気が動転し、一刻も早くあの場を離れたかったモモは結局セミダブルのベッドが1つだけの部屋に入ってしまった。モモは椅子に腰掛けると遠い目をしていた。

「あ、あの、俺なにがまだ変なごど言ったんじゃ」

「いいえ、ムツヤ殿は悪くない、悪くないのです……」

 気持ちを切り替えなくてはいけない、ムツヤの持つ不思議な道具で村長へ連絡を取らなくてはとモモは頭を振る。

「ムツヤ殿、それでは村長と話が出来る道具を貸して頂きたいのですが」

「あぁ、これですね」

 ムツヤが取り出したのは親指の先ぐらいのガラスのように透き通る小さな赤い玉だった。

「これをですね、話したい相手のことを思いながら壁にこう、叩きつけるんです」

 ムツヤはそう言って壁に玉を叩きつけた、破片は綺麗に4つに割れ、叩きつけた所を中心に四方へ壁を走り、赤い長方形が壁に浮かび上がる。

 そして次の瞬間、いきなり窓が現れたように村長を映し出していた。

 モモは驚いて村長を見る、村長も同じ様に驚きこちらを見ていた。

「村長、えーっと、聞こえますか?」

「あぁ、何だこれは」

 会話も出来る。こんなものを見せられたら、触れると光る玉で何とか意思疎通をしようと、苦労して信号の様に1文字ずつ文字を送っている冒険者達が不憫になってしまう。

「村長、ムツヤ殿の道具をお借りしています、それでお話があるのですが」

「それは良いのだが少し待ってくれないか……」

 あっとモモは気付いてしまった。村長の顔の後ろ、この背景はどう見てもおっトイレだった。

「失礼しました…… ムツヤ殿、その、村長は今お取り込み中というかおトイレ中というか」

「あーっ…… ごめんなさい」

「いや、良いのです」

 村長のトイレを覗いてしまい、便利すぎるのも考えものなのかもしれないと思うモモ。

 ムツヤは壁に張り付いた玉の破片の一つを取ると他の破片もパラパラと床に落ちていった。しばらく待ち、もう一度赤い玉を割って村長と話すための準備をする。

「先程は失礼しました。しかし驚きましたな、こんな術がこの世に存在するとは」

 村長は感心していた。離れていても、こうして会話が出来る道具など実際に目にしているモモでさえ現実感がわかない。

 モモは村長にムツヤの村での活躍と、持っている不思議な道具の事を村の皆に口外しないよう伝える。

「確かに、伏せていたほうがムツヤ殿も冒険がしやすくなるだろう。わかった、村の皆には私から伝えておく」

「お願いします、ムツヤ殿これで話は終わりましたが」

「あぁ、そうですか。それじゃ村長さんまた会いましょう」

 そう言って壁から破片を取り外す、この破片は溶けて消えてしまうので掃除も必要ない。その後モモはなにか言いたげにもじもじとしていた。

「ムツヤ殿! もしも、余りがあるのであれば私にこの玉を1つ分けては頂けないでしょうか? 父と…… 話がしたいのです」

 モモの父親は傭兵として各地を渡り歩いていた、3ヶ月に1回の仕送りと簡単な近況報告の手紙が来ていたのだが、もう数年も来ていない。

 久しぶりに父の声を聞きたい気持ちと、オークの村の件を伝えておきたかったのだ。

 しかし、もしかしたらこの玉は貴重なものなのかもしれないと遠慮してしまう気持ちもある。

「あぁ、良いですよ。1000個ぐらいありますし」

 やっぱりムツヤはアホほど持っていた。ムツヤがカバンから取り出したそれを受け取ると、モモは父の事を思いながら壁に叩きつけた。

 しかし、玉は割れず、床にコロコロと転がる。その後何度か試したが同じ結果に終わってしまった。残念そうな顔をしてモモは拾い上げた赤い玉をムツヤへと返す。

「モモさん?」

「父は遠い所で戦っているのでしょう。ありがとうございました、この玉はお返しします」

 そう言ってモモは寂しげに笑った、ムツヤの道具は便利なものばかりだが、流石に性能には限界がある。

「では、行きましょうか! 冒険者ギルドに」

 モモは笑顔を作ってムツヤにそう言った、共に旅をすればどこかで父に会えるかもしれないと思い自分を奮い立たせて。