が怖くて休み時間も一人で過ごしていたけど、今は自分から優太のところへ行って、話すことが出来ている。
「今日も寒いね」
「ね!」
「優太は、どの季節が好き?」
「俺は冬が好きかな。寒いけどね笑」
「え!私も冬めっちゃ好きなの!」
「まじ?なんで好きなの?」
「え...優太の、萌え袖が、見れるから、かな...」
「萌え袖?」
「うん、分かんないかもしれないけど男子の萌え袖って、かわいいの!」
やば、私なんでこんなこと言い始めちゃったの!めっちゃはずいんだけど!
「...俺も」
「え?」
「俺も、佐藤の萌え袖好き笑。小さい子がやってるとかわいいんだよね笑」
「え、小さいって?身長?」
「あ、余計なこと言った笑」
「ひどいー!気にしてるのに」
「ごめんって笑」
ちょっと!か、かわいいって言ってたよね...?え、やば!
やっぱり私、優太が...
「優太のせいで暑いんだけど!笑」
「え、なんで?」
もう!鈍感すぎだって!
その日は朝からハッピーだった。
帰ってバイトに行く。
まだ朝のことが忘れられない。
だめだ、集中しないと!
バイト先のコンビニに着くと、ゆみちゃんがもう来ていた。
「まなちゃんやっほー!」
「やっほー!」
「顔赤いけど、何かあった?」
...まじか
バイト終わり、またゆみちゃんと帰る。いつもは優太も一緒に帰るんだけど、今日はいないな。
「ねね、今日は彼氏いないの?」
「ちょ、ちょっと、付き合ってないし!!」
必死に否定すると、ゆみちゃんがクスッと笑った。
「その顔、優太くんのこと好きだね?」
「そ、そういうことじゃ...」
「そういうことだって!ね!もう告白しちゃえばー??笑」
そんなこと言われたって...
「じゃあね!」
「うん、また来週ねー」
告白...いやいや、私にはできないよ!
勇気...無いし。...って、なんで本気になってるの?私!
2月14日
朝、教室に着くと女子たちがキャーキャー騒いでいた。
今日はバレンタイン!...とはいってもチョコを作る時間はなかったし、何より男子に渡す勇気がないので特に何をするつもりもないけれど。
「佐藤おはよー!」
「おはよう、高橋」
「お前、優太にチョコあげるの?」
「え!?」
「お前、好きなんじゃないの?優太のこと」
「え、なんでばれてるの?」
「だって分かりやすいんだもん笑。優太と話してるとき、めちゃ楽しそうだし」
えぇ!私そんなに分かりやすかった?
...ってことはクラス中にばれてたり、しない...よね?
「ちなみに、みんな気づいてるよ笑」
うっわ!最悪だ!え!どうしよ!
そこに、優太が教室に入ってきた。
「いけよ、今チャンスだよ」
「わ、私渡すもの持ってないし...」
「渡さなくてもいいんじゃね?気持ち伝えれば」
...つまり...告白ってこと?!
そんなやり取りをしていると、みんなの視線が私に向いていた。
え、これどうすればいいの?ほんとに告白?クラス全員の前で?
もう、みんなの視線に耐えられなくて教室から逃げだした。
でも、自分の気持ちを考えたときに、私は本当に優太が好きだなって思った。だから、告白...することにした。
教室に戻って、高橋に優太を呼んでもらった。
廊下に来てくれた優太は、キョトンとした顔で私を見てきた。
「急に呼び出して、どうしたの?」
「え、えっと...わ、私....。私、優太のことが好き!付き合って下さい!」
もう勢いで全部言っちゃった。でも後悔はなかった。
恐る恐る優太の顔を見る。
しばらく固まってたけど、優しい顔で笑った。そして、
「気持ち、伝えてくれてありがとう。俺からも伝える。実は、俺も。...まなが好き。」
5秒くらい時が止まった気がする。
沈黙のあと、教室から
「おめでとー!」「お幸せにー!」という声が聞こえてきた。
夢中なってて気がつかなかったけど、みんな教室から見てたみたい!
公開告白になっちゃった!
「優太、ありがとう」
「まな、こちらこそありがと。...泣くなって笑」
私はいつの間にか泣いていた。私やっぱりまだ泣き虫じゃん。
あれ、そういえば優太いつも私のこと佐藤って呼んでたよね?...今、まなって言った!?
3月。2年2組最後の日。
一年を振り替えると、いろいろあったな。不登校ぎみになっちゃった時期、それも含めていい思い出かな?辛いことも、あったけどね。
私は優太に手紙を書いた。
優太へ
1年生の時から、仲良くしてくれてありがとう。つらかった時も優太が声かけてくれて、すごく嬉しかったよ。
優太のおかげで、前よりも強くなれたと思う。これからも私の自慢の彼氏としてよろしくね。
ありがとうございました 。
+下の名前で呼んでくれたのも、嬉しかったよ
佐藤まな
最後に、クラスみんなで写真を撮った。
撮った写真を見ると、私の顔は前よりも生き生きしていた。
少しだけ息がしやすくなった気がした。