「待てルー!! カバンがアイツ等の手に渡ったらどうなるか分かってんのか!?」
アシノに咎められたルーだったが、ナイフを突きつけられているエルフを見て他の方法を考えてみても代案が無い。
「ムツヤ、走ってアイツを倒せないか?」
「やだわぁん、ひそひそ話なんて。ちょっとでも変な動きをしてみなさい。この子は死ぬわ」
ムツヤ達はキエーウの連中を睨みながら立ち尽くすことしか出来なかった。
「ほら、カバンをこっちに投げなさい」
ムツヤは苦い顔をしながらバッグを肩から下ろして放り投げた。キエーウのメンバーがそれを拾って立ち去っていく。
「カバンは渡したわよ。開放しなさい!!」
「駄目よ、もうちょっと遠くに逃げるまで待っていて貰うわ」
すぐに追いかけてカバンを取り戻せたらという甘い考えは打ち砕かれた。
「ただ待っているってのも暇ね、お喋りでもしましょうか?」
ウトナはそう言ってムツヤを見る。
「お前なんかと話すことはない!!」
「あらぁん、釣れないわぁん。でもね、聞いてくれるだけで良いのよ?」
そして勝手に話し始めた。
「エルフは長命だから無駄に知識をもっているわ。そして自分達が1番賢い種族だと思い他の種族を見下すの。それはさっきわかったでしょう?」
「それを言ったらあなた達こそ何なの? 人間が1番だと、おごり高ぶって、そんな変な仮面まで付けて」
ウトナの言葉にルーは言い返した。
「他種族が居るからこんな争いが起こるのよ? 人間が選んだ者以外きれいサッパリ殺しちゃえば、今こんな争いも起きてないわ」
「お前らはつくづく1か0かでしかモノを考えられないんだな。人間同士でも争いも戦争も起こるし、他種族とも分かり合うことができる」
今度はアシノが言い返すが、ウトナは鼻で笑った。
「まぁいいわ、あなた達とお喋りしても無駄みたいね。それじゃこの子は返してあげる」
宿屋の夫妻が安堵した次の瞬間だった。ウトナは短剣をカノイの背中に突き立て、一気に押し込んだ。
「えっ」
カノイは痛みよりも先に自分の腹から生えた金属を理解できない様子で眺めていた。そして思考に痛みが追いつくと。
「ああああああああああああ!!!!!!」
叫んでその場に四つん這いになり、横に倒れた。キエーウの連中は何処かへ去っていく。
ムツヤ達は急いでカノイの元に駆け寄って傷を見る。これは致命傷だろう。
「ユモト、回復魔法を使うふりをしろ、私が短剣を抜いて薬を掛ける」
「あ、はい!」
小声でアシノは耳打ちをし、ユモトは杖を光らせて回復魔法を使うふりをした。
アシノが短剣を引き抜くとドクドクと血が流れ始めた。仰向けにし、傷口に薬をかける。
「ぷ、ぷぺらんらん!!」
奇声を上げてカノイは上半身を起こした。
「傷は治したが、出血が酷い。しばらく大人しくしているんだな」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
宿屋の女将は泣きながら礼を言う、他のエルフは魔法の見事さに舌を巻いていた。
「このような回復魔法を…… あなた方はいったい……?」
「私はアシノ・イオノンと言います」
「アシノ……!? 勇者アシノ様ですか!?」
「えぇ、まぁ」
少し恥ずかしげにアシノは答える。だがゆっくりしている時間はない。
「私達はキエーウを追います。あなた方は治安維持部隊の本部へ緊急の信号を送って下さい」
「わっ、わかりました!」
立ち上がってアシノは言う。
「時間との勝負だな、急ぐぞ!」
仲間達はそれぞれ返事をした。まだカバンは探知盤に映る距離にある。
「アシノさんすみません!」
「何だムツヤ!」
「服を着てきても良いですか?」
そう言えばムツヤはまだタオル1枚腰に巻いただけだった。
「あぁ、そうだったな……」
ムツヤの着替えを待つ間にアシノはギルスに連絡を入れることにした。周りに人が居ないことを確認し、長距離でも会話ができる連絡石に魔力を込める。
「こちらギルス、何かあったか?」
「あぁ、最悪なことが起きた。カバンをキエーウに奪われた」
「なんだって!?」
アシノはギルスにさっき起きた出来事を手短に話す。
「わかった、ギルドマスターにも伝えておく。探知盤の反応も監視をして何かあったら報告をする」
「頼んだ」
ちょうど会話が終わる頃ムツヤがやってきた。
「ムツヤ、お前は俊足の魔法を使ってとにかくカバンを追いかけろ。途中邪魔があっても無視しろ、私達は後から付いていく」
「わがりまじた!」
そう言うとムツヤは風のように走り去っていく。
エルフ達はさすがは勇者アシノの仲間だなと思った。
「それじゃ私達も急ぐぞ!」
みんな返事をし、走ってムツヤの後を追いかける。
一方その頃、先行して走るムツヤの前に仮面を付けた男が現れた。
「おっと、ここは通さな」
言い終わる前にムツヤは男の横を通り過ぎていった。
そしてギルスからアシノへ連絡が入る。
「探知盤の裏の道具の反応が2つに増えた。1つはカバンだと思うが、もう1つは裏の道具を何か取り出したみたいだぞ。もうすぐかち合う。注意しろ!」
「わかった」
アシノ達は武器を構えながら走る。すると突然、強い風が吹き荒れた。
「おっと今度こそ、ここは通さないぜ!」
アシノ達の前に仮面を付けた男が立ちはだかる。男が『祭』と書かれたうちわを1振りすると突風が吹いた。
「なんだか知らないけど、ただ強い風を出せるだけかしら?」
ルーがそう言って挑発すると男も負けじと言い返す。
「それじゃただ強い風をもっと食らってみるか?」
男がうちわで扇ぎまくると風が吹き荒れる。その風に混じって砂粒、石や小枝がこちらに飛んでくる。
石がユモトの頬をかすめて出血した。アシノはユモトに命令をする。
「ユモト、防御魔法を頼む!」
「はい!」
ユモトは魔法の防御壁を張ってその後ろに皆は隠れた。
「いやぁ、裏の道具は楽しいなぁ。勇者アシノが手も足も出ないなんてな」
アシノは隠れながらビンのフタを打ち、ヨーリィも木の杭を投げた。しかしそれらは風で吹き飛ばされて敵の元まで届かない。
「くそっ、何なんだあのうちわは」
「防御魔法も…… かなり厳しいです」
負担が高いのかユモトは苦しそうな顔をしている。ルーは精霊を召喚して男に向かわせた。
「私があの男を邪魔するからユモトちゃん辛いかも知れないけど前に進んでいって!」
「わかりました!」
男はパタパタと余裕そうな表情でうちわを扇ぎ風を出している。モモは何とかして自分も役に立てないかと考えていた。
モモは防御壁から飛び出し、木の裏に隠れて男の様子を見た。すると若干だが疲れが見えた気がする。
裏の道具は威力も高いが、その代償として魔力や体力を大きく使う事を思い出した。耐え続ければいずれ男の体力は尽きるだろう。
しかし、それではムツヤの援護に行くことが出来ない。ムツヤは強いが万が一ということもある。
ユモトは少しずつ前へにじり寄り、ルーは精霊を出して何度も男に突貫させていた。
そこでモモは気付いたことがある。おそらく男の意識から自分は完全に消えていることに。
気配を消して木々の後ろを気付かれないように動いた。そして男の斜め後ろを取る。このまま一気に距離を詰めて剣で斬れば倒せるだろう。
だが、こんな状況なのにモモの手はガタガタと震えていた。相手は憎いキエーウの一員だったが、自分に人を殺めることができるのだろうかと。
ふとムツヤに自分が言った言葉を思い出した。『仲間を守るためでしたら私は敵を斬ります』と。
フーっと息を吐いて、吸い直し。モモは一気に飛び出た。
モモは剣を右斜め上に構えたまま、静かに、速く、駆け抜けた。
仮面がコチラを向くと同時にモモは思い切り剣を振り下ろす。
男は断末魔を上げるまもなく真っ二つになった。上半身がズルリと落ちて下半身がパタリと倒れる。
モモは返り血を浴びてハァハァと荒い息をしていた。
いつか人を斬る日が来ると思っていたが、さっきまでの食事を楽しみ風呂に入り、安らいでいた時間がはるか昔の事のように思えた。
「よくやった、モモ」
アシノはワインボトルを収めて言う。ルーが男の握る裏の道具を回収する。
「モモさん…… 助かりました」
ユモトは目の前の死体に少し吐き気を覚えながらも気丈に振る舞っていた。
「ルー探知盤はどうだ?」
アシノはルーに探知盤の様子を聞いた。
「っ!! 反応が1、2、…… 15個もある!! しかも1つの反応に複数重なってるのもあるから」
恐れていたことが起きた。恐らくカバンの中身を1人1人に複数持たせて散り散りになったのだろう。
「いや、強い武器は持つだけで身を滅ぼす。裏の道具に強いも弱いも無いが、強力なものは持ち運べないだろう」
「そんな! 僕らはどうしたら良いんですか?」
ユモトがアシノに尋ねると目をつぶって考えた後に言った。
「今の私達では裏の道具持ちと戦うのは危険だ。ムツヤとの合流、カバンの奪還が最優先だ」
「そうねー、1人1人で戦っても負けるのが目に見えてるし」
モモがぼんやりとしている事に気付いてアシノが言う。
「モモ、お前が居なければ私達は死んでいたかもしれない。感謝する」
それからアシノは頭を軽く下げて続けた。
「それと嫌な役目を任せてしまってすまない。気持ちはわかるが、今はムツヤと合流する事だけを考えてくれ」
モモはパンっと自分の顔を叩いてから返事をした。
「はい、急ぎましょう」
アシノは死んだキエーウの男に片手で素早く祈りをした。モモもそれに習い、皆は先を急いだ。
恐らくエルフの村から一直線に、一番遠くにある反応がカバンだろう。それを倍以上のスピードで追いかけている点がムツヤのはずだ。
ムツヤは今、魔剣ムゲンジゴクのレプリカしか持っていない。
しかし、サズァンから貰ったネックレスと裏の連絡石のおかげで反応が分かる。
「ギルス、ムツヤと繋いでくれ!」
「分かった、ちょっと待ってろ」
走りながらアシノはギルスに連絡を入れた。しばらくしてムツヤの声が聞こえてくる。
「アシノさんでずか!? 今カバンを持ってる奴を追いかけているんですが、他に道具を持っていった奴もいて!」
「ムツヤ、お前はカバンを取り戻すことだけ考えて走れ!」
「わがりまじだ!」
ムツヤとの連絡が終わり、石を仕舞おうとした時にちょっと待ってくれとギルスの声がした。
「おい、何人か引き返してきているぞ!」
「僕たちを、倒しに来たんですかね……」
ユモトの予想は当たっているかわからない。しかし反応が向かう先を見て答えが分かってしまった。
「っ!! そうか、エルフ亜人だから!!」
ルーの言う通りだ。裏の道具の反応がエルフの村へと近付いて行っている。
「道具の試し打ちにはもってこいって所か、私達も引き返すぞ!」
アシノの号令に皆で返事をし、来た道を急いで戻る。村に戻ると当然だがエルフ達はざわついている。
「あぁ、勇者アシノ様!!」
宿屋の女将がアシノ達を見つけて言う。
「先程は本当に、本当に申し訳ありませんでした!!」
「いえ、悪いのは全てキエーウです。それより奴らが引き返してきています」
「治安維持部隊はどうなりました?」
ルーが尋ねると宿屋の娘カノイは浮かない顔をする。
「駐在の3人の方達は…… 亡くなっていました。後は応援を待つしか無いと……」
それを聞いてエルフ達はざわつく。アシノは大声で群衆に聞いた。
「相手は相当強いです。戦える覚悟のある冒険者や傭兵が居たら協力して頂きたい。もちろん報酬は払います」
それに名乗りを上げた冒険者がいた。それは見覚えのある顔だった。
「困っている人は見過ごせません!!」
正義感が強く、そしてユモトを女だと勘違いしてデートまでした男。タノベだ。
「あ、タノベさん!?」
「ユモトさん…… またお会いしましたね」
2人はちょっと気まずそうだったが。
「報酬が出る上に勇者アシノ様と共に戦ったなんて自慢できるなら俺も戦いますよ」
タノベとコンビを組んでいるフミヤもそう言って前へ出た。
他にもチラホラと冒険者やエルフの腕に自信があるものが名乗り上げてこちらの戦力は総勢20名ほどになった。
探知盤の反応がコチラに近付いて来ている。今はこの戦力で迎え撃つしか無い。
「非戦闘員の皆さんは戦いが終わるまで家に鍵を掛けて絶対に外に出ないで下さい」
アシノが指揮を取り、住民を避難させる。
「我々が前に出て迎撃をします。皆さんは取り逃してしまったキエーウの戦闘員を頼みます」
「分かりましたアシノ様!!」
裏の道具や体が枯れ葉に変わるヨーリィ等をあまり見せたくないのでアシノ達は村から少し離れた場所で迎撃をする事にした。
移動しながらルーは探知盤を眺める。
「アシノ、どうやらこっちに向かっているのは5人みたいね」
「そうか、ともかく相手が裏の道具の使い方を分かってしまう前に叩き潰すぞ」
「わかりました」
ユモトは杖をギュッと強く握って返事をする。モモも覚悟を決めた目をしている。
「そろそろかち合うわね」
ルーが言ったと同時に矢が飛んできた。
反応できたのはヨーリィとアシノだけだ。
ヨーリィはナイフで矢を弾く。その矢はくるくると周って上空へ吹き飛び。
全員が目を疑った。空中で矢は先をコチラに向けてピタリと止まり、また弓で射った様に飛んだ。
ユモトが前へ出て魔法の防御壁を準備しようとするが間に合わない。それを庇うようにヨーリィが飛び出ると、矢はヨーリィの右肩に突き刺さった。
「大丈夫か!? ヨーリィ!!」
モモは矢を受けて後ろに尻もちを着いたヨーリィに声をかける。
「大丈夫」
短くそう返したヨーリィの右肩はパラパラと枯れ葉に変わっていった。
そして、何か糸で引っ張られているかの様に矢はぐぐぐと独りでに動き出し、ヨーリィの肩から抜けた。
そのまま矢はまた何処かへ飛び去ってしまう。
「何アレ……」
アシノはすぐ皆に指示を出した。
「ユモト!! 照明弾頼む! ルー!! ボーッとしてないで皆で背中合わせになって矢を迎え撃つぞ!!」
「!! あぁ、そうね」
しばらくその場は静寂が支配し、木々の葉が風でこすれる音だけがしていた。
そんな中突然ビュンと音がしてユモトの張った防御壁にカァンと矢が当たる。弾かれた矢はまた空中で矢先をコチラに向け直して飛ぶ。
ルーの精霊が射抜かれてしまい、そのまま地面に突き刺さった矢はまた飛び去っていった。
「私の仮説だけど、あの矢って敵に突き刺さるまで何度でも向かってくるって感じ?」
「あぁ、私も同じことを思った」
「そうと決まればたくさん精霊を召喚して的を増やすしか無いかしら」
魔力や体力は温存しておきたいが、そうも言っていられない状況だ。
ルーは詠唱を始めた。そこに待ったをかけたのは。
「待って、ルーお姉ちゃん。私に考えがある」
意外にもヨーリィだった。
アシノ達から離れた場所に、不思議な矢を打つ弓の使い手が居た。だが、男には弓矢の心得が無い。代わりに千里眼が得意な、主に偵察部隊の人間だった。
「いやー、面白いなこの矢はよー」
男は鼻歌交じりに言った。放った矢は少女を射抜いた後に背中の矢筒にストンと戻る。
「正直、ボロっちい弓と1本だけの矢なんて渡された時は期待はずれだったが」
矢を背中から取り出して弓につがえて、弦を引き絞る。
「適当に打っときゃ当たるんだもんな」
ビュンと放たれた矢はまた森の奥へと消え、木々を避けてアシノ達を襲う。その様子を男は千里眼で見ていた。
次は精霊を射抜き、また戻る。
「これがありゃ俺に敵はねーな、ハハハ」
シュパッと矢を射つ、次は誰に当たるか。出来ればオークか勇者アシノを倒して手柄を手に入れたい所だが。
命中したのは矢の気配を察知して、前に出た少女の左太ももだった。
話には聞いていた体が枯れ葉に変わる少女だ。
「盾になろうってのか、健気だねー」
矢はまた独りでに動いて抜ける。そして誤算。
少女が矢を右手でがっしりと掴んでいた。戻ってくる矢と共に無表情の少女は空を飛びコチラへ向かってきた。
「ちょ、ちょっと待て、そんなのアリかよ!?」
千里眼で見ていた男はパニックになり、思わず反対方向に走り出した。
もう少し冷静さを持って弓と矢筒を捨てるという選択肢を選んでいれば長生きできたのかもしれないが。
「うわああああああ!!! こっちに来るなああああ!!!!!!」
文字通り矢のような速さで少女が飛んでくる。左手にナイフを構えて。どれだけ走ろうが無駄だった。
矢筒へ矢が戻ると同時に少女は左手のナイフで男の首を切りつける。
声にならない悲鳴を上げて男は必死に切り口を抑えていたが、動脈を切られているので出血が酷い。もう助からないだろう。
失血のショックで気を失った男の弓矢を少女は回収した。
「飛んで行っちゃったけど大丈夫かしら……」
あまりに急のことでアシノ達はヨーリィが飛んでいった方角を見つめることしか出来なかった。
「ヨーリィなら多分、上手いことやってくれているだろう」
念の為、防御壁を張り続けているユモトの代わりにルーが探知盤を見る。
「ヨーリィちゃんが飛んでいった方向に2つ反応が向かっていってるわ!」
「よし、私達も行くぞ!」
森の中で既に事切れている男、そのそばにはヨーリィが居た。男から裏の道具である弓矢を回収し1人で立っていた。
ヨーリィは探知盤を持っていなかったが、森の中を進む不穏な気配を察知している。
アシノ達は大きな音を聞いて立ち止まった。メキメキという大木が倒れる音だ。それが何度も聞こえてくる。
「この音は……」
モモが言うとアシノが推測を答える。
「多分だが、裏の道具を持って調子に乗ったやつが暴れてるんだろう。急ぐぞ!」
音の鳴る方へ皆走る。そして言葉を失った。
まるで大嵐でも通り過ぎたように木々がなぎ倒されている。
「ヨーリィ! 何処だ!」
アシノが大声を出すが、返事はなく。人影が1つコチラへ向かってヨロヨロと歩いてきた。
「ごめんなさい、魔力が尽きた」
ヨーリィだった。モモが走って抱きかかえるとヨーリィが表情を作っていた、今まで見たことが無いような苦しそうな顔だ。
「おいおい、イモってんじゃねーぞ!!」
ヨーリィの後ろから声が聞こえる。それと共に木がコチラに向かってメキメキと倒れてきた。
「暴れ過ぎですよ」
もう1つ声が聞こえる。最低でも2人敵がいた。アシノはユモトに命令をする。
「ユモト! あっちに向かって照明弾を打ち上げろ!」
「はい、わかりました!」
パスンパスンとユモトが照明弾を打ち上げると、その光に照らされた人影が見えた。どちらもキエーウの証である仮面を被っている。
1人は刀身が2メートルはあろうかという両手剣を持ち、もう1人は棺桶の先を尖らせた様な大きな盾を持っていた。
「やれやれ、まだこの裏の道具達の能力を理解していないというのに……」
盾を持つ男がそう言うと、剣を持った男が笑って答える。
「そうか? 俺は分かったぞ?」
そして両手剣で木を切りつけたが、刃は空を切る様にすっと通り、木は何事も無かったかのように立ち続けていた。
「切れ味がメチャクチャ良い! それだけで十分じゃねーか!」
木の切れ目より上を蹴り飛ばすとグラっと揺れて倒れる。
「面倒だな、遠距離で片付けるぞ」
アシノはパンパンとワインボトルをフタを飛ばし、ユモトとルーも遅れて魔法の氷や雷を飛ばす。
「これはさっき偶然分かったことなのですがね」
盾を持つ男は盾の先端を地面にザクッと突き刺した。すると盾が何十倍にも大きく膨張し、全ての攻撃を弾く。
「地面に突き刺すと、大きくなる。他にも何か能力はあるのかもしれませんが」
「へぇ、一筋縄では行かなそうね」
ルーは余裕そうに言ったが、内心焦っていた。何か攻撃の手立てを考えなければと。
「とにかく奴らを近付けさせない。それしか無いな」
アシノはパンパンとワインボトルのフタを飛ばしながら言った。
しかし、フタも氷や雷の魔法も全て巨大化した盾に弾かれてしまう。
「いったん打ちやめだ。剣を持つ方の男がしびれを切らして特攻してきた時を狙うぞ」
小声でアシノが言うとルーとユモトは頷いた。
「なんだぁ? 弾切れかぁ? そんじゃバッサリ切ってやるよ!」
「待て。明らかに誘いこまれているでしょう」
盾を持つ男は冷静だ。睨み合いが続くかと思われた時にヨーリィがモモに話しかける。
「モモお姉ちゃん、さっきの弓矢」
そうかとモモは気が付いた。ヨーリィが抱きかかえる弓矢に手を伸ばしてみる。触れたが特に痺れや痛みは感じない。
モモは弓の心得も多少はある。矢をつがえて弓を引き絞り、敵へと放った。ビュンと勢いよく矢は飛んで盾にカツンと当たった。
そして、弾かれると空中でピタリと止まり、また弓で射られたように盾に向かって飛んだ。
「これは…… すこしまずいですね」
カツンカツンと何度も同じ行動を繰り返しているだけだが、そのせいで盾を小さくする事が出来なくなってしまった。
「よくやった、モモ!」
「グッジョブモモちゃん!」
アシノとルーは振り返ってモモに言う。敵はと言うと猛っている。
「あーもう面倒くせぇ!! ぶった切ってやるよ!!」
そう言って剣を持つ男が盾の後ろから飛び出ると、矢はそちらに向かって飛んだ。
「くそっ!!」
男は悪態をついて、また盾の後ろへと隠れた。矢は盾に当たり、ギリギリの所で男は攻撃をかわせたようだ。
「何か策はねーのかよ!?」
剣を持つ男はイラ立って仲間に聞いた。
「今、考えているので少し待って下さい」
時間を稼げるのはアシノ達にはありがたかった。カバンを取り返したムツヤがこちらへ来てくれれば一転攻勢に出られる。
「提案が1つあります」
キエーウの2人は小声で話し合う。すると剣を持つ男はニヤリと笑った。
「それは…… 試す価値がありそうだな」
男は盾で矢の射線から身を隠しながら後ろで木を斬りまくった。メキメキと木が倒れる音が聞こえた。
「出来たぞ!」
そう叫ぶと矢が弾かれると同時に盾を小さくし、盾を持つ男は後ろへと走り出す。その先にあるのは倒れた木々だ。
矢に追いつかれる寸での所で2人は倒れた木の裏に身を隠した。すると飛んだ矢は深々と木に突き刺さる。
「ぶった斬ってやるぜ!!」
剣を持つ男は木ごと矢を真っ二つに切った。すると矢は動かなくなってしまう。
「いよっしゃ! うぜぇ矢はこれで終わりだな!」
そう言って木を飛び越えて前に躍り出た。裏の道具をいとも簡単に破壊され、ユモトは動揺する。
「精霊よ、アイツを倒しちゃいなさい!」
ルーが強めの精霊を作り、特攻させた。
「無駄無駄ァ!!!」
男はたった一振りで3体の精霊たちを消し飛ばす。
だが、その後ろから飛んでくるアシノのワインコルクが顔面に当たった。
「いってぇ!! 地味にいてぇ!!」
「油断するからですよ」
盾を持つ男はやれやれと地面に盾を突き刺して巨大化させ、仲間を守る。
ルーは精霊を向かわせた時のどさくさに紛れて、モモ達に素早く作戦を伝えた。
「皆、耐えて! もうすぐムツヤっちが来るわ!」
探知盤を見ながらルーは仲間を鼓舞するが、敵にも聞かれてしまう。
「クソッ、面倒だな!」
「合流されたら勝ち目は無いでしょうね」
「お前よく他人事みたいに言えるな……」
剣を持つ男は呆れながら言った。そして。
「せめて目の前のオークだけでも切っておきてぇな!」
武器を構える。
盾を持つ男も地面から盾を引き抜く。するとみるみる内に盾は小さくなった。
二人は走り出した。元々の身体能力も高いらしく、魔法、精霊、ビンのフタを次々かわし、小さいままの盾で弾き、走る。
「死にやがれオーク!」
モモはこの一瞬に賭けていた、そして男は裏の道具を過信して忘れていた。
特殊な盾を持つのは自分達だけでは無いことを……
飛び出した男が、恐ろしい切れ味の剣でモモに斬りかかる。
モモは盾を構えて剣を受け止めた。男にとってそれは不思議な感触だった、全力の力が弾かれるでもなく盾の上でピタリと止まる。
体勢を立て直そうとしたが、モモが盾を斜め上に持ち上げると、前につんのめる感じで完全に体勢が崩れ、待っていたのはモモの剣だ。
モモは鎧ごと男の胸を切り裂いた。
「バゴハッ」
それが男の最後の言葉になった。鮮血が辺りに飛び散る。だが、モモに油断が生まれてしまった。
生き延びたキエーウの男がモモに盾を構えてタックルをした。モモは盾を持ち直すのが間に合わず、吹き飛ばされてしまう。
その隙に男は剣を拾い上げた。それと同時に男の体を剣と盾が蝕み始める。
「この剣と盾は一対の物らしいのですが、我々は2つ同時に持つ事が出来ませんでした」
「お前、暴走が始まって死ぬぞ。今ならまだ間に合う、武器を捨てろ!」
アシノが言うが男は逆に剣と盾を強く握りしめていた。腕から段々体が熱くなってくる。
「なぁ、何故だ。何故そこまで亜人を恨むんだ?」
モモは立ち上がり、武器を下げて尋ねた。
「私はね、亜人に妹を奪われたんだ」
モモは氷水を浴びせられた様にぞわっとし、体が動かなくなった。
「献身的で、回復魔法が上手で誰からも好かれるような妹でした」
男は侵食されて指先から黒くなる手を見つめる。
「亜人達の強盗団に夜襲を受けて、仲間は死に、妹も身ぐるみをはがされた後。辱しめられ、首を折られて絶命しました」
自分の中に暴力的な力が目覚めている事を男は感じていた。
「それを聞いて思いました、キエーウへ入り、強盗団の亜人を含め、全ての亜人を惨たらしく殺してやると」
時間稼ぎは成功した。皆が男の話に聞き入っている間に裏の道具は男の体を侵食し終える。
「それは気の毒に思う。だが全ての亜人に罪はないだろう!?」
アシノが言うが、言葉は既に男に届かなくなっていた。
「ウオオオオオオ!!!」
獣のような唸り声を上げ。男はモモに斬りかかる。
間一髪、無力化の盾で防ぎ、衝撃は感じずにいられた。しかし、剣が産み出した風がその威力を物語っている。
次に男は盾を地面に突き刺した。先程とは比べ物にならない速度で盾は大きくなり、モモ目掛けて倒れた。
「まずい、みんな逃げろ!」
無力化の盾はあくまで物がぶつかる衝撃を消すものであって、重い物の下敷きになれば潰されてしまう。
急いで逃げて盾をやり過ごすと、アシノ達は攻撃に転じる。
「貫け、氷柱よ!」
ユモトが巨大な氷柱の剣を飛ばすが、剣で薙ぎ払われ粉々になってしまう。
「ちょっと眠ってなさいアンタ!」
ルーが雷を飛ばすが、盾を地面に突き刺すと、雷は盾の上を走り、接地面から地面へと放電されてしまった。
アシノは衝撃で2、3歩後退りするぐらいに思い切り力を込めてパンパンとワインボトルのフタを飛ばした。
それは男の顔に直撃し、倒れるが、またすぐに立ち上がる。
本来であれば気絶か致命傷にもなり得たはずだが、裏の道具に体を支配され、感覚が麻痺しているのだろう。
「頼む、正気に戻ってくれ! 私はお前と戦いたくない!」
モモは叫んでいた。
しかし、もう声は聞こえていても意味は伝わらないだろう。
振り回される剣をモモは無力化の盾で受けながら、どうにか男から武器を奪えないか考える。そんな最中で敵の背後を捉えたのはユモトだった。
今なら確実に捉えられて。
殺れる。
ユモトはギュッと目を瞑って覚悟を決めた。
そんなユモトの肩に手が置かれてビクリとし、思わず目を開けた。
「ユモトちゃん、目を開けて見ないと当たらないわよ」
怒るでもなく呆れるでもなく、それはルーからのただただ短い忠告だった。
ユモトは返事をしないまま、目を見開いて攻撃をする。
「貫け、氷柱よ!!!」
巨大なつらら二本は男を捉え、見事命中し貫いた。
先程までの騒がしさが嘘のように、当たりは静寂を取り戻す。
「あ、あた、あたっ」
ユモトは杖を握り込んだまま地面に座り、過呼吸を起こしていた。
「ユモトちゃん、ゆっくり、ゆっくり息を吸って吐いて!」
ルーが背中を擦りながらユモトに声をかけていた。ユモトは手足がしびれ、耳鳴りがする。
変な話だが、ユモトは攻撃が外れて欲しかった。
人を殺したくなかった。
だが、男の死体には巨大な氷柱が2本深々と突き刺さり「お前がやったんだぞ」と言っている。
モモは心がグチャグチャになった、剣をカチンと収めると不思議と涙が流れた。
「この剣と盾を同時に持つのは危険だな、隠しておいて後でムツヤに拾わせるぞ」
冷静にアシノは言う。モモもそれに習おうとした、したのだが、どうしても心から声が溢れ出てしまう。
「この男達は、亜人に…… 憎しみを、恨みを…… 持ったまま死んでいきました」
「……そうだな」
「一度憎しみを持ってしまったら、分かり合えることは出来ないのでしょうか」
アシノはモモの元まで歩く、怒鳴られるか頬を叩かれるのかと思いモモは思わず目をつむった。
が、モモを待っていたのは抱擁だった。
「すまない、その答えは私にもわからない」
声を上げてモモは泣いた。だがそう長く時間を使うことは出来ない。
「あと2つ、裏の道具の反応があるわ」
ルーが言うとアシノはモモを放す。
「今はとにかくキエーウの暴走を止めなくてはいけない。モモ、ユモト、辛いかも知れないが頑張ってくれ。それと私は大した力になれなくてすまん」
そう言ってアシノは頭を下げる。
その頃一方ムツヤはカバンを奪還するために走り続けていた。足止めとして差し向けられたキエーウの一員が裏の道具の剣で襲いかかる。
振られた剣を難なくかわして死なない程度に加減した拳で殴り飛ばした。
3人が一気にムツヤを取り囲み、斬りかかり、巨大な魔法の雷を打ち、振り上げると巨大化する金づちでムツヤを叩き潰そうとする。
ムツヤは回し蹴りで剣ごと叩き折り、雷の魔法は防御壁で吸収し、金づちは片手で受け止めてそのまま横に投げた。
メチャクチャな強さでカバンを目指して走るムツヤ。流石と言った所だろうか。
片手で探知盤を操り、カバン目指して突っ走る。
そんなムツヤに東洋の投擲武器『手裏剣』を巨大化させた物が投げられた。
さっと避けると手裏剣は持ち主の元へと戻っていく。その持ち主は。
「久しぶりだなムツヤ」
かつてアシノの仲間であり、今はキエーウの幹部であるウートゴだった。
「お前はっ!!」
ムツヤは自身のカバンを持ち、木の上に立つ男を見る。
「お前は……」
腕を組んでムツヤは考え出した。
「カバンを返せ!」
「名前忘れやがったな」
ウートゴはやれやれと首を降る。
「ムツヤ、君と二人で話がしたいんだ」
「俺はお前と話すことなんか無い!」
ムツヤは思い切り地面を踏み込むと、ウートゴの立つ位置まで一気に上昇した。
そして、魔剣ムゲンジゴクのレプリカで袈裟斬りにしようとする。
「まぁ、戦いながらでも良いか」
さっと別の木に飛び移ってウートゴは言う。今度は木をしならせて弾かれた様にムツヤが飛び出す。
「どうせ、君には当たらんのだろうけどな」
巨大手裏剣を投げると狂ったように縦横無尽に辺りの木をなぎ倒しながら飛ぶ。
その合間を縫ってムツヤはやってきた。ウートゴはニヤリと笑う。そうでなくてはと。
ムツヤが斬りかかり、ウートゴは刀を取り出してそれを受け止めた。
手には衝撃によるジーンとした痺れを感じる。ムツヤが持っているのがレプリカで良かったと思っていた。
「なぁ、ムツヤ。我々の仲間になれ」
つばぜり合いをしながら話しかける。
だが、ムツヤは返事の代わりに蹴りを入れた。ウートゴはさっと後ろに引いてそれをかわす。
「絶対に断る!」
ムツヤは休む暇も与えずウートゴに剣を横に構えて突っ込んで行った。
キィンキィンガィンと刃物がぶつかる音が辺りに広がった。同時に襲いかかってくる手裏剣などものともせず、ムツヤはウートゴを追い詰める。
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
のらりくらりとウートゴは攻撃を避けているが、避けるのが精一杯だった。仮にも元勇者パーティーの一員が手も足もでない。
「仲間になるなら君の夢を叶えてあげようじゃないか」
「デタラメを言うな!」
ムツヤは聞く耳を持たず、ウートゴを追いかけカバンを取り返そうとする。
「デタラメじゃないさ、君の夢を叶えてあげるよ」
ムツヤが片手で発動させた魔法をかわしてウートゴは言った。
「君の夢はハーレムを作る事だろう? 我々と協力して亜人共を処分したら一生ハーレムで遊んで暮らせる人生を約束しよう」
「そんな事をして手に入れたハーレムなんかいらない!」
ムツヤはハッキリと拒絶をした。これ以上は無駄かとウートゴは諦めてカバンを遠くに放り投げる。
カバンが投げられた方向を振り返り、ムツヤは風のように走ってカバンを手にした。
「あらぁん、やだわぁん、負けちゃったのね」
精も根も尽き果てているモモ達はその声を聞いてイラッとした。
アシノは無言でビンのフタを連射する。
オカマ魔法使いのウトナは防御壁を作って難なく過ごしたが、その後ろで「いでででで」と声が聞こえた。
「ウドナ様、オラも守ってほしいだ!」
「お黙り! その鎌を振り回して弾きなさい!」
声の主は若い娘、見た感じ俗に言う芋娘で、ムツヤよりも鈍った言葉を使う。
「だっで、鎌に鎖が付いてるだけでほんどに裏の道具なんだべやか?」
「探知盤にも反応してるし裏の道具よ!! はやくあいつらをやっちゃいなさい!」
芋娘はうぅ。と言いながら前に出てくる。
「食らいなさい、プリティビーム!!」
ウトナは裏の道具の杖を使い、感情を暴走させる光線を乱れ打ちした。
所々で爆発音が聞こえるので通常の攻撃魔法も混ぜているのだろう。
それぞれ丈夫そうな木の裏に隠れて魔法攻撃をやり過ごす。
ウトナの後ろでは芋娘がグルグルと鎌を振り回し始めた。謎の多い武器なのでこれが合っているのか本人ですら分からない。
しかし、そこは摩訶不思議の裏の道具。鎖の部分が飴細工のように伸びて攻撃範囲が広くなる。
「いいわぁん、やっちゃいなさい!」
「へい!」
ガスっと木に鎌が刺さると鎖が縮み始め。
「あああああぁぁぁぁ!!!」
鎖を手に絡めている芋娘はそこ目掛けて吹っ飛んでいった。
「ふばち!」
そして木に激突し、下の茂みに落ちる。
「なにやってんの!」
ウトナはイライラして言う。
そして、茂みから出てきたと思ったら、ヨーリィに右腕を後ろで拘束され、首元にはナイフが近付けられていた。
「本当になにやってんのおおおぉぉぉ!?」
「プリティビーム!!!」
ウトナはヨーリィに対してダメ元で杖を振る。
ヨーリィはこの杖は効かないのだから避ける必要もないのに、容赦なく芋娘を盾にした。
「亜人共をぶっ潰す! 亜人共をぶっ潰す! 亜人共をぶっ潰すんだべ!」
一応はキエーウのメンバーらしく、亜人を憎んでいることがわかる。
ウトナは呆れて頭を抱えたが、懐の連絡石が震えた為、作戦を切り替えた。
「さっさと道具を返しなさい!」
ウトナは爆破魔法を芋娘ごとヨーリィに喰らわせようとする。間一髪ユモトの防御壁が間に合う。
「あんた! 仲間じゃないの!?」
ルーが言うとウトナはふんっと鼻をならして言い返す。
「無能な仲間は敵以上に恐いのよ、自力で逃げられないなら死んでおしまいなさい!」
ウトナの中では既に芋娘を助ける事から、口封じに始末して逃げる事に目的が変わっていた。
「そんな、ウトナ様!」
ユモトとルーが攻撃の魔法を浴びせるが、ウトナは杖なしでも相当なやり手のようで、一撃も食らわずに立っていた。
(まずいわね……)
先ほど連絡石が震えてからそれほど時間が経ったわけではないが、このままでは最強の敵が来てしまうと考えていた。
「今日のところは勘弁してあげるわぁん」
「逃がすか!!」
アシノがワインボトルのフタをスッポーンと跳ばすが、反撃に合い光線を食らってしまう。
「やだやだやだー!!! こんな能力やだー!!!」
「わかったから落ち着きなさい、わかったから!!!」
暴れるアシノをルーはたしなめる。その隙にウトナは森の奥へと消えた。
「近くの裏の道具の反応は私達以外に無いわね。あのオカマが遠ざかってく点と…… こっちに物凄いスピードで向かってくる点。多分ムツヤっちね」
ルーが探知盤を取り出して言うと皆、安堵する。
「やだーやだー能力返せバカ女神ー!!!!!!!」
「モモちゃん、その子が逃げないようにしっかりと取り押さえていてくれるかしら」
「はい、わかりました」
2人は同じ返事をした。ヨーリィとユモトは魔力が切れかけなのでモモが芋娘を拘束することにした。モモが近付くと芋娘は騒ぎ出す。
「オーグになんが触られたくねえだ!! っく、殺せ!!!」
おそらく人間が窮地の際にオークに言う言葉1位をぶつけられ、モモは少し心が痛んだ。
「殺しはしない。少し大人しくしていて貰うだけだ」
「やだー近付くなー!!!」
「やだーやーだービンのフタなんかいらないやーだー!!!」
「うっさいわね!!!」
芋娘と共にずっと騒いでいるアシノにルーはキレる。モモは芋娘の両手を後ろで組み上げた。
しばらくの間、芋娘の叫び声とアシノの叫び声の汚いデュエットが響き、一同はうんざりとしている。
「ムツヤっちー!! 早く来てくれー!!」
耳を抑えながらルーは言った、するとそれと同時に森の奥から人影がぶっ飛んできた。
「皆さん、無事でじだか!?」
見覚えのある顔と訛り、ムツヤだ。
「やーっと来てくれた。私達は無事よ、ヨーリィちゃんの魔力が少ないぐらい。それよりもアシノの頭をスッパーンと叩いてあげて!! 見てらんないから!」
やだやだーと地面に寝転がってバタバタしているアシノを見てムツヤは「……はい」と返事をした。
頭に衝撃を感じてアシノは正気に戻る。
そして、ゆっくりと記憶を辿り光線を浴びたことと、駄々っ子状態になっていたことを思い出した。
「もうやだ……」
「正気に戻ったんだからイジケてないの!! カバンはムツヤっちが取り返してくれたし、キエーウも追い払って、1人拘束できたんだから」
「そうだな……」
アシノは目をギュッとつむってゆっくりと開け、芋娘を見る。
「キエーウの事、洗いざらい吐いてもらうぞ」
「ひっ」
勇者の迫力に圧されたのか小さく怯えた声を出す。ムツヤ達はエルフの村に戻ることにした。
ムツヤのカバンから取り出したロープで縛られ、芋娘は歩かされる。
「勇者アシノ様!! ご無事でしたか!?」
村へと帰るなりタノベが声を掛けてきた。
「えぇ、無事です。村も異常はありませんでしたか?」
「はい、村には何も異常はありませんでしたが……」
手をロープで縛られている女の子に気付いてそちらをじっと見ている。
「キエーウの1人を拘束しました」
「マジっすか!?」
フミヤが言うとアシノは頷く。
「出来れば私達に尋問をさせて頂けませんか? 今回は事情が少し特殊でして」
「そうですか……」
特殊と言われて一瞬は不思議そうな顔をしたものの、勇者アシノが言うことだから何かしらの考えがあるのだろうと、タノベとフミヤは思った。
尋問は、エルフ達に尋ねて良さそうな場所を探した結果、村の離れにあるボロ小屋を借りて行うことにした。
椅子を用意して芋娘を縛り付けてる。防音の魔法はもちろん使用済みだ。
「ぐうううう、はなぜえええええ!!!」
まだ反抗的な態度だが、いつまで持つのか見ものだ。これから恐ろしいことが起こるとも知らずに。
「じゃあまず名前を教えてくれるかしら?」
「誰が言うか!!」
「それじゃあ、いつものいってみる?」
いつものと言われ、何をされるのかと身構えた。
「レッツゴー名前付けタイム!!!」
全員がパチパチと拍手をする。
まずはアシノから手を挙げて発言した。
「もう色々と混乱させない為にこのまま『芋娘』で」
「オラ芋娘でねえだ!!!」
「アシノー? そういう誰かに対する配慮は良いけど程々にねー?」
次に手を挙げたのはユモトだ。
「芋娘じゃあんまりですよ、せめてプリティ芋娘で」
「芋から離れるだ!!!」
次はモモ。
「村に侵略をしようとしたのですから、侵略芋娘で」
「だがら芋娘から離れろって言ってペ!! それにそれは何か危険な香りがするだ!!」
うーんうーんと考えて腕を組んだままムツヤも言う。
「芋娘、略してイモスでどうでずか!?」
「略すなーーーー!!」
ヨーリィが無言のまま手を挙げて皆の注目が集まる。
「ぷりっぷりのおいも」
ボソッと言う。
「じゃあ、ヨーリィちゃんの意見を採用して…… 何故村を狙ったの!? ぷりっぷりのおいも!!」
「やめろー!! 私はリースだべ!!!」
ぷりっぷりのおいも、もといリースは名前を白状した。
「なるほど、リースってのか?」
アシノが言うと勘弁したようにリースは返事をする。
「んだ……」
「贅沢な名だな」
「えっ?」
アシノがそう言うと驚いてリースは声を上げる。
「今からお前の名前はリーだ。いいか、リーだぞ? 分かったら返事をしろリー」
「納得いかねぇだ!」
口答えをしたリースの額にビンのフタを直撃させる。
「いっつううう、何をするだァーーーーッ」
弱めとはいえそこそこ痛い攻撃をくらいリースは激怒した。
「私は勇者アシノ。答えな、尋問はすでに拷問に変わってんだからな」
恐ろしい顔をしてアシノはリースを睨み付けていた。
「お前らは外の警戒をしてくれ、私が聞き出す」
ムツヤ達は急変したアシノの態度に疑問を持ちながらも、外へと出た。
「アシノさん凄い怒ってましたねー」
ムツヤが言うと皆うなづく。そんな光景を見て1人ルーがクスクス笑った。
「あれはね、作戦なのよ。有名な『悪い兵士と良い兵士』作戦。この場合は悪い勇者と良い美人召喚師になるかしらね」
それを聞いてユモトが「もしかして」と話し始める。
「厳しく尋問した後に、優しく話を聞くと…… 敵なのに優しくしてくれる人に心を開いてしまうという……」
ルーはユモトを見てウィンクをした。
「そうよ、その通り!」
モモはなるほどと納得できたが、ムツヤはいまいち理解できていないようだ。ヨーリィは話を聞いているのかすらわからない。
「まー、アシノの事だから上手くやってくれるでしょう」
「それで、どうしてエルフの村を襲った? やっぱり私達のカバンが目当てか?」
「言えねえだ!」
リースは意外と根性があり、そっぽを向いて答えた。だが、次の瞬間『ドンッ』と大きな音がなる。
アシノがワインボトルを机に叩きつけてきたのだ。そして懐から砂時計を取り出す。
「おい、この砂時計が終わる前に答えな。できない場合お前の目をどちらか貰う」
そう言って立ち上がり、ナイフとシャープナーを両手にそれぞれ持ちシャッシャッと刃を研ぎ始めた。
リースは青い顔をしてそれを見ている。
だいたいの小悪党はこれだけで、良い兵士が登場するまでもなく吐き出すのだが、中々にこの娘は胆が座っている。
(だめそうだな)
アシノは砂が尽きそうな砂時計を見て片手で連絡石を震わせる。
するとルーがバタリと大げさに扉を開けた。
「アシノ!! いくらなんでもやり過ぎよ!!」
「どうせ処刑されるテロリスト相手だ、構わないだろ」
「それを裁くのは裁判所の仕事でしょ!? あなたじゃないわ!! それに……」
ルーは聞き取りやすいように、一旦言葉を止める。
「自白して捜査に協力すれば刑は軽くなるわ!」
「あーもー、そこまで言うならお前が話してみろ」
悪い勇者はここで一時退場だ。代わりに笑顔満点のルーがリースの正面に座る。
良い召喚術師のお手並み拝見といこうじゃないかとアシノは外へ出て行った。
「ごめんね、リースちゃん。アシノってやり過ぎな所あるから……」
無言だが、リースは明らかに安堵した顔になっている。優しげな表情を作りルーは語りかける。
「まず挨拶をしましょうか、私はルーって言うの。よろしくね」
まだリースは口を閉ざしたままだ。それでも構わずルーは話し続けた。
「ねぇ、何であなたはキエーウに入ったの?」
数秒沈黙があった後に小声で話し始める。
「わたすのお父ちゃんとお母ちゃんは行商人をやっていただ」
声を震わせて少し涙をこらえていた。ルーはリースの少しの表情の変化も見逃すまいとジッと見て聞いている。
「んだけども、オーグにごろされたんだ。金と荷物を奪うためだけに!! 私のお父ちゃんとお母ちゃんを奪ったんだ!!」
感情が高ぶったのか涙が出ていた。うんうんとルーは話を聞く。
「お前にこの気持がわがっか!?」
「ごめん、わからないんだ」
ルーが言うと、次に来る言葉を裏切られた気がしてリースは頭の中が一瞬白くなった。
「私、孤児だから。お父さんもお母さんも知らないんだ」
「……そっか」
「ごめんね、ちょっと気まずい雰囲気にしちゃって。でも私も同じ状況だったらきっと…… キエーウに入ってしまったかもしれない」
意外な返事にリースは顔を上げる。
「でもね、悪いのはそのオークでしょう? 他のオークを憎んでしまう気持ちも分かるけど、無差別に殺していい理由にはならないと思うわ」
リースはまた黙り込んでしまう。するとルーはポケットから皿とクッキーを取り出して机の上に置いた。
何事かと見ているリースの拘束を腕だけ解くと更に驚きの表情をする。
「良かったら食べて」
ルーはフフッと笑顔を作りまた対面に座る。そしてクッキーを1枚食べた。
「毒なんか入ってないわ、食べましょう?」
リースはクッキーを手に取り、一口食べる。
「どうかしら、私の手作りクッキーは」
音の妨害魔法は使用者が外にいる場合、使用者にだけは音が聞こえる。
ムツヤが何かの気配を察知したらしくハッとした顔をした。それを見逃さずアシノは尋ねる。
「何かあったのかムツヤ?」
「いえ、中で何か倒れる物音がして」
それを聞いて迷わずアシノは小屋の扉を開けた。
「ルー、どうした…… って何してんだ!?」
扉の先ではリースが椅子に縛られたまま泡を吹いて倒れている。
「な、何もしていないわよ!!! 私の愛情たっぷり手作りクッキーを食べさせただけで」
「とんでもないことしてんじゃねーかよ!!!」
悪い勇者と良い召喚術師作戦は『料理の腕の悪い召喚術師』によって見事に失敗した。
リースは夢を見ていた。今はなき母親の体温を頭に感じて眠る夢だ。
「おっかあさん!!」
そう言ってリースが飛び起きると、上半身を抱きかかえて居たモモはビクッと驚く。
「……って、オーグ!! 触んな!! オーグになんて触られたくねぇだ!!」
リースの自由になっている右手がモモの頬をピシャリと叩いた。だが、モモは怒るでも悲しむでもなく、表情を変えずにいた。
「お前の身の上は聞いた。私の同族が本当に済まない」
それを聞いてバタバタ暴れるのをリースは辞めた。
「謝って済む問題じゃねぇべ!!!」
「すまない、それでも謝ることしか私にはできない」
リースは脱力してモモにもたれ掛かかる。
「もしかしたら……」
モモはポツリという。
「もしかしたら、私もお前みたいに人間を憎んでいたかもしれない…… いや、正確には一時だが恨んでいた」
「私の村に、キエーウの1人が来て村人を無差別に斬り殺していった。私の妹も深手を負い、ムツヤ殿が居なければ危なかったかもしれない」
それを聞いてリースはモモの顔を思わず見る。
「私は、私は出来れば人と憎み合いたくない。綺麗事だろうが、キエーウのメンバーも…… できれば殺すことはしたくない」
リースはルー特製の愛情たっぷり毒クッキーのせいで体が痺れているのもあるが、完全にモモに体を預けていた。
「沢山の犠牲を出したくはない。裏の道具をむやみに使えば不幸になる」
「だども!!」
何かを言いかけてリースは黙った。その後、言葉を出す。
「何が言いてえだ……」
「リース、キエーウの本拠地を教えてくれ。ムツヤ殿が入れば犠牲は少なく…… いや、犠牲無くしてキエーウを壊滅できるかもしれない」
「わだしに裏切れっでのが?」
モモは目を閉じて、そしてまたリースを見つめて言う。
「私は人と亜人の憎しみの連鎖を断ち切りたいんだ」
「それなら……」
さっき出しかけた言葉をリースは吐き出す。
「わたすの…… お母ちゃんとお父ちゃんを返せ!!! そしたらキエーウでも何でも…… やめてやるだ……」
最後は感情が噴き出して涙声になっていた。それに対してモモは残念そうに首を横に振ることしか出来ない。
「すまない、死んだ人間はどうやっても生き返らないんだ……」
モモは腰の剣を取り外して地面に置いた。リースを含めみんな何事かとそれを黙ってみている。
「どうしても、どうしてもオークが憎いのならば。この剣で私を斬ってくれ。その代わりもうオークも他の亜人も手にかけないと誓ってくれ」
「モモちゃん!!」
ルーが近付こうとするが、アシノが手で遮って制止する。
リースはモモから離れて地面に置かれた剣へ、いったん躊躇するも、手を伸ばす。モモは座ったまま目を閉じていた。
「駄目ですよ!! モモざん!!」
「ムツヤ殿、これは私の覚悟です」
ムツヤも止めに入ろうとするが、当の本人であるモモに止められてそれ以上歩けなくなってしまう。
見ているユモトは心臓の鼓動が耳で感じられるほどにバクバクと脈を打ち始めていた。
「わがっだ」
床に置かれた剣にリースは手を伸ばしてしっかりと掴む。そして立つと剣を鞘から抜いた。
仲間達は無言でそれを見守る。見ることしか出来なかった。リースは両手でしっかりと柄を握る。
リースが剣を振り上げると同時にムツヤは走り出そうとしてしまったが、その前にリースは剣を下ろした。
「……でぎねぇ、わたじにはでぎねぇ。オークはお母ちゃんとお父ちゃんの敵なのにでぎねぇ」
するりと手から落ちた剣は床に突き刺さる。そのままリースはしゃがんで泣き出す。
涙の理由は自分の情けなさと、怖さと、怒りと、様々な感情がぐちゃ混ぜになって分からなかった。
モモはスッと立ち上がって振り返る。そして柔らかな笑顔をしてリースへと手を差し伸べた。
「私達と一緒に来ないか? これ以上こんな憎しみ合う世界を止めるために。それに……」
剣をチラリと見てモモは言う。
「もし気持ちが変わったらいつでも私を斬ってくれて構わない、一緒に居たほうが良いはずだ」
リースはモモを見上げてから、その差し伸べられた手を見つめる。
震えながらも右手を伸ばす、そして手が触れ合った時モモは強く握り、リースを立ち上がらせた。
仲間達は安堵してふぅーっと息を吐いた。ヨーリィは相変わらず何を考えているのかわからない無表情だったが。
「あのオカマは口封じのためにお前を殺そうとしていた。もう既にお前はキエーウから命を狙われる側になったんだ。だが安心しろ、私達が絶対に守ってやる」
アシノも勇者らしい事を言う。リースは頭を下げて言った。
「不束者ですがよろじぐお願いします」