「その本全然面白くないっておもろすぎるだろ。俺この話大好き」
「胸糞悪いだけだよこっちは。大して仲良くない人に説教されて、かと思ったら意味わかんない本貰ってさぁ。なんだったのホント。今思い返しても意味わかんないもん」
「だはっ、ごめんけどまじでおもろい」


途中まで時々相槌を打ちながら聞いてくれていたくせに、最後の最後でお腹を抱えて笑うシロ。あんまりげらげら笑うから、つられてあたしも笑ってしまった。一通り笑ったあと、「でもまあ」とシロが再び口を開く。


「わからんでもないんだよな、その人の言ってること」
「は? なにが?」
「自分だけがおかしいなんて自惚れすぎだってこと」
「はあ?」


シロが同意するとは思わなかった。睨む勢いで視線を向ければ、「すぐ怒んなよ」と笑われる。あたしが本当は口が悪くて短気であることを、この男は知っている。


「つまりさ、逆も然りってことじゃん。モモにとっては大したことないことがそいつにとっては大したことだったのかもしれんし」
「例えば?」
「いやそんなん知らんわ。本人に聞けよ」
「ヴー……」
「言い返せなくなったからって唸んなよ。近所の犬かお前」


シロはいつも適当なことばかり言う。あたしにとっては大したことなくて、彼にとって大したことあることが何か、なんて知ったこっちゃない。
仁科くんがいなくなったせいで絢莉にも踏み込めなくて困っているという話をしたばかりなのに、本人に聞けなんてひどい話だ。


「生きてればいいな。その、仁科って人」


それなのに、他人事のようにシロが言ったそれがちょうど良いのは何故だろう。


「俺はたかがネットで知り合った人間だし、女の子の痛みもしんどさもわかんないけど。でもさ、俺とモモでしか共有できないこともあるわけだろ」
「……そうだけどさぁ」
「モモが好きな子に言えない気持ちは俺がちゃんと聞いてるし、俺がわかんない女の子の話は好きな子がわかってくれる。きっと他の人もそうやってさ、バランスとって生きてんだろうな。知らんけど」


あたしが、女の子じゃなかったら。
絢莉を好きだと自覚してから、何度そう思ったかわからない。同じ性別じゃなかったら、あたしはとっくに彼女に気持ちを伝えることができていたし、恋人という関係性でそばにいる可能性だってきっとあった。理由がなくても手をつないで、同じ温もりを共有できたかもしれない。

だけど、あたしが普通の女の子だったら。
そうしたら多分、今とは違う悩みを抱えて生きていた。あたしと絢莉とユウナが一緒の高校に行く可能性だってなかったかもしれない。


───それに。


「前向きに変わっていってるって思うなら、追いかけてその変化に気付いてあげればいいんだよ。そのほうがモモの生き方に合ってるじゃねーの? って思う。俺は我慢できなくて好きって言っちゃうけど、モモはそうじゃないから。つか神様呪う前に相談くらいしろよ、俺が寂しいじゃん、友達なのにさぁ」


〝ふつう〟だったら、シロとあたしはきっと出会っていなかった。


「ふは。寂しいとかあたしに感じてどうすんの」
「頼ってもらえないってな、意外とメンブレする」
「へー」
「興味ある? てかちゃんと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「じゃあ俺が今言ったこと言ってみてよ」
「だっっっっる。キモ、ばか、ろくでなし」
「言いすぎだろうが」


仁科くんが生きているか死んでいるか、あたしは知らない。生死を願うほど関係性でもない。
だけどもし生きていて、もしいつか、彼とまた会うことがあったら。
借りた本、あたしにとっては全然面白くなかったって言ってやるんだ。






「百々子、偶然だ」


どんな偶然か、シロと別れたタイミングで絢莉に会った。


「……彼氏いたんだっけ、百々子って」


帰っていくシロの背中を見つめながら、絢莉が不思議そうに声を落とす。


「やだ、友達だよ」
「なんだぁ、そっか。や、なんか、邪魔しちゃ悪いかなあって思って一緒にいる時に声かけられなかった」


邪魔なんて思うはずがない。だって、絢莉と話す時間はあたしにとっての生きがいなんだ。
あたしがそんなことを思っているなんて、絢莉は一ミリも疑わないんだろうけど。


「百々子に彼氏いたら、ちょっと寂しいね」
「なーにそれ」
「だってちっちゃい頃からずっと一緒にいるんだよ? 実家出て一人暮らし始めるくらいの感覚じゃん」
「いや絶対そっちのが寂しいわ、あたしママ大好きだもん」
「そうかもしんないけどさー……」
だけどもう良い。あたしが絢莉をどんなふうに好きかとか、どのくらい好きとか、そんなのどうでもいいのだ。
「大丈夫よ。あたし、あんたが思ってる以上に絢莉のこと好きだから」
「やだイケメン!」



あたしが絢莉のこと好きだって、あんたにちゃんと伝わってれば、それでいい。