「ねえアオハルくん、今日なんか目赤くない? やっぱりあの映画泣けた?」


翌日のバイト中。昼時のピークを終え、店内に落ち着きが戻って来た頃、バイト先の先輩であるシマさんは、充血した僕の目を見てそう言った。


金曜ロードショーで昨日見た映画がやるらしい、と教えてくれたのはシマさんだ。自分は見る気がないから見たら感想を教えて、と言われたのが経緯である。


「いや、この充血は今朝なかなかコンタクトが入らなかったせいです。ちなみにあの映画、僕は全然泣きませんでした」
「まじか、ホントに人間?」
「〝日本中が泣いた〟とか〝共感した〟とか、あんなんただの視聴者釣りだと思いますよ。実際、日本中が泣いたとか言っておいて僕は泣かなかったし」
「夢がないなあ」
「てか文句言うなら自分で見てくださいよ……」


けらけらと笑うシマさんに冷めた視線を向けながら、僕はグラスの水滴やこぼれたドレッシングで汚れたテーブルを拭く。
自宅から十五分ほど電車に揺られて着いた駅からさらに五分ほど歩いたところにある、こぢんまりとしたカフェバー。僕がここをバイト先に選んだことに大した理由はなかった。ただ、自宅と学校のちょうど中間に位置する場所で、働いている人が少なそうで、時給が高くて、賄いがつくという好条件だったから、というだけ。
合わなかったらすぐに辞めようと思っていたが、運が良いことに店長や他のバイトの人たちの人柄が良く、人との関わりを多く求めない僕でも程よく馴染める場所だったので、今に至る。


「でもなんかアオハルくんらしいや。視聴者釣りとか」
「実際事実じゃないですか?」
「じゃああの〝日本中が共感した〟ってやつ、アオハルくんが制作側だったとしたらどう考える?」
「えー……〝共感できる人もいる!〟とか」
「わはっ、素直すぎて清々しい!」


素直、というか、事実を述べただけなのだが。シマさんが手を叩いて笑うから、だんだん恥ずかしくなって「そんな笑うポイントないですよ……」と小さく呟いた。素直すぎて清々しいのは、ある意味シマさんも然りだ。


カランカラン……と入り口のベルが鳴り、二人組の女性が店内に入って来た。


「あ。いらっしゃいませ、こんにちは。お久しぶりですねぇ」
「そうなんですよ、最近忙しくてランチどこにも行けなくて」
「うわー、いつもご苦労さまです。窓際のお席、空いてますのでどうぞ」
「ありがとうございます」


シマさんが柔らかな笑顔で話をしている。ふたりの女性はこの店の常連で、月に数回ピークを終えた時間帯にランチを食べにやってくる。最近見かけないなと思ってはいたが、聞く限り仕事が多忙だったみたいだ。

会話を交わしながらふたりを席に案内するシマさんの姿を見つめながら、やっぱりシマさんは接客業に向いていると実感した。
今日に限ったことじゃない。頻度が稀だとしても何度か来たことのあるお客さんには「いつもありがとうございます」と言うし、アレルギーを持っているお客さんには聞かれる前に具材の説明をしたりする。ちょっとした会話を繋げて広げるのも上手だと思う。
容姿も整っているから、男女問わずシマさんと話したくてカウンターに座る常連さんも一定数いるみたいだ。

僕には到底真似できない接客術をたくさん持っていて、僕はシマさんのことを尊敬していた。それは他の従業員も同じなようで、つまるところシマさんは、周りからとても好かれてて必要とされている人気者、というわけである。