「じゃあまた明日。気を付けて帰んなよ」
「ありがとーお母さん」
「お母さんって言うのやめて」
その日の帰り道、私とモモコは交差点で別れた。
ユウナはバイトがある日だったようで、ホームルームが終わってすぐ慌ただしく教室を出て行く後ろ姿を見た。十六時半からシフトを組んでいるらしく、走らないと遅刻するそうだ。ホームルームが終わるのは十六時だと決まっているのに、どうしてそんなにぎりぎりで組むんだろうと、私はいつも不思議に思っていた。
モモコとふたりで下校するのは、ユウナを含む三人で行動している時よりは幾分か心地が良かった。ユウナのことが嫌いとかそういうことではないけれど、モモコとふたりで話している時は、同意や共感を求められている感じがないから気持ちが楽なのだ。
地元にいるうちは、交友関係は穏便なほうがいい。大喧嘩して疎遠にでもなったら居心地が悪くなるだけだから。
いつからかバランスを意識して過ごすようになった。誰に頼まれたわけでもなく、私が勝手にしていることなのに、時々、どうしようもなく疲れを感じる時がある。
この町は、私にとっては少しばかり窮屈だ。
ひとりになり、リュックのサイドポケットからイヤフォンを取り出し耳に装着する。
ネットで一五〇〇円で買ったどこのブランドかもわからない安っぽい有線のそれは、時々音が途切れたり漏れたりするけれど、交差点から家までの十分間だけ使用するにはそこまで支障はない。音楽を再生し、歩き出す。
中学の同級生が死んだ「らしい」。
名前は仁科翼。
爽やかで、誠実そうな、好青年だ。
彼にまつわるその噂が事実か否かは、今ここで判断できることじゃない。私は、仁科くんの遺体を実際に見たわけでも、彼が死ぬ瞬間を目撃したわけでもないのだ。
通学路にある斎場の、真っ黒な太い筆で故人の名前が書かれた案内看板。それは自然と視界に入って来るもので、大して関心もないくせに、私は日によって変わっていく名前を見て、死んじゃったんだなぁと他人の死を実感していた。
記憶にあるかぎり過去の案内看板に彼の名前が書かれていたことはなく、噂を聞いた今日も、確認がてらいつもより目を凝らして見たけれど、そこに彼の名前はなかった。
仁科くんは、本当に死んだのだろうか?
仮にそうだとして、その原因は。
そうじゃなかったとしたら、彼はどこへ消えたのか?
『庄司さんって、すごく勿体ない生き方してるんだね』
これまで思いださなかったことが嘘のように、いや、違う。思いださないようにしていただけだ。声色まで鮮明に、記憶の中にいる彼が話している。全てを見透かしたような双眸が印象的だった。
『友達と話すときとか目が死んでるし。べつにすごい明るい人間でもない』
『いつも妥協して生きてる感じ。例えるなら……一〇〇円のイヤフォンを買うのと同じだね。壊れたらしょうがないで済ませてまた同じものを買うんでしょ。安いけど使えるからいいやって、同じ失敗を繰り返す』
『俺たち、同じだよ。同族嫌悪ってやつかも』
仁科くんの人生における私の存在は、ただの同級生Aにすぎない。
それなのに、彼の噂を耳にして、数分で切り替えられず思いだしてしまうのはどうしてなのか。
「……うるさいな。記憶のくせにそんなはっきり喋んないでよ」
嘆きに近いひとりごとは、じめついた空気に落ちて、それから消えた。
安いイヤフォンを介して届く音楽がどこか居心地が悪かった。