教室に戻ると、わたしの席には人がいた。クラスのなかでも派手なグループの女子たちが集まってお昼を食べている。
そこわたしの席なんだけど。心の中ではっきり言えても音にならなければ言っていないのと同じだ。
どうしようかと考えていると、グループのうちのひとり、相沢さんがわたしに気づいて「あれ」と声をあげた。なんでいんの? と言いたげな顔をしている。
それ、こっちが言いたいんですけど。
「古橋さんごめん。いなかったから使っちゃってた」
いなかったからって、割り箸を買いに行ったたった数分離れたなのに。
わたしは毎日お弁当を持参しているから、食堂をつかうことはほとんどない。昼休みは自分の席で過ごしているはずなのに、それすら認識されていなかったみたいだ。
「相沢」
言葉に詰まっていると、前の席の関陽介という男子生徒が口を開いた。
「俺今から学食行くからお前こっち使えよ」
「え、なに急に」
「いや、古橋いつも席で食ってんじゃん。それで古橋の席使うのはお前が100悪いわ」
「えーそうだった? いつも食堂行ってるからわかんなかったんだもん、あんたが怒ることないじゃん」
「怒ってねえから。こういう顔なんだよ俺は」
関くんは目つきが鋭くて、口調も乱暴だから外見だけだとどうしても怖い印象があるけれど、彼が意外と優しい人だとわたしは知っていた。
プリントを配る時にきちんとわたしに身体を向けて渡してくれたり、今みたいにわたしが言えないことをズバッと言ってくれたり。
本人は何も気にしていないのかもしれないけれど、少なからずわたしにとって彼の存在はありがたかった。
とは言え、相沢さんに退けてもらった席でお弁当を広げるほどのメンタルは持ち合わせていなかった。派手な女子たちに囲まれて昼休みを過ごすなんて拷問だ。
「古橋さんごめんねえ」
「……あ、えっと、大丈夫。お弁当取りにきただけだから」
「あ、そうー? ならこのまま借りるねえ」
「うん、どうぞどうぞ」
心のこもっていない謝罪に内心舌打ちを打ちながら、机の横に掛けていたランチバッグを持って、わたしは再び教室を出る。食堂の隅の席でお弁当を広げ、スマホを片手におにぎりを食べる。
五円で買った割り箸は、強く握りしめたせいでぐしゃぐしゃになっていた。
古乃 @furuno**chan 今
ママが今週も箸入れ忘れててともだちからフォーク貸してもらった!
ともだちみんな優しくて大好き🍰
投稿を送信して、すぐに何件かいいねがついた。いつのまにか増えた一六〇〇人のフォロワーだけがわたしを認識してくれている。
わたしは毎日充実している女子高生で、デートの時に化粧に気合を入れるくらい大好きな彼氏もいるし、箸を忘れたらフォークを貸してくれるやさしい友達もいる──なんて、くだらない嘘で囲んだ架空の人物を、平気で演じてしまう自分のことが時々こわくもなるけれど、それに勝る安心感は、そう簡単に手放せない。
わたしをこんなふうにしたのは、世の中が勝手に作り上げた〝普通〟だ。
だから、わたしは悪くない。
彼氏くんと映画、なんていうのはSNSで作り上げたわたしの話だ。
そんなの妄想にすぎなくて、実際のわたしは学校を出たその足で本屋に向かい、好きな漫画の新刊と、毎月買っているファッション雑誌を買った。
リアルの友達がいないわたしにとって情報源はこのふたつだ。わたしに恋人や友達がいたらこんな感じの青春を過ごせていたかもしれない、という期待を少女漫画で消化させ、流行りのメイクや服装は雑誌で摂取するようにしていた。
いつからこうなったのか。
いつからわたしは、嘘でつくられた自分を認めてもらうことで安心するようになってしまったんだろう。
『美乃も、高校では良い友達たくさんできるといいね』
時々思い出すのは、あの時言われた母の言葉だ。