「日野寺せんせっ!次の展示会っはぁ。決まり、、ましたっ!はぁ。」

今年入社したばっかりの新人女性スタッフが空色のカーディガンをなびかせながら走ってきた。

僕の机の隣で膝に手を置いて、肩で息をしている。そうとう全力で走ってきたようだ。
僕は横に置いてあったパイプ椅子を出して、

「どうぞ。座ってください。」

と、彼女に言った。

「い、いえ、、、あ、いや。ありがとうございます。」

彼女は少し早口でそう言った。

きっと今、脳をフル回転させて、こういう場合はありがたく座らせてもらうべきなのかどうかを必死に考えていたのだろう。
やはり、新人なのだなと微笑ましい気持ちになった。まあ僕もここに勤めている画家の中では1番年下だから何も言えないが。

丁寧にお辞儀をして、椅子に座った彼女に

「それで、、、話何でしたっけ?」
と、思い出させるように言った。

「あっ。そうです。はい。」
彼女はまだ緊張しているようだ。

「展示会?ですか?」

聞いてみると、

「あっ。はい。詳しいことは要項に、、、」
と、持っていた資料をパラパラとめくり始めた。クリップで止めてあった資料は止め方が甘かったのか、だんだんバラバラになっていって、その中の1枚がひらりと僕の前に落ちた。

僕はその紙を拾い上げ彼女に返そうとした。が、ぼくの目にある文字が飛び込んできた。

「如月謳歌先生と日野寺夢叶先生のコラボトークについて」そう書かれた紙を見て彼女に、

「これ、、、は?」
とたずねたが彼女も探していた資料を見つけたらしく、

「せんせっ」
と、キラキラとした目でこちらを見つめ話しだしたところだった。

「あ、すみません。お先どうぞ。」
と、譲ってきたが

「いや、いいよ。いいよ。僕が聞いたことを調べてくれていたんだから。」
と、断った。本当は先に話したい気持ちしかなかったけど。

「すみません。他の先生方の作品も展示するので今回は少なく10点ほどです。今まで先生がお描きにになってきた作品からテーマにあったものを選びたいなと思いますが、どうですか?一緒にやっていただきたいです。テーマは「天と地と月と太陽と」です。展示会場は最近新しく建設されたムーンライン、、、?だ、、そうです。場所は、、、えと、、長崎?あれ。曖昧ですみません。」

彼女の説明もたどたどしくなってきたので僕は、

「ムーンラインであってると思います。けど、場所は福岡だったような、、、」

と、訂正した。

「あ、すみません。先生詳しいですね。」
そりゃ、そうだ。僕がこの場所を忘れるはずがない。福岡は遠い思い出の中にいる人の出身地だから。そして、ムーンラインにはその人の名前がこそっと隠れているから。

「あ!あと、その展示会のあとに、、、あれ?資料が、、、」
彼女がまた慌て始めたので、僕はさっと紙を出し、

「これ、、、ですか?」
と、聞いた。

「あっ。そうです。そうです。展示会の後にきさ、、、らぎ?先生とコラボトークがあります。準備しておいてください!」

「えっ。あ、はい。」

僕が戸惑っているのも気にせず、彼女はさっと立ち上がり、
「情報収集不足ですみません。もっと詳しく調べてきます。また、後で来ます。失礼いたします。」
と、深々とお辞儀をして席を元に戻し、相変わらず全力疾走で走っていった。

「え、あ、こちらこそありがとうございます。」
と、僕は彼女に聞こえないことを知りながらポツリとつぶやくように言った。

彼女は、走りながら、誰かにぶつかりそうになって注意を受けたり、積み上がっていた資料を倒しそうになったりと終始色々な意味で忙しそうだった。そんな彼女の後ろ姿を見つめ一生懸命なんだなと思うと同時に思い出の中の人の名前がふあっと、脳裏に浮かんできた。

僕に夢と希望をくれたあの人の名前は、

「如月謳歌」